カイリーユと山下美那、Z(究極)の夏〜高2のふたりが駆け抜けたアツイ季節の記録〜

百一 里優

文字の大きさ
上 下
42 / 141
第1章

1-28 特製ユニフォームと例の男

しおりを挟む
 石川町からJRに乗って、川崎駅で降りる。
 会場のクラブ・プエブロについたのは6時半ごろ。ちょうど開場の時間だ。
 もともとクラブだから、バスケの試合とはいえクラブっぽいし、客は20代から30代くらいが多い感じ。
 チケット買ってあんのに、入場のときにドリンク代500円ってどういう仕組みだ!
 高校生っぽいのはほとんどみかけない。なんかこのなかで一番ガキのような気がする。
 一番前の席はコートぎりぎり。俺たちは最後列とはいえ3列目の指定席だ。
 立ち見の人もけっこういる。
 さほど広い会場ではない。コートの広さプラスアルファって感じ。
 会場はオシャレだけど、地方興行のプロレスより小さいかも。観客数は全部で150人とか200人とかくらいなのかな。
 音楽はガンガンかかってるし、DJみたいのはあるし、やっぱクラブじゃん、ここ。
 美那がトートバッグから何かを取り出す。
 あれ、俺たちの緑のユニフォームじゃん!
 まさか美那ひとりだけそれを着るつもりか?
 ずりー。言ってくれれば俺も持ってきたのに!
 と、思ったら、2枚あって、1枚を俺に渡した。
「着よ」
「なんでお前、同じ色の2枚持ってんの?」
「これは試合用じゃなくて、リユとのペアルック用。番号、見て」
「ペアルックって、お前……16? なんで25じゃなくて? しかもRIYUリユって名前まで入ってるじゃん! おまえは?」
「15。MINAミナ
 どこかで覚えのある数字。なんだっけ?
「前期末試験の順位だよー」
「いや、意味わかんねえし」
「せっかく奇跡的に連番だったことだし、あんなこと2度とないと思うから」
 まー俺があんな上位に顔を出すこともないだろうし、ましてや美那と並ぶなんてことも確率的にはなさそうだ。
「わざわざ別に作ったのかよ?」
「そう。特急仕上げ」
「今日のために?」
「別に今日だけじゃなくて、いいじゃない。記念だよ、記念」
「お前、金持ちな」
「まあまあね。部活が忙しくて、あんまり使う時間もないし、おしゃれにもそれほどお金はかけないし。元が美しいから化粧もほとんどいらないし」
 前に美那の母親側の親戚のお年玉がえらい高いって聞いたことがある。
 確か小学生で親戚から1万、じいちゃんからは5万、中学はその倍、とか。
 親戚が何人いるのかしらんけど、中学生なら1年当たりお年玉だけで十数万円じゃんか! 苦労して貯めた俺の1年間の貯金と同じくらいか……。
「ありがと」と、俺は力なく言った。
 それでもユニフォームに袖を通すと、なんかシャキッとするぜ。タンクトップだから袖はないけど。
 派手な演出が終わって、いよいよゲームが始まる。
 会場内の大型モニターにはコート上の映像が流れる。
 想像していたよりもスピードはないけど、パスのコースとか出し方、体の使い方とかはすごく参考になる。
 それにやっぱり体のつくりが違うな。ウエイトトレーニングを相当やっていそうだ。当たりきつそう。

 3x3とは若干ルールが違っている。
 最初の攻撃を決めるのはバスケと同じジャンプボールだし(3x3はコイントス)、5分間の3ピリオド(3x3は10分間の1ピリオド。短いハーフタイムが入る大会もある)。
 ショットクロックは3x3の12秒に対して、3on3のこちらは18秒と1・5倍だ。
 ゴール後の再開方法も異なる。
 3x3は守備側がゴールから落ちたボールを取ってアークの外に出ると攻撃開始と、プレーが連続して止まらない。だけど、こっちは一度ゲームが止まって、直前の守備側がチェックボールをもらって攻撃側となり再開する。
 ポイントのカウントも違う。
 こっちは普通のバスケと同じ、ラインの内側のシュートが2点で、外からが3点。
 3x3は、アーク内が1点でアーク外からのシュートが2点だから、アーク外からの2点シュートが重みを持つ。オツさんもそれがわかってるからこそ、余計凹んでたんだろう。
 コートのラインもちょっと違うな。3ポイントラインがコートの半分くらいのところで外側に切れていて、ゴール側には3ポイントシュートのできるゾーンがない。

 途中、ちょっとエンターテイメントっぽい演出を含んで、合計4試合。
 最後がメインゲームで、リーグ戦1位のチームが登場。
 さすがに技術が高いし、スピードもある。3ポイントもガンガン決まる。
 ファウルも技のひとつって感じ。
 ドリブルもすげー技を見せてくれる。楽しそー!
 7時開始で、15分×4試合=60分のはずなのに、終了は2時間半後の9時半だった。
 ほかの観客に続いて、出口へと向かう。
「ふう、けっこう長かったな」
「退屈だった? 最後の試合はちょっと興奮してたけど」
「そんなこともないけど、やっぱ自分でやったほうが楽しい。それにカイリーと比べちゃうとな」
「比べるものが高すぎ」
「あれ、美那ちゃん?」と、後ろから男の声がする。
 美那が振り向く。
「やっぱ、美那ちゃん!」
「あ、タスクさん。え、もしかしてあいつも来てる?」
「いま、トイレ行ってる」
「そうなんだ。ありがとう。リユ、急いで出よう」
「あいつって、例の男?」
「そう」
 美那が俺の腕を引っ張る。とはいえ、列は詰まっていて前に進めない。
「おーい、タスク! どこだ?」
「うわー、来ちゃったか……」と、美那にタスクと呼ばれた男がつぶやく。
 人の列を強引にかき分けて、男がやってきた。
「あれれ、山下美那?」
 美那がため息をつく。
「背中にMINAって書いてあるし、子供っぽい髪型もおんなじだし」
 美那は舌打ちして、前に進みながら振り返る。俺も一緒に振り返る。
 人混みに押されて、そのまま会場を出た。
「なんだよ、ミナ、来てたのかよ。なにそれ、新しいチーム?」
 美那は男を無視して、ずんずん進んでいく。
「無視していいから」と、美那が俺に囁く。
「せっかく声をかけてやってんのに、シカトすんなよ」
 男の手が美那の肩に触れる。
「馴れ馴れしくさわんなよ!」
 男の手を払った美那は立ち止まり、男と対峙する。
「もうあんたとは関係ないでしょ!」
「だれ、となりのボーヤは? 彼氏? おまえにお似合いじゃん。ふたりともお子ちゃまで」
 男は、俺たちを覗き込んで、見比べる。
 ラフに見えるけど整えられた長めの髪。シャープな顔立ちだけどニヤついた目。歪んだ口元。
 服は、高級ブランドのカジュアルなのをラフに着こなしている感じ。
 カッコつけて口を開かなかったらモテるだろうよ、って感じの野郎だ。
「おい、やめろよ、シュン」と、タスクさんが間に入る。
「子供らしくミニバスケでもやってろ」
「たいしてうまくもないくせに、カッコつけてんじゃないわよ!」
 美那の体が怒りで震えている。
 男は自分のバスケに自信を持っているらしく、美那の言葉にも余裕の表情だ。
「なんだよ、そのダサいユニフォーム。よくそんなもん、外で着られるよな。しかもペアで。笑える」
「なんだ、てめえ! これのどこがダサいってんだよ。最高にカッコいいだろうが!」
 俺は一歩前に踏み出していた。
 まずい、この感覚はテニス部の仲手川の時と一緒だ。
 隣で美那が、「え、それ?」とつぶやく。
 美那がデザインのコンセプトを考えてくれたんだぞ、俺のZをモチーフにして! と、心の中で叫ぶ。
「いいよ、リユ。もう行こう」
 美那が俺の腕を掴む。でも俺は美那を引っ張るようにして、さらに男に近づいた。
 たしか美那は178くらいとか言ってたけど、確実に80は超えてる。オツとたいして変わらない。ガタイも俺なんかよりずっとガッチリしてる。でもこいつの眼を見てると、なぜかバスケで負ける気がしない。
「おまえがバスケで俺にかなうわけねえだろ」
 自分でも意外だったけど、俺の声は低く落ち着いていた。
 でも何言ってんだ、俺。まだ1カ月のキャリアで。
 ま、いいか。ムカつくし。
 男は戸惑ったようだ。一瞬の間がく。
「は? 俺を誰だか知ってんの? ストリートじゃ、ちっとは名の知れたボーラーなんだよ。高校の部活くらいでチョーシこいてんじゃねえぞ! いつでもこいや。勝負してやるわ!」
「あんたね、彼のプレーを見たら、そんな大口叩けなくなるから、覚悟しておいたほうがいいわよ」
 美那まで盛っちゃうかぁー。
 しかも、〝こいつ〟じゃなくて〝彼〟だってよ。
「へ、初めてだからって、シクシク泣きやがったコドモが笑わせるぜ」
 さすがにそのセリフは許せんだろ!
 俺が拳を握りしめてさらに踏み込もうとした時、タスクさんが俺と奴の間に素早く体を割り込ませる。
「おい、いい加減にしろ、シュン! 美那ちゃん、早く行きな」
「いまのうちだけでもそうやって偉そうにしてれば? バカじゃないの。行こ、リユ」
 美那は捨て台詞を吐くと、俺の手を取って、早足で離れ始めた。
 後ろでシュンとタスクのめる声がしている。
 くそ、なんかスッキリしねえ。
 でも喧嘩はまずい。テニス部で赤羽さんに言われた「暴力はやめとけ」という言葉がいまでも強く心に残っている。
 それに今は高校野球の県大会の真っ最中だ。問題を起こしたりすると、野球部のやつらに申し訳ないしな。タスクさんが間に入ってくれて、助かった。
 美那はグイグイ歩いて、映画館なんかがあるエリアに入っていった。そして噴水が中央にあるすり鉢状の階段の上の方に座った。俺も隣に腰を下ろす。カップルがいっぱい座ってるじゃん。
「ああ、ハラ立つ!」
 美那は軽く言っているが、瞳には涙を浮かべている。
「わたし、ほんとバカだ。なんであんなのと……」
 美那は大きくため息をついて、がっくりとうなだれた。
 こんなとき、なんて声をかけていいのか、さっぱりわからない。
「タスクさんだっけ? なんか、もうひとりの方はすごくマトモそうなのにな」
 美那が顔を上げる。
「……だよね」
「確かにあいつ、バスケはうまそうだったけど、あいつの眼の中を覗き込んだら、俺はあいつにバスケで負ける気がしなかった」
「そういえば、リユ、かっこいいこと言ってたね。バスケで俺に敵うわけない! とか」
「言った後で、そういや俺まだバスケキャリア1カ月だ、って思ったけど」
「ハハ。リユってほんと笑える。ユニフォームで反応するし……でもかっこよかった。ありがとう。ヤな思いさせてごめん」
「俺にとっては、敵がリアルになって、ちょうどいい機会だ。なんかますますやる気が湧いてきた。本気でカイリー超えを目指すかっ!」
「とりあえずリユのお気に入りのこれは脱ごうか? 目立つし」
 そう言って、美那が無理に笑顔を作る。
「そうだな」
 俺は裾の方からめくって、Z―Fourのユニフォームを脱いだ。
 脱いだら、美那の顔がすぐ前に。
 あいつの唇が、俺の唇のすぐ横に触れる。
「サンキュ」と、小さく口唇が動く。
 呆気にとられる俺を余所よそに美那はすっと立ち上がり、自分のユニフォームのタンクトップを脱いだ。
「スタバ、行こ」
 2枚のユニフォームをトートバックに押し込み、俺の手を取ると、すぐそこのスターバックスに向かって走り出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~

kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。

GIVEN〜与えられた者〜

菅田刈乃
青春
囲碁棋士になった女の子が『どこでもドア』を作るまでの話。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件

遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。 一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた! 宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!? ※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。

Cutie Skip ★

月琴そう🌱*
青春
少年期の友情が破綻してしまった小学生も最後の年。瑞月と恵風はそれぞれに原因を察しながら、自分たちの元を離れた結日を呼び戻すことをしなかった。それまでの男、男、女の三人から男女一対一となり、思春期の繊細な障害を乗り越えて、ふたりは腹心の友という間柄になる。それは一方的に離れて行った結日を、再び振り向かせるほどだった。 自分が置き去りにした後悔を掘り起こし、結日は瑞月とよりを戻そうと企むが、想いが強いあまりそれは少し怪しげな方向へ。 高校生になり、瑞月は恵風に友情とは別の想いを打ち明けるが、それに対して慎重な恵風。学校生活での様々な出会いや出来事が、煮え切らない恵風の気付きとなり瑞月の想いが実る。 学校では瑞月と恵風の微笑ましい関係に嫉妬を膨らます、瑞月のクラスメイトの虹生と旺汰。虹生と旺汰は結日の想いを知り、”自分たちのやり方”で協力を図る。 どんな荒波が自分にぶち当たろうとも、瑞月はへこたれやしない。恵風のそばを離れない。離れてはいけないのだ。なぜなら恵風は人間以外をも恋に落とす強力なフェロモンの持ち主であると、自身が身を持って気付いてしまったからである。恵風の幸せ、そして自分のためにもその引力には誰も巻き込んではいけない。 一方、恵風の片割れである結日にも、得体の知れないものが備わっているようだ。瑞月との友情を二度と手放そうとしないその執念は、周りが翻弄するほどだ。一度は手放したがそれは幼い頃から育てもの。自分たちの友情を将来の義兄弟関係と位置付け遠慮を知らない。 こどもの頃の風景を練り込んだ、幼なじみの男女、同性の友情と恋愛の風景。 表紙:むにさん

乙男女じぇねれーしょん

ムラハチ
青春
 見知らぬ街でセーラー服を着るはめになったほぼニートのおじさんが、『乙男女《おつとめ》じぇねれーしょん』というアイドルグループに加入し、神戸を舞台に事件に巻き込まれながらトップアイドルを目指す青春群像劇! 怪しいおじさん達の周りで巻き起こる少女誘拐事件、そして消えた3億円の行方は……。 小説家になろうは現在休止中。

Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説

宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。 美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!! 【2022/6/11完結】  その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。  そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。 「制覇、今日は五時からだから。来てね」  隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。  担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。 ◇ こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく…… ――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――

〜響き合う声とシュート〜

古波蔵くう
青春
夏休み明け、歌が禁じられた地域で育った内気な美歌(みか)は、打ち上げのカラオケで転校生の球児(きゅうじ)とデュエットし、歌の才能を開花させる。球児は元バスケのエースで、学校では注目の的。文化祭のミュージカルで、二人は再び共演することになるが、歌見兄妹(うたみきょうだい)の陰謀により、オーディションとバスケの試合が重なってしまう。美歌の才能に嫉妬した歌見兄妹は、審査員の響矢(おとや)を誘惑し、オーディションの日程を変更。さらに、科学部の協力を得た琴夢(ことむ)が得点ジャックを仕掛け、試合は一時中断。球児は試合とオーディションの両立を迫られるが、仲間たちの応援を背に、それぞれの舞台で輝きを放つ。歌見兄妹の陰謀は失敗に終わり、二人はSNSで新たな目標を見つける。美歌と球児は互いの才能を認め合い、恋心を抱き始める。響き合う歌声と熱いシュート、二つの才能が交錯する青春ミュージカル! 「響き合う声とシュート」初のオマージュ作品!

処理中です...