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第3章

3-44 深まる苦悩

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【前回のあらすじ】
 美那のまともなキスに戸惑い、心乱れるリユは、再び有里子に相談を持ちかける。有里子の答えは「美那ちゃんが異性としてリユくんを好き」というもの。リユは、美那と付き合いたいという願望を自分自身で封印してきたのでは? と有里子に指摘される。これまで暖めてきた香田真由への想いも断ち切れずにいるリユは、自分の本当の気持ちと向き合うことを決意する。



 有里子さんとの電話が終わってしばらくして、美那からメッセージが入った。
——>明日は午前中ルーシーを送っていくし、午後は部活、夕方は木村主将との練習があるから、サスケコートはなしね。
 むむ。
 さっきのキスのことは完全にスルーな感じのシンプルな内容だ。だけど、なんか、前みたく、突き放した感じでもない。なんとなく柔らかい。
 むむ。
 なんて、返信するか……。

 それにしても、美那が俺の彼女になるかも?
 でも、そうなっても、なんか、今までとそんな変わらない気もするな。
 いや、待て。
 付き合い始めたら、今日みたいなキスを毎日のようにするようになるわけ?
 え、それヤバイだろ。そのうち、たぶん、もっとディープなやつになっていったりして……なるよね、たぶん。
 そんな、今まで想像もしたことない関係になるよな、たぶん。
 それって、どうなのよ?
 そりゃ、男子としては、美那とそんな風になれるのは本望ほんもうなわけだが、今までみたいな友情は?
 友情は友情で続くか……たぶん。

 え、ちょっと、待て。
 長野からのバイトから帰ってきたあの日、俺は洗面所で美那のフルヌードを見てしまったわけだが、あの時美那は、「リユならいい」って言っていた。俺は勝手に、弟に見られたようなものだからどうってことない、って解釈していたけど、違ったのか? 好きなリユだから見られてもいい、ってことだったのか? そういうことなのか?
 だとすると、このところの美那の言動を俺はすべて誤解して、間違った解釈していたってことなる。全部、好きのあらわれだったってことなのか?
 最近、美那の仕草や俺に対する当たりが柔らかくなってきたこととか、女っぽくなったとか、そんな風に感じてたことは、全部、俺のことを男として好きだから?

 ちょっと待て。
 自称・恋愛予知能力者のナオさんは、練習試合の1ゲーム目をふたりで上から見ていた時、なんか言ってたよな?
 最近ナオさんが変なタイミングで笑うみたいな話題になって、なんだっけ? 美那が最近、「強そうな相手に嬉しそうで、バスケ部の時は強豪との対戦で気持ちがダウンする」とかいう話でナオさんがクスリ笑いした意味を、ナオさんは早い時点で俺にわかってもらいたい、とか言ってたな。
 あれはどういう意味だ?
 好きな俺と一緒に戦うから? まあ、俺と一緒にプレーして楽しそうだとは感じていたが、そういう意味だったのか? 早く美那の気持ちに気付いてあげて!——そういうナオさんのアドバイスだったのか?
 そういや、美那は、最近やたらと香田さんのことを気にしているみたいけど、それってもしかして、嫉妬しっとってやつ⁈
 そんなことまったく想像もしてなかったけど、一連の流れを考えると、あり得なくはないよな。

 え? 練習試合の前の日、香田さんから美術館に誘われた後、つっけんどんな返事が来たのも、それが原因? 試合の日も朝からなんかずっと不機嫌というか、無愛想というか、そんな感じだったのも、それが理由?
 いや、でも、今度の土曜日に予定が入った、とは連絡したけど、香田さんの名前はもちろん、女子とどこかに行くなんて話は出してないし、香田さんだってそんなこと美那に報告するほどの仲じゃないはずだよな。美那も、香田さんも、お互い時々言葉をわす程度な感じの言い方だったし。あの日の美那の不機嫌は、また別の何か理由があるんだろうな……難しい。難しすぎる。

 香田さんかぁ。
 終業式の日、駅までの帰り道、可愛かったよなぁ。
 美那とは全然、違うタイプだもんな。いやされるというか、目の前に存在するだけでホッとするような可憐かれんさだもんな。
 もしかして、俺って、気が多い駄目な男なのか? 前田俊みたいなクソ野郎なのか? 香田さんと美那との間を目移りして。
 てか、今まであまりにも何もなさすぎて、そこへ来て、この状況だ。まだそうと決まったわけじゃないけど、有里子さんの理解では、俺は今、美那と香田さんという誰もがうらやむようなふたりの素晴らしい女子から想いを寄せられている、ってことになる。柳本に知られたら殺されるな、マジで。
 明後日あさっての土曜日は、もう香田さんと美術館に行く日だもんな。こんな、人生で二度とないであろう究極の選択を、たった二日で決断しなきゃならないのかぁ? 
 いや、まあ、土曜日に、普通に、香田さんから「やっぱり森本くんはナイかな」とか思われる可能性も否定できないわけだが。
 でもそうなってから美那の気持ちを受け入れるというのも、美那に対して失礼だ。
 だったらやっぱり、香田さんと会うまでに——もし有里子さん説が正しいのであれば——ある程度決断しておくべきだよな。それなりの覚悟で香田さんと会うべきだろう。
 ただ、考えてみると、俺はまだ香田さんのこと、よく知らないんだよな。
 逆に美那のことは、ある意味、よく知りすぎてるしな。もちろん、心の中はまったく読めていなかったわけだけど。

 トントン、といきなりドアをノックする音に身体からだがビクッとして、尻が椅子から浮き上がる。
「ねえ、どうかした?」と、かーちゃん。
「あ、いや、別に」
「なら、いいけど。もうひと仕事したいから、もしよかったら、先にお風呂に入ってくれる?」
「ああ、うん、わかった」
 うぇー、びっくりした。完全に自分の世界に入り込んでたからな。やっぱり、帰宅した時の俺のかーちゃんに対する対応は、かなりの違和感だったのだろう。うわそらもいいところだった。終業式の香田さんの時もそんな感じだったっけな。
 洗面所に行くと、美那の裸を思い出す。
 ほんと美那はスタイルいいよな。グラマラスってのとは違うけど、全体的に締まってるくせに、女性らしいところはそれなりに女性らしい。
 あ、やば、思い出すと……。
 俺は完全に美那を女性として見てる。少なくとも身体はそういう反応を示す。まあ、別にグラビアみたいなの見ても、そういう反応はするけど……。ただ、意識では、美那をそういう風な目で見ないよう、見ないよう、と気をつけてきた。香田さんに至っては、そんな目で見ないし、ある意味、偶像アイドル化しちゃってるもんな。香田さんの内面とか全然、わかんないもんなぁ。そういう意味では、美那のことを、美那の女性の部分を、俺は神聖化しちゃってる感じもする。親友としては全然そんなことないけど。

 気がつくと、俺は風呂から上がって、頭も乾かして、ベッドに座っていた。
 しまった。美那への返信を忘れてた。スマホを見て、思い出した。
 なんて言い訳しよう。風呂入ってたとか、うたた寝してたとか、あのキスの後にあり得ないな。だからといって、美那と香田さんのはざまで悩んでたとも言えねえし。既読スルーもなんだしな。ま、すぐに返信がない時点で、美那も俺が戸惑ってるとか思ってるだろうな。
 だけど、あれって、美那にしてみればコクったようなもので、それで返信がないのは不安な気持ちになるよな。完全に拒否キョヒられたとか思って。もし、逆の立場だったら、そうなるよな。
 だったら先延さきのばしはできない。
<——うん、わかった。じゃ、夕方な。返事、遅くなってゴメン。
 こんな感じか。よし、エイ。
 う、すぐに既読が付いた。
 ま、でも、たぶん、俺の心が動揺しまくってる感じは伝わったんじゃないかな。
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