カイリーユと山下美那、Z(究極)の夏〜高2のふたりが駆け抜けたアツイ季節の記録〜

百一 里優

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第2章

2-21 木村総主将の誘い

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 女子の制服は、スカート丈が膝までと長くて、ちょっとダサく見える。
 毎朝、校門で風紀担当の先生が見張っているから、少なくとも校門をくぐる時と校内では我慢するしかない、と美那が言っていた。その前後は、まあ、みなさん、それぞれの工夫をされているようですが。美那も校外では校内よりも5センチから10センチは上げている。
 いくらスカート丈が長いとはいえ、バスケをしたら確実に見えてしまうので、美那は薄手のショートパンツをスカートの下に履く。
 だけどいいな、床のコートは。もちろんサスケコートも最高なんだけど、このキュ、キュ、って音と感触が好きなんだよな。
 誰もいない静かな体育館で美那とふたりで練習というのも新鮮。しかも制服だし。
 で、例によって、1on1の勝負。今日は21点先取だ。
 100円玉でコイントスして、俺が先攻だ。
 今朝のドリブル練習でたいぶ感覚を取り戻したから、床とカイリーのグリップを得て、快調だ。一本目から美那を振り切った。
「あー。昨日と全然違うじゃん」
「当然だよ。今朝もサスケコートに行ってきたしな」
「よし。じゃあ、次はわたしの攻撃ね」
 美那のドリブル突破を、俺は簡単には許さない。最後まで追って、ボールにタッチ。ゴールを逃れた。
「あー、マジ? 次は絶対取られない」
 美那はギアを一段アップしたらしい。目つきが変わってる。姿勢も低い。まともにシュートに行かせてもらえない。
 お互い、2本に1本は相手の攻撃を阻止する。
 ただ、俺にはサイドからの2ポイントシュートという新たな武器がある。
「うー、横からの2ポイントもうまくなってるじゃん!」
「だろ?」
 なんだかんだと、16対12で俺がリード。美那に焦りの色が見える。
 ついには美那が本気モードだ。体の当たりが全然違うっ! 攻めも守りもガンガン当たってきやがる。松本JKsのリサちゃんが最後に見せた意地のディフェンスと同じだ。
 あっという間に逆転されてしまう。
 17対20。
 次の攻撃で、俺は、ドライブで切り込むと見せかけて、鋭いターンでアークの外に戻って、2ポイントを決める。
 19対20。1点差まで戻す。
 ただ、さすがは美那。
 チェックインボールからの素早い動きで俺を出し抜くと、さらにフェイントを入れて完全に独走。
 きれいなレイアップシュートを決められてしまったぁー……。
「やったー! ホームで負けるわけにはいかないんだから」
「くっそー、もうちょっとだったのにぃ」
「へへ、美那さまの実力の片鱗へんりんを見せてやったぜ!」
「いや、おまえ、ほぼ100パーだっただろ」
「わかった? さすがカイリーユ。なかなかのもんだった。正直、途中で焦った」
「公式戦だと、あんな体の当たり方するわけ?」
「まあ、そうかな」
「おい、山下!」
 突然の太い声。
「あ、キャプテン! あ、すいません。女子の練習は終わったんですけど、ちょっとこいつと遊んで……」
「いや、別にそれは構わないよ。誰も使ってない体育館だ。生徒なんだから問題ない」
「先輩は? なんで」
「ああ、ちょっと用事があってな。そしたら、バスケの音が聞こえてきたから、思わずのぞいたら、面白くてつい見入っていた」
「え? いつから見てたんですか?」
「たぶん、わりと最初の方じゃないかな。ところで君は、山下と同級の森本くんだっけ?」
 うわ、やば、名前覚えられてるんかよ。そういや、1年の球技大会で俺のプレーに注目してた、って美那が言ってたな。
「ああ、はい」
「俺のことは知ってるか?」
「はい。バスケ部の総キャプテンの木村さん、ですよね」
「知ってるなら話が早い。バスケ部に入るよな?」
「ちょっと待ってください。俺は部活はやりません」
「なんでだ? すごいプレーじゃないか。女子とはいえこの山下が本気出してたぞ」
「先輩? もしお時間がありましたら、どこか行きませんか? お昼はまだですよね?」
 うわー、美那がかなりの低姿勢だ。やっぱ、怖いんだろうな。見た目、でかいし、怖いし……。
 木村さんを先頭に、美那、俺の順で縦になって、歩く。
 オツさんよりもガタイがいいよな。
 まじでこんなヤツにさっきの美那みたいな体の使い方されたら、吹っ飛ぶし。
 あ、でもそしたら、ファール、もらえんのか?
 近くの定食屋に入る。テニス部に在籍していた当時は俺も時々来ていた。
「おごるから、好きなもの、食えよ」
「いや、俺はいいです。自分で払います……」
「安心しろ。おごったからって、無理やりバスケ部に入部させたりはしないから」
「ああ、はい……」
 木村さんがトンカツ定食を頼んだので、俺も同じものを頼んだ。美那はオムライス。
「で、山下、どういうことだよ。遊んでた、ってレベルじゃなかったぞ」
「はい。森本くん、リユはわたしが大事に育てています」
「なんだそれ? 育てるって、ヒヨコじゃないんだぞ」
「あ、えーとですね、実はわたし、学校の外で、3x3のチームを組んでまして……」
「それであのボールか……いつから?」
「えーと、6月の半ばころからですかね。……まずかったですか?」
「うーん、そうだなぁ、でもまあその辺りは個人の自由か。山下はちゃんと練習にも出てるしな。というか、最近プレーが変わったと思ってたが、それか!」
「たぶん、そうだと思います」
「チームは何人だ? ほかはうちの部員なのか?」
「いえ。一般の大会に出場しようと思っていまして、あとは大学生がふたりです」
 美那、オツさんの話は出さないのか……。それとも切り札?
 主将の木村とはいえ、伝説の先輩である花村さんの名前を聞いたら、ちょっとビビるだろうからな。そうか今3年ってことは、オツが3年の時の1年ってこと? だったらなおさらだな。
「大学生か……森本はバスケは経験なしだよな? と、山下から聞いたことがあるけど。テニス部じゃなかったか?」
「テニス部は1年の6月で、部内で辞めました。バスケは、チームの結成とほぼ同時に練習を始めました。美那、あ、山下さんに無理やりという感じで……」
「まだ1カ月半か……信じられないな。たしかに球技大会でも目に留まったくらいだから、バスケのセンスは感じていたけどな」
「彼の動きは、わたしたちの5人制よりも3x3の自由な動きの方が合っているみたいで、ドリブルとかを集中的に練習したら、このようなことになっておりました」
「だけど、お前だって、毎日のように部活はあるし、どうやって練習しているんだ?」
「それが、たまたま、彼の知り合いに、ハーフサイズのバスケットコートのようなものをお庭に持っている方がいまして、朝とか夕方に、彼ひとりで練習したり、たまにわたしも付き合ったりしています。彼は試験期間中も含めてこの1カ月半、ほぼ毎日練習してましたから」
「それを聞いたら、ますます欲しくなったな。どうだ、森本?」
「いや、ですから、俺はもう部活をするつもりはありませんから」
「推薦でも、部活動は評価の対象にはなるぞ」
「推薦……いや、むしろこれから勉強の方を頑張らなければならないので、部活は絶対に無理です」
「バスケ部に入れば、ひとりでやるよりも、もっと3x3の練習になる。そうだよな、山下?」
「それがですね、先輩。ボールを扱う技術とか突破とかディフェンスとか、もちろん共通する部分は多いんですけど、なんというかゲームの形がかなり違うんですよ。ポジションとかなくて、フリーに動き回るので、むしろわたしともう1人の経験者は苦労しているくらいで」
「そうなのか? だけど、山下の動きが良くなった、って、女子バスケ部の3年の間でも評判だったぞ」
「それは3x3のスタイルを持ち込んだからではないかと……」
「もう1人の経験者ということは、あと1人はやっぱり森本と同じ未経験者なのか? 森本を見ると未経験者という定義がよくわからなくなるが」
「そうなんですよ。出場する予定の大会に、経験者2名、未経験者2名のチームという規定があるんです。それで、リユ、森本くんに白羽の矢を立てたというわけです。まあ、幼馴染で近所なので練習をしやすいということもありましたけど」
「そうか……練習だけでも参加してみないか? たぶんいろいろ勉強になると思うぞ」
「いや、でも、俺、部活は……」
「なんでそんなに部活を嫌がる。そうか、テニス部で人間関係とかが面倒になったか……去年の6月? そういや……」
 やば、木村さんってテニス部の仲手川と同じ学年だし、もしかして知り合いだったりする? だとすると、話を聞いてたりする?
 いや、少なくとも具体的な話は知らない様子だな。
 でも、美那が関係していたことは知られたくない。絶対に美那は気にするから。
「はい、お待ちどうさん。トンカツ定食が2つ。オムライスもすぐ来るから」
 と、定食屋のおばさんがトレーを2つ、運んでくる。救いの神だ。
 すぐにおじさんがオムライスを持ってきた。
「とりあえず、食うか?」
「はい」と、美那。
 いつの間にか俺もその仲間になってしまったスポ根高校生3人が飯を前にして、我慢はできないよな。
「いただきますっ!」
 それにしても、仲手川の件はどうにかしないとな……。
 そうだ! オツの名前を出せば、木村さんもおとなしくなるに違いない。
 木村さんはご飯をお代わりして、俺も勧められたけど、それはパス。
 腹がいっぱいになると、心も穏やかになる。
「そういや、さっきのテニス部の話だが……」
「あ、そうだ」
 木村さんが話し始めたタイミングに合わせて、美那に話しかける。
「美那。明日のオツたちとの練習に備えて、早く本を買いに行って、俺たちは俺たちで使えそうな戦術をピックアップしておいた方がいいんじゃね?」
「いま、森本、なんて言った? オツって言わなかったか?」
「ええ、はい」
「山下、もしかしてチームの大学生って……」
「あー、はい。花村先輩です」
「なんだとぉー。あの花村さんがチームのメンバーって! しかも、森本、お前、あだ名を呼び捨てにしやがって」
「だって、花村さん、付けで呼ぶな、って……」
「まさか、あの花村さんがメンバーとは……」
 よっしゃ、作戦成功!
「でも、チームのキャプテンは美那ですよ。対外的なチーム代表は花村さんがやってくれていますけど」
「なに? なんでだ? 普通、花村さんだろ」
「まあ、その辺は、チームを立ち上げたのはわたしですし、たぶんリーダーの育成も兼ねているのではないかと……」
「そうか、さすが花村さんだな。自らは一歩引いた立場から後輩を育てようというわけか」
「おそらく、そうではないかと……」
「しかし、あれだな、花村さんのチームのメンバーとなると、おいそれと手を出すわけにはいかないな」
 だよな?
「わかった。でも気が変わったら、いつでも言ってくれ。山下経由でもいい。2年からだとチームに溶け込むのも簡単ではないかもしれないが、森本、お前ならきっとやれる」
「はい。わかりました。お誘いいただきありがとうございます。木村さんの目に留めてもらったことは今後の励みになります」
「ああ」
「では、ごちそうさまでした」
「ああ……」

「いやー、絶対、強引に勧誘してくると思ったら、やっぱりだな」
「まあ、それはそうでしょ」
「さすがにオツさんの名前が出たら、引いたな」
「ねえ、リユ。わざとオツさんの名前を出したでしょ?」
「え、なんで? まずかった?」
「あんまり知られたくはなかった、かな? 学外での活動が問題になるとか言われたら、出そうかと思ってたけど、そこはスルーできたし。テニス部の話にしたくなかったんでしょ?」
「まあな。あんまり思い出したいことじゃないし」
「わたしが関係してたからでしょ?」
「え?」
 美那のやつ、知ってたのか……。
「テニス部の女子から聞いた。噂の噂って感じだから、よくは知らないけど、わたしのことをなんか言われて、リユは怒ったんでしょ?」
「ああ、まあ」
「リユがテニス部を辞めた後にそれを聞いて、わたしは、あんなに好きだったテニスを辞めさせる原因になってしまったことを、悪いな、と思った。でもそれと同時に、わたしをかばってくれたことを、、嬉しく思った」
「そうか。でも、ほんと、気にすんなよ。ほら、校舎の工事でコートが1面になっちゃって球拾いばっかりだったし、もともとひとつ上の学年とは相性が悪かったんだよ。それにちょうどバイクに興味を持ち始めた頃だったし」
「うん。ありがとう。やっぱ、リユはリユだね」
「なんだよ。それどういう意味?」
「べーつにー。さ、早く本を買いに行こう!」
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