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第1章
1-27 初乗り!
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夜になって、美那から、明日の3on3観戦の件でメッセージが入った。
――>明日の3on3観戦。開場18時30分、開始19時00分、会場はクラブ・プエブロ川崎。服装は、白いTシャツ・ブルージーンズ・白いスニーカー(バッシュ可)を厳守。待ち合わせは14時にリユの自宅前。明日の朝練はなし。以上。
うわ、なんだ。この事務的な感じ。
しかも服装指定で厳守、って……。ドレスコードでもあるのかよ。
あるわけないだろ。
しかも、18時半の開場で待ち合わせ14時って早すぎねえか? 川崎まで1時間もかかんねえだろ。
明日は晴れる見込みだし、Z250に乗りたいんだけど……。14時じゃ、学校から帰って、飯食って、何もする時間ないじゃん!
だけど、この感じ、なんか訳あり? 素直に従った方が無難だろうか?
<――いまいち意味がわからんところがあるけど、了解。
と、逃げ腰気味の、微妙に抗議しているかもしれない返信をしておいた。
美那からはそれ以上リプライはなかった……。
練習も雨の止んでるタイミングをみつけてやってるし、美那には言ってないけど数学の復習というか学び直しまで始めようとしているし、雨でZ250も泣く泣く我慢しているし、授業もまじめに受けているし、落ち度があるとすれば月曜の朝練を休ませてもらったことくらいだが、あのときも電話して丁寧に詫びたし……うーむ。
もしかして日曜日に連絡を取らなかったから? ライディングスクールの日は練習はしないはずだしな。無事に帰ってきたとか、報告しなかったから?
わからーん!
もう考えても仕方ないから、明日、学校で美那の様子を探ってみよう。
7月17日水曜日。
朝練はないけど、朝から雨。でも午後には雨が上がり、晴れる予報。気温も28度近くまで上がるらしい。
夏を満喫してえ! できればZ250と。
学校での美那はいたって普通。休み時間は友達とキャッキャと談笑している。でも本心は見せないからな。それに目も合わせてくれないし。まあそれも珍しくはないけど。
結局なにもつかめないまま、帰宅して、せめて時間に遅れないように準備。ちゃんと、一番まともな白いTシャツ、色落ちしていないブルージーンズ、このあいだ買ったナイキのエアマックスで外に出る。1時45分。まださすがに早いか。
雲はだいぶ薄くなって、明るさが増している。予報通り、晴れてきそうだ。
Z250にも日差しを浴びさせてやりたいが、手が汚れてたら、美那に文句言われそうだしな。仕方ないから、ちょっと見づらいけど日陰に座ってカイリーの動画だ。
「リユ! お待たせ」
元気な美那の声が耳に飛び込んできた。
顔を上げると、陽気に手を振る美那の姿が。なんか普通じゃん。いや普通よりも明るい? だと逆に心配だったりするわけだが。俺がなんかやらかしたか、あるいは家の問題か……。
今日はなんと、ライムグリーンのタンクトップ! Kawasakiレーシングのイメージカラーだ! 単なる偶然とは思うけど。それにタイトなホワイトジーンズに鮮やかなイエローのスニーカー。そして黄色のトートバッグ。
ぜんぜん俺への指定とは違うじゃねえか。
あー、むしろ被らないようにしたわけか。
俺の白Tにジーンズ、白スニーカーは十分ありうる組み合わせだからな。まあZ―Fourのユニフォームのカラーとも近いけど。
「おお」
と、俺も手を上げる。
「何見てたの? まさかまたカイリー?」
「まあな」
「なんかわたしよりファンになってるじゃん」
「ファンというより崇拝?」
「ほんと、そんな感じだよね」
「ところでなんでこんな早い時間に待ち合わせ?」
「別に。久しぶりに天気も良くなりそうだし、街でもぶらぶらするのにいいかなと思って。そうだよね、リユ君はバイクに乗りたいよね。わたしなんかと歩くより」
「いやお前と歩くのは嫌じゃないけど、やっとバイクに乗れるようになったからな、ちょっとは……」
「加奈江さん、いる?」
「ああ、いるけど?」
「じゃあ、ちょっと乗ってきたら? 加奈江さんとおしゃべりでもしてるから。あ、この時間じゃ仕事中か」
「たぶん。でも休憩がてら、美那とだったら話したいんじゃない?」
「じゃあちょっと聞いてくれる? でも10分とか15分とかで帰ってきてよ」
「まじ、いいの?」
「うん」
かーちゃんに声を掛けると、もちろん大歓迎。バイクもOK。美那を家に入れて、いそいそとZ250のキー、ヘルメットとグローブ、薄い長袖ジャケットを取りに二階に上がった。おっと、運転免許証も忘れちゃダメだぞ、と。
「じゃあ、ちょっと、行ってくる」と、ふたりに声をかけて、バイク用のシューズで家を出る。
バイクカバーを剥がしてロックを外し、Z250をホンダ・フィットの後ろから引き出す。エンジンをかけると、かーちゃんと美那が中から出てきた。
かーちゃんがソニーの一眼レフカメラを手に持っている。
写真撮影とジャズを聴くのがかーちゃんの趣味。ちょっと男っぽいよな。その影響で、俺もカメラを触るのは好きだし、母ちゃんのかけるジャズにもなんとなく耳を傾けるようになった。
「里優、写真、撮ってあげる」
「え、いいよ……いや、やっぱり撮って」
ちょうど陽も差してきた。
俺は太陽の位置を考えて、バイクを動かす。サイドスタンドをかけた状態でシートに横座りする。
かーちゃんが少しずつ位置を変えながら3回ほどシャッターを押す。
「サンキュ」と、俺。
「美那ちゃんも一緒に」
「えー、いいだろ、それは」と、俺が不満を言う。
「早く、美那ちゃん」
「はい」と、美那は明るく答え、俺の横にぴったりくっつく。
くっつき過ぎだろ、お前。
笑顔のかーちゃんが2枚撮る。
「せっかくだからふたりで跨がったら?」
俺が渋ってると、美那がせっつく。しょうがねえな。
正面から撮って光が良くなるようにZ250の向きを変えた。取り回しもずいぶん上手くなったもんだ。
タンデムステップを出してから跨ると、美那が聞く。
「どうやって乗ればいいの?」
「そこのステップに左足を乗せて、俺の肩に手を載せて、チャリの男乗りみたくして」
さすが美那。きれいにふわっと乗った。
「けっこう座る位置が高いんだね」
「はい、美那ちゃん、ちゃんと里優に掴まって。お腹のところに手を回して」
「走るわけじゃないんだから、そこまでしなくていいだろ?」
「だって、なんか画にならないわよ」
「しょうがねえな」と、俺はつぶやきながら、肩に置いてあった美那の手を取って、腹の前でクロスさせた。
美那が力を入れて、ぎゅっと抱きついてくる。
そんなに押し付けたら感触が良すぎるだろ。ブザービーターの後はそんなこと感じてる余裕なかったしな。
「抱きつかなくていいから」
「いいじゃん、べつに」
そう言い合っているところも、写真に撮られている。
「はい、笑って!」
かーちゃんはいくつかポーズに注文をつけて、さらに何度かシャッターを押した。
それから結局、俺とかーちゃん、かーちゃんと美那の写真まで撮った。かーちゃんとふたりで写真を撮ってもらうなんて滅多に機会がないし、たまにはいいよな。
と、思ったら母ちゃんが、「里優、三脚のある場所は知ってるよね? 持ってきて」と言い出す始末。美那も「3人で撮ろう」と、盛り上がってる。Z250ではこのふたりにはいろいろお世話になってたよなー、と思いながら、渋々家に上がった。結局、三脚の据付に、セルフタイマーのセットも3回させられた。
「じゃあ、15分くらいその辺を走ってくる」
ふたりに見送られながら、俺はついに念願の(実質)初走行に出発した。メーターに備わる時計は14時31分。
上りと下りのある住宅街をゆっくりと走って、片道2車線の広い道に出る。アクセルを少し大きめに開ける。アクロポビッチがヴォーンといい音を上げ、ぐっと加速していく。60キロに近くなったのでアクセルを緩める。信号での停車も、ブレーキパッドがディスクに食いつく感じをイメージできる。停車直前にすっと緩めて、また握る。
有里子さんのところから恐る恐る乗って帰ってきた時とはえらい違いだった。バイクをスムーズに動かせるようになっている。シフトアップやシフトダウン、ブレーキの加減、前後輪への荷重の掛け方、コーナーでの体重移動。
ライディングスクールさまさまだな、こりゃ。あのまま乗っていたら……と思うと、かーちゃんに感謝感謝だ。
もっと走って行きたいけど、美那を待たせるとあとが怖いしな。
家に帰った時には14時48分。ちょっとだけ時間をオーバーしてるけど、誤差の範囲だろう。
Z250を奥にしまって、「ただいま」と家に入ると、かーちゃんと美那の楽しげな話し声が聞こえてくる。まあ、自分の友達と母親の仲がいいのはありがたい話か。一方で俺は、美那の母親からはあまり好かれていない気がする。評価されていないと言った方が近いかもしれない。
「あら、早かったのね」
「どうだった?」
「まあまあだな」と、美那の問いに答えたが、顔はかなり緩んでるに違いない。「かーちゃん、ありがとう。ライディングスクールの効果、抜群だった」
「ああ、そう。よかった」と、母ちゃんの反応はあっさりしてるが、なんかホッとした顔をしている。
もちろん、まあまあ、なんてもんじゃない。サイコー、と心で叫びながら階段を上がる。くそ、夏休みが待ち遠しい! 実質的にはバイト明けだけど、それまでにどこに行くか、考えておこう。
結局、俺の家を出発したのは3時過ぎだった。
「時間までどこ行く?」と、駅に向かいながら俺が聞く。
「なんか、すっごく晴れてきたね!」
「なんだよ、特に行くとこないのかよ」
「いいじゃない。天気も良くなったし、今日はデート気分でも味わう?」
「あくまでも、気分な」
「いいよ。別にフツーのデートでも。手を繋ぐ?」
「おまえなー」
「冗談だよ。でもまあ山下美那にちなんで山下公園でも行ってみる?」
「別にどこでもいいけど」
「じゃあ、そうしよ。みなとみらいから山下公園に行って、中華街で早めの夕飯を食べよう」
「デートっていうより、観光だな」
「実はね、加奈江さんがあんたがお金ないだろうし、試験も頑張ったみたいから、ふたりで美味しいものでも食べてって、1万円預けられた」
「まじかよ。そういえば、今日のチケットは?」
「あ、うん、いいよ。わたしが誘ったんだし、バスケの勉強してもらうためだし」
「いや、ダメだろ。いくらだよ」
「3500円だけど、今度でいい。バイト代とか入ってからで」
「そうしてもらえると助かるけど……」
「じゃ、お金の話はオワリ。今日は羽根を伸ばそうよ!」
京急で一度横浜駅に出て、市営地下鉄に乗り換えてみなとみらい駅で下車。
まずは、みなとみらいをぶらぶら歩いてソフトクリーム。
それから大観覧車の横を通って、赤レンガ倉庫や象の鼻パーク、海と大桟橋を左手に見ながら、山下公園に。
柵にもたれて海を眺める。カモメが行き交う。
ここならアスファルトが広くてドリブルの練習ができそうだ。でも下手するとボールが海に落ちて、泣くことになるけど。いずれにせよ、ボール遊びとかは禁止だろう。
5時の開店を目指して中華街に。
ワンタンとか中華釜飯が評判の庶民的な店に入って、ふたりで4000円くらい食った。
かーちゃん、気を遣わせて、すみません。
――>明日の3on3観戦。開場18時30分、開始19時00分、会場はクラブ・プエブロ川崎。服装は、白いTシャツ・ブルージーンズ・白いスニーカー(バッシュ可)を厳守。待ち合わせは14時にリユの自宅前。明日の朝練はなし。以上。
うわ、なんだ。この事務的な感じ。
しかも服装指定で厳守、って……。ドレスコードでもあるのかよ。
あるわけないだろ。
しかも、18時半の開場で待ち合わせ14時って早すぎねえか? 川崎まで1時間もかかんねえだろ。
明日は晴れる見込みだし、Z250に乗りたいんだけど……。14時じゃ、学校から帰って、飯食って、何もする時間ないじゃん!
だけど、この感じ、なんか訳あり? 素直に従った方が無難だろうか?
<――いまいち意味がわからんところがあるけど、了解。
と、逃げ腰気味の、微妙に抗議しているかもしれない返信をしておいた。
美那からはそれ以上リプライはなかった……。
練習も雨の止んでるタイミングをみつけてやってるし、美那には言ってないけど数学の復習というか学び直しまで始めようとしているし、雨でZ250も泣く泣く我慢しているし、授業もまじめに受けているし、落ち度があるとすれば月曜の朝練を休ませてもらったことくらいだが、あのときも電話して丁寧に詫びたし……うーむ。
もしかして日曜日に連絡を取らなかったから? ライディングスクールの日は練習はしないはずだしな。無事に帰ってきたとか、報告しなかったから?
わからーん!
もう考えても仕方ないから、明日、学校で美那の様子を探ってみよう。
7月17日水曜日。
朝練はないけど、朝から雨。でも午後には雨が上がり、晴れる予報。気温も28度近くまで上がるらしい。
夏を満喫してえ! できればZ250と。
学校での美那はいたって普通。休み時間は友達とキャッキャと談笑している。でも本心は見せないからな。それに目も合わせてくれないし。まあそれも珍しくはないけど。
結局なにもつかめないまま、帰宅して、せめて時間に遅れないように準備。ちゃんと、一番まともな白いTシャツ、色落ちしていないブルージーンズ、このあいだ買ったナイキのエアマックスで外に出る。1時45分。まださすがに早いか。
雲はだいぶ薄くなって、明るさが増している。予報通り、晴れてきそうだ。
Z250にも日差しを浴びさせてやりたいが、手が汚れてたら、美那に文句言われそうだしな。仕方ないから、ちょっと見づらいけど日陰に座ってカイリーの動画だ。
「リユ! お待たせ」
元気な美那の声が耳に飛び込んできた。
顔を上げると、陽気に手を振る美那の姿が。なんか普通じゃん。いや普通よりも明るい? だと逆に心配だったりするわけだが。俺がなんかやらかしたか、あるいは家の問題か……。
今日はなんと、ライムグリーンのタンクトップ! Kawasakiレーシングのイメージカラーだ! 単なる偶然とは思うけど。それにタイトなホワイトジーンズに鮮やかなイエローのスニーカー。そして黄色のトートバッグ。
ぜんぜん俺への指定とは違うじゃねえか。
あー、むしろ被らないようにしたわけか。
俺の白Tにジーンズ、白スニーカーは十分ありうる組み合わせだからな。まあZ―Fourのユニフォームのカラーとも近いけど。
「おお」
と、俺も手を上げる。
「何見てたの? まさかまたカイリー?」
「まあな」
「なんかわたしよりファンになってるじゃん」
「ファンというより崇拝?」
「ほんと、そんな感じだよね」
「ところでなんでこんな早い時間に待ち合わせ?」
「別に。久しぶりに天気も良くなりそうだし、街でもぶらぶらするのにいいかなと思って。そうだよね、リユ君はバイクに乗りたいよね。わたしなんかと歩くより」
「いやお前と歩くのは嫌じゃないけど、やっとバイクに乗れるようになったからな、ちょっとは……」
「加奈江さん、いる?」
「ああ、いるけど?」
「じゃあ、ちょっと乗ってきたら? 加奈江さんとおしゃべりでもしてるから。あ、この時間じゃ仕事中か」
「たぶん。でも休憩がてら、美那とだったら話したいんじゃない?」
「じゃあちょっと聞いてくれる? でも10分とか15分とかで帰ってきてよ」
「まじ、いいの?」
「うん」
かーちゃんに声を掛けると、もちろん大歓迎。バイクもOK。美那を家に入れて、いそいそとZ250のキー、ヘルメットとグローブ、薄い長袖ジャケットを取りに二階に上がった。おっと、運転免許証も忘れちゃダメだぞ、と。
「じゃあ、ちょっと、行ってくる」と、ふたりに声をかけて、バイク用のシューズで家を出る。
バイクカバーを剥がしてロックを外し、Z250をホンダ・フィットの後ろから引き出す。エンジンをかけると、かーちゃんと美那が中から出てきた。
かーちゃんがソニーの一眼レフカメラを手に持っている。
写真撮影とジャズを聴くのがかーちゃんの趣味。ちょっと男っぽいよな。その影響で、俺もカメラを触るのは好きだし、母ちゃんのかけるジャズにもなんとなく耳を傾けるようになった。
「里優、写真、撮ってあげる」
「え、いいよ……いや、やっぱり撮って」
ちょうど陽も差してきた。
俺は太陽の位置を考えて、バイクを動かす。サイドスタンドをかけた状態でシートに横座りする。
かーちゃんが少しずつ位置を変えながら3回ほどシャッターを押す。
「サンキュ」と、俺。
「美那ちゃんも一緒に」
「えー、いいだろ、それは」と、俺が不満を言う。
「早く、美那ちゃん」
「はい」と、美那は明るく答え、俺の横にぴったりくっつく。
くっつき過ぎだろ、お前。
笑顔のかーちゃんが2枚撮る。
「せっかくだからふたりで跨がったら?」
俺が渋ってると、美那がせっつく。しょうがねえな。
正面から撮って光が良くなるようにZ250の向きを変えた。取り回しもずいぶん上手くなったもんだ。
タンデムステップを出してから跨ると、美那が聞く。
「どうやって乗ればいいの?」
「そこのステップに左足を乗せて、俺の肩に手を載せて、チャリの男乗りみたくして」
さすが美那。きれいにふわっと乗った。
「けっこう座る位置が高いんだね」
「はい、美那ちゃん、ちゃんと里優に掴まって。お腹のところに手を回して」
「走るわけじゃないんだから、そこまでしなくていいだろ?」
「だって、なんか画にならないわよ」
「しょうがねえな」と、俺はつぶやきながら、肩に置いてあった美那の手を取って、腹の前でクロスさせた。
美那が力を入れて、ぎゅっと抱きついてくる。
そんなに押し付けたら感触が良すぎるだろ。ブザービーターの後はそんなこと感じてる余裕なかったしな。
「抱きつかなくていいから」
「いいじゃん、べつに」
そう言い合っているところも、写真に撮られている。
「はい、笑って!」
かーちゃんはいくつかポーズに注文をつけて、さらに何度かシャッターを押した。
それから結局、俺とかーちゃん、かーちゃんと美那の写真まで撮った。かーちゃんとふたりで写真を撮ってもらうなんて滅多に機会がないし、たまにはいいよな。
と、思ったら母ちゃんが、「里優、三脚のある場所は知ってるよね? 持ってきて」と言い出す始末。美那も「3人で撮ろう」と、盛り上がってる。Z250ではこのふたりにはいろいろお世話になってたよなー、と思いながら、渋々家に上がった。結局、三脚の据付に、セルフタイマーのセットも3回させられた。
「じゃあ、15分くらいその辺を走ってくる」
ふたりに見送られながら、俺はついに念願の(実質)初走行に出発した。メーターに備わる時計は14時31分。
上りと下りのある住宅街をゆっくりと走って、片道2車線の広い道に出る。アクセルを少し大きめに開ける。アクロポビッチがヴォーンといい音を上げ、ぐっと加速していく。60キロに近くなったのでアクセルを緩める。信号での停車も、ブレーキパッドがディスクに食いつく感じをイメージできる。停車直前にすっと緩めて、また握る。
有里子さんのところから恐る恐る乗って帰ってきた時とはえらい違いだった。バイクをスムーズに動かせるようになっている。シフトアップやシフトダウン、ブレーキの加減、前後輪への荷重の掛け方、コーナーでの体重移動。
ライディングスクールさまさまだな、こりゃ。あのまま乗っていたら……と思うと、かーちゃんに感謝感謝だ。
もっと走って行きたいけど、美那を待たせるとあとが怖いしな。
家に帰った時には14時48分。ちょっとだけ時間をオーバーしてるけど、誤差の範囲だろう。
Z250を奥にしまって、「ただいま」と家に入ると、かーちゃんと美那の楽しげな話し声が聞こえてくる。まあ、自分の友達と母親の仲がいいのはありがたい話か。一方で俺は、美那の母親からはあまり好かれていない気がする。評価されていないと言った方が近いかもしれない。
「あら、早かったのね」
「どうだった?」
「まあまあだな」と、美那の問いに答えたが、顔はかなり緩んでるに違いない。「かーちゃん、ありがとう。ライディングスクールの効果、抜群だった」
「ああ、そう。よかった」と、母ちゃんの反応はあっさりしてるが、なんかホッとした顔をしている。
もちろん、まあまあ、なんてもんじゃない。サイコー、と心で叫びながら階段を上がる。くそ、夏休みが待ち遠しい! 実質的にはバイト明けだけど、それまでにどこに行くか、考えておこう。
結局、俺の家を出発したのは3時過ぎだった。
「時間までどこ行く?」と、駅に向かいながら俺が聞く。
「なんか、すっごく晴れてきたね!」
「なんだよ、特に行くとこないのかよ」
「いいじゃない。天気も良くなったし、今日はデート気分でも味わう?」
「あくまでも、気分な」
「いいよ。別にフツーのデートでも。手を繋ぐ?」
「おまえなー」
「冗談だよ。でもまあ山下美那にちなんで山下公園でも行ってみる?」
「別にどこでもいいけど」
「じゃあ、そうしよ。みなとみらいから山下公園に行って、中華街で早めの夕飯を食べよう」
「デートっていうより、観光だな」
「実はね、加奈江さんがあんたがお金ないだろうし、試験も頑張ったみたいから、ふたりで美味しいものでも食べてって、1万円預けられた」
「まじかよ。そういえば、今日のチケットは?」
「あ、うん、いいよ。わたしが誘ったんだし、バスケの勉強してもらうためだし」
「いや、ダメだろ。いくらだよ」
「3500円だけど、今度でいい。バイト代とか入ってからで」
「そうしてもらえると助かるけど……」
「じゃ、お金の話はオワリ。今日は羽根を伸ばそうよ!」
京急で一度横浜駅に出て、市営地下鉄に乗り換えてみなとみらい駅で下車。
まずは、みなとみらいをぶらぶら歩いてソフトクリーム。
それから大観覧車の横を通って、赤レンガ倉庫や象の鼻パーク、海と大桟橋を左手に見ながら、山下公園に。
柵にもたれて海を眺める。カモメが行き交う。
ここならアスファルトが広くてドリブルの練習ができそうだ。でも下手するとボールが海に落ちて、泣くことになるけど。いずれにせよ、ボール遊びとかは禁止だろう。
5時の開店を目指して中華街に。
ワンタンとか中華釜飯が評判の庶民的な店に入って、ふたりで4000円くらい食った。
かーちゃん、気を遣わせて、すみません。
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