転生先は猫でした。

秋山龍央

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銀翼

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それから三日が経過した。

ロディの精神状態はあれからだいぶ回復したように見えたものの、家にいる時は基本的におれの傍にいることが増えた。
おれの寝床である木箱はいつの間にか台所から寝室に移されて、おれは猫の姿でベッドの上で一緒に眠ったり、もしくは床に置かれた木箱の中でロディの目の届く範囲内で眠るようになった。
そんなことしなくても、狭い家なのだからどうしたって傍にいざるを得ないんだけどね。

そしてこの三日間、おれはロディの傍らで今回の件についての上手い解決案をうんうんと唸って考えてみたが、残念ながら起死回生の妙案は思いつかないままだ。
ロットワンダ商会から、素行調査結果がこの街に届くまではまだだいぶ猶予がある。

とは言え、やはり自分の身の振り方をそろそろ本格的に考えないといけないよな……。

「クロ、少し待っていてくれ」
「にゃお」

そんなおれとロディは今日も今日とて、薬草採取のクエストを請け負うために冒険者ギルドへ足を運んでいる。

薬草採取のクエストはこの三日間も順調に受注でき、依頼達成料も入っている。とはいえ、薬草採取のクエストは駆け出しの冒険者がやる仕事であり、達成料だってそんなにいいものではない。
それに最近は、明らかに駆け出しではないロディが、ソロで薬草採取のクエストを請け負っているのを見て、他の冒険者にも色々と聞かれるようになってしまった。
さすがに彼らに元パーティーメンバーとの諍いの件を語るのは躊躇われたようで、ロディは話を流していたが、この調子なら疑問に思う冒険者がまた出てくるだろう。

「……にゃあ……」

……やれやれ。
なんだか本当に、にっちもさっちもいかない状況だ。

おれは受付カウンターに向かったロディの背中を、待合室の椅子に座ってぼんやりと眺める。
ロディの背中は広く逞しく、まさに戦う男のそれだ。でも、恥ずかしそうにおれに触れてくるロディを見ると、おれが守ってあげないと、と思わされる。
そう思うのに、まったくうまくいかないものだ。

「あれ、クロ君?」

と、頭上からよく聞き慣れた声がした。
おれは長椅子にお座りしたまま声のした方向を見上げると、そこにいたのはシルバーグレーの髪に同色の瞳を持つ少年、ロットワンダ商会のコリン君がいた。
今日は先日のような武器や防具は身につけておらず、かっちりといた感じのシャツにベスト、上着を羽織っている。

しかし、コリン君がいたというか、コリン君だけしかいない。
今日はお付きさんはいないのだろうかと思い、辺りをキョロキョロと見回してみる。

「にゃあ? にゃーお?」
「うん? ああ、もしかしてこの前の彼かい?」
「にゃんっ」
「今日はクエストに行くわけじゃなくて、冒険者ギルドに用があるだけだから僕だけで来たんだ。冒険者に出していた仕事が達成されたっていうから、その受取に来たんだよ」

ふむ、そうなのか。
でも商人ギルドにだって商人ギルド登録の冒険者がいるのに、冒険者ギルドに仕事を出すのか?
その疑問はすぐに答えが出た。コリン君はおれの隣に腰を降ろすと、「商人ギルドの冒険者はまだ数が少ないからねぇ。だから僕としては、ロデリックさんがうちに登録変えしてくれれば本当に助かるんだけど」とぼやいたからだ。

「そう言えば、ロデリックさんは今日も薬草採取のクエストかい?」
「にゃんっ! にゃにゃにゃーにゃ」
「あ、本当だ。あっちのカウンターにいるのがロデリックさんか」

おれの身振りで、コリン君もロディが向こうのカウンターにいることに気づいたようだ。ロディに声をかけようかどうか迷う素振りをしてから、壁にかかっている時計にちらりと目をやった。
そして、時計から目を離すと、手を伸ばしておれの背中を優しく撫でてくる。
コリン君の用事はまだ時間に余裕があるようで、とりあえずここでひとまずロディが帰ってくるのを待つことに決めたようだ。

「ふふ、それにしてもクロ君は本当に頭がいいね」
「にゃん」

褒め言葉に胸を張ると、コリン君はおかしそうに笑った。
いやまぁ、コリン君の言葉の意味が『モンスターにしては頭がいい』程度の意味だとは分かってるけど、でも、褒め言葉とお金はいくら貰ってもいいものだよね。
気を良くしたおれは、コリン君の膝に上がると、すりすりと頭を擦り付ける。

「ふふっ、可愛いなぁ。……できたらロデリックさんにクロ君を譲ってもらえないかな、リリだって喜ぶし」

にゃ、にゃんですと!?

コリン君の言葉に思わず固まるおれだったが、次にコリン君の続けた言葉にほっと安堵した。

「でも、無理だろうなぁ。クロ君みたいなモンスターは他にも見たことないし、ここまで人馴れさせるのはすごく大変だったろうしね」

いや、おれはロディと会った瞬間から、ロディに媚び媚びでしたけどね。

「それにロデリックさん、すごくクロ君のことを可愛がってるしね。だからきっと、お金でも何でも絶対に譲らないだろうな」

そう言って、優しくおれの喉を指で撫でてくるコリン君。

……他人からは、ロディとおれってそんな感じに見えてるのか?
確かに言われてみると、最近は、他の冒険者の人たちだってロディのことを窺いながらおれに触ってくるもんな。

……へぇ。ふーん。そ、そうなんだ。
なんだろう ……  この嬉しいような、それでいて顔を抑えてゴロゴロと転げ回りたくなるような気持ちは。

「そういえば、ロデリックさんと言えばね」
「にゃん?」
「昨日、ドンミル要塞都市のうちの商店の従業員から、第一報が届いたんだよ。まだ ロデリックさんには内緒だけどね」

おっ!
第一報というと、調査報告書の件だな!?

わくわくしながらコリン君を見上げ、思わずてしてしと彼の太腿を肉球で叩く。
コリン君はくすぐったそうに笑ったものの、しかし、すぐに顔を曇らせてしまった。

「まだ内緒……というか、ロデリックさんに言おうか悩んでるんだけど」
「にゃ……!?」

えっ!?
なに、なんなのそれ!?

要塞都市ドンミルでのロディの評判が、あ、あんまりよろしくなかったとか……!?

「今回、送ってもらったのはロデリックさんが元々所属していたパーティー、『銀翼の剣』の現在の状況の件だったんだけど……」
「ふぁっ」

やべ、思わず変な声が出ちゃったよ。

だってコリン君、今なんて言った? ぎ、銀翼の剣?
なんですかね、その中二病感満載のグループ名は?
そのネーミングセンスって、こっちの世界では普通なの?

……これは今日、帰ったらぜひともロディに聞かなければ。
そして、もしもロディが少しでも恥ずかしそうな様子を見せたら、全力でからかわねばなるまい。

「……クロ君、興味あるかい?」
「にゃんっ」

もちろん、ありまくりだぜ!
好奇心まるだしで鳴き声を上げたおれに、コリン君は「まぁ、クロ君には喋ってもいいかな」と呟き、カウンターの方にいるロディにちらりと視線をやった。
まだロディはこちらに戻ってこなさそうだと判断したのか、コリン君はひそやかな声で話し始めた。

「現在の『銀翼の剣』の状況なんだけど……向こうの調査での結果、あんまり芳しい状況ではないみたいだ」
「にゃお」
「ロデリックさんが脱退してから一ヶ月後くらいに、『銀翼の剣』のメンバーの一人と女性メンバー……ロデリックさんが話してくれた女性だね。その二人は結婚式を挙げる予定だったみたいなんだけど、なんとその直前に、女性の方が行方知れずになっちゃったんだって」
「にゃー……」

あー、やっぱりね……。
トンズラするだろうとは予想はしていたものの、それにしても結婚式の直前とは。

「書き置きがあったらしいよ。『自分のせいで皆の仲を引き裂いてしまったのが申し訳ないから、とてもこのまま結婚できない』って」
「にゃーお」

いけしゃあしゃあと、よく言うわー。
コリン君が浮かべる笑みも、心なしか乾いた笑いだ。

「『銀翼の剣』の人たちで探したり、捜索願を出したみたいなんだけど、その女性はとうとう見つからなかったみたい。でもね……」
「にゃ?」
「その女の人、結婚式の資金として、教会に渡すお金も預かってたみたいなんだけど、それごといなくなっちゃったんだって。それだけじゃなくて、ロデリックさんがいなくなってからは『銀翼の剣』の資金管理も全部、彼女がやるようになってたんだって。で、彼女がいなくなった後『銀翼の剣』の人たちが冒険者ギルドの口座からお金を引き出したら、それもほとんど残ってなかったみたい」
「にゃ、にゃお……」

す、すげぇな!
予想通りというか、本当、予想のナナメ上を行く女だ。

「…………っていうか、これはアレだよね」
「にゃあ」
「……結婚詐欺、だよね?」

まぁ、結婚詐欺だよね。

おれの相槌が伝わったのかどうか、コリン君は顔に両手を当てると「うう、本当に女の人って怖い……うちのリリもいつかそんな風になっちゃったらどうしよう……いくら貢げばいいのかな……」と震え始めた。
え、貢ぐ方向なの?

まぁリリちゃんは素直な良い子だし、そんな女と比べるべくもないぜ。
おれは安心しろよという風に、コリン君の足をぽんっと前足で叩いた。

「そ、そうだよね。うちのリリなら大丈夫、うん」
「にゃんっ」
「……はぁ。そうだ、その話も続きがあってね。今、だから『銀翼の剣』はあまりうまくいってないみたいなんだ。貯金がほとんどなくなっちゃったのもそうだけど、ロデリックさんっていうタンク役がいなくなったから、高難易度の仕事も受けられなくなっちゃったみたいだし。それでもBランクの冒険者だから、食うに困るってほどの状況じゃないらしいけど」
「にゃーお」
「それと、今回その女の人がいなくなったことで、パーティーの仲もすっごくギスギスしてるんだって。酒場で喧嘩してるところ、何回も見たって報告書にあったよ。『ロデリックを追い出したのはお前じゃねぇか』とか『もともと彼女をパーティーに連れてきたのはお前の方だ』とか……」
「にゃ、にゃあ……」

よ、予想以上にひどい状況だな、ロディの元パーティーメンバー。
今のロディの状況とどっちがマシだろう?
……まぁ、それは向こうの方か。だって、向こうにはおれみたいなお荷物はいないわけだし。

「……だから、僕が悩んでるのは ロデリックさんにこの報告を伝えるかどうか、なんだけど」
「にゃにゃにゃ!」
「……そうだよね! 別にいいよね。うちの商会がこの調査をしてたのは、あくまでも ロデリックさんの前の街での素行調査のためだし? 今更、ロデリックさんと仲間の寄りを戻させるような真似をする義理はないよね? そんなことしても、うちの利益のマイナスにしかならないし?」

うんうんと腕組みをして頷くコリン君。
まだ年若い少年でありながらも、コリン君の思考はやっぱり商人のそれだった。

まぁ、おれも今更ロディと元のお仲間さんが元の鞘におさまるような展開は反対なので、コリン君の意見に大賛成だ。

だって、そういう展開になるとしても、ロディが元お仲間さんのところに行くのではなく、元お仲間さんがロディのところに来て頭を下げるのが筋っていうものだ。
だいたい、なんだよ。その詐欺女の捜索願を出したとか。そんな捜索願を出す暇があるなら、ロディを探して頭を下げに来いよな、まったく。
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