上 下
8 / 23

蔓延する噂と虚実

しおりを挟む
「ごきげんよう、姫巫女。ご一緒しても良いかな?」
学食にて先にテーブルを陣どっていたドナジーナとそのコバンザメ軍団のところへ向かいリカルデルは親し気に声をかける。あの王子が自ら話しかける様子を見た生徒たちはどよめく。

「ま、まぁあ!リカルデル様、やっと私の魅力に気が付いて?うふふ、嬉しいわ!どうぞ隣へ」
「ありがとう、お邪魔するよ」王子は言われるままに席に着いてにこやかに礼を述べる。
侍っていた輩が突然のことに”どういうことか”と驚愕の表情を浮かべる、そんなことは丸っと無視をして王子は定食を持ってきた側近に「すまない」と声をかけて食事を始める。

真横に憧れのキミを招いたドナジーナは瞳を輝かせてウットリと見惚れて食べかけのパンを皿に落とす。
「おいおい、そんなに見つめられたら穴が空いてしまうよ」
「うふぅ、だって麗しい王子が側にいたら当然そうなりますわ!なんという眼福、そして至福のひと時」
頬を桃色に染め上げた彼女は王子の拝顔をやめようとはしない。

「ちゃんと食べて、キミの可憐な顔が窶れてしまっては皆が悲しむよ?」
「え、あらそうですわね!ちゃんと食べなきゃ!」
諭された姫巫女は再び食事を開始してモシャモシャと咀嚼する、だがとても褒められた所作ではなく見苦しい食べ方をする。王子の胸中では『豚が餌を貪っているようだ』と軽蔑をしていた。
特にスープを啜る音がひどくて王子は食欲が減退していくのが辛かった。


一方、リカルデル王子とは別行動をとるフィオナは学友と共に食事の席にいた。場所は食堂ではなくカフェである。軽食しかでないが彼女らには十分なようだ。
「よろしかったのフィオ様」
「え?あぁ食事のことなら別にそれにここのデザートはとても美味しいのが揃っているでしょ」
フィオナはそう言って笑い二つ目のケーキにとりかかる。

「王子のことですわ、今日の彼の行動はどうかと思いますのよ。講義の際も姫巫女と座っていましたし、婚約者を蔑ろにしているように見えました」
「そう?学友の一人として接している程度でしょ、気にしてないわ」
「う~ん。フィオ様がそうおっしゃるのなら……でも困ったことがあったら相談してくださいね?」
「ありがとう嬉しいわ」
友人の気遣いに感謝してフィオナは美しい笑みを浮かべる、王子と同様に計画のことを知る彼女は至って落ち着いている。

これはただのパフォーマンスなのだと抵抗する心に言い聞かせるのだ。



誑かされる被害者が増えないようドナジーナの側にいて牽制し監視役を担うことになったリカルデル王子は言いたくもない台詞を吐いて過ごす。己に嫌悪しつつも愛を試される試練だと思い耐えた。
だがその行動は事情を知らない他人から見れば巫女を慕っているように映る。そうなれば良くない噂を嬉々として囁く迷惑な厄介者は出てくるものだ。


「王子は侯爵令嬢から姫巫女へ心が移ろうた」と誰かが一言いえば忽ちに学園内に広がって行く。疑心暗鬼でいる者も少なからずはいたが、やはり多くの者はそれを信じた。

「あぁ……理由はわかっていても常に行動して彼女に微笑んでいる姿を見るのは辛い」
心から信じたいがそれを疑う気持ちが消えてくれないとフィオナは苦しみだした。王子の気持ちはともかくとして、度々に王子と姫巫女が寄り添うように行動をしているのを目にすればモヤモヤしたものは浮かんでしまう。

放課後、中庭を散策する巫女と侍る男女達、その筆頭にいるのはリカルデル王子である。
偶然に出くわしたフィオナは思わず目を背けてしまう、やり過ごして逃げるように去って行く婚約者の姿に気が付いた姫巫女は厭らしい笑みを浮かべてケラケラと笑った。

行動とは逆に王子の瞳に悲しみの色が滲む、任務とはいえ彼女を悲しませているのだとわかってしまえば王子自身の心も抉られた。
「後で詫びのカードでも送ろう」
「え?何か言いましたか?」
無遠慮にも王子の腕に手を絡ませる姫巫女に、内心は嫌悪しつつ笑みを浮かべる王子はなんでもないさと言う。
「すっかり暑くなってきたと思ってね、避暑はどこにするか悩ましい」
「そうなのですね!私はやっぱり海が見える街かしら父様が所有する別荘は山ですのよ、静かな湖畔も涼しいでしょうけどやっぱり海がいいわ!」

王都から大分離れている海へは、移動も宿泊にもかなり金がかかる。姫巫女の装いから察するに湯水の如く散財しているとわかる。特注らしい制服は一般生徒のものとは仕立てが丁寧で色合いも違う、そしてさりげなく付けている装飾はダイヤとルビーを無駄に散りばめている。
王子でさえタイピンやボタンに宝石など加工したりはしていない、民の血税は他の有意義な事に使うものだという姿勢だ。

王子はそれを見る度に顔が歪みそうになったが悟られない様に取り繕う。それでも苦悶の表情が僅かに出てしまい、口数はどんどん減った。
「断然に海よ!ね?王子もこの夏は共に遠出しましょうね」
空気が読めないらしい姫巫女と取り巻きたちは「良い夏季休暇となるだろう」と勝手に盛り上がっていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたおっとり令嬢は「実験成功」とほくそ笑む

柴野
恋愛
 おっとりしている――つまり気の利かない頭の鈍い奴と有名な令嬢イダイア。  周囲からどれだけ罵られようとも笑顔でいる様を皆が怖がり、誰も寄り付かなくなっていたところ、彼女は婚約者であった王太子に「真実の愛を見つけたから気味の悪いお前のような女はもういらん!」と言われて婚約破棄されてしまう。  しかしそれを受けた彼女は悲しむでも困惑するでもなく、一人ほくそ笑んだ。 「実験成功、ですわねぇ」  イダイアは静かに呟き、そして哀れなる王太子に真実を教え始めるのだった。 ※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。

6回目のさようなら

音爽(ネソウ)
恋愛
恋人ごっこのその先は……

リアンの白い雪

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
その日の朝、リアンは婚約者のフィンリーと言い合いをした。 いつもの日常の、些細な出来事。 仲直りしていつもの二人に戻れるはずだった。 だがその後、二人の関係は一変してしまう。 辺境の地の砦に立ち魔物の棲む森を見張り、魔物から人を守る兵士リアン。 記憶を失くし一人でいたところをリアンに助けられたフィンリー。 二人の未来は? ※全15話 ※本作は私の頭のストレッチ第二弾のため感想欄は開けておりません。 (全話投稿完了後、開ける予定です) ※1/29 完結しました。 感想欄を開けさせていただきます。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、 いただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきます。 ※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。

どんなに私が愛しても

豆狸
恋愛
どんなに遠く離れていても、この想いがけして届かないとわかっていても、私はずっと殿下を愛しています。 これからもずっと貴方の幸せを祈り続けています。 ※子どもに関するセンシティブな内容があります。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

婚約破棄してくださって結構です

二位関りをん
恋愛
伯爵家の令嬢イヴには同じく伯爵家令息のバトラーという婚約者がいる。しかしバトラーにはユミアという子爵令嬢がいつもべったりくっついており、イヴよりもユミアを優先している。そんなイヴを公爵家次期当主のコーディが優しく包み込む……。 ※表紙にはAIピクターズで生成した画像を使用しています

完結 偽りの言葉はもう要りません

音爽(ネソウ)
恋愛
「敵地へ出兵が決まったから別れて欲しい」 彼なりの優しさだと泣く泣く承諾したのにそれは真っ赤な嘘だった。 愛した人は浮気相手と結ばれるために他国へ逃げた。

【完結】昨日までの愛は虚像でした

鬼ヶ咲あちたん
恋愛
公爵令息レアンドロに体を暴かれてしまった侯爵令嬢ファティマは、純潔でなくなったことを理由に、レアンドロの双子の兄イグナシオとの婚約を解消されてしまう。その結果、元凶のレアンドロと結婚する羽目になったが、そこで知らされた元婚約者イグナシオの真の姿に慄然とする。

処理中です...