カイリーユと山下美那、Z(究極)の夏〜高2のふたりが駆け抜けたアツイ季節の記録〜

百一 里優

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第1章

1-19 テニス部の揉め事とジェラート・デート(1)

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 地下鉄の銀座線に乗って、青山一丁目で降りる。
 ホンダの本社がどかーんと立ってる。
 銀杏並木を抜けて、神宮球場の横を通り、工事中の国立競技場に突き当たる。
 この辺は、さすがにおしゃれな人やカップルが多いな。
「ちょっとデートっぽいね」
「そうか? 部活の帰りっぽくね?」
 変なこと言うなよ。妙に意識しちゃうじゃんか。
「リユ、バスケ部に入れば?」
「やだよ。部活はもう……」
 その話題はできれば避けたい。

***

 硬式テニスは小学3年生のときに始めた。
 きっかけはよく覚えていないけど、テニススクールに通わせてもらい、普段の練習は主に壁打ちと素振り。父親の暴力が始まる半年ほど前だ。

 父親の暴力は、俺に対する言葉の暴力から始まった。
「お前はダメなやつだ」とか「なんでそんなにトロいんだ」とか。
 やがて父親の暴力は、母親に対する肉体的な暴力へと変わっていく。
 当時の俺にとって、テニスは精神的にいい逃げ場であり、唯一の心の拠り所だった。
 横浜実山学院中等部に進学すると、まよわず硬式テニス部に入った。
 実山学院を受験した理由のひとつが中学で硬式テニス部があることだった。部活の縦関係とか人間関係とかは苦手だったけど、毎日テニスコートに立てる環境は捨てがたかった。
 高等部でもそのまま硬式テニス部に入ったのだが、校舎の新設工事で3面あったコートが1面になってしまい、1年生は毎日ほぼ球拾いという状況になった(中等部の連中は外にコートを借りに出ることに)。
 それと高校テニス部は――当時の主将の性格もあったのだろうが――中学テニス部よりも格段に上下関係が厳しく、入ってすぐに嫌な感じだった。
 ちょうど今から一年ほどまえのことだ。
 入部して2カ月ほど過ぎた6月のなかば。雨の日の放課後の部室で、2年の先輩4人が1年女子の品評会を始めた。ほかには俺と1年のもうひとり豊原とよはらだけ。
 当然、香田真由も話題に上った。「あいつはマジかわいい」とか「彼女にしてえ」とかそんな感じ。
 やがて、1年女子の中でも評判のひとり美那が俎上そじょうに載った。
 2年のひとり仲手川なかてがわというやつが、「ああいうタイプはけっこうヤらせてくれそう」とか「テニス部に裏入部させてヤリ要員にしようぜ」とか下劣なことを言い始めた。今思えば、悶々とした高2男子の軽いワイ談で、たまたま美那がそのターゲットになっただけなのだろう。
 ほかの2年の3人も仲手川の言葉に乗っかって、「俺もやりてー」とか「俺も」とか言い、仲手川が「実はな、もう俺、一回やった。ああ見えて、けっこう使い込まれてたぜ」と自慢げに笑い、「飽きたらお前らにもやらせてやるよ。たぶん誰にでもすぐ股を開くぜ、山下美那」と、さらに下品で聞くに耐えないことを口にした。
 もちろん俺も含めてそこにいた誰もが本当のことだとは思っていなかっただろう。仲手川が5月に美那をデートに誘って無下むげに断られていたという噂は後になって聞いた。そういう男はその後も続出したらしいが。
 だけど、美那の笑顔が心に浮かんだ俺は、自分の中に強烈な怒りが湧き上がってくるのを感じていた。
 俺の拳が震えているのに気がついた豊原が「おい、行こうぜ」と服を引っ張ったが、俺の行った先は2年の集団のほうだった。
「なんだ、一年坊主」
「おまえら、そういうのやめろよ」
「先輩に向かって、なんだぁその口のききかたは!」
「だからそういう話はやめろっていってんだろ‼︎」
 美那に火の粉が飛ぶことを避けるため、「美那を侮辱するのはやめろ」とは言わなかった。
 仲手川は立ち上がると俺の胸ぐらをつかみ、眼で威圧してきた。
「おまえもあの女とやりてえんだろ? 飽きたらくれてやるよ」
 俺はおもわず仲手川に頭突きしていた。
 けっこうハードなのが眉間あたりにヒットした。
「ってー」とうめきながら、仲手川がしゃがみこむ。残りの3人が俺を取り囲む。
 そこにたまたま副主将の3年生・赤羽あかはねさんが入ってきた。
「おい、どうした。なにしてる」
 頭突きされた仲手川はまだ座り込んだままだ。
「森本がこいつに手を出しやがって……」
 2年のひとりが言う。
 手じゃなくて、頭だろと俺は心の中で思う。
「ほんとか、森本?」
「手じゃありませんけど……」
「原因はなんだ」と、副主将。
「ただちょっと1年女子の誰がかわいいとか言ってただけなのに、こいつが……」と、別の2年。
「そうなのか、森本」
「あまりにも下品な言い方をしてたから、つい……」
「おい、ナカテ、大丈夫か? 見せてみろ」
 赤羽さんが仲手川が押さえていた眉間の辺りをチェックする。
「頭突きか?」と、赤羽さんが仲手川に聞く。
 仲手川が小さく首を縦に振る。
「鼻血も出てないし、大丈夫だな?」
 赤羽さんの言葉に仲手川が再びうなづく。
「じゃあ、この件は俺の中に収めておく。それでいいか?」
 2年が顔を見合わせて、全員でうなずく。
「森本、暴力はやめておけ」
 俺の目を真っ直ぐ見据えた赤羽さんが言う。胸ぐらを掴んだ仲手川の威圧より、よほど圧力がある。
「わかりました。すみませんでした」
 俺は赤羽さんに頭を下げた。
「今日はこんな雨で練習は中止なんだから、早く帰って、たまには勉強でもしろ」
 そう言い残して赤羽さんは部室を後にした。2年は荷物を持つと、俺を睨みながら出て行った。
「巻き込んでごめん」と俺は豊原に謝った。
「いいよ。問題にならなくてよかったな」と、豊原が言った。
 結局その後、俺に対する2年の巧妙なのほかは何も起こらず、豊原はいまだにテニス部で活動しているから、たぶんあれ以上巻き込まれずにすんだのだろう。
 ちょうどその頃、バイクへの興味が急に高まっていた。
 少し前、中学卒業後の春に、特に仲も良くなかった自転車野郎の同級生から伊豆へのサイクリングに誘われた。そいつとは、本体は高くはないけどサドルとかペダルとか少しだけパーツにこだわっていると一回だけ自転車の話をしたことがあるだけだ。
 そのサイクリングで峠を下ることに俺は快感を見出してしまった。コーナーリングも楽しかった。
 車は好きでもバイクへの興味は薄かったのだが、漕がずにスピードが出る、あの下りの快感を味合うにはバイクしかない! と思ったのだ。
 そんなわけで俺はテニス部をやめ、バイクの免許を取り、カワサキのバイクを買うことに情熱を注いでいたのだ。

***

「そっか……」
 美那は残念そうにつぶやいたけど、それ以上しつこくは言わなかった。
 俺がテニス部をやめた詳しい経緯いきさつを美那が知っているのかは不明だが、たぶん知らないのではないかと思う。
「ところで、どっか行く当て、あんのか?」
 と、俺は美那を見た。
「一応。たぶんもうすぐ着く。ああ、あった。あそこ」
 顔がぱっと明るくなった美那の指差した、通り沿いの小洒落た店の前には、人の列ができている。圧倒的に女性が多い。
 列の最後尾に並ぶと、美那がオーガニック素材を使ったジェレラート屋さんと教えてくれる。おまけに乳製品や砂糖も使ってないという。牛乳とか砂糖を使わないアイスクリームっていったいなんだ?
「きのうも話題に出て、東京に来たからにはぜったい食べようと思って」
 女子が集まるとそんな話をしてるのか。俺には無理。
 俺たちはバスケット用具の入ったでかいバッグを持っていたので、邪魔になると思い、店の中に入るタイミングで俺が美那のバッグを預かって、外で待つことにした。
「リユはなににする?」
 俺は離れたところからガラスケースの中を覗いて、よくわからないから適当にチョコレートとブルーベリーをお願いした。
 ワクワク順番を待つ美那を見ていたら、おごりたくなった。
 戻ってシューズの残りの2千円を美那に渡した。
「たぶん1千円でおつりがくる」
「おまえの分も」
「え、いいよ」
「好きなもん、頼めよ」
 美那がにこりとする。
「わかった。じゃあ、遠慮なく」
 しばらくすると美那がアイスを持たずに出てきて、俺に釣り銭を渡す。そして「席が空いたから、中で食べよ」と、言った。

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