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第2章

2-12 葛飾北斎に睨まれる

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 7月26日金曜日。今日も5時起きで5時半出発。軽井沢の空は晴れている。
 今日は有里子さんがiPadを貸してくれて、ナビとマップアプリを併用する。
 最初の目的地・飯山市までは、道は曲がりくねっていたけど、国道をつないでいくだけなので、わりと楽。飯山市に入るところでは、また千曲川を渡る。だいぶ下流になっているらしく、川幅もかなり広い。
 飯山の市街地に入って、分岐路で迷うことがあったけど、確実に国道と県道を選んでことなきを得た。
 撮影場所である「文化交流館」には8時前に到着した。結構でかい建物。8時には職員が来てくれて、内部の撮影を済ませる。基本的にはコンクリートの建物なのに、木材も構造材として豊富に使われているっぽい。
 外装も下の方は木材が使われている。屋根は木材と似た色の金属が使われている模様。
 建物全体の形は幾何学的で、うーん、なんと表現していいのかわからない。
 10時過ぎには撮影を終了だ。
 次はひたすら志賀高原を目指す。目的の「高原ロマン美術館」は国道沿いにあって、迷うことなく着いた。所要時間は30分程度。最後は国道がやたらと狭くなってきて、ちょっと焦ったけど。
 白っぽいコンクリートで曲面を描いた感じの建物。それとは別に、ガラスをはめ込んだ円錐状の建物もある。コンクリートの建物の表面にいくつも細かくめ込まれた三角のデザインは、円錐を投影したものなのかな。
 ここは建物内部のほうが、見どころが多いみたいだ。壁が曲面になっていて、ガラスをはめ込んだ天井へと視線が導かれたり、コンクリートの壁に対して板を貼った天井など、なかなか面白い。
 11時前から12時ごろまで撮影。
 なんと今日の撮影はこれで終了で、このあと行く「北斎館ほくさいかん」は有里子さんの趣味みたいなものらしい。近くのカフェでオシャレ系の軽めのランチを食べる。
 午後1時を過ぎると雲が増えて、日差しもときどき差し込む程度になる。
 撮影が終わったので、北斎館に向かう道程はドライブ気分だ。
 道すがら、有里子さんが明日の予定について、俺に相談を持ちかけてきた。
「明日は天気が今ひとつっぽいし、移動日程度に考えているんだけど、実は、この間、八ヶ岳の別荘地で見つからなかった山荘があるでしょ? あれ、もう一度、トライしてみたいんだけど、付き合ってくれないかな?」
「別に俺はいいですよ。だけど、追加の手がかりはありそうなんですか?」
「それが、一昨日おとといから状況は変わってない……」
「……」
「やっぱり、ダメ?」
「探すのはいいですけど、しらみつぶしってわけにもいかないですよね?」
「じゃあ、手がかりを探すところから手伝ってくれない?」
「なんで、そんなにその山荘を見たいんですか?」
「山荘は施主せしゅの名前をつけて〝山中山荘〟って呼ばれてる。山中山荘を設計したのは元山もとやま道哲みちあきさんという建築家なんだけど、その人の最初期の作品なの。いくつかその人の設計した建物を見たけど、どれも好きなのよ。それに設計事務所は横浜にあって、お会いしたこともあるんだけど、山荘は個人の私有物だからって場所は教えてもらえなかった。最近、その建築家の元山さんが買い取ったらしいんだけど、今回もやっぱり場所は教えてくれなかった。まあ理由はわからなくはないんだけど……その山荘の資料をまとめてるから、あとで見せる」
「わかりました。俺がどれくらい役に立つかわかりませんけど、面白そうだし、一緒に探しましょう」
「ありがとう。お願いします」
 有里子さんにはなにしろZ250の恩があるからな。そこまで真剣に探しているなら、協力しないわけにはいかない。
 30分ほどで小布施町おぶせまち北斎館ほくさいかんに到着。
 葛飾北斎といっても、俺には、江戸時代の浮世絵師うきよえしで、波の絵の人、というくらいの知識しかない。有里子さんに付いて歩く。絵は小さくても、なんか独特のタッチで、俺に迫ってくる。つまり迫力がある。企画展では「北斎から学ぶ! 植物・動物の描き方」というのをやっていた。
 そのあと、岩松院がんしょういんというお寺に車で移動する。
 ここの天井に大きく描かれた『八方睨はっぽうにら鳳凰図ほうおうず』は、北斎の最晩年の作だそうだ。
 北斎の集大成に睨まれた俺は、なんか自分自身を問われているような気がした。お前はいったいどうするつもりなのか、と。何について問われているのかは、わからないけれど。
 小布施町の最後は、蒼山さんにすすめられたというJAZZ Cafeに寄る。古い建物を利用した店内には、アナログレコードの優しい音とコーヒーの甘い香りが漂う。
 昼が軽かったのでふたりともスパゲティーを食べ、さらにコーヒーと栗のケーキのセットを頼んだ。
 そこで例の八ヶ岳の山荘の話になった。
 有里子さんが車から、建築家・元山道哲と山中山荘の資料をまとめたA4サイズのファイルとMacを持ってきた。
「山中山荘」は、床の上に各部屋が独立して配置してあって、そこに屋根が被せられただけという開放的な別荘で、リビングルームに当たるところには壁とか窓とか一切なくて、完全スルーのテラス状態。緑に囲われた別荘だから成り立つのだろう。
 元の施主も夏しか使わない前提で設計を頼んだらしいけど、たしかにこの構造じゃ、冬は寒過ぎる。
 こんな構造だと、外から覗かれたら丸見えだし、場所を知られて頻繁に見学でも来られた日には、とてもじゃないけど落ち着いて住んでいられなくなっちゃうもんな。
 書籍か雑誌の記事には、横浜にある元山さんの自宅の写真もある。
 変わった形の4階建ビルの上半分が住居らしい。そこも、その山荘にちょっと通じる、開かれた構造を感じる。
 山荘の居間部分を思わせる住居の中庭には、打ちっ放しコンクリートの壁に、なんとバスケットボールのゴールリングが!
 これを見て探す気が一気に高まった俺は、友達とカラオケ中にもバスケのことを考えている美那と同じ病気をわずらってしまったらしい……。
 有里子さんがこれまで調べたのは、ネットの検索に、ネットの地図の航空写真、建築関係の書籍、雑誌、国土地理院のWebで出せる地図など。
 ただ場所の具体的な手がかりになるような情報は、八ヶ岳の山麓にあることと、山荘の平面図と、何枚かの山荘の写真、建った年くらいしかない。八ヶ岳の山麓は別荘だらけで、一体いくつあるかわからない。
「有里子さん、めちゃ大変そうですね。だけど、俺、探して出してみたい」
「ありがとう。ただ、わたしも相当調べたけど、それでもいまだに見つからないから……」
「有里子さん、コートに足を着くまでがシュートのチャンスですから!」
「え、なに、それ?」
 俺はついカイリー・アービングのすごさを有里子さんに力説してしまった。
「わ、わかった。とにかく最後まで諦めずにシュートを打つ、ってことね?」
「ま、まあ、そういうことです。美那からも最近じゃ、カイリーとリユを合成して、カイリーユって呼ばれているくらいで……つい熱く語ってしまいました。すみません」
「別に謝らなくてもいいわよ。じゃあ、期待してるから、カイリーユ!」
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