転生先は猫でした。

秋山龍央

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その後は、ロディの立てた作戦通りとあいなった。
片側の視界と足を潰されたトロールを、三人がかりで袋叩きにし、見事、討伐に成功。
その後は、その場でトロールの討伐証明部位を切り取ってから冒険者ギルドへ帰還した。当初の目的であった薬草採取のクエストは、今回はなしである。

「こんな森の浅部でトロールが出てくるのであれば、これ以上この場に留まっているのは危険だ。むしろ、早く冒険者ギルドに帰還して今回の件を報告し、しばらく薬草採取のクエストは場所を選定しなおすように進言した方がいいだろう」

そう言うロディの言葉に、もちろん誰も逆らう者はいなかった。
それどころかコリン君はむしろ、薬草採取の仕事が出来なかったことよりも、ロディというランクBの冒険者の戦いを間近で見られたことに興奮していたぐらいだ。トロールとの勇ましい戦いぶりにを見て、ますますロディに好印象を覚えたようで、ぜひ今度自分の家に招待させて欲しいと熱心にロディへ誘いをかけてきた。

また、コリン君が冒険者ギルドで別れる際に、ロディに手渡してきた小さな巾着袋。その中に入っていたのは、当初の話であった依頼料一万オンではなく、倍額の二万オンだった。
仲を確かめたロディが慌てて返そうとしたものの、コリン君は断固として譲らなかった。

「トロールの討伐報酬は僕らに譲って頂きましたし、今回のロデリックさんの働きに見合うものをお渡ししただけですから」
「トロールの件は、元々そちらの護衛だからだ。依頼主に戦果を渡すのは当然だろう」
「いいですから、ね? これは、ロデリックさんみたいな優秀な冒険者への手付金だとでも思っていただければいいんです!」
「だが……」
「もしも心苦しいと思われるなら、森の道中でお話した件……よければ明後日にでもうちに来て頂けませんか? 明日すぐだとロデリックさんもお疲れでしょうし」
「というと、妹さんの?」
「ええ。今回の話をしたら、妹だけではなくきっとうちの兄や父もロデリックさんにすぐにお会いしたいと思うでしょうから」

そう言ったコリン君の笑顔にはちょっと何らかの含みがあったものの、大部分は妹さんへの思いやりにあふれていたので、まぁ大丈夫だろう。何かを画策しているのかもしれないが、ロディを害するものではなければ、おれとしてはオールオッケーだ。
まぁ、ロディを害そうにも、仲間たちから冤罪で強制的に無職状態にさせられているという現状より、状況を悪化させることは逆に難しいだろうけどね!

コリン君たちと別れたおれとロディは、そうして家に帰ってきた。
ロディはトロールと戦った後で、砂埃やトロールの体液で汚れた身体を洗いたいと言って、家に着くなり洗い場へ直行した。
おれは人間体に戻ると、寝室でロディのお下がりの服を着てから台所へ戻った。台所には買いだめしてあった食材があったので、それらの野菜と干し肉で、見よう見まねと元の世界での知識を元にしてスープを作ってみる。

「……お酒は……まぁ、今日ぐらいは許してあげてもいいかな」

ただし、一杯だけだ。
それ以上はまだNGを出させて頂こう。

スープを完成させて、戸棚にしまいこんであった酒瓶を机の上に出したちょうどその時、洗い場からロディが戻ってきた。
まだ髪も身体も拭ききっていないようで、ロディ身体はしっとりと濡れている。金髪の毛先からは、ぽたりとぽたりと透明な雫が落ちているほどだ。

「上がったぞ、クロ。君も身体を洗うといい」
「ああ、ありがとう。……その前にちょっとそこ座ってくれる?」
「ん? ああ」

ロディは不思議そうな顔だったが、おれの指示通りに、素直に食卓の椅子へ座ってくれた。
おれは洗い場に置いてあった真新しい布を一枚とってくると、椅子に座ったロディの後ろに立ち、頭に当てて拭いてやる。

「っ、クロ……?」
「じっとしてて。全然拭けてないじゃん、もう」
「べ、別にこれぐらい……」
「風邪ひいちゃうだろ、濡れたままだと」

ロディの金髪が水を含んで艶を放っている様はとても綺麗だったけれど、これだと身体が冷えちゃうぞ。
俺は頭皮をマッサージするようにして、指の腹で優しく髪の毛を拭いていく。
初めは嫌がっていたロディだったけれど、おれが拭いている間に気持ちよくなってきたのか、大人しくされるがままになった。

「よし、終わった!」

おれはロディの髪を指先で触り、ある程度拭けているのを確認する。
よしよし、これならいいな。
……しかしおれ、元の世界で恋人が出来た時だってこんなに甲斐甲斐しく相手の世話をやいたことなんてなかったのになぁ。自分で自分にビックリだぜ。
異世界に来たせいで、深層心理に隠れていた自分が姿を表したということだろうか? それとも、相手がロディだからってことなのかな。恋人じゃなくてご主人様だから、獣の本能的な?

「……この程度、別に良かったんだが」
「おれがしたかっただけだから。それとも、嫌だった?」
「嫌、ではないが……」

もごもご言っているロディの耳の先が、ピンク色に染まっている。嫌ではないけれど、照れ臭かったというところだろうか。

「嫌なんじゃないなら良かった。あ、夕飯テキトーに作ったから、食べてて。お酒は一杯までね」
「……君は食べないのか?」
「うん? あがったら食べるよ。別におれのこと待ってくれてなくていいから、ってこと」
「……俺も、すぐ食いたいというほど、腹が減ってるというわけではない。それに、使った武器や防具の手入れだってあるし……」

そこまで言って口ごもり、俯くロディ。その耳はますます真っ赤になっている。
……ここまであからさまにされれば、言葉にされずとも、ご主人様の言わんとすることはきちんと理解できた。
ロディと顔を合わせてなくて幸いだ。彼の真っ赤になっているだろう顔を見れないのはちょっぴり残念だけれど、その代わり、おれが今浮かべているだろうにやにや笑いを見られる必要もない。今のおれのだらしない表情を見れば、さすがのロディも一緒に夕飯を食べる気をなくしちゃうかもしれないしね。

おれはロディの肩を軽く叩くと、「じゃあ、ちょっと待ってて」とありったけの愛おしさを込めて告げた。





その後、おれとロディは夕食を食べ終えると、連れ立って寝室に行った。

とはいえ、残念ながらそういう目的で寝室に行ったわけではない。ロディは防具の手入れの続きで寝室に戻っただけで、おれはそんなロディに興味があったので勝手に彼の後について行っただけである。
単身用の借家の寝室は狭く、おれとロディ二人がいると部屋がとたんに窮屈になるので、おれはロディのベッドに上がると猫の姿に戻った。
変身を解いたせいで、シーツの上におれの抜け殻、もとい着ていた服が散らかる。ロディは「その姿でも服を畳むぐらいできればいいんだがな」と言って肩をすくめると、おれの服をベッドの傍らの椅子にかけ、自分もまたベッドに座った。
ごめんねロディ。一番いいのは、おれが全裸になって服を片付けてから猫の姿に戻ればいいんだろうけど。それもなんだかなーという感じだしさ。
ベッドサイドに座ったロディのそばに行くと、ロディの分厚い太ももにぴったりと身体を押し付けるようにして座る。

「……クロ、そこにいられると邪魔なんだが」
「にゃあん」
「……はぁ。頭を急に上げるなよ、ぶつけかねない」
「にゃんっ」

ロディはおれがぴったり横についているのを最初は億劫そうにしていたものの、すぐにベッドの脇に置いてあったトンファーをとると、それを乾いた布で丁寧に磨き始めた。
おれはちょっと身体を動かすと、頭だけをロディの太腿にあずける形になってベッドに寝そべった。そして、目線だけでロディの手付きを追う。
しばらく、そうして無言でトンファーを磨き続けるだけの時間が続いた。その間、室内には一人と一匹の呼吸音と、おれの尻尾がぱたぱたとシーツを叩く音だけが響いた。

……今日のロディはすごかったなぁ。
あんなに強いとは思わなかった。

Bランク冒険者って皆、こんなに強いのか?
それにロディが戦闘中に使った……モンスターのヘイトを自分に集中させるスキルだっけ? あんなこともできるんだな。おれが持っている人間に変身するスキルと比べると、はるかに使い勝手の良さそうなスキルだ。

……むしろ、こんなに強いロディを追い出した元お仲間さんたちはやっていけてるのだろうか?
今日の戦いの流れは、ロディが初めにシールダーのスキルでモンスターの敵を集中で受けてくれて、その間に弓矢で相手の視や足を奪うという流れだった。
この戦いの流れでずっとやっていたとするなら、そのシールダーを追い出すのって、けっこう致命的じゃないのか?
というか、どう考えても悪手でしかなくない? 戦法を変えるにしても、ランクBまでこの戦法でやってきた人達がいきなりすぐに別の戦い方が出来るとは思えないんだが……。

……まっ、なんにせよ、おれとおれのご主人様にはもう関係ないよな!
うんうん。きっとどうにか何とかやってるんだろう、うん!

ロディがトンファーを拭き続ける手付きや、真剣な顔を見ながらそんなことを考える。
そんな時、ふとロディの手に軽い怪我をしている箇所があるのに気がついた。左の手の甲が、擦れたように赤くなってしまっている。

「にゃう……」
「ん? ああ、そろそろ終わるぞ。どうかしたか?」
「にゃお」

ロディが磨き終わったトンファーを布を敷いた床の上に置く。そのタイミングを見計らって、おれはロディの膝の上によじ登った。
肉球がズボンの薄い布越しに太腿を踏みしめる感触がくすぐったいらしく、ロディが少し身動ぎする。が、そこは猫のバランス感覚で難なく持ちこたえた。

「にゃおっ」
「ああ、これか? 今日やったみたいだな」

ロディは手の甲の擦過傷に気づいていなかったわけではないらしい。
けれど、そんなに気にした風でもないのは、この程度の擦り傷なんて冒険者なら日常茶飯事だからなのだろうか。
だが、ロディが気にしなくてもおれは気になる。それに、今はロディ一人の身体じゃないんだからもっと自分を労って欲しいものだ。
おれは眼の前に持ってきてもらったロディの擦り傷にそっと顔を寄せると、ぺろりと傷を舐めてみる。

「っ! ク、クロ?」

おれの舌で傷口を舐められた瞬間、ロディの肩がびくりと跳ねた。

あっ、猫の舌ってすっごいざらざらしてるんだっけ。逆に痛かったかな?
恐る恐る後ろを振り返り、ロディの表情を伺う。ロディは顔をほんのりと赤くしていたが、痛みを覚えている様子はなかった。
ただ、眉を八の字にして、困った表情でおれを見下ろしている。
うむ、ならばノープロブレムだな。

おれは再びロディの手の甲に顔を寄せると、今度は舌先だけでそっと傷を舐めた。

「……っ、ふ……」

ロディが吐息混じりの声を零す。
やはり、その声からして痛みを感じているようではない様子なので、おれは赤くなった擦り傷をぺろぺろと舌先で舐め続けた。

「っ、は……クロ……」

しばらく舐め続け、いい加減、おれの顎が疲れてきたかなーという頃におれは顔を離した。
ロディの擦り傷部分を見れば、そこはすっかり赤みが引いている。まだ傷口部分は赤く蚯蚓腫れのようになっているが、これならすぐによくなるだろう。うむうむ、大満足だ。

「……き、傷を見てくれたのはありがたいが、そろそろ降りろ」

すると、おれを膝の上に載せたロディが落ち着きなくもぞもぞと身体を動かした。しかし、そうは言うものの、ロディがおれを膝の上からどかそうとしない。今、ロディは両手が空いているんだから、いつもならおれを抱き上げて無理やり降ろすのに。

不思議に思って再びロディを見上げる。
ロディはおれと視線があうと、まるで悪戯が見つかった子供みたいに、バツが悪そうな表情で顔を逸した。そして、顔どころか首まで真っ赤にして視線を泳がしている。

その視線がちらりと、ある一点に落とされた。
意識してそちらを見たわけではなく、ついうっかり視線をやってしまった、という感じだった。
何の考えもなしに、おれもついとその一点に視線をやる。

……おっ、これは!
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