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別離と出会い

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フォルヴェス城から突如消えた王女一行だったが、城務めの従者はもとから王子妃の居室に出入りが少なく、気配が消えていても気が付かずにいた。しかもカリノ王子妃はシンギル王子と険悪さが増してから接触が減っていた。これが災いして居室がもぬけの殻だと知った時には大分日数が経っていた。

愛する番に逃げられてしまったシンギルは己の事を棚に上げて怒り狂う。だが、部下たちは声を揃えて「全ては王子殿下の幸せの為、いなくなって良かった」と言ったのだ。
カリノ王女へ嫌がらせを繰り返していたという事実を知った王子は激高して部下たちを責めたてた。

「何故だ!愛するカリノになんてことを!」
「で、ですが、王子殿下は妃殿下を御嫌いだと認識しております。ご自分でブサイクな生き物に例えて虐めていたではないですか!」
「そうです、我らはただ王子殿下の御心を汲み嫌いな姫を虐げて追い出したまでです!」
「ふざけるな!誰が彼女を嫌いと言った!カリノは私の最愛で唯一無二の番なのだぞ!」
噛み合わない王子と部下の会話は虚しく居城に轟いた。

例え不仲な夫婦だったとしても、川へ突き落して溺死させようとした侍女達の所業を聞いた王は「いくら格下の人族の姫君だろうと殺意を向けるなど国際紛争に繋がる愚行だ」と騒ぎだした。王らの逆鱗に触れた侍女達はすぐさま捕縛されて斬首された。だが、苦痛なしで首を落としたのは温情からではなく、コルジオン国への謝罪を示すためのものに過ぎない。
「武力でもって責めるような人族ではないだろうが、一応謝罪の意図を見せんとな」
「はい、父上。面倒ごとに発展する前に姫を連れ戻します」

「こんな程度の謝罪パフォーマンスを見せた所でかの国の心を揺さぶれるか怪しいが……」
誰よりも国際事情に詳しい宰相は項垂れていて顔色が冴えない、輿入れの際に王女達を出迎えた辺境伯からの文を受け取っていた彼は、現在の人族はとんでもない脅威になっていると知っている。
凡庸だと揶揄されてきたコルジオン国を侮り過ぎている王侯貴族こそが愚かなのだと宰相は言う。

「王子殿下……川に落とされて目覚めた王子妃はこう叫んだそうです、”容赦しません戦争です”と、これをどう受け止めます?」
「え、まさか、怒りに任せて放った失言の類だろう?そりゃ貶めた従者たちの罪は重いが処罰したという書簡は届けたのだし、おいおい脅すなよ宰相!いくらなんでも人族如きの国から戦を仕掛けるはずが」
その”まさか”が今起きようとしているのだと宰相が苦悶の表情を浮かべて進言した。しかし、やはり人族を遥か下に見ている悪習が抜けないのか、王子を含める王族は耳を貸そうとはしなかった。

「あぁ、王子はなぜ理解しない?目の前で人族が開発した馬なしの駆動に優れた車を見たはずだ!恐らく似たようなものをたくさん所持してるに違いない。こちらは時代遅れの馬車と槍と剣しか持っておらん。有能な一万と無能の二万では勝負は見えているというのに」

宰相は大きな戦争に発展しそうな予感を拭えず、自分だけでも和平に働きかけるべくコルジオンへ親書を出した。だが、返事がないまま虚しく時は過ぎる。そして、番を失った王子は家臣を引き連れて姫を連れ戻しに行くのだと決起してしまう。

彼らを抑え込めないと判断した宰相は、自らの手で辺境伯の元へと馬を走らせた。

***

一方、短距離転移した後に、移動車両魔道具を駆使して生国コルジオンを目指していたカリノ王女達は休憩後に二度目の起動に失敗して立ち往生していた。不具合が発生したことで魔力を多めに投じるはめになったのだ。しかも蒸気式のタイプのそれに水を補給する際に誤って溢してしまうという失態をしていた。
平身低頭で謝罪する騎士達に「過ぎた事は忘れなさい」とカリノ王女は窘めた。
「崖下へ行けば沢が有るかもしれません、面倒をかけますが頼める?」
「御意!すぐに手配いたします、護衛班と隊を分けます。しばし御辛抱を」
「いいのよ、皆で無事に帰国しましょうね。私は念話魔法で御父様とコンタクトを取ってみます」

王女も疲弊はしていたが魔力が尽きるギリギリまで念話を試みていた、だが森深いそこは国には程遠い。はたして届いたとて会話が成立するか怪しい距離である。
”御父様、お願い……声を聞いてください。旅の途中で難儀しております、どうか届いて!私のせいで従者たちを危険にさらしたくない”

念話を続けて数十分過ぎた頃、騎士の一人が水場の捜索から戻り小さな湧き水を発見したと報告した。
「ですが、あまりにも湧水量が少なく起動する量に達するには時間がかかります」
「そうなの、仕方ないわ。交代でタンクに貯めるように作業して頂戴、無理だけはしない様に」
「はっ!」

気を利かせた侍女が王女に休憩するようにと声をかけた、飲み水さえ貴重な状態なので近くの木の実を齧り水分を補給する。だが乾いた喉が潤うにはあまりに少ない。
「私は少量でいいわ、みんなで分けなさい」
「姫様、いけません。ご自身を労わらないなど」
「でも……」
王女は自分が帰国すると判断したせいで、従者達を巻き込んでしまったことを痛感している。とても優先的に水分を摂るなど躊躇われたのだ。侍女に諫められて後悔に苛まれながら彼女は木の実を噛み涙を流す。

獣王の城を抜け出す際に使用した転移を使うことも考えたが、かなりの魔力を消費するリスクを考えると危険だった。

立ち往生して数刻後、西の山に陽が落ち始めた頃だ。
上空から彼女らの頭上に巨大な影が覆う、護衛騎士達が緊張した面持ちで得体のしれない者を睨みつける。臨戦態勢に入った彼らの元に巨鳥が豪風を放ちながら降り立った。

「私は南の民ロウナ・ヨーグスと申す、念話を飛ばしたのは何方か?」



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