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ヒマリの夏休み
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時は過ぎ、雨季を越え初夏の陽射しが眩しい頃になった。
ヒマリは正門を避け運動場に近づくのを止めて登校下校をしていた。しかし、シツコイその男子生徒は諦めていなかった。
「彼方も大概ですねぇ……STKで訴えますよ?」
「夏の大会が近いんだ、なりふり構ってられない。それにお前じゃなくその異常な運動能力が欲しいのだ」
「同じことじゃないですか!」
彼女の本体なくしてなんの能力が発揮できるかと憤るヒマリである、筋肉だけ寄越せとでも言うのだろうか。どちらにせよ変態とほぼ変わりはないと彼女は思う。
「うむ、キミも頑固だな……ではこうしよう、短距離走とハードルの記録で勝負だ!俺達陸上部の精鋭と対決して負けたら入部しろ」
「は?私より良い記録を出す部員が揃っているのなら勧誘の意味ないのでは?」
本末転倒な勝負を勝手に企画した傲慢部長にヒマリは「コイツだめだ」と呆れてた。まったく相手にしない彼女だったが「棄権しても入部」と言い出す部長である。
「ご勝手に、本人の同意なしに事を進めるのなら容赦しません」
そう捨て台詞を残し教室へと去って行く彼女の背に罵声を浴びせる男子生徒だが、近くにいた教師に見咎められて指導室へ来いと引き摺られていった。
***
「ヒマリ、また絡まれていたんだって?」
「……うん」
昼休みに机を向かい合わせて食事を摂りながら、面倒ごとについて凪子と話していた。裏庭でのことだったが目撃していたらしい生徒が幾人かいたのだ。陸上部の部長が教師に指導されたことも知れ渡っていた。当人たちが思っていたより目立っていたらしい。
「いつになったら諦めるのか……」ヒマリは大好きな卵焼きをモソモソ食べながら愚痴る。
「彼は3年なのだし、2学期からは退部になるわ。進路に集中する立場なんだもの」
凪子はそう言って夏が終わってしまえば自ずと消えるだろうと彼女を慰めた。
今はまだ6月後半、少なくとも後一月は付きまとわれることになる。短いようで長い期間を苦悩するのだ。
摘まもうとする箸からツルツルと逃げるプチトマトに苛立って、それにヤツ当たるヒマリは指で摘まみ上げ潰してから口に放った。
それは酷く酸っぱい気がした。
裏庭での一件から数週間後、陸上部が大会出場停止になったと噂が立った。
部長である男子生徒が取返しがつかない事をやらかしたのが原因らしい。彼自身には2学期までの自宅謹慎処分が下された。
つまり夏休みの間は家から出られない。それを耳にしたヒマリは安堵すると共に少し気の毒に思う。
「で、何をやらかしたの?」気まずそうに尋ねるヒマリに凪子がヒソヒソと話した。
どうやら強引な勧誘をされていたのはヒマリだけではないらしく、気の弱そうな一学年の生徒達が無理矢理に入部届を書かされたようだ。
「それでも断った子には家にまで押しかけて入部しろと騒いだらしいわ」
「え~脅迫じゃないの……最早事件です」
「だよねーコワイコワイ」
中学最後の部活とはいえ、そこまで熱くなる彼の気持ちが理解できないと生徒達は騒ぐのだった。
「部長さんて余程の記録持ちなのかしら、新記録を出したとか?」
「ううん、それが全然らしいの……去年は県大会の代表に選ばれるのがギリギリだったらしいわ」
「え……なんですかそれ」
情熱と能力が見合っていないことにヒマリは驚きを隠せない。
やがて夏休み入った学校は静けさを取り戻していた、例の陸上部は部員が半数以下になって同好会へと姿を変えている。
猫守神社で精神修業と稼業の手伝いで忙しくしていたヒマリも騒ぎのことは念頭から消えていた。
「今年も宿坊体験の団体さんがいらっしゃるから宜しくね」
「うん、頑張るよバァちゃん!」
ダイエットが目的らしい主婦とOLさん達の組と、規律が厳しいことで知られる大学応援団の団体の予約が入った。
どちらも常連なので安心して迎える準備をしていた。
いつもの日常に油断していたヒマリは、燻ぶる情熱を宿したまま心が歪み始めた男子生徒のことなど知る由も無かった。
ヒマリは正門を避け運動場に近づくのを止めて登校下校をしていた。しかし、シツコイその男子生徒は諦めていなかった。
「彼方も大概ですねぇ……STKで訴えますよ?」
「夏の大会が近いんだ、なりふり構ってられない。それにお前じゃなくその異常な運動能力が欲しいのだ」
「同じことじゃないですか!」
彼女の本体なくしてなんの能力が発揮できるかと憤るヒマリである、筋肉だけ寄越せとでも言うのだろうか。どちらにせよ変態とほぼ変わりはないと彼女は思う。
「うむ、キミも頑固だな……ではこうしよう、短距離走とハードルの記録で勝負だ!俺達陸上部の精鋭と対決して負けたら入部しろ」
「は?私より良い記録を出す部員が揃っているのなら勧誘の意味ないのでは?」
本末転倒な勝負を勝手に企画した傲慢部長にヒマリは「コイツだめだ」と呆れてた。まったく相手にしない彼女だったが「棄権しても入部」と言い出す部長である。
「ご勝手に、本人の同意なしに事を進めるのなら容赦しません」
そう捨て台詞を残し教室へと去って行く彼女の背に罵声を浴びせる男子生徒だが、近くにいた教師に見咎められて指導室へ来いと引き摺られていった。
***
「ヒマリ、また絡まれていたんだって?」
「……うん」
昼休みに机を向かい合わせて食事を摂りながら、面倒ごとについて凪子と話していた。裏庭でのことだったが目撃していたらしい生徒が幾人かいたのだ。陸上部の部長が教師に指導されたことも知れ渡っていた。当人たちが思っていたより目立っていたらしい。
「いつになったら諦めるのか……」ヒマリは大好きな卵焼きをモソモソ食べながら愚痴る。
「彼は3年なのだし、2学期からは退部になるわ。進路に集中する立場なんだもの」
凪子はそう言って夏が終わってしまえば自ずと消えるだろうと彼女を慰めた。
今はまだ6月後半、少なくとも後一月は付きまとわれることになる。短いようで長い期間を苦悩するのだ。
摘まもうとする箸からツルツルと逃げるプチトマトに苛立って、それにヤツ当たるヒマリは指で摘まみ上げ潰してから口に放った。
それは酷く酸っぱい気がした。
裏庭での一件から数週間後、陸上部が大会出場停止になったと噂が立った。
部長である男子生徒が取返しがつかない事をやらかしたのが原因らしい。彼自身には2学期までの自宅謹慎処分が下された。
つまり夏休みの間は家から出られない。それを耳にしたヒマリは安堵すると共に少し気の毒に思う。
「で、何をやらかしたの?」気まずそうに尋ねるヒマリに凪子がヒソヒソと話した。
どうやら強引な勧誘をされていたのはヒマリだけではないらしく、気の弱そうな一学年の生徒達が無理矢理に入部届を書かされたようだ。
「それでも断った子には家にまで押しかけて入部しろと騒いだらしいわ」
「え~脅迫じゃないの……最早事件です」
「だよねーコワイコワイ」
中学最後の部活とはいえ、そこまで熱くなる彼の気持ちが理解できないと生徒達は騒ぐのだった。
「部長さんて余程の記録持ちなのかしら、新記録を出したとか?」
「ううん、それが全然らしいの……去年は県大会の代表に選ばれるのがギリギリだったらしいわ」
「え……なんですかそれ」
情熱と能力が見合っていないことにヒマリは驚きを隠せない。
やがて夏休み入った学校は静けさを取り戻していた、例の陸上部は部員が半数以下になって同好会へと姿を変えている。
猫守神社で精神修業と稼業の手伝いで忙しくしていたヒマリも騒ぎのことは念頭から消えていた。
「今年も宿坊体験の団体さんがいらっしゃるから宜しくね」
「うん、頑張るよバァちゃん!」
ダイエットが目的らしい主婦とOLさん達の組と、規律が厳しいことで知られる大学応援団の団体の予約が入った。
どちらも常連なので安心して迎える準備をしていた。
いつもの日常に油断していたヒマリは、燻ぶる情熱を宿したまま心が歪み始めた男子生徒のことなど知る由も無かった。
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