カイリーユと山下美那、Z(究極)の夏〜高2のふたりが駆け抜けたアツイ季節の記録〜

百一 里優

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第2章

2-4 キスの余韻とバイト

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 家までの短い帰り道。俺は考える。
 今のキスの意味は一体何だったんだろう、と。
 最初はほっぺた。次は唇のすぐ横。ここまでは挨拶とか感謝とか、儀礼的なキスと考えられなくもない。
 でも今のは間違いなく唇に来た。誤射じゃない。
 確かに欧米の人なら儀礼的なキスと言っていい軽いキスだ。時間もせいぜい1秒。
 ただ、軽いと言ってもそこそこ押し付けられてはいた。
 〝チュ〟ではなく、〝ぶチュっ〟という感じ。
 あんまりロマンチックな感じではないが……。
 これって、俺にとっての、初キスじゃん! まさか美那に奪われるとは……。
 嬉しくないと言ったら嘘になる。確実にウソになる。
 でも困惑もすごい。姉と弟の一線を越えてしまった感じ?
 だがそもそも最近は姉弟というより、親友に近い感じだ。かーちゃんも混じると親しい女のいとこ的な感じだが。
 男女の親友の、それなりに強めの、軽いキス。
 解釈が難しすぎる。
 明日からしばらく会わないで済むのは幸いだ。どんな顔をして、美那と対面したらいいのかわからない。たぶん美那はふつーのかおで「おはよー」とか言うんだろうけど。なにしろあいつは経験者だからな。俺はバスケもこっちも初心者だし。
 おっと、あやうく家の前を通り過ぎるところだった。
 夕食の片付けはかーちゃんがしてくれていた。
 かーちゃんと顔を合わせるのを避けたかったので、かーちゃんの部屋のドアの外から、「ただいま。俺、明日があるから、先に風呂入って、寝るわ。有里子さんが10時に来るから、そのときはよろしくな」と、軽い感じで言った。
「うん。わかったー。おやすみ」
 こういうときは、かーちゃんの素っ気ない対応は助かるな……。

 7月22日月曜日。
 6時には起きてしまった。すっかり早起きグセがついてしまっている。
 今日から有里子さんの撮影旅行の雑用のバイト。
 でも、また朝から雨ですよ……小雨だけど。長野はどうなんだろうな。予報を見る限り、少なくとも良くはなさそうだよな。
 朝になったら、昨晩の感情はだいぶ落ち着いていた。風呂の中でも寝る前も悶々としていたけど、さすがに昨日は超ハードな美那との1on1で疲れ切っていたから、あっという間に眠りに落ちていたらしい。
 新聞を見ると、野球部は昨日の5回戦をまた完封勝利で突破してる。今年は甲子園に行けるのかもな。
 部屋でハンドリングの練習をしてから、7時半ごろ、トーストとサラダと目玉焼きの2人分の朝飯を作る。食後にコーヒーも2人分淹れておく。かーちゃんは8時ごろ起きてくるだろう。ちょっと冷めちゃうけど、許してね。
 しかし、香田さんといい、美那といい、このところ女絡みで困惑の連続だ。こういう時はカイリーの動画に限るな。
 カイリーのプレーはから一見派手に見えるけど、実は無駄のない動きなんだよな。フリースタイルバスケのような魔術的なドリブルをしても、あくまでもそれは敵をかわすためだ。
 そして一番すごいと思うのが、最後の最後までシュートをするのを諦めないこと。常にゴールの位置を意識して、スペースを見つけて、どんな状況でも、どんな体勢でも、シュートを打っていくんだ。
 俺も早くこんなプレーができるようになりたい。
「里優、朝ごはん、ありがとー」と、下から母ちゃんの声。8時半。やっと起きたか。昨日は遅かったみたいだな。
 下に降りて、かーちゃんの朝飯に付き合う。と、いっても、食卓に座って、コーヒーの残りにミルクを足して電子レンジで温めたカフェ・オレもどきを飲みながら、新聞をめくってるだけだけど。おっさんか!
 9時50分になって、有里子さんから電話が入った。近くまで来ているけど家がわからないというので、家の前に出ることにした。ついでに荷物を玄関にまとめておく。
 すぐに渋い赤のマツダCX―5がやってきた。両手を上げて、振る。車を我が家の2代目フィットの横に停めてもらう。しかしこうやって並べられると、違いがはっきりするな……。
「かーちゃん、有里子さんが来た!」
「かーちゃん、って呼ぶんだ?」
「え、ああ、はい」
 しまった。しかし知り合いの大人の女性を家に迎い入れることなんて初めてのことだからな……。
「なんか可愛らしくていいね」
 意外にも有里子さんの評価はポジティブだ。ださいと思われたと思った。でも、可愛らしい、ってやっぱ子供扱いなんだろうな。
 かーちゃんがそれなりに身なりを整えてやってきた。普段家の中では、あるものを着る的なところがあるからな。横浜とか出る時は、今みたいな格好をするけど。
「初めまして。里優の母の、森本加奈江と申します」
「こちらこそ、初めまして。里優くんに1週間ほど仕事を手伝っていただきます、長谷部有里子と申します。よろしくお願いします」
「こちらこそ。あまり役に立たない子だと思いますけど、どうぞビシバシ使ってやってください。玄関ではなんなので、どうぞお上りください」
「では少しだけ。あ、リユくん、自分の荷物をリアゲートに入れておいて。はい、鍵。ナンバーの上辺りにボタンがあるから。わからなかったら声をかけて」
「コーヒーか紅茶か緑茶か、何がよろしいですか?」
「ではコーヒーで」
「リユ、それ終わったら、コーヒー淹れて」
「はーい」
 有里子さんの前だから素直に返事したけど、ほんと人使いが荒いぜ、かーちゃんは……。でもライディングスクールに任意保険、承諾書、さらには美那の家の心配まで、いろいろと面倒をお掛けしてますからねー。
 リアゲートを開けると、写真機材らしきアルミケースやナイロン製のバッグ、三脚なんかがたくさん入っている。でもちゃんと俺の荷物のスペースは空けておいてくれている。
 家に上がると、有里子さんが、仕事の内容やら行き先やらを説明している。台所で湯を沸かして、コーヒーを2人分入れる。俺は今朝飲んだからパス。
 パスと言えば、美那とパス交換してえな。いや、まて、美那はあれだ。今はダメだ。とにかくバイトで1週間留守にできるのは助かるな。
 コーヒードリップ用のポットで、丁寧にお湯を落とす。なにしろお客様に出すやつだからね。俺とかーちゃんだけで飲む時とは違う。
 なんか、かーちゃんと有里子さんは、共に独立して仕事をしている女性として、話が合うみたいだ。なんか妙に盛り上がっている。
 有里子さんはかーちゃんの要請に応じて雇用契約書を作ってきていた。かーちゃんから、よく読んで納得したらサインして、と言われる。ざっと目を通して、まあたぶん大丈夫だろう、という感じで署名した。それから、かーちゃんが有里子さんに親権者承諾書を渡す。これで出発準備完了だ。
 今日はとりあえず有里子さんの両親が所有する軽井沢の別荘に行く。時間に余裕があれば、軽井沢周辺の建物を撮る。そこを拠点にして、八ヶ岳をぐるっと回るようにして、何箇所かホテルに泊まって、有名な建築を撮影していく予定だ。日程に余裕があれば、北は新潟県に接する飯山市、南は岐阜県に近い飯田市にも足を延ばすらしい。基本、俺はついていくだけ。

 CX―5に乗り込んで、俺の家を出た時には10時を20分回っていた。
 この間、Z250で走った辺りに出て、幸浦から有料の湾岸道路に乗った。なんか久々の旅行でちょっと気分が上がっている。早くZ250でツーリングに行きてえ!
「Z250の調子はどう?」
「もう最高なんですけど、ようやくこの間ライディングスクールの2回目が終わって、乗ることが許可されたばかりだから、まだほんの数回しか乗れてないんです。しかも最近、美那のせいでやたらと忙しくて」
「美那ちゃんねー、可愛いわよね。たしかにリユくんだと振り回されそう」
「ほんともういろいろ連れ回されて困ってます」
「でもいいじゃない、あんな可愛い子と一緒に居られるんだから」
「まあ、可愛いと言えば可愛いですけど、俺に対して、いや僕に対しては当たりがきついというか」
「取材中とか仕事以外の時は、オレ、でいいわよ」
「はい。ただまあおかげでバスケもすごく上手くなって、いやまだ下手なんですけど、それでもバスケらしくはなってきました。おまけに定期試験もいままでになくいい成績で自分でも驚くばかりで」
「じゃあ美那ちゃんはリユくんの女神様みたいなものじゃない」
「そうですかね……」
 確かに最近美那とやたらとツルむようになってから、バイクも手に入るし、ライディングスクールで上手くなったし、成績も上がるし、おまけに香田さんからオトモダチ交換されちゃうしな。バスケもえらい楽しくて、充実しまくってるし。
「話は変わるけど、今回の取材はもうひとり、ガイドさんが加わることになって、軽井沢で落ち合う手筈てはずになってるの」
「あ、そうなんですか」
 2人きりを少しも期待していなかったといったら嘘になるけど、逆に変に緊張しなくて済みそうだな。
 横浜から東京にかけては雨は降っていなかったけど、関越自動車道に乗って、埼玉県に入ってしばらくしたら雨が落ち始めた。ワイパーがきれいにフロントウインドウを拭き取っていく。
「今回の取材旅行は残念ながらずっと雨に付きまとわられそうね」
「そうみたいですね。いつになったら梅雨が明けることやら……」
「まあ雨なら雨でしっとり降ってくれればいいんだけど。曇りが続くのが困るのよね」
「そうなんですか。やっぱ、光が違うんですか。いや、違うでしょうけど」
「そうなのよね。曇りだと散乱が強くて、影が出ないし、コントラストがつきにくいし、色もパッとしないでしょ。雨だと、ものによるけど、風情が出るから」
「そうなんだ。そういや、かーちゃん、いや母も写真が好きで、結構いいカメラを持ってます。俺も今回コンデジを一台借りてきました。くれぐれも有里子さんの仕事は邪魔をしないように言われてますから、休憩時間とかそんな時に撮ろうと思って」
「何を借りてきたの?」
「GRっていう、ちょっと大きめのコンデジです」
「へえ、GR。ほかにはどんなのを持ってらっしゃるのかしら」
「ソニーの一眼です。しかも2、3台。三脚もけっこうがっちりしたやつがあって、この間、正式なZ250の乗り出しの時、写真を撮ってくれました。そんとき美那もいたから3人の写真とかも撮って」
「そうなんだ。もうすぐパーキングで休憩するから、そのとき見せてよ」
「ああ、もちろんいいですよ」
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