転生先は猫でした。

秋山龍央

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問題

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「にゃう……」

朝、目が覚めるとすでにベッドの上にロディはいなかった。

身体を起こして、くぁ、とあくびをしながら身体を伸ばす。ドアの向こうから気配と物音がするので、ロディは隣の部屋にいるのだろう。
昨日はロディが眠った後、おれもすぐに寝てしまった。猫の姿に戻った覚えはないけれど、多分、途中で魔力切れを起こして自動で戻ったんだろう。試しに人間の姿になってみようとするが、やはり出来なかった。しかも、ものすごく腹が減っている。

おれはベッドから降りると、床をてしてしと歩いて寝室のドアの前までやってきた。ドアは完全には閉まっておらず、おれは隙間からそっと隣の部屋を覗いてみる。

「……にゃ……」

やっぱり、ロディは隣の部屋にいた。
ちょうど朝飯を作り終えた最中のようで、鍋の火を落としているところだった。
窓から差し込む朝の光が、ロディの金髪を淡く輝かせている。静かな湖畔のようなターコイズブルーの瞳が映えてきれいだ。

おれが起きたことに気づいてないロディを、扉の隙間から見つめる。

……ロディもけっこう、初めて会った時から変わったよなぁ。
思えば、最初のロディとおれは色々あったものだ。剣を突きつけられたり、滝行みたく頭から水かぶせられたりり、全裸の状態で椅子に縛り付けられたり。
こうして言葉にして思い返すと、本当に色々なことがあったものだ。うむ。

それが今では、治療行為という名目の上ではあるが肌を重ねたり、頼られて縋られるような仲になったのだから、人生分からないものだ。

……そんなロディに対して「勃起不全の治療をしよう」なんておれが思いついたのは、ひとえに、彼に恩返しがしたかったからだ。

おれは、ロディに会ってなければ猫の姿のまま飢え死にしていただろう。それか逆に、モンスターの胃袋の中に収まっていたに違いない。
だから、おれを拾ってくれたロディのために、できることなら何でもやってあげたいと思ったのだ。

……でも、今回はどうしたらいいんだろう?

このままいけば……ロディはおれのせいで、せっかくもらった仕事の話を断るかもしれない。
それに、よく考えたのだが、この問題は今回の仕事だけのことじゃない気がするのだ。

だって今後、ロディが冒険者とは別口の仕事を見つけたり、もしくは新しい冒険者パーティーに入ったとしよう。
おれがロディの元で暮らすなら、今回と同じような問題がまた発生するんじゃないか?
よしんば仕事のことだけなら、おれの存在を隠し通すことは可能かもしれない。でも、ロディだって今後、この町で友人や恋人がどんどんできるかもしれない。

そうなった時――たとえば、新しい恋人とこの家に住むとなったら、おれはどうするつもりなんだ?

その度に、ロディの選択肢をおれのために諦めさせるのか?
自分の都合でロディの未来を狭めるような真似は絶対にしたくない。だって、それじゃあロディの元パーティーの奴らと同じじゃないか。そんなのは絶対に嫌だ。

だから。それなら今、ここでロディから離れたほうがいいんじゃないか?

……一番気がかりなのは、ロディの精神状態がまだひどく不安定っぽいことなんだけど。
うーん……ロディの心を傷つけないで、ロディと円満にさよならバイバイできる方法となると……ダメだ、全然思いつかねぇ!

いっそ何も言わないでいきなり出ていくとか?
いや、絶対に逆効果だな……。

書き置きだけ残して出ていく?
顔を合わせてお別れを告げた場合、ロディに泣かれたらおれの決意があっさり揺らいじゃいそうだしなぁ。でも、書き置きといっても、ペンとか紙とかこの家で見た覚えがないし。ロディに言って用意してもらうとなると、途中で勘付かれそうだし……。

その時、「そんな所で何をしてるんだ?」と声がかけられ、扉が開けられた。
おれがうんうん唸っていたのが聞こえたのか、それとも扉の隙間から見える黒いフワフワが見えたのか、ロディがおれに気がついたようだ。

「おはよう、クロ。……今日もその姿なのか?」
「にゃ、にゃん」

今まで考えていた思考の後ろ暗さのせいで、ロディの顔が見れない。
今、人間の姿になれない状態なのは幸いだったかもしれなかった。

「また魔力切れか……人間の姿になるのは難しいか?」
「にゃぁ……」

ロディは身を屈め、おれを両手で抱き上げて胸元に抱える。その動作にちょっと驚いた。
ロディが猫の姿のおれを抱えたりするのは、今まではもっぱら外だけだったのに。おれが道行く人や冒険者の人に囲まれて捕まらないようにという理由で、外ではおれを抱き上げて運ぶのが常だ。理由がなければ、わざわざおれを抱っこして運ぶようなことはしなかった。
そして今、この狭い家の中に通行人がいるわけがない。

「にゃお」
「ああ、大丈夫だ。今日も人間に戻れないかもしれないと思って、食いやすいものを用意しておいたから」

珍しさに声をあげたおれだが、ロディは違う意味に受け取ったようだ。
そのまま、おれの背中を優しく撫でながらそっと向かいの椅子に降ろす。

……もしかすると、まだ昨日のことをロディも引きずっているのかもしれないな。
朝、目が覚めた時に隣にいなかったから、昨日みたいな精神的に不安定な状態はある程度脱したのかなとも思ったんだけれど。今のロディの様子を見る限り、昨日と比べれば確かに落ち着いているようだけれど、言葉にしないだけで「傍にいてほしい」モードは継続中らしい。

「ソーセージを焼いたんだが、食べられるよな? ああ、今、パンを千切るから待っていてくれ」

台所に立ったままおれを振り返り、穏やかな笑顔でいそいそと朝食の準備をし始めるロディ。
優しい声と表情ながらも、どこか歪で陰りのあるロディに、おれは気付かれないようにそっとため息をつく。

……やっぱり、このままじゃいけないよなぁ。
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