カイリーユと山下美那、Z(究極)の夏〜高2のふたりが駆け抜けたアツイ季節の記録〜

百一 里優

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第1章

1-12 初練習(2)

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 初練習を終えて、菜穂子さんの用意していたデジカメで記念撮影。それから、花村さんのエクストレイルで近くのステーキハウスに。なんと、花村さんがおごってくれると言う。
「いや、今日は楽しかった。バイト代も入ったばっかりだし、好きなものを頼んでいいぞ」
 夕方の早い時間とはいえ、土曜日なので結構混んでいる。
 美那も菜穂子さんも遠慮なく頼んでいるようなので、俺も便乗させてもらった。あんまり高くないのにしたけど、ひさしぶりのステーキだ!
 かーちゃんに、「飯食って帰る」と、メッセージを入れておく。大会の承諾書の件で美那を連れていくことは朝のうちに伝えてある。
「花村先輩ってうちのバスケ部では伝説になりつつあるんですよ」
 美那が面白そうに話題を切り出す。菜穂子さんが話に食いついてくる。
「うちのバスケ部は男女共あまり強くなくて、例年、男子は支部予選――県内の地区予選みたいなものです――を突破できるかできないか、女子は支部予選を一度も突破したことがないんです」
「いつまでたっても強くならんな。学校も強化する気がないし、だから有望選手も集まってこないという悪循環だ」と、花村さんが解説を加える。
「ところが、花村先輩が2年の時、たまたまメンバーの粒が揃っていて、インターハイの県予選で初めて支部を突破したんです。翌年はその効果もあって有力選手も入って、全国にあと一歩まで迫ったんですよ」
「結局、行けなかったけどな」
「話はそこからで、先輩が3年の春季大会で成績がよかったから、冬の大会の県予選の出場権を得ていて、花村先輩は3年の冬までバスケに打ち込んだ結果、生徒の9割は進める系列大学への推薦枠を逃してしまうんです。バスケも残念ながら全国には届かなかったんですけど。ところが、菜穂子さんも知っての通り、現役で京浜工科大学けいひんこうかだいがくに合格しちゃったんです」
「うわー、すげー」と、俺。「うちの学校は推薦から漏れたら、ほぼ浪人覚悟だもんなぁ。それで現役で理工系トップクラスの大学!」
「俺は一応、推薦枠には入ってたんだぞ。でも行きたい学部に行ける成績がなかったから、受験したんだ。それもだいたい予想できていたから、学校の成績よりも受験勉強に切り替えておいたんだ」
「そうだったんですか。ますます伝説になりそうです」と、美那。
「へえ、知らなかった。航太さん、かっこいい……」
 菜穂子さんが花村さんの顔を見る。
「まあ、それほどでも……」
 俺と美那が顔を見合わせる。おのろけもほどほどにしてください。
「そういえば、大会はもう申し込んだのか?」
 花村さんが真顔に戻る。
「先着順なので先輩からOKが出た時点で申し込みました。エントリーは完了です」
「去年の決勝ラウンドのチームを見たら、そこそこ名の知れたやつがいたぞ。山下が本気で勝つ気なら、ちょっと気合を入れていかんとな」
「わたしは勝つ気です。優勝を目指してます」
 美那のやつ、例の男のことは言ってないんだろうな。
「俺たち4人、戦力的には潜在力を秘めてはいるが、大会は9月だろう? チームとしてどこまで完成するか……」
「大会は9月14日土曜日です。わたしたちはこれから前期末試験に入るし、こいつは夏休みにバイトで1週間くらいいなくなるから、実質2カ月ですね」
「まあ、しょっちゅう集まれないし、それぞれで練習した上で、練習試合でチームを固める感じか」
「そうですね。ただなかなかバスケの練習場所が……」
「学校の体育館でやればいいじゃないか」
「それがですね……ちょっと事情があって、それは難しくて。それにこいつ、バスケ部じゃないし」
「こっそり大会に出るつもりなのか。まあ部や学校に知られると面倒なことも多いからな」
「はい」
「ま、いずれにせよ、うまいこと探して、練習するしかないな。とにかくバスケを身につけてもらわんと」
 俺と菜穂子さんは小さくなる。
「いや、俺たちにしても、サークルの中じゃ、ちょっと肩身が狭くてな。なにしろ、この菜穂子を、加入早々俺が奪っちまったもんだから、特に先輩男子からの風当たりが強くて」
「……確かに争奪戦になりそう」
 菜穂子さんは首を横に振って否定しているが、俺は美那の言葉に強くうなずく。入学早々の香田さんとか美那とかと1年男子が付き合うようなものだ。
「いや、まあ、そういうわけで俺たちもこっそり練習する感じになる」
 今度は菜穂子さんが首を小さく縦に振る。
「先輩、練習試合ができそうなチーム、知りません?」
「俺も3x3はな……でもたぶん何人かツテをたどれば、いくつか頼めるかもしれん。ただ今日のレベルじゃきついな。そうだ、過去の大会の記録からちょうどいいレベルの相手を探して、直接連絡してみる手もあるかもな」
「そうか。さすが先輩。ところで先輩、プレー中の呼び名を決めません? コートネームを」
「べつに決めなくてもいいだろ。自然に出るやつで」
「わたしはミナと呼んでください。こいつはリユ。菜穂子さんは、ナオコか、2文字に統一してナオか」
「ナオコは言いにくいでしょ? バレー部とかクラスではナオって呼ばれてました」
「じゃあ、ナオで」
「はい」と、うなずく菜穂子さん。
 なぜか花村さんが顔を赤らめている。
「リユは意外と丁寧なやつなんで、ハナムラさんと呼びそうで、それだと試合中は時間がかかりすぎですよね」
「俺はまさか……それはやめろ」
「オツ」
 俺たち3人は同時に低い声で言って、声を出さずに笑う。
「コウタじゃ、だめか?」
「やっぱ、オツさんはオツでしょう」
「だから、〝さん〟は付けるなって。でもな、大学4年なんて、俺なんかよりよっぽどおっさんくさいやついるからな。な、菜穂子」
「たしかにサークルでは航太さんはは感じないです。あと2年したらわかんないですけど」
「いや、そうはならん。わかったよ。だけど絶対、〝さん〟はつけんなよ」
「了解」と、美那が笑顔で応じる。
「じゃ、あとは俺と山下で連絡を取り合って進めていくか。それでいいかな」
「はい」と、美那。俺と菜穂子さんがうなずく。
「山下とリユ君は家が近所なんだろ? 車で送ってやるよ」
「え、いいんですか?」
「ま、ドライブがてら」
 花村さんは笑顔で美那に答えると、伝票を持ってさっと立ち上がった。おとなだ。勉強になります。
「ごちそうさまですっ!」と3人が声を揃える。
 花村さんが手で会釈してレジに行ってしまうと、菜穂子さんがこっそり言う。
「実は、ふたりきりのときはナオって呼ぶの」
「うわー」
 俺と美那が声を上げる。
「じゃあ、まずいですかね?」
「ぜんぜん、かまわない。それと、できるだけ敬語、丁寧語はやめにしません? あ、わたしもつい使っちゃうんだけど、チームはフラットのほうがいいと思うから。ま、臨機応変に」
「賛成。そうする」と、美那。
「わかりました。あ、俺もつい。気をつける」
「ただ、わたしは花村先輩には普段はさすがに……試合中はいっさい気を遣わないけど」
 美那でさえ部活の縦つながりはなかなか壊しにくいのだろう。
「わかるー。わたしも試合中はいつもそうだった」
「ナオさんも京浜工科大学なの?」
「わたしは京工大けいこうだいじゃなくて、桜蘭おうらん女子大」
「じゃあ、家とか厳しそう。実家ですか?」
「実家は福岡なの。東京では女子学生向けの寮に入ってる。いろんな大学の人がいるの」
「へー、そんなのがあるんだ」
「門限とかあるから面倒だけど、男の人は入ってこられないから安心だし」
「門限って何時?」
「夜は11時。だからそれほど不自由じゃないけど」
 花村さんが戻ってきた。
「なんの話だ?」
「今、ナオさんの寮の話です」
「ああ、それな。お、もう7時か。さ、行こう」
「それから、フラットなチームにするため、できるだけタメ語にしようって3人で決めたんですけど、いいですか?」
 花村さんが美那を鋭い目で見る。
「そのあたりは、車の中で話そう」
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