カイリーユと山下美那、Z(究極)の夏〜高2のふたりが駆け抜けたアツイ季節の記録〜

百一 里優

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第2章

2-30 軋む門扉とモンスターズ・クッキー

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 8月1日木曜日。
 遂に8月に突入だ!
 今日も思いっきり晴れて、暑くなりそうだ。
 梅雨が明けたら、いきなり、夏、夏、夏、の連続だぁーっ!
 だけどなー、8月に入ると夏休みもカウントダウンって気がしちゃうんだよな。この調子だと、Z250で一度もツーリングに行けずに終わっちまいそうだ。せめて日帰りツーリングくらい行きたい。でもそれも17日のライディングスクールの中級が終わってからだ。しっかし、初中級であのレベルだと、中級とかどんなレベルなんだ?

 昨日の晩、ふと思いついて、テニスのトレーニングでやっていた縄跳びをクローゼットから探し出した。
 そういうわけで今朝は、美那を迎えに行く前に、家の前で久しぶりの縄跳びだ。
 二重跳びとかすると結構、音がするな――と思っているところに、近所の口うるさい山崎のじいさんが通りかかった。またいぶかしげな表情をしてる。
 まだ、7時半ごろだし、ちょっと早いか?
 俺は跳ぶのをめ、開き直って「お早うございます」と笑顔で挨拶。
 すると、山崎さんはちょっと驚いた様子で立ち止まる。
「ああ、おはよう……」
 山崎さんは戸惑った顔で挨拶を返してくると、そのまま家の方に戻って行った。
 もしかして、音を聞きつけて、わざわざ見に来たのか?
 俺は再びロープを回しながら考える。今のって、挨拶したのが良かったのか、それともバイクやバスケじゃなくて縄跳びだからよかったのか。まあ、普通は挨拶だろうな。でもあの人の場合、バイクは駄目で、縄跳びはOKとかもありそう。
 道具入れから取り出しておいた万能潤滑油スプレーを持って、美那を迎えに行く。
 昨日の夜、ネットで調べたら、この潤滑油だとサラサラ過ぎて、雨で流れてしまうかもしれないことがわかった。それでも一時しのぎにはなるだろう。
 バイクのチェーン用オイルなんかは粘度が高くていいらしい。しかもZ250に必要だから、今日の午後、バイクに乗るついでに、買ってこよう。
 さて、美那を迎えに行った場合、呼び鈴を押した方がいいのか? それとも電話かメッセージか? とか考えながら向かったら、美那は家の前でハンドリングの練習中。バイト前日のスタバの時と同じだ。
「あ、おはよー」
 笑顔の美那が駆け寄ってくる。
 素直な感じが妙に可愛い。ちょっと困るぜ。
「昨日秘密にしたのは、これ」
 俺はレジ袋から潤滑油のスプレーを取り出して、美那に見せる。
「それ何? 何に使うの?」
「いつも、これが軋んだ音を立てて、気になってたんだ」
 俺は美那との間にある鉄の門扉を軽く叩く。
「あー、これね。わたしもなんかヤな感じがしてた。それで直るの?」
「たぶんな。やっていいか?」
「うん」
 美那が門扉を開けると、ギィーとキィーの間くらいの耳障りな音が響く。
 スプレーの吹き出し口に細いチューブを付けて、蝶番ちょうつがいの隙間に吹きかける。染み込むのを待って、もう一度。
「どうだ?」
 美那が扉を動かす。
 最初は音が小さくなった程度だったけど、動かすうちに浸透したのか、ほとんど聞こえなくなった。
「うわー、ありがとう。嬉しい。さすが、カイリーユ!」
「これ、カイリーは関係ねえだろ」
「あ、そうか。でもいいの。カイリーユはカイリーユだから」
「ま、いいけど」
 サスケコートに向かう間、美那は明るい顔でボールをハンドリングして、時々、俺にトスしてきた。俺はちょっと技を見せて、美那にボールを戻す。
 土曜日はライディングスクールなので、練習試合までは今日を含めて実質あと2日しかない。だから今日は戦術の勉強だ。
 美那がトートバッグから取り出したのは、みんなで揃えた『3x3入門』の本と、なんとマグネット式の戦術ボードだ!
「こんなのがあるのかよ」
「もっと早く用意すれば良かったね。部活ではもっとおっきなの使ってて、こんな小さいのは知らなかった。注文したのが、昨日、届いてた」
 まずは、「オフェンス・トランジション」のパートから。相手がゴールした後や、相手のシュートからのディフェンス・リバウンドで攻撃権が自分たちに移る状況だ。
 本を見ながら、美那がボードで具体的な動きを説明してくれ、それをイメージして、コートで実際にボールを動かしてみる。
 クイックドライブとか、ディープシールとか、ペリメーターシールとか、作戦名は意味不明が多いけど、内容は少しずつ分かってきた。
「このクラウドピックってのは、ピック&ロールのことか。それならカイリーが出てる動画で見たことある」
「このクラウドって、雲じゃなくて、群衆とか人混みの方のcrowdなんだよ。こういう風にプレイヤーが密集したような感じになるからかな」
「お前が言ってたけど、スクリーン、って技術で、味方の動きを助けてやるのって、大事なんだな」
「うん。やっぱりそういうのは先輩が上手いんだよね。リユは気づいてなかったかも知れないけど、結構助けられてたんだよ」
「そーなのかぁ。じゃあ、俺もそういうプレーができるようにならねえとな」
「うん。あと味方が動けるスペースを作ったりとかね」
「わかった」
 二時間ほど美那先生の講習を受けて、今日は終了だ。まだ10時だっていうのに、めちゃ暑い。ただ動きは少なかったから、疲れはほとんどない。
 美那は午後から部活なので、俺はZ250だっ!
 早めの昼飯をかーちゃんと食って、ちょっと昼寝してから、Z250でお出かけだ。
 買い物もあるから、かーちゃんには2、3時間くらい走る許可をもらった。
 前に行った国道357号沿いの大型バイク用品店に行って、雨具をチェック。ゴアテックスはちょっと高いよな。防水透湿素材は他にもあるけど、どのくらい性能が違うんだろ。ま、1万円以内となると、ゴアは無理だな……。
 買うのはライディングスクールが終わってからだから、もうちょっと迷おう。とりあえず、チェーンルーブ(chain lube:バイク用のチェーンオイル)と、店員に勧められてチェーンクリーナも買った。
 首都高の下を走る国道を北上して、本牧の方を回って、山下公園まで走ってみる。
 途中でホームセンターがあったから、耐油性の使い捨て手袋も購入。
 道も分かりやすいし、美那を乗せてくるとしたら、この辺かな。あいつ、意外と青山とかとか、ミーハーな場所が好きだからな。あとは、横須賀方面とか、鎌倉とか、その辺りか。まあ、いつになるかわかんないけどな。
 お、ちゃんとバイクの駐車場もあるじゃん。1時間110円か。これなら時間を気にしなくて済みそうだ。

 家に帰ったら、Z250のチェーンを綺麗にして、オイルを差して、それから家の前で縄跳びとドリブル、ハンドリングの練習。
 夜、中学の数学に取り組んでいたら、美那からメッセージ。

――>家の門、音しない。気持ちいい! ありがと、カイリーユ。明日は午前中部活だから、サスケコートは夕方でいい?
<――昼過ぎは暑いし、四時ごろ?
――>おーけー🏀

 今日は、ハートじゃねえのかよっ! ま、それが普通か。
 しばらくしてまた、美那からメッセージ。

――>そういえば、ルーシーから返信ないね。
<――そうだな。チーム名を今から決めてるとか?
――>まさか。だって、アメリカじゃチームとして活動してるんでしょ?
<――だよな。
――>ジャックとテッドが駄々こねてるとか?
<――それはありうる。なんで休暇で日本に来てんのにマジでバスケするんだよ、とか。
――>リユもそんなだったね。
<――そうだっけ? ま、そうだな。
――>最近は?
<――訊くまでもねえだろ。すっかり美那に手懐てなずけられちまった。
――>素直じゃないね。
<――だな。すっかりバスケにハマっちまったよな。美那とやってるっていうのもあるのかもな。
――>え?
<――あ、いや、美那と何かを一緒にやってると楽しいっていうか……
――>それは、わたしもかなぁ。
<――幼馴染ってそんなもんなのかな。
――>どうなんだろうね。

 お、メールの着信! ルーシーからだ!

――>ルーシーから来た?
<――来た。英語だな。
――>じゃあ、ざっと見てみて、また連絡する。
<――わかった。俺も読んでみる。

 翻訳サイトを使いつつ意訳すると、ざっとこんな感じか。

<ジャックとテッドは、休暇で日本に滞在しているときに真剣にバスケをすることに不満を持っているけど、ペギーは怒って「じゃあ、アメリカに帰るわね!」と言った。
 今日、彼らは渋々トレーニングを始めました。
 私たちは体育館でバスケができるように午前中に基地の事務局にお願いして、午後には基地の体育館でバスケができるようになった。
 ゆかでプレーするための新しい靴を買った。
 私たちの真のチーム "Monster's Cookieモンスターズ・クッキー "と戦うことを、どうか楽しみにしていてください。〉

 早速、美那から着信。
「なに、この、Monster's Cookieって! ユニークな名前!」
「だよな。それに、まじでジャックとテッドは不満みたいじゃん。笑えるな。まあ、わからんでもないけど」
「男たちは楽しく遊ぶのがモットーって感じだったもんね。でも体育館も使わせてもらうって、かなりやる気だね」
「だな。それに、最後の文章って、ちょっと、いや、かなり挑戦的だよな。私たちの真のチーム、か。もしかすっと、昨日とは別物かもな」
「だよね。なんか、わたし、無茶苦茶ワクワクしてるんだけど」
「ほんと、お前、最近変わったよな」
「……リユと一緒に戦えるからじゃない?」
「俺と? ま、俺もお前とバスケやって、チョー楽しいけどな。考えてみると、お前と同じチームでバスケできるとかスゲえよな。技術的なことを考えても、マジ、奇跡。もし俺がバスケ部に入ってたとしても、練習くらいは一緒にできても、男女で試合は別だろうし」
「うん、そうだよね。ほんと、リユの成長にはわたしも驚いてる。なんていうか、リユってさ、潜在能力のかたまりなんじゃない?」
「俺が? まあ、確かに自分でも今まで見えていた以上のものは持っているような気はしてたけど、見えてたものが低かったからな。テニスだって、スゲー好きだったけど、試合になるとあんまり勝てないし、勉強とかだって嫌いじゃないのに、あんましできない、とか」
「リユの潜在能力といえば、わたしね、すっごく印象に残ってることがあるんだ」
「なに?」
「中2の時、同じクラスだったじゃない?」
「ああ」
「でさ、例の、リユと相性が悪かった数学の先生の授業の時」
「後藤な」
「そう、後藤先生。具体的にどんな問題だったかは忘れちゃったけどさ、後藤先生が問題をプロジェクターでスクリーンに映して、しばらくみんなに考えさせてさ。お前らこれはわからんだろ的にニヤリとして教室を見回して、誰かわかるやついるか? って訊いて。誰もわかんなかったのに、リユがパッと手を挙げて、先生もみんなも驚いた顔をしてさ。そのうえ、これがこうなって、なんかの公式だか法則だかを組み合わせて、とか、理路整然と説明して正解したもんだから、後藤先生も、正解だ、とか言ったまま、固まってたじゃん」
「ああ、あん時な。突然、ひらめいちゃった? クラス中、シーンとしちゃってさ、俺、なんか変なこと言っちゃったのかと思っちゃったよ」
「そのくらいスゴかったってことだよ。正直、わたしもリユの答えがよくわかんなかったもん。わたし的はとーっても痛快だった」
「ただ、まあ、単発だからな」
「そうだけど、誰もわからないことがわかるって、尊敬」
「実は今、その中学の数学を勉強中」
「あ、ごめん。邪魔した?」
「え? あ、そういう意味じゃない。別に大丈夫」
「うん。じゃあ、明日は夕方ね」
「ああ」
「じゃ、頑張ってね」
「ああ。おやすみ」
「うん。おやすみ」
 通話を切って、ふと、俺にも美那が尊敬してくれるようなことがあったのか、と思った。確かにあんときは、我ながらびっくりしたもんな。そういや、父親に立ち向かっていった、という話も、園子さんから聞いてちょっと尊敬した、とか言ってたな。
 ま、最近じゃ、俺のバスケの上達ぶりに驚いてるし、たまに見せるカイリー張りのプレーにシビれたとかいう時もあるしな。
 少しは俺を見直したようだな、美那のやつ!
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