16 / 141
第1章
1-13 キス?(1)
しおりを挟む車に乗り込むと、俺の家の住所をナビの行き先に設定してもらった。
土曜日の夕方の横浜の道路は混雑していた。
空は暮れかけていて、ヘッドライトとテールランプが浮かび上がってくる時間帯だ。
車内には抑えた音でヒップホップ系の音楽がかかっている。
「さっきのチームをフラットってはなしだけど」
運転席の花村さんが前を見ながら、斜め後ろに座っている美那に話しかける。
菜穂子さんは当然助手席で、俺は花村さんの真後ろで、足元がちょっと狭い。
「はい」
美那が少し体を前に乗り出す。
「山下、おまえがキャプテンだ」
「え、先輩じゃなくてわたし?」
「そうだ。おまえが首謀者だろ。リユ君と菜穂子もいいよな?」
俺と菜穂子さんが、はい、と答える。
「よし、決まり。大丈夫だ、お前にはその資質がある。その代わりってわけじゃないが、チームの責任者は俺が務める。俺は4月の誕生日で20歳になったしな。チームじゃ唯一の成人だ」
「わかりました。ありがとうございます」
「それからフラットな関係っていうのは俺も賛成だ。3x3は俺もほぼ初めてだからちょっと調べたけど、5人制バスケと違って、役割分担はほとんどないんだろう?」
「はい。基本的に3人が自由に動いて、選手交代も選手同士の意思みたいな感じです。監督とかコーチもベンチに入れないし」
「しかしタメ語ってのはな……」
「航太さん、試合とか練習のプレー中はスピードが必要だからタメ語で、こういう話とか食事のときの雑談は臨機応変にしようって感じです」
「まあ、それならいい」
「わたし、美那ちゃんとはもっと親しくなりたいもん」
「わたしも!」
「あ、そうだ。せっかくだからユニフォームを作らない? 美那ちゃんがチーム名のロゴまで考えてくれたし」
「いいですね。ナオさんと一緒に考えたいっ」
「いや、まだ時期尚早じゃないか? すぐに解散なんてこともあるんだぞ」
「航太さん、そうなると思う?」
ナオさんは大人しそうでいて、普段から言うときは言う人みたいだ。わりと好きなタイプ。
「……ま、今日練習した感じでは続きそうだな」
「じゃあ美那ちゃん、練習試合が決まったら、それに合わせて注文できるようにしようよ」
「いや、最初の練習試合はやめておこう。そこでチームの力を見極めてからだ。ユニフォームだけ立派でもみっともないし。それでどうだ?」
ナオさんはちょっと不満げにオツさんの横顔をチラ見して、振り返って美那を見る。
美那がうなずく。
「じゃあ、勝ったら作る、負けたら試合内容で判断する、ではどう?」
「そうだな。相手にもよるが」
「じゃあ、先輩、ちょうどいい練習相手をお願いします。わたしのほうも探しときます」
「おう。もし交渉が必要なら俺に任せろ」
車は生麦の交差点を抜けて、産業道路のような道を通り、何度か曲がってから橋に入っていく。
スマホで地図を見ると、どうやら横浜ベイブリッジの有料道路の下らしい。
こんな無料で通れるところがあるのか。勉強になります。Z250に乗れるようになったら、来てみよう。
「山下」
「はい?」
「誘ってくれて、ありがとうな。正直、サークルじゃ息苦しくて、思い切りプレーができない感じでさ。特にナオ、いや菜穂子ともよそよそしくしないといけないし」
「先輩、普通にナオって呼んでくださいよ。普段はそう呼んでるんでしょ?」
美那のツッコミに、ナオさんがくすりと笑う。
オツさんが横目でナオさんを見る。
ナオさんがバラしてしまったことがわかったらしい。
「ああ、そうだな。そうさせてもらうよ」
家に着いたのは8時前だった。オツさんがトランクの荷物を出してくれる。
「じゃあ練習はしっかりしとけよ。早く練習場所を見つけてな」
「はい。きっちりやっときます」
「俺も頑張ります。ドリブルでオツさん、いや花村さんを抜けるようにしときます」
「頼もしい言葉だが、俺を抜ける程度じゃ困る。大会までにはミナを軽く抜けるようになってくれ」
「ハードル、高」と俺。
「きっとリユ君ならできる。フェイントすごかったもん。わたしもジャンピング・キャッチのレベルを上げとく」
と、ナオさんが小さくガッツポーズをくれる。
美那と二人で車が見えなくなるまで見送った。
「なんか、楽しくなりそう」
「あのふたり、これからドライブかぁ」
「うらやましいんだ?」
「うるせえ」
そのとき美那の瞳に影が差した気がした。だとしても、俺にはその意味がわからない。
「ただいま。ミナ、連れてきたぞ」
かーちゃんが玄関に小走りでやって来る。
「あら、美那ちゃん、いらっしゃい」
めちゃくちゃテンションの高い声音だ。どれだけ美那のことが好きなんだ。
「すいません。遅い時間に」
「いいのいいの、何時でも。さあ、あがって」
「おじゃまします」
かーちゃんはすぐに紅茶とケーキをテーブルに並べた。今や遅しと待ち構えていたのだろう。
かーちゃんが、美那ちゃんのおかげで最近リユウが元気なってきて嬉しいとかなんとか話し始めたので、俺はケーキを食べ終えると、紅茶の残ったマグカップを持って、二階の自分の部屋に消えた。
ふたりとも止めやしない。
美那がプレゼントしてくれた白いナイキのバッシュを出して、紐をきちんと通し直す。
そして足を入れてみる。
めちゃ、カッコいい! なんかすごいプレーができそうな気がする。
パソコンを開いて、カイリー・アービングの動画を探す。
バスケを始めて、いくつかNBAの動画を見たけど、なんかみんなスゲーと思うだけで、ぴんとくるものがなかった。
でもカイリーは違った。なにかわからないけど自分と共通のものを感じる。
シュートやドリブルはもちろん、パスの出し方、チームメイトの活かしかたがすごい。
そしてなにより、動きの素早さやその創造性に圧倒される。
とにかく、すごい。ぜんぜん、見飽きない。
ドリブルで相手を置き去りにしてシュートまで持っていくときなんか、相手チームだけではなく、自分のチームの選手も、まるで時間を止められてしまったように、カイリーだけが動いている感じなのだ。
ジャンプしてからボールを持ち替えたり、体勢を変えたり、でかい野郎にブロックされても、最後までシュートを狙う。
シュートのためにジャンプして、着地するまでがシュートチャンスなんだなとわかる。
すげえ。
自分と共通のものがあるなんて、今の俺のレベルじゃおこがましいけど、でも目指すべき方向であることはわかる。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
放課後はネットで待ち合わせ
星名柚花(恋愛小説大賞参加中)
青春
【カクヨム×魔法のiらんどコンテスト特別賞受賞作】
高校入学を控えた前日、山科萌はいつものメンバーとオンラインゲームで遊んでいた。
何気なく「明日入学式だ」と言ったことから、ゲーム友達「ルビー」も同じ高校に通うことが判明。
翌日、萌はルビーと出会う。
女性アバターを使っていたルビーの正体は、ゲーム好きな美少年だった。
彼から女子避けのために「彼女のふりをしてほしい」と頼まれた萌。
初めはただのフリだったけれど、だんだん彼のことが気になるようになり…?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/youth.png?id=ad9871afe441980cc37c)
大好きな幼なじみが超イケメンの彼女になったので諦めたって話
家紋武範
青春
大好きな幼なじみの奈都(なつ)。
高校に入ったら告白してラブラブカップルになる予定だったのに、超イケメンのサッカー部の柊斗(シュート)の彼女になっちまった。
全く勝ち目がないこの恋。
潔く諦めることにした。
深海の星空
柴野日向
青春
「あなたが、少しでも笑っていてくれるなら、ぼくはもう、何もいらないんです」
ひねくれた孤高の少女と、真面目すぎる新聞配達の少年は、深い海の底で出会った。誰にも言えない秘密を抱え、塞がらない傷を見せ合い、ただ求めるのは、歩む深海に差し込む光。
少しずつ縮まる距離の中、明らかになるのは、少女の最も嫌う人間と、望まれなかった少年との残酷な繋がり。
やがて立ち塞がる絶望に、一縷の希望を見出す二人は、再び手を繋ぐことができるのか。
世界の片隅で、小さな幸福へと手を伸ばす、少年少女の物語。
Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説
宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。
美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!!
【2022/6/11完結】
その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。
そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。
「制覇、今日は五時からだから。来てね」
隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。
担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。
◇
こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく……
――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/youth.png?id=ad9871afe441980cc37c)
転校して来た美少女が前幼なじみだった件。
ながしょー
青春
ある日のHR。担任の呼び声とともに教室に入ってきた子は、とてつもない美少女だった。この世とはかけ離れた美貌に、男子はおろか、女子すらも言葉を詰まらせ、何も声が出てこない模様。モデルでもやっていたのか?そんなことを思いながら、彼女の自己紹介などを聞いていると、担任の先生がふと、俺の方を……いや、隣の席を指差す。今朝から気になってはいたが、彼女のための席だったということに今知ったのだが……男子たちの目線が異様に悪意の籠ったものに感じるが気のせいか?とにもかくにも隣の席が学校一の美少女ということになったわけで……。
このときの俺はまだ気づいていなかった。この子を軸として俺の身の回りが修羅場と化すことに。
貧乳姉と巨乳な妹
加山大静
青春
気さくな性格で誰からも好かれるが、貧乳の姉
引っ込み思案で内気だが、巨乳な妹
そして一般的(?)な男子高校生な主人公とその周りの人々とおりなすラブ15%コメディー80%その他5%のラブコメもどき・・・
この作品は小説家になろうにも掲載しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/youth.png?id=ad9871afe441980cc37c)
コミュ障な幼馴染が俺にだけ饒舌な件〜クラスでは孤立している彼女が、二人きりの時だけ俺を愛称で呼んでくる〜
青野そら
青春
友達はいるが、パッとしないモブのような主人公、幸田 多久(こうだ たく)。
彼には美少女の幼馴染がいる。
それはクラスで常にぼっちな橘 理代(たちばな りよ)だ。
学校で話しかけられるとまともに返せない理代だが、多久と二人きりの時だけは素の姿を見せてくれて──。
これは、コミュ障な幼馴染を救う物語。
毎日更新します。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/youth.png?id=ad9871afe441980cc37c)
俺の家には学校一の美少女がいる!
ながしょー
青春
※少しですが改稿したものを新しく公開しました。主人公の名前や所々変えています。今後たぶん話が変わっていきます。
今年、入学したばかりの4月。
両親は海外出張のため何年か家を空けることになった。
そのさい、親父からは「同僚にも同い年の女の子がいて、家で一人で留守番させるのは危ないから」ということで一人の女の子と一緒に住むことになった。
その美少女は学校一のモテる女の子。
この先、どうなってしまうのか!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる