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第2章

2-2 サスケコートで勝負!

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 7月21日、日曜日。日曜日だけど夏休みだからあんまり関係ない。かーちゃんもフリーの仕事だから、忙しい時期には曜日なんか関係ない。
 野球部が5回戦のはずで、盛り上がるやつは球場に行って盛り上がってるんだろうな。

 そして今日もどんより曇り空。ただ深夜に降っていた雨は止んでいる。明日からは有里子さんのバイトがあるから、美那との練習も今日を最後にしばらくお休みだ。
 だから今日は気合を入れて、サスケコートで美那と1on1対決。
 朝、ふたりで、わざわざ何軒かのコンビニに寄って、そのたびに千円札でスポーツドリンクを1本だけ買って、小銭をたくさん作った。
 美那の提案で、スタバのフラペチーノを賭けた戦い。1点当たり10円で、先に目標金額に達したほうが勝ちだ。
 コートの脇にドリンクの釣銭を集めて、点を取ったら、10円ずつ積み上げて、100円に到達したら100円玉と交換する。賭けと言っても、ふたりで適当に金を出し合ったから、本当の意味での賭けではないけど、まちがいなくモチベーションは上がる。
 美那はストロベリー・フラペチーノの650円、俺はチョコ系のフラペチーノの550円。100円分ハンデをもらった。
 恐ろしいことに、最大で130回くらい戦うことになる。いや待て。それは美那が攻撃全てで1点シュートを決めた場合だ。2ポイントもあるし、逆にシュートが決まらなければ、永遠に終わらない。攻守交代制なので、最小でも俺が2ポイント27本に1点シュート1本で、その間美那の攻撃もあるから、55回か。それはないだろうし、勝ち負けより生き残れるかが不安だ。
 ここでは女子の2倍ポイントはなし。もちろん2ポイントシュートは有効だ。攻撃と守備はショットごとに交代。時間の感覚を身につけるためショットクロック12秒はスマホのタイマーで計る。20秒でセットして、12秒になったらゲームを開始する。20本を目安に休憩することにした。
 美那がラインを引くために緑色の養生テープを買ってきていて、俺が家からメジャーを持ってきた。杉浦さんの了解を得て、適当な間隔でテープを貼る。破線で、大まかな外枠とアークのみだ。舗装の表面はまだ若干湿っぽいけど、濡れてはいない。
 メジャーは5・5メートルしかないから、距離は正確とはいえないし、アークの弧の部分も適当。それでもないよりは全然マシで、コートっぽくなった。
 9時半ごろ対決開始。コイントスで先行は美那だ。
 1本目は気合たっぷりの美那にあっという間においていかれる。6番ラグビー高田さんも速かったけど、美那にはやっぱりバスケのスピードがある。2本目は俺がドリブルからミドルショットを放つけど、失敗。楽にシュートを打たせてくれない。
 最初の20本が終了。まだ10分も経っていないけど、先は長いから、木陰で休憩だ。
 得点は2対9。もちろん美那が9点。予想外の大差だ。俺は2ポイントの1本だけ。10円玉の高さの違いが遠くからでもわかる。
「なんかおまえ、前より動きがよくなってない?」
「わかる? この間の試合で自分の動きの悪さを痛感したの。6番ラグビー高田さんとか7番サッカー女子とか、もちろん大学バスケの経験者とか、そしてなによりカイリーユ選手」
「俺? ぜんぜん負けてるじゃん、前から。俺もあれから少しは上手くなったと思ってたのに……」
「うん、よくなってる。特にドリブル。でもまだ中学の部活レベルかなぁ。ハンドリングがうまい分、ドリブルとハンドリングを足せば、高1くらいかな」
「ハンドリングは家でも練習できるからな。練習しながら暗記科目やってたし」
「リユはまだまだ伸び代があるから、このままだと抜かれてしまうという危機感、かな? というか、どんどんコンビのレベルを上げていかなきゃいけないからね。あのあと部活が何回かあったけど、みんな、わたしの変貌に驚いてた。たぶんに気持ちの問題もあるんだろうけど、あの試合の中でわたしも上手くなったんだと思う」
 次の20本は俺も頑張った。
 トリッキーなハンドリング――フリースタイルを見て、ちょっと練習してみた――と、変則的なステップで美那をかわす。ゴールは計4本だけど2ポイントが2本あったから6点。美那のゴールは計8本で2ポイントが1本あって9点。8対18。10円玉の高さは同じだけど、美那は100円玉1枚分多い。
 休憩に入っても、すでにふたりとも話す余裕はない。タイマーをセットするのも億劫になってきたから、クロックショットは適当にする。
 41本目から60本目では、なんと5対5の同点。美那は何本も2ポイント狙いで行って、全部外した。俺の方が背が高いし、ジャンプ力も上がってるからな。13対23だ。俺にも100円玉が1枚。でも美那は2枚。
 ところが次の20本は美那が圧倒してきた。たぶんさっきの20本は力を温存してやがったんだ。くそ。レイアップとかで7点、2ポイント2本で4点の計11点。それでも俺もロングシュートに逃げず、ドリブルで勝負にいって、レイアップを2本決めた。
 15対34で、休憩に入る。
 いや、もう、ふたりともヤバイ状態。曇っていて気温はさほど高くないけど、湿度がかなり高い。美那も俺も汗だくだくだ。
 でも、木陰の芝生に座って、足を放り投げて後ろに手をついて、少し顎を上げながら苦しげな表情で胸を上下させる美那は、すごく美しい。まるで青春映画のワンシーンみたいだ。キツさも忘れて、つい見とれてしまった。
「ねえ、リユ、わたし、たぶんストロベリー・フラペチーノをおごってもらう前に倒れると思う」
「俺もお前にストロベリー・フラペチーノを奢れないまま天国に行くと思う」
「じゃあ、ラスト5本ずつで1点100円で行く?」
「うわ、まだやるのかよ。お、でも、それなら4点取った方が勝ちじゃん」
「え、なんで?」
「だってお前は34点だから3点だとまだ640円。10円足りない」
「それ、ずるいよ」
「ずるくないだろ。おまえが言ったんだし、計算上はそうなる」
「うーん。まいいや。4点先に取ればいいんだし」
「俺だって2ポイント2本で4点だからな」
「打たせるもんか」
「よし、勝負だ!」
 1本目は美那がドリブルで簡単に俺を振り切ってゴール。
 2本目は俺が2ポイントのフェイントから、カイリー仕込みの低い姿勢のドリブルで美那の脇の下をすり抜ける。レイアップを決めた。めちゃ美那が悔しがる。たまらん!
 逆に3本目は美那がドリブルと見せかけて、バックステップからの2ポイントシュート。これが入ってしまった。1対3。
 4本目。俺は果敢に攻める。フェイントにシュートフェイクにハンドリングマジック。これまで培ってきた技をすべて披露する感じ。技を尽くしてのドリブルから、最後はゴール下で、必死に付いてきた美那とジャンプで競り合う。高い位置でボールを離すと、美那の伸ばした手を越えて、ゴールをゲット! 最高に気持ちいい‼︎
 2対3。
 5本目は、前の攻撃で全力を出し切ってしまった俺を美那が簡単に振り切って、しかも2ポイントシュートを決めた。
 2対5。ゲームセットだ。
 まともに立っていられない俺の肩を美那が叩き、「とりあえず、休も」と、声を掛ける。
 木陰に倒れ込むように座り、すっかりぬるくなったスポーツドリンクを喉に流し込む。
 美那と目が合う。ふたりとも声を出さずに笑う。というか声を出す力も残っていない感じ。ふと見ると、コートのテープもほとんど剥げかかっている。
 ふたりで芝生の上に仰向けになる。地面がひんやりとしていて気持ちいい。
 しばらくして、美那が俺の方に顔を向ける。
「2ポイント打たなかったね。なんで?」
「お前とこう勝負しょうぶしたかったから」
「そうなんだ。でも2本ともカッコよくて、ちょっとシビれた」
「そう?」
「うん」
 美那の手の甲が、俺の手の甲に触れる。やば、ドキッとするじゃん。そういうこと気安くすんなよな。
「や、やっぱテープ剥がれちゃうな」
「そうだね。毎回貼るのも大変だよね」
「ときどき車庫の中の車を出し入れするみたいだしな」
「そうか……じゃあ、テープを貼るのはこういう練習をするときだけだね。またやろうね、今日みたいなの」
「ああ、いいぜ。そのうち、ぜったいに勝ってやるからな」
「本番までには、カイリーユ選手にはそのくらいになっていてもらわないと。じゃあ今日は、合計740円だから、トッピングもしようっと!」
「650円じゃなのかよ!」
「だって最後は1点100円じゃない」
「ま、いいけど……」
 テープを剥がす前に、目印として、アークの頂点、アークとベースラインの交点、それとベースラインとサイドラインの交点の計5箇所にだけ、新しいテープで貼っておいた。
 帰りがけに杉浦さんご夫妻に挨拶。やっぱりテープはすぐに剥がれてしまったと報告した。
「そうかい。まあ他に方法がないか考えてみよう」
「お願いなんですけど、とりあえず今、5箇所だけテープで印をつけさせてもらっているんですけど、よかったら見てもらえませんか?」
「うん。いいとも」
 ご主人と3人で車庫前に行った。
「ここの真ん中のはどうかな。車の出し入れで剥がれちゃうかもしれないし、タイヤとかに付いてしまってもなぁ。困ったねぇ」
「そうですか……」と、俺。
 横に並んで立つ美那からも残念そうな感じが伝わってくる。
「これはバスケットコートのラインの一部なんだよね?」
「はい。内部の特別なエリアを示すラインの頂点です」
「ああ、あれか。それがないと練習につかえるってことなんだね?」
「まあとりあえずゴールがあれば練習にはなるんですけど、実戦的な練習をするには必要になります」
「うん、わかりました。考えてみます。次は早くて来週の火曜日だったね」
「はい。またお願いします」
 美那と2人で丁寧にお辞儀をして、杉浦邸を後にした。
 それから美那は俺の家に寄り、なぜか疲れ切った俺が3人分のチャーハンを作って、かーちゃんを交え、3人で食卓を囲んだ。
 かーちゃんは美那がいるとほんと機嫌がいいよな。まあ確かに、ぱっと花が咲いたような感じはするよな。地味ーな森本家の食卓に光がすというか。美那もたぶん自宅よりリラックスできるんだろう。
 美那が帰ると、明日からの支度にかかる。
 たいして準備をするものはない。7泊8日分の着替えと洗面用具、雨具。それに加えて、有里子さんから言われたジャケットと襟付きのシャツとチノパン。撮影場所によっては必要になるらしい。
 もちろんバスケットボールも。使い古した1個用のボールバッグを美那がくれたのでそれに入れる。紺色の生地に黒いマジックペンでMinaと書いてあるけど、それはご愛嬌だ。それと外用のバッシュも加える。ドリブルの練習とかもできるかもしれないしな。履いていくのはゴア仕様のローカットのトレッキングシューズ。
 1時間もかからずに準備完了だ。
 ふと思いついて、母ちゃんからコンデジを借りていくことにした。スマホでもまあまあ撮れるけど、俺的にはカメラの方が写しやすい。
「かーちゃん、カメラ貸して。明日から持っていくやつ」
 ちょうどキッチンにお茶をに来たかーちゃんに頼む。
「別にいいけど、里優は助手というか雑用でしょ」
「雑用とはいえ、せっかくカメラマンの助手だし、教えてもらえるかもしれないし」
「わかった。ちょっと待ってて」
「お茶は俺が淹れとくから。緑茶でいいんだろ?」
 ちょっと渋った感じで自室に入っていくかーちゃんの背中に声をかけた。
「うん、お願い」
 5分ほどして、GRという、コンデジにしては大きめのカメラと予備のバッテリー、ベルトに着けられるケースを持ってきてくれた。
「仕事の邪魔にならないようにね。そのカメラ、シンプルだけどけっこう高いんだから取り扱いは気をつけてね。レンズも28mmの単焦点だから、扱いは簡単じゃないよ。防水じゃないから、雨にも気をつけて。それからいろいろ自分向けに設定してあるから、それは変えないでくれるとうれしい」
「もっと簡単なのでいいんだけど。ズームとかついてるやつ」
「だったらスマホでいいでしょ。写真を撮る気なら、それにしなさい」
「わかった。大事に扱います」
 かーちゃんは、なんだかんだ言いながらも、よく使う主な機能を教えてくれた。
 まだ2時半か。さすがに今日はバスケはいいか。それにしてもハードな戦いだったな。考えてみれば、美那も全力を使い切ってたよな。朝練の初日にまったく敵わなかったことを思えば、やっぱ大した進歩なんだな。
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