転生先は猫でした。

秋山龍央

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番外編・前(ロディ×クロ)

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「――クロ」

ターコイズブルーの瞳が、真っ直ぐにおれを見つめてくる。
緊張しているのか頬はすっかり紅潮して、何かを言おうとしては口を閉じ、そしてまた開いては閉じを繰り返す。

おれは不思議に思いつつも、正面の椅子に座るロディの言葉をじっと待った。
なお、今日はおれもロディも仕事はオフで、二人そろってお休みの日だ。だから、朝食の後でもこんなにゆっくりしていても問題はない。

あれから――三ヶ月が経過した。

おれがコリン君とセットで誘拐され、ロットワンダ商会におれのことばバレて――そして何より、ロディと恋人同士になってから、三ヶ月が経過した。
おれ達はあの狭い借家を引き払い、ロットワンダ商会が用意してくれた、商会近くにあるこの借家に移り住んだ。この家は前の家と比べるべくもなく広い。なんてったって、二階建てなんだぜ! しかも、キッチンやダイニングだけではなく、おれとロディのそれぞれの個室があるほどだ。
とは言え、おれの個室はあまり使ってないんだけどね。夜、眠る時はロディの部屋で猫ベッドで眠るか、ロディのベッドで一緒に眠るかのどちらかだ。

あれは、ここに引っ越してきた最初の日だった。
自分の部屋のベッドの上で猫の姿で丸まって眠っていたら、ロディが無言でおれの部屋に入ってきて、無言のままおれを抱えあげて、そしてやっぱり無言で自室にある猫ベッドにおれをそっと入れたのである。
さすがのおれも、思わずロディをまじまじと見つめてしまったが、猫ベッドに入ったおれを見てロディが安心したような顔をしているのを見て、最早なにも言えなくなってしまった。
ええ、おれは忠実なペットなので、ご主人様には絶対服従ですとも。

しかし。そんなおれの可愛いご主人様は、なんだか朝から様子がおかしかった。

おれの顔をちらちらと見てくるくせに、しかし、視線が合うとパッと顔を逸してしまう。
それでも、ようやく決意が固まったようで、おれを食卓の椅子に座らせて、正面からおれを見据えた。

「クロ……その。こんなことを言われても、君は困るかもしれないのだが」
「うん?」
「……君さえ良ければ、その……」

もじもじと指を絡ませて、頬を赤らめているロディはすごく可愛い。
おれの中の獣欲がむくむくと湧き上がってきたが、なんとかそれを我慢する。

「……君が許してくれるなら、その……俺は、……」
「ごめん、よく聞こえなかった」

もごもごと呟かれた声は声量が小さく、全てを聞き取ることはできなかった。
ロディにもう一度言ってもらうように促すと、ロディは顔をますます真っ赤にさせた。そして、首までピンク色に染めながら、おれを見つめる。
そして、口を開いたり閉じたりを繰り返すこと数度。それでも存外にしっかりした声で、おれに告げた。

「ク、クロが許してくれるなら……その、君を抱きたいんだ」
「わかった、いいよ」
「いや、その、君に抱かれるのが嫌というわけじゃないんだ。ただ、俺も男だし……俺達は恋人同士なんだから、俺も一度だけでもいいからクロを抱いてみたいと思っ……ん!?」
「別にいいぞ。じゃあ寝室に行こうか」
「えっ!?ちょっ、えっ、い、いいのか?」

なぜか目を白黒させているロディに首を傾げつつ、おれは椅子から立ち上がると、ロディの手を引いて寝室へ向かった。
階段を上がり、二階にあるロディの部屋に向かう。
部屋の中はオーク材の家具でまとめられていて、整然としている。ロディらしい部屋だ。そんな無骨な印象の部屋の片隅に、やわらかそうな猫用のベッドが置いてあるのがなんともミスマッチだった。

おれはベッドの前まで歩くと、来ていたシャツに手をかけた。
ふと視線を感じて顔を上げると、傍らのロディが顔を真っ赤にしつつも、食い入るようにおれを見つめていた。

おれの裸なんて、今までさんざん見てきただろうに。
不思議に思いつつもおれは上着とシャツをまとめて椅子の上に放り投げる。ズボンは……まぁ、こっちはこのままでいいか。
おれはベッドに腰掛けると、そのまま仰向けでごろんと寝転んだ。
そして――、


「にゃんっ!」


そのまま、ふわふわとした黒猫の姿にポンッと変身した。


「…………は?」


なぜか、ロディがぎしりと固まっておれを見下ろす。どうかしたんだろうか?
おれは身体をひねると、下肢にひっかかっていた下着とズボンから逃れた。そして、ベッドの中央までごろりと転がると、もう一度、可愛らしい声音で鳴いてみせる。

「にゃあーん」

さっ、ロディ!
いいぜ、いつでも来いよ。

それにしてもロディったら、おれを抱っこさせて欲しいって言うだけで、あんなに恥ずかしそうにするなんて可愛いな。
しかし、ロディがわざわざ正面きって、おれを抱かせてと頼んでくるなんて……やっぱり商人ギルドの冒険者になったばっかりで、色々ストレスが溜まってるんだろうなぁ。うんうん、分かるよ。おれも元の世界で疲れた時とか、無性に猫が吸いたくなったもんな!

「にゃあん」

とくれば、ストレス社会で疲れ切ったご主人様を癒やすのも、ペットの仕事の内だ。

さぁ、ロディ!
思う存分、このおれを猫っ可愛がりしてくれよな!

「…………」

だが、なぜかロディの反応は芳しくなかった。
ベッドの上に真っ黒もふもふの姿で寝転んだおれを見下ろし、頭を抱えている。

「…………にゃ、にゃん?」

あ、あれ? ロディ?

「……クロ。ちょっと改めて説明するから、とりあえず人間に戻れ」
「にゃ、にゃあ……」

まるで頭痛をこらえるようにこめかみを抑え、おれを見下ろすロディ。

あっ。その呆れたようなジト目の表情、出会った頃のロディを思い出すね……!
別に、もう一度見たいと思ってたわけではないけどね!
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