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第3章
3-45 思い当たるふしとオツのお願いの件
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【前回のあらすじ】
有里子に相談したものの、リユの心は美那と真由の間で揺れ続ける。有里子の説に沿って、最近の美那の言動を振り返ってみると、美那が自分を異性として好きになったと受け取れることが多いことに気付く。ただ練習試合の日の不機嫌など依然として謎の部分も少なくない。
8月8日木曜日。
今日も晴れだ。
昨晩は、悶々としていた割には、あっさり眠りに落ちてしまったらしく、例によって朝6時ごろ目が覚めた。
サスケコートに行くかどうか迷って、とりあえず、最近滞りがちだった中学数学の復習に取り組む。
朝飯を食ったら、写真投稿アプリで見つけたアメリカのバスケ技術アカウントの技を練習したくなって、結局9時ごろからサスケコートに。
動画サイトにも同じ人のチャンネルがあったから、チャンネルを登録。こっちの方がロングバージョンで見やすい。全部英語だから、字幕を出しながら、なんとか理解するって感じだけど。
ひとりだと、スマホを地面に置いて見ながらなので、ちょっと練習しづらい。なんか方法を考えねえと。美那と一緒なら、もう少し、練習が楽だろうな。
それに美那と一緒に何かやるのってめちゃ楽しいんだよな。料理でさえ、楽しめたもんな。
あ、美那……キス。俺のこと、好き? 異性として?
ヤバい、ヤバい。とりあえず、今はバスケの練習だ。このクソ暑い中でそのことを考えてたら、それこそ頭がオーバーヒートしちまう。
2時間ほど新しいドリブル・テクなんかの練習に没頭して、木陰で休憩。水筒の水を流し込みながら、美那のことを考える。
美那はいつから俺のことを異性として好きになったんだ?
プロの3on3試合観戦の後、絡んできた前田俊に立ち向かった辺り? あん時は、ちょっとご褒美的に唇のすぐ横にキスだったよな。
その前の、最初のほっぺたへのキスは、そう、初めてのチーム練習の後、大会出場の親の承諾書を書いてもらいにウチに来て、美那に要求されるようにしてあいつの家まで送っていった、その別れ際だ。あの日も妙に接近してきていたような気はする。
てか、その練習に行く前、カイリーモデルのナイキのバッシュを早めの誕生日プレゼントとか言って、買ってくれたよな。確かにバイクで貯金を使い果たして、しかも室内用シューズが必要で、バスケをするのも美那の要求を飲んだ形だったから、当然とは思わないにしても、まあ分からないではなかった。でもあれも実は俺に何かプレゼントをしたくて口実にしたとか? 考え過ぎ?
……。
いや、ちょっと待て。
そもそも、バスケを始めるきっかけになった夏至も間近だったあの日、美那は俺を学校の近くで待ち伏せしてたよな。美那の親の件で、いつもの喫茶店でお茶することになった。まあ実際、親の離婚の話は美那にとってヘビーだったし、俺に話したいというのはあっただろう。
ただ、それ以外にも俺の近況を聞き出したいみたいな感じもしたな。小説のこととか、香田さんとのこととか。
そして、自分のことも打ち明けてきた。〝初めて〟を前田俊とシて、しかも遊ばれて、捨てられたことを。いくら幼馴染とはいえ、女子同士ならまだしも、男子にはあまり打ち明けないよな。俺的には、他には誰にも言えないし、ジェンダーレス的に、弟的な感じで言ってきたのかと受け止めたけど、実はそのことを俺にちゃんと知っておいてもらいたかった? 俺がそれを承知した上で付き合いたいという意味だったのか?
自分のことを女性として意識してないのか的な質問もしてきた。俺は「全然意識してない」と嘘をついた。けど、その前に、小説の話で美那がブラをチラ見せするという色仕掛けをしてきた時とか、完全に動揺してたからな。美那的には手応えがあったのか?
……。
そういや、スタバで一緒のところを柳本に見られた時、付き合ってるって噂されたらどうする? って話で、そうなったら俺がなんで誇りに思うかの理由について、「可愛くて美人でスタイル良くて勉強もスポーツもできて性格も良くて彼女にしたいだろ」とか言ったら――この時は男子なら誰でも的な意味だったけど、ベタ褒めじゃん!――そしたら美那は「その割には近くにいるリユくんは来ないじゃん」とか、今考えるとちょっと不満そうに言ってきたな。そして俺が一生の親友って感じてるとか言ったら、美那のやつ、目が泳いでたような。
……。
でも一方で、美那は、俺と香田さんをくっつけよう的な発言もあるんだよな。デートの仲立ちをしてあげる、みたいなのとか。そんなこと言われたら、美那が俺を異性として意識してるなんて思えないじゃん! もしそれが本心から出た言葉ならば、有里子さんの読みは完全に間違っていることになる。
でも、さらにその一方で、変に香田さんを意識したような感じもあるしな。
……。
それよりなにより、唇と唇のキスだからなぁ。しかも結構な長い時間。あれはどう考えても、〝好きっ!〟の意思表示だよなぁ。
ああ、ヤバい。まだあの感触が残ってる。今までの人生で一番気持ちのいい時間だったな……。
……。
そもそも俺は女子と付き合ったことがないから、恋人関係になるということをまだ具体的にイメージできていない、という気がする。
もし、美那と付き合うようになったら、喧嘩して、別れるとかいうことも有り得るわけだよな。そうしたら、もう今みたいな関係に戻るのは難しいんだろうな。
だからといって、香田さんと付き合ったら、美那との関係はどうなる? もし美那がその状況を——相当無理して——受け入れてくれたとしても、香田さんはなんとなくだけど、そういうの駄目そうな気がする。彼氏が別の女子と、しかも美那みたいなイケてる女子と仲良くしているのを心良くは思わないだろう。逆に、美那と付き合って、もし香田さんと俺が普通に友達でいても、美那はそれを受け入れそうだよな。
でもそんなことより、まずは俺は本当はどっちと付き合いたいんだ?
そこだろ!
ずっと香田さんと思ってたけど、最近急に美那との距離が近くなって——幼稚園の頃の距離感に戻って——美那といることの心地よさを感じているというか。でも、もっと深い関係になったらどうなるんだろう。
そういや、かーちゃんがこの間、俺と美那の関係を「友達以上、恋人以上」とか言って、俺がそれどこに行き着くんだよって突っ込んだら、「結婚?」とかボケをかましてきたな。とはいえ、もし美那と付き合うなんてことになったら、結婚なんてことも十分ありそうだよな。一緒に夕飯を作ったからかもしれないけど、恋人関係よりも結婚の方がまだイメージが湧くな。それはそれで幸せそうだけど、このまま行くと、両方の親とも離婚だもんな……そんなふたりが結婚して大丈夫なのか? ってそこまで今は考える必要はないんだぞ、俺!
いや、マジ、美那と恋人になるのって、よく分かんないんだよな。その点、香田さんとは、ドキドキしながらデートをして、お互いを徐々に知っていきながら、関係を深めていくというか、そういうお付き合いのプロセスがはっきりイメージできる。なにしろ美那はすでに〝恋人以上〟だからな。もちろん知らない部分もあるだろうけど、性格とか人間性とか、お互いによく知ってるわけで。でも、あれか? その、いわゆる男女の関係になると、また違う側面が見えてきたりするのか?
「リユくん?」
突然の杉浦さんの声に、俺は驚いて顔を上げる。
「あ、はい」
「いやさ、さっきまでボールの音がしてたのに、急にしばらく音がしなくなったから、今日も暑いし、どうかしたのかと思って、心配で来たんだ」
「あ、すみません」と言いながら、立ち上がる。「ちょっと疲れたんで休憩して、考え事してたら時間が経ってしまって」
「まあ、なんでもないなら、良かった。今から素麺を食べるけど、たまには一緒にどうだい?」
と、杉浦さんが笑顔で誘ってくれる。遠慮するのもかえって悪い感じだ。
「そうですか? じゃあ、お言葉に甘えて」
奥さんも一緒に三人でお昼ご飯。お手製の天ぷら付きの豪華な素麺だ。俺も食べるからと、わざわざ作ってくれたらしい。
杉浦さん夫妻とゆっくり話すのは、サスケコートを貸してもらえることになった時と、あとはラインを引いてもらった後――あの時はゆっくりというより美那とふたりで喜びを一方的に話しただけだけど――以来だ。
長野のバイトの話とか、練習試合の話とか、俺的には話すことがたくさんあった。杉浦さん夫妻も孫の話を聞くようなものらしく、嬉しそうに耳を傾けてくれる。
で、写真とか見せてたら、オツとナオさんのツーショットが。
俺が「これがあとふたりのチームメイトなんです。しかも恋人同士で」と紹介すると、奥さんも「まあ、すてきなおふたりねぇ」とか言ってくれる。
もしかして、例のオツからお願いされたサスケコートでのチーム練習を打診するのに、グッド・タイミングなんじゃ? 美那はいないけど、言ってみるか。そういや学歴情報も有効みたいなことも言ってたな。
「男の方は、花村航太さんといって、横浜実山学院の3つ上の先輩なんです。美那と同じバスケ部で、実山バスケ部史上最高の、全国大会まであと一歩というところまで行ったそうです。そして、そのせいで推薦で行きたい学部への進学が難しくなって、外部受験に切り替えて、なんとあの国立の京浜工科大学に現役合格したツワモノなんです」
「ほう、それで京浜工科に現役か。なかなか凄いじゃないか」
ここは、オツを崇拝しているらしい木村主将の言葉を利用させてもらおう。
「そうなんですよ。それに人間的にも、チームを立ち上げた美那の顔を立ててキャプテンにして、後輩をリーダーとして育てるみたいなところもあって」
「なるほどな。文武両道の立派な人間ってわけか」
「はい」
これはかなりの好感触。
「そして、女性の方は、藤吉菜穂子さんといって、桜蘭女子大学の一年生です」
「あら、桜蘭女子大!」
今度は奥さんが反応する。
「はい。普段は年下の僕たちにも色々気遣いをしてくれるすごく優しい人で、でもいざプレーになると、ジャンプ力がすごくて、負けん気が強くて。高校の時にバレーボールの強豪校で活躍していたと聞いて納得したんですけど、バレーは怪我で断念して、大学に入ってバスケを始めた、僕と同じ初心者なんです」
ご夫妻は感慨深い感じで頷いている。
ここでオツのお願いをさりげなく出してみるか? そのお願いも、普通に考えれば、礼儀正しいと受け取ってもらえるようなものだし。
「僕たちがお世話になってるので、もし杉浦さんがよければ、一度挨拶させて欲しいなんてことも言ってました……」
どうだっ!
「いやいや、そこまでしてもらわんでもな。うちも君たちが来てくれるだけで、なんかこう、爽やかな風が吹くみたいな感じだから」
と、ご主人が言う。そして奥さんと顔を見合わせる。
ある意味、ありがたいお言葉ではあるが、ハズしたか? やっぱ、こういうのは美那に任せるべきだったのか?
今度は奥さんが口を開く。
「でもあなた、あれよね。リユくんと美那ちゃんのチームメイトなんですから、一度おふたりにもお会いしてみたいわ」
!!!
「お前がそういうなら別に私は構わないが。リユくん、わざわざ挨拶というのであれば、そこまでしてもらう必要はないが、家内もこう言っているし、近くに来るような事があれば寄ってもらえるかね?」
「え、いいんですか?」
「いいもなにも、リユくんと美那ちゃんのチームメイトだろ?」
「は、はい。その時、一緒に練習もしたりしても大丈夫ですか? コートを借りるのも大変だし、理系の大学生は何かと忙しいらしくて、なかなかチーム練習をする機会がなくて……」
「ああ、もちろん構わんよ」
ぅお、マジかっ!
「ありがとうございます!」
「あ、でもね、リユくん」と、今度は奥さん。
「なんでしょう?」
「連れて来る時は少し前もって連絡をくれるかしら? 前日とか」
「あ、はい。前日までには連絡させていただきます」
「じゃあ、楽しみにしているわ」
奥さんが嬉しそうな笑顔を浮かべる。
やっぱ息子さんの家族が海外赴任で遊びに来られないのが、相当寂しいんだろうな。
杉浦家の門を出ると、俺はすぐに美那にメッセージを打ち始める。
〈――美那! サスケコート、オツとナオさん、OKだって!
俺は嬉しくて速攻でいつもの感じのメッセージを送ってしてしまったが、キスの件、すっかり忘れてた……。
ま、どうせ夕方には顔を合わせるわけだしな。
てか、その時、木村主将もいるんじゃん!
でも美那はきっと何でもない顔するんだろう。
俺は上手くできるかな……ちょっと不安。
有里子に相談したものの、リユの心は美那と真由の間で揺れ続ける。有里子の説に沿って、最近の美那の言動を振り返ってみると、美那が自分を異性として好きになったと受け取れることが多いことに気付く。ただ練習試合の日の不機嫌など依然として謎の部分も少なくない。
8月8日木曜日。
今日も晴れだ。
昨晩は、悶々としていた割には、あっさり眠りに落ちてしまったらしく、例によって朝6時ごろ目が覚めた。
サスケコートに行くかどうか迷って、とりあえず、最近滞りがちだった中学数学の復習に取り組む。
朝飯を食ったら、写真投稿アプリで見つけたアメリカのバスケ技術アカウントの技を練習したくなって、結局9時ごろからサスケコートに。
動画サイトにも同じ人のチャンネルがあったから、チャンネルを登録。こっちの方がロングバージョンで見やすい。全部英語だから、字幕を出しながら、なんとか理解するって感じだけど。
ひとりだと、スマホを地面に置いて見ながらなので、ちょっと練習しづらい。なんか方法を考えねえと。美那と一緒なら、もう少し、練習が楽だろうな。
それに美那と一緒に何かやるのってめちゃ楽しいんだよな。料理でさえ、楽しめたもんな。
あ、美那……キス。俺のこと、好き? 異性として?
ヤバい、ヤバい。とりあえず、今はバスケの練習だ。このクソ暑い中でそのことを考えてたら、それこそ頭がオーバーヒートしちまう。
2時間ほど新しいドリブル・テクなんかの練習に没頭して、木陰で休憩。水筒の水を流し込みながら、美那のことを考える。
美那はいつから俺のことを異性として好きになったんだ?
プロの3on3試合観戦の後、絡んできた前田俊に立ち向かった辺り? あん時は、ちょっとご褒美的に唇のすぐ横にキスだったよな。
その前の、最初のほっぺたへのキスは、そう、初めてのチーム練習の後、大会出場の親の承諾書を書いてもらいにウチに来て、美那に要求されるようにしてあいつの家まで送っていった、その別れ際だ。あの日も妙に接近してきていたような気はする。
てか、その練習に行く前、カイリーモデルのナイキのバッシュを早めの誕生日プレゼントとか言って、買ってくれたよな。確かにバイクで貯金を使い果たして、しかも室内用シューズが必要で、バスケをするのも美那の要求を飲んだ形だったから、当然とは思わないにしても、まあ分からないではなかった。でもあれも実は俺に何かプレゼントをしたくて口実にしたとか? 考え過ぎ?
……。
いや、ちょっと待て。
そもそも、バスケを始めるきっかけになった夏至も間近だったあの日、美那は俺を学校の近くで待ち伏せしてたよな。美那の親の件で、いつもの喫茶店でお茶することになった。まあ実際、親の離婚の話は美那にとってヘビーだったし、俺に話したいというのはあっただろう。
ただ、それ以外にも俺の近況を聞き出したいみたいな感じもしたな。小説のこととか、香田さんとのこととか。
そして、自分のことも打ち明けてきた。〝初めて〟を前田俊とシて、しかも遊ばれて、捨てられたことを。いくら幼馴染とはいえ、女子同士ならまだしも、男子にはあまり打ち明けないよな。俺的には、他には誰にも言えないし、ジェンダーレス的に、弟的な感じで言ってきたのかと受け止めたけど、実はそのことを俺にちゃんと知っておいてもらいたかった? 俺がそれを承知した上で付き合いたいという意味だったのか?
自分のことを女性として意識してないのか的な質問もしてきた。俺は「全然意識してない」と嘘をついた。けど、その前に、小説の話で美那がブラをチラ見せするという色仕掛けをしてきた時とか、完全に動揺してたからな。美那的には手応えがあったのか?
……。
そういや、スタバで一緒のところを柳本に見られた時、付き合ってるって噂されたらどうする? って話で、そうなったら俺がなんで誇りに思うかの理由について、「可愛くて美人でスタイル良くて勉強もスポーツもできて性格も良くて彼女にしたいだろ」とか言ったら――この時は男子なら誰でも的な意味だったけど、ベタ褒めじゃん!――そしたら美那は「その割には近くにいるリユくんは来ないじゃん」とか、今考えるとちょっと不満そうに言ってきたな。そして俺が一生の親友って感じてるとか言ったら、美那のやつ、目が泳いでたような。
……。
でも一方で、美那は、俺と香田さんをくっつけよう的な発言もあるんだよな。デートの仲立ちをしてあげる、みたいなのとか。そんなこと言われたら、美那が俺を異性として意識してるなんて思えないじゃん! もしそれが本心から出た言葉ならば、有里子さんの読みは完全に間違っていることになる。
でも、さらにその一方で、変に香田さんを意識したような感じもあるしな。
……。
それよりなにより、唇と唇のキスだからなぁ。しかも結構な長い時間。あれはどう考えても、〝好きっ!〟の意思表示だよなぁ。
ああ、ヤバい。まだあの感触が残ってる。今までの人生で一番気持ちのいい時間だったな……。
……。
そもそも俺は女子と付き合ったことがないから、恋人関係になるということをまだ具体的にイメージできていない、という気がする。
もし、美那と付き合うようになったら、喧嘩して、別れるとかいうことも有り得るわけだよな。そうしたら、もう今みたいな関係に戻るのは難しいんだろうな。
だからといって、香田さんと付き合ったら、美那との関係はどうなる? もし美那がその状況を——相当無理して——受け入れてくれたとしても、香田さんはなんとなくだけど、そういうの駄目そうな気がする。彼氏が別の女子と、しかも美那みたいなイケてる女子と仲良くしているのを心良くは思わないだろう。逆に、美那と付き合って、もし香田さんと俺が普通に友達でいても、美那はそれを受け入れそうだよな。
でもそんなことより、まずは俺は本当はどっちと付き合いたいんだ?
そこだろ!
ずっと香田さんと思ってたけど、最近急に美那との距離が近くなって——幼稚園の頃の距離感に戻って——美那といることの心地よさを感じているというか。でも、もっと深い関係になったらどうなるんだろう。
そういや、かーちゃんがこの間、俺と美那の関係を「友達以上、恋人以上」とか言って、俺がそれどこに行き着くんだよって突っ込んだら、「結婚?」とかボケをかましてきたな。とはいえ、もし美那と付き合うなんてことになったら、結婚なんてことも十分ありそうだよな。一緒に夕飯を作ったからかもしれないけど、恋人関係よりも結婚の方がまだイメージが湧くな。それはそれで幸せそうだけど、このまま行くと、両方の親とも離婚だもんな……そんなふたりが結婚して大丈夫なのか? ってそこまで今は考える必要はないんだぞ、俺!
いや、マジ、美那と恋人になるのって、よく分かんないんだよな。その点、香田さんとは、ドキドキしながらデートをして、お互いを徐々に知っていきながら、関係を深めていくというか、そういうお付き合いのプロセスがはっきりイメージできる。なにしろ美那はすでに〝恋人以上〟だからな。もちろん知らない部分もあるだろうけど、性格とか人間性とか、お互いによく知ってるわけで。でも、あれか? その、いわゆる男女の関係になると、また違う側面が見えてきたりするのか?
「リユくん?」
突然の杉浦さんの声に、俺は驚いて顔を上げる。
「あ、はい」
「いやさ、さっきまでボールの音がしてたのに、急にしばらく音がしなくなったから、今日も暑いし、どうかしたのかと思って、心配で来たんだ」
「あ、すみません」と言いながら、立ち上がる。「ちょっと疲れたんで休憩して、考え事してたら時間が経ってしまって」
「まあ、なんでもないなら、良かった。今から素麺を食べるけど、たまには一緒にどうだい?」
と、杉浦さんが笑顔で誘ってくれる。遠慮するのもかえって悪い感じだ。
「そうですか? じゃあ、お言葉に甘えて」
奥さんも一緒に三人でお昼ご飯。お手製の天ぷら付きの豪華な素麺だ。俺も食べるからと、わざわざ作ってくれたらしい。
杉浦さん夫妻とゆっくり話すのは、サスケコートを貸してもらえることになった時と、あとはラインを引いてもらった後――あの時はゆっくりというより美那とふたりで喜びを一方的に話しただけだけど――以来だ。
長野のバイトの話とか、練習試合の話とか、俺的には話すことがたくさんあった。杉浦さん夫妻も孫の話を聞くようなものらしく、嬉しそうに耳を傾けてくれる。
で、写真とか見せてたら、オツとナオさんのツーショットが。
俺が「これがあとふたりのチームメイトなんです。しかも恋人同士で」と紹介すると、奥さんも「まあ、すてきなおふたりねぇ」とか言ってくれる。
もしかして、例のオツからお願いされたサスケコートでのチーム練習を打診するのに、グッド・タイミングなんじゃ? 美那はいないけど、言ってみるか。そういや学歴情報も有効みたいなことも言ってたな。
「男の方は、花村航太さんといって、横浜実山学院の3つ上の先輩なんです。美那と同じバスケ部で、実山バスケ部史上最高の、全国大会まであと一歩というところまで行ったそうです。そして、そのせいで推薦で行きたい学部への進学が難しくなって、外部受験に切り替えて、なんとあの国立の京浜工科大学に現役合格したツワモノなんです」
「ほう、それで京浜工科に現役か。なかなか凄いじゃないか」
ここは、オツを崇拝しているらしい木村主将の言葉を利用させてもらおう。
「そうなんですよ。それに人間的にも、チームを立ち上げた美那の顔を立ててキャプテンにして、後輩をリーダーとして育てるみたいなところもあって」
「なるほどな。文武両道の立派な人間ってわけか」
「はい」
これはかなりの好感触。
「そして、女性の方は、藤吉菜穂子さんといって、桜蘭女子大学の一年生です」
「あら、桜蘭女子大!」
今度は奥さんが反応する。
「はい。普段は年下の僕たちにも色々気遣いをしてくれるすごく優しい人で、でもいざプレーになると、ジャンプ力がすごくて、負けん気が強くて。高校の時にバレーボールの強豪校で活躍していたと聞いて納得したんですけど、バレーは怪我で断念して、大学に入ってバスケを始めた、僕と同じ初心者なんです」
ご夫妻は感慨深い感じで頷いている。
ここでオツのお願いをさりげなく出してみるか? そのお願いも、普通に考えれば、礼儀正しいと受け取ってもらえるようなものだし。
「僕たちがお世話になってるので、もし杉浦さんがよければ、一度挨拶させて欲しいなんてことも言ってました……」
どうだっ!
「いやいや、そこまでしてもらわんでもな。うちも君たちが来てくれるだけで、なんかこう、爽やかな風が吹くみたいな感じだから」
と、ご主人が言う。そして奥さんと顔を見合わせる。
ある意味、ありがたいお言葉ではあるが、ハズしたか? やっぱ、こういうのは美那に任せるべきだったのか?
今度は奥さんが口を開く。
「でもあなた、あれよね。リユくんと美那ちゃんのチームメイトなんですから、一度おふたりにもお会いしてみたいわ」
!!!
「お前がそういうなら別に私は構わないが。リユくん、わざわざ挨拶というのであれば、そこまでしてもらう必要はないが、家内もこう言っているし、近くに来るような事があれば寄ってもらえるかね?」
「え、いいんですか?」
「いいもなにも、リユくんと美那ちゃんのチームメイトだろ?」
「は、はい。その時、一緒に練習もしたりしても大丈夫ですか? コートを借りるのも大変だし、理系の大学生は何かと忙しいらしくて、なかなかチーム練習をする機会がなくて……」
「ああ、もちろん構わんよ」
ぅお、マジかっ!
「ありがとうございます!」
「あ、でもね、リユくん」と、今度は奥さん。
「なんでしょう?」
「連れて来る時は少し前もって連絡をくれるかしら? 前日とか」
「あ、はい。前日までには連絡させていただきます」
「じゃあ、楽しみにしているわ」
奥さんが嬉しそうな笑顔を浮かべる。
やっぱ息子さんの家族が海外赴任で遊びに来られないのが、相当寂しいんだろうな。
杉浦家の門を出ると、俺はすぐに美那にメッセージを打ち始める。
〈――美那! サスケコート、オツとナオさん、OKだって!
俺は嬉しくて速攻でいつもの感じのメッセージを送ってしてしまったが、キスの件、すっかり忘れてた……。
ま、どうせ夕方には顔を合わせるわけだしな。
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俺は上手くできるかな……ちょっと不安。
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