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第2章

2-6 有里子のカミングアウト(1)

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「蒼山さん、一緒にご飯、食べてく?」
「そうだね。ずっと天気悪そうだし、たぶん計画も再検討した方がいいね」
「車は駅の町営駐車場よね?」
「そう」
 最後の撮影場所の教会から15分ほどで大型スーパーマーケットに到着した。食料品などを買い込むらしい。さすが軽井沢のスーパーだけあって、成城石井のような品揃えだし、長野の特産品もたくさんある。美那が見たら喜びそうだな。
 3食×2日×3人分はありそうな食材を購入した。スーパーの駐車場を出て、鉄道の高架下を抜け、さらに踏切を越えて、すぐに右折すると、蒼山さんと待ち合わせしていた中軽井沢駅前に出た。
「じゃあ、車を出したら、後に続いていくから」
 蒼山さんが車を降りていく。
「たぶんちょっと時間がかかると思うわよ」と、有里子さんが言う。
「なんでですか?」
「わりとレトロな車に乗ってるから」
「へぇー」
「あ、それからさ、今日と、たぶん明日も、別荘で自炊するつもりなの。加奈江さんに聞いたんだけど、リユくんって家事をするんだって? 昨日も美那ちゃんとふたりでシチューを作ってくれた、って言ってた」
「ええ、まあ」
 有里子さんまでかーちゃんを名前呼びか。でもまあ、俺の母親としてではなく、ひとりの人格として扱いたくなる個性があるもんな。
「提案なんだけど、別荘に泊まる日に家事を分担してくれたら、そのぶん別にバイト代を払おうと思うんだけど。加奈江さんにはすでに話はしてある」
「家事ってどのくらいのことですか?」
 別のバイト代って、ちょっと助かるかも。
「わたしは料理があんまり得意じゃないから、料理と片付けとあとはお風呂掃除とか? 料理は簡単なものでいい。すぐに食べられる食材も買ったし」
「そんなものでいいんですか」
「もっとやってくれたら助かるけど、今日体験した通り、仕事はそんなに楽じゃないでしょ? しかも今回は天気に左右されやすいから、バタバタと動きまわらなきゃいけないことも多そうだし」
「確かに思ってたよりもキツそうですね……でもそのくらいなら大丈夫ですよ。昨日も午前中に美那とバスケで1対1の対戦を倒れそうになるまでやって、そのあと、簡単な昼飯を3人分作って、夜もシチューを作りましたから」
「すごいなー、やっぱ高校生は若い!」
 有里子さんは笑いながらそう言って、俺を見る。
「1日3000円くらいでどう? もしそれ以上にやってもらうことになったら、その分は別に考えるし」
「もちろんやります。バスケでもいろいろとお金がかかって、美那に返さなきゃいけない分もあるし」
「助かる。軽井沢は外で食べると高いし、時間もかかるし、リラックスできないし。じゃあ、お願いします」
 駐車場から車が出てきた。うわー、古いミニじゃん。シブ!。それにちいせー。
 最初に撮影した辺りを過ぎて、ガソリンスタンドのところで左折する。軽井沢別荘地とかいう看板が立っていた。林の中をしばらく行くと、左右に別荘や山荘が見え始め、徐々に別荘地っぽくなってくる。曲がりくねった道を進み、細い道を右に入る。
「この辺り、何度来ても覚えられないのよねー。ナビがなきゃ無理」と、有里子さんがつぶやく。
 しばらく行って、さらに左に入る。そこから2、3軒目の別荘の敷地に有里子さんはCX―5を入れた。蒼山さんのミニも続く。
「さあ、着いたわ。管理人さんが使えるようにしてくれているはずだから、ちょっと休んでご飯を作りましょ」
「了解です!」
 思いの外、大きな別荘。俺ん家よりでかい……。
「おつかれ」と、蒼山さんがミニから降りてくる。
 3回往復して、機材や食料品、手荷物などの荷物を別荘に運び込む。
 中は普通の住宅と違って、余計なものがない。その分、余計広く感じる。がっちりとした薪ストーブもある。
 俺には2階のゲストルームが割り当てられた。
 部屋はこざっぱりしている。クッションが二重のシングルベッドには、掛け心地のよさそうな夏用の羽毛布団が掛かっている。簡素だけど高そうな木製のデスクと椅子、デスクライトもある。小さな本棚には日本と世界の文学の単行本のほか、推理小説の文庫本なども収められている。やっぱり、有里子さんの実家は金持ちなんだなぁ。
 部屋を見回してから1階に降りていくと、食卓テーブルの上に購入した食材が並べてあった。
「今日は遅くなったから、パンとハムとチーズを食べようと思うんだけど、それ以外に何か作れそう?」
 鶏肉と玉ねぎに人参とジャガイモ、キャベツ、そしてバターか。高原レタスにドレッシング。
「簡単なスープとサラダならわりとすぐ、まあ1時間はかからないでできると思います」
「じゃあ、お願い。蒼山さん、その間に打ち合わせしちゃいましょ」
「なんか霧が出てきちゃったな」
「泊まってけば? そしたら飲めるし」
「そうだな。そうすっか。じゃ、奥さんに連絡する」
 どうやら蒼山さんも泊まることになったらしい。ちょっと待て。もし蒼山さんが泊まらなければ、有里子さんとふたり切りだったのか……。勝手にホテルで別々の部屋だと想像してたからな。まあでもそんな雰囲気にはなりそうもない。
 初めて使うキッチンで要領がつかめなかったから、普段よりも手間取ったけど、40分くらいで最終段階にたどり着いた。あとは味を整えて、10分ほど煮込めばいい。
「あと10分くらいでできます」と、リビングのソファで仕事をしていたふたりに声をかけた。週間天気予報とにらめっこしながら、どこをどういう順序で取材して、どこにいかないかを協議している。
 ふたりはすぐに作業を切り上げて、食卓の支度をしてくれる。
 有里子さんは皿を出したり、スプーンはどこにあるのかといった俺たちからの質問に答えたり。
 さすがに喫茶店を経営している蒼山さんの手際はよく、バゲットを切り分け、俺の作ったサラダを皿に分け、ハムやチーズを適当に配分する。
 大人2人はワインで、俺はりんごジュースだ。スープをけたら完成。
 スープを一口すすった有里子さんが、「おいしー、やっぱリユくんに頼んで良かった!」と言ってくれて、ほっとする。
 蒼山さんも「うん、うまい」と、言ってくれた。
 まあ味見をして、それなりに自信はあったけど。
「今朝、リユくんの淹れてくれたコーヒーを飲んで、加奈江さん――あ、リユくんのお母様ね――から料理とかの話を聞いて、お願いしようかなぁーって密かに思ってたの。現場の仕事もソツなくこなしてくれたし、頼んでも余裕ありそうだなって」
「コーヒーを淹れるのもうまいんだ?」と、蒼山さん。
「うん」と、有里子さんが答える。「コーヒーハウス・アレックスのマスターを前にして言うのもなんだけど」
「あの、ちょっと聞いてもいいですか? なんでカフェのマスターがガイドとして有里子さんと一緒に仕事をしているんですか?」
 有里子さんと蒼山さんが顔を見合わせて、笑みを浮かべる。
 蒼山さんが笑顔のまま口を開く。
「僕がやってるアレックスって店は、中山道なかせんどう碓氷峠うすいとおげの途中にあるんだ。リユくんがこの辺のことをどのくらい知っているかわからないけど、新しくて走りやすい碓氷バイパスが群馬側と軽井沢を結んでいて、普通はみんなそっちを通る。うちの店に来るのは、地元の人か、明治時代の煉瓦造りの鉄道橋とかを見にくる人か、ハイキングか、ユリちゃんみたいな物好き」
「物好きっていうか、バイクとか車好きはあっちを通りたいでしょ?」
 俺はスマホのマップで碓氷峠を調べた。同じ国道18号でも北側にあるした方か。やっぱZ250で走るなら、こっちがおもしろそうだな。
「正直、経営は厳しい。でもそれは店を出す時からわかっていたこと。ただ不思議なことに生きていける程度にはお客さんは来てくれる。でも開店当初なんかは、工場の夜勤をしてたりしたからなぁ。で、払いのいいユリちゃんから声がかかると店をほっぽり出して、お手伝いさせてもらうわけ」
「へぇ、そうなんですか」
 有里子さんは面白い人という言い方をしてたけど、たしかにちょっと変わった人みたいだな。
「でもなかなかいい場所だもんね」
「それが取り柄だから」
「わたしが車で通りかかって店に入ったら、お店に誰もいなくて、すみませんって声をあげたら、カウンターの中で寝ていた蒼山さんが起き上がってきて、びっくり」
「いろいろ話すうちに、学生時代にやっていたガイドのバイトで県内の観光とか道に詳しいことが、ユリちゃんの仕事に役立つことがわかって、いつの間にか手伝わされることになってた。こっちも助かってるけど」
「もう夏休みに入ってるけど、早紀さきさん、お店の方は大丈夫だったのかな?」
「今日のお客さんは20人だって。あいつはチェーン店のカフェでバイトしてたから、そのくらい楽勝。まあ、あんまりっぽり出しているとあとが大変だけど」
 早紀さんというのは蒼山さんの奥さんのことらしい。
「あのミニって相当古いやつなんですか? 70年代とか?」
「そこまで古くないよ。97年式。21世紀生まれのリユくんにはそんな風に見えるんだな。デザインは昔からあんまりかわってないからね。今のミニは僕には全くの別物に感じられる」
「お店の名前のアレックスって、なんかミニと関係してるんですか? どっかで見たことのある名前だと思って」
「お、うれしいね、そこに気づいてくれるとは。ミニの設計者のアレック・イシゴニスと、サスペンションの設計者のアレックス・モールトンから頂きました。アレックとアレックス。まとめてアレックス。スペルはAlecs」
 蒼山さんはジャケットから名刺入れを出して、店の名刺を俺にくれた。
「リユくんくらいの歳に好きになって、大学に入って金貯めて、中古で買ったんだ」
「蒼山さん、その話は長いからやめとかない?」
 有里子さんが笑顔で言う。
「ユリちゃんには車の中でずいぶん聞かせちゃったからな……。じゃあまた機会があったらね」と、蒼山さんが俺に笑いかける。
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