カイリーユと山下美那、Z(究極)の夏〜高2のふたりが駆け抜けたアツイ季節の記録〜

百一 里優

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第2章

2-24 潮風

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「あそこか……」
「やっぱり、遠いかな?」
 と、ナオさんが再び投げかける。
「うーん」
 オツさんはためらっている感じだ。
「どこなの?」
 美那がナオさんに訊く。
「うん。横須賀の方。しおかぜ公園っていうところ」
「先輩、なんでダメなんですか? そんなに遠くはないですよね?」
「うーん、まあ、高速で行けば1時間はかからないと思うが」
 まだ4時半前なので、5時過ぎぐらいには着ける計算だ。
「高速代とかガソリン代はかんでもいいですよ」と、美那。
「いや、そういうんじゃないんだ」
 理由をはっきり言わないオツさんに少し苛立ったらしいナオさんが、後ろの俺たちの方に振り向く。
「おい、ナオ、言わなくていいから」
 オツさんがナオさんを制止しようとする。
 ならば、なおさら聞きたくなるのが人情というものだ。
 ナオさんも話したそうな顔をしてる。
 美那と俺は前に乗り出して、ナオさんに顔を近づける。
「おい、ナオっ……」
 怒っているのではなく、困ったようなオツさんの声。
「実はね……」
 と、ナオさんがもったいぶる。
 俺と美那は一層、前に乗り出す。
「初めてのデートの場所」
 ナオさんがささやくように言う。
「あーぁーー!」
 と、俺と美那が声を揃える。
「だから、言うな、って言ってるのに……」
 ナオさんは嬉しげな顔でシートに戻り、俺と美那も背もたれに戻る。
「やっぱり、初デートの場所をわたしたちで汚しちゃうのはマズいよね」
 と、美那が俺に顔を寄せて小声で言う。
「そうだよな。オツの大事な思い出の場所だもんな」
 と、俺も声を抑えて言う。
「おい、聞こえてるぞ」
 と、オツの少々不機嫌そうな声。
「わかったよ。行くよ。行けばいいんだろ!」
「航太さん、チームのためなんだから! それに、もっとたくさん、思い出の場所を作ればいいじゃない?」
「ま、そうだな……」
 見えないけど、オツが頬を赤らめているような気がする。

 首都高に乗って、途中で左への分岐から横浜横須賀道路に入る。
 横須賀まで21kmの看板のすぐあとに料金所を抜けて、自動車専用道路をひた走り、横須賀ICで横横道路から出る。
 で、終わりと思ったら、もうひとつ有料道路に入った。片側一車線の高架道路が街中を抜けていく。
 有料道路はいつの間にか終わって、一般道に合流している。
 やや混んでいる横須賀の市街地を抜けると、海の近い気配がしてくる。
 そして左手のフェンスの向こうに海が!
「海だー!」
 と、珍しく美那が子供っぽく叫ぶ。
 確かに外海に近い横須賀の海の方が、横浜の山下公園から見る海より、ずっと海っぽく感じる。
 ショッピングモールの横を過ぎると、ゴールの「しおかぜ公園」に到着だ!

 5時15分で、まだ陽はたっぷり残っている。
 駐車場のすぐ横、海に面したところにハーフコートが2面ある。しかもちゃんと、アークの内と外、それにフリースローラインからゴール下までの制限区域が色分けまでしてある。もちろん白いラインもしっかりと入っている。
 ほかには、スケボーのジャンプ台とか、反対側にはテニスの壁打ち用のコートも2面ある。ちょっと松本――正確には塩尻か――のことを思い出す。
 3x3コートは地元の中学生っぽい男子グループが駐車場に近い1面使っているだけで、もう1面は俺たちが使える! はるばるきた甲斐があったぜ!
「航太さん、ひとつ空いてる!」
 と、ナオさんがオツさんに言うと、オツさんも頬を緩める。
 美那も微笑む。
 俺はダッシュでそのコートを確保して、3人に手を振る。思わず、中学生グループの注目も浴びてしまい、少々恥ずかしい。
 ほかにそれらしき人はいないし、たぶんそこまでしなくても、大丈夫なんだろうけど。

 さすがに海のすぐ横だから、風はある。
 ゴールに下がるネットも、陸側に向かって、なびいている。
 ただいわゆる海風かいふうというヤツのようで、そよ風よりちょっと強い程度だ。夕方に吹き抜ける、気持ちの良い海からの風。
 バスケットボールは重いし、ボールが空中を飛んでいる時間も短い。テニスやバレーボールに比べて影響はずっと少ない。テニスだったら、サーブを打つ時に、トスが流れて困るかもしれない。そのくらいは、吹いている。
 さらに3x3用のボールは、5人制バスケの一般用の7号サイズより一回り小ぶりの6号サイズで、重さは7号と同じだ。たぶん屋外での試合も考慮されているのだろう。
 ただ、2ポイントシュートを含め、ロングシュートとミドルシュートは、ボールのスピードも遅いし、距離も長い――滞空時間が長いので、若干、風の影響を受けてしまう。
 今日は、松本で綾ちゃんが使った、3人が外から攻めて2ポイントシュートを狙う「フラットトライアングル」という戦術からまずやってみよう、と大学のカフェで決めてしまっていた。
 4人しかいないので、いつもどおり美那と俺、オツとナオのコンビの2対2で、アーク外からのドリブルからのパス回し。あえてパスを出せる程度にディフェンスをする。
 バスケは基本的には室内競技で、ナオさんのやっていたバレーボールも同じだ。だから、美那もナオさんも思い通りにはいかないようだ。
 俺はそもそも2ポイントが得意だし、屋外にあるサスケコート育ちだし、テニスで風の影響も馴れているから、自然に調整できてしまっているらしい。
「なんか、リユ、ずるい!」
 と、美那が言いがかりをつけてくる。
「なにがズルいんだよ?」
「だって、普通に2ポイントを決めてるじゃん」
 さっきの海が見えた時もそうだけど、どういうわけか今日の美那はちょっと子供っぽい。
 そういや、ガキの頃は、こんな風に、俺だけに対して、わがままで甘えんぼのところがあったな。ほかの奴らの前では、優しくてリーダー格で信頼される美那だったのに……そういう意味では、ちょっと可愛く感じてしまう。

 この風で誰が一番困るかって言うと、2ポイントの苦手なオツだ。
 案の定、オツはなかなか2ポイントシュートを打たないし、打っても確率が低い。
「おい、早く2ポイントを打てよ」
 と、オツのディフェンスに入った俺が言う。俺だって、80%程度のディフェンスしかしてない。
「うるさい」
「7、6、5……」
 俺は適当にショットクロックをカウントダウンする。
 オツを見ていると、明らかに苦手意識が顔に出ている。
 放たれた低い弾道の2ポイントショットは、えなくリングに弾かれる。以前より、確実に精度は上がってるっぽいけど、なんか入る予感はしないもんな。
「ちょっと、休憩しましょう」
 と、美那が声をかける。
 ゴールポストの下に集まって、円座になる。
 いつの間にか隣のコートにいた中学生たちは帰ってしまったようだ。
「やっぱ、2対2だと、なかなかちゃんとした戦術の練習にはなりにくよな」
 と、俺がつぶやくように言う。
 オツの2ポイントのことは口に出しにくい。
 間違いなく、かなり練習はしている。たぶんあとは、苦手意識の払拭と、ちょっとしたコツをつかめるかどうかどうかだろうな。だけど、いくら2ポイントシュートが得意とはいえ、バスケ経験が少ない俺が言うのもなんだしな。
 隣の美那も俺の気持ちを感じているっぽい。
 潮風だけが、吹き抜けていく。
「あと、1時間くらいは練習できるかな」
 美那が独り言のように言う。

 と、そんな時、駐車場からなにやら鬱陶うっとうしいくらい元気で騒がしい声が響いてきた。
 見ると、アメリカ人ぽい感じの男2人、女2人のグループが車から降りてくる。
 たぶん、「おい、ラッキーだぜ。1面空いてるじゃん!」とか、なんとか、言っているみたいだ。
 英語の感じからすると、たぶんアメリカ人だろう。
 サラサラ金髪の男が、白と蛍光イエローというイカした色のバスケットボールを突きながら、隣のコートにやってくる。
 すげーな。アメリカじゃ、あんな色のボールがあるのか!
 巧みなボールハンドリングをしながら、さっそくボールをゴールに向かって投げ始める。
 うえー、かなりうまい。
 さすがバスケットボールの本場のアメリカ人!
 駐車場からは、一番年長っぽい赤毛のヒゲもじゃの男が、ブロンドをポニーテールにしたスレンダーな女の腰に手を回して、いちゃつきながらやってくる。
 その後ろを、年齢が少し下らしい女が付いてくる。
 その子は、俺たちと同じ10代後半ぽい感じだ。
 ほかは20代半ばくらいだろうか?
 赤毛のヒゲもじゃとポニーテールも、サラサラ金髪男と一緒にプレーを始める。
 男はふたりとも180を超えていそうだし、ポニーテールも180近い長身だ。やっぱ、アメリカ人は普通にでかいなぁ。
 年少の女の子だけがプレーに参加せず、ひとりで海の方に歩いていく。ほかの3人はTシャツに短パンだけど、その子だけが白いワンピースだ。
 俺だけではなく、美那も、オツさんもナオさんも、3人のプレーについ見入っている。
「ねえ、すごくうまいよね。特にポニーテール」
 と、美那が俺に囁く。
「まあ俺もそう思うけど、お前が言うんだから、間違いなくそうだろうな」
 3人でどうやってプレーしているかといえば、オフェンス1人、ディフェンス2人という形だ。
 男2人もそこそこうまいけど、素人さんっぽい。でもポニーテールの女性の方は、ドリブルのレベルが違う感じだ。オフェンスに回ると、あっという間に男2人を振り回して、抜き去っていく。そしてレイアップシュートをさらりと決める。
「俺たちも練習を再開するか」
 少々凹んでいたオツさんも気分が盛り上がってきたみたいだな。
「せっかく連れて来てもらったけど、ここは風が強いから2ポイント中心の練習には向いてないみたいだし、いつもの2対2をやりましょう」
「そうだな。でも、俺もできるだけ2ポイントにトライしてみるよ。悪い条件で入れられるようになれば、インドアではもっと入るはずだしな。リユには負けてられん」
「そうこなくっちゃ。わたしもリユが平気で入れてるから、ちょームカついてますから」
「なんだよ、それ。まるで俺が悪いみたいじゃん」
 と、俺が不満を口にすると、美那がすぐ近くにきて、笑顔で俺にウインク。
 え、なに、それ? めちゃ可愛くて、なんか、すげえ好意的な感じなんだけど……そうか、俺を出汁だしに使って、オツさんのやる気をさらに引き出そうってことか!
 じゃあ、俺もウインク返し、だ!
 え、美那のやつ、なに照れて、顔を赤くしてるんだ?
 やっぱ、ハズした? 気恥ずかしい? 俺はウインクなんてするタイプじゃねえしな……。
「よし、美那、やるぞ。オツとナオを圧倒してやるー!」
 と、照れ隠しに俺は叫ぶ。
「それはこっちのセリフだ。ナオ、行くぞ!」
「はい!」
 と、いうわけで、いつものパートナーで2on2の開始だ!
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