転生先は猫でした。

秋山龍央

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 腹八分目を通り過ぎて、お腹がパンパンになった頃。おれ身体はようやく満ち足りた。
リビングを出て、人間の身体になるように念じると、視界がぐぐんと高くなる。よし、成功だ。

おれは引き出しからロディがおれに譲ってくれた服の内から、適当なシャツとズボン、そしておれ用に買ってもらった下着を引っ張り出すとそれらを着る。
着替え終わってリビングに戻ろうとしたところ、逆に、ロディが慌てた様子で寝室に入ってきた。勢いよく開けられた扉に鼻先をぶつけそうになり、慌てて飛び退く。

「クロ! 戻れたのか?」
「あ、ああ」
「そうか……良かった」

ほっとした表情で肩の力を抜くロディ。
どうも、寝室に行ったおれを心配して追いかけてきてくれたようだ。

「悪い。心配かけちゃってごめんな、ロディ」
「俺はかまわないが……何かあったのか? もしかして呪いがぶり返したのか?」

おれとロディはリビングに戻ると、再びテーブルに向かい合わせに座った。
ロディが木製のコップに水を注いで、おれの前に置いてくれたのでありがたく頂く。冷たい水が喉を通り過ぎる感覚が心地よかった。

「んー、なんて説明すればいいのかな……今のおれって、あの猫の姿が基本なんだよね。で、人間の姿になるには魔力を消費するんだ。今回は、どうも人間の姿でいた時間が長すぎて、うっかり魔力が枯渇したっぽい。それで、強制的に猫の姿に戻っちゃったみたい」
「……そうだったのか。やはり、ずいぶんと強力な呪なんだな……」

ロディはそう言うと、顎に手を当てながら「知性持ちのモンスターでもランクS以上になる……人間化が可能なモンスターなんていまだ発見されてすらいない。なら、逆説的に考えると、人間をこのようなモンスターに変化させる呪いとはランクSS以上のものか……?」と、難しい顔で何事かをぶつぶつと呟き始めた。

う、うーん……。
やっぱりコレ、おれの最初の説明の仕方が悪かったかなぁ?

最初、おれもパニックになってて、初めから全部ちゃんと説明しないと、って思って焦ってたのがまずかったな……。そのせいで、自分が元々人間で暮らしていたこととか、いきなり猫になることになったこととか、そういう余分な情報まで説明してしまったのが良くなかった。

 今回の反省を活かして、もっとなんかそれらしい説明を考えておかないとな。
今後、ロディには冒険者仲間が出来るかもしれないんだ。なら、その人達におれのことを説明することもあるかもしれないし。そうなった時のために、ロディを困らせないようにおれが準備しておかないとな!

まぁ、でも、今回の件で一ついいこともあった。
治療行為の一貫とはいえ、昨夜はあんなことをやった後だから、ロディとの仲がちょっとギクシャクしたらどうしようと心配していたのだ。
でも、このトラブルのおかげで、ロディは昨夜のことを今は失念しているらしい。まさしく不幸中の幸いだ。

「……そういえば、クロの話をあまり聞いたことはなかったな」
「うん?」

難しい言葉をぶつぶつと呟き続けていたロディだったが、ふいに、彼はそんなことを言った。
えっ、なに? おれの話?

「クロが今までどんな暮らしをしていたのかとか、あの森にいた時はどうしてたんだ、とか」
「いきなりどうしたの?」
「……その、なんだ。君の過去が気になっていなかったわけではないんだ。だが、まだ出会ったばかりなのに、そういったことを根掘り葉掘り聞くのも不躾かと思っていた。でも……」

そこでロディは言葉を切った。そして、おれから顔を恥ずかしそうにそむけると、頬を赤らめながら視線をさ迷わせる。

「……昨夜、君は俺の話を聞いてくれただろう? あれで、俺はずいぶん心が楽になったから……その代わりというのではないが、俺も君の話を聞きたいな、と思ったんだ」
「……っ……」

……うそ。おれのご主人様、可愛すぎ?

思わず口に両手を当てて、某有名アフィリエイト広告の女性のようなポーズでロディを見つめるおれ。
ロディはそんなおれに気づかず、俯いたままだ。

「だから、クロが嫌でなければ、君の話を聞かせてほしいんだが……」

ロディが頬をピンク色に染めながら、おずおずと視線だけをこちらに上目遣いで向けて言う。
思わず、「洗いざらいなんでも話します」と言わなくていいことまで告白しそうになった。

「ロディが聞きたいなら何でも話すよ。まぁ、あまり面白い話はないだろうけど」

なんとか自制心を取り戻したおれがそう答えると、ロディは目に見えてホッとした顔になった。

「じゃあ、クロは俺と出会うまではどうしてたんだ?」
「ロディと出会うまでは……そうだなー。前にも言った通り、おれはもともと人間として暮らしてたんだよね。で、ちょっとそこで事故に巻き込まれてあの猫の姿にさせられっちゃって。ついでに、元いた街も出ていかなきゃいけなくなっちゃったんだよね。で、目が覚めたら、あの森にいたって感じ」
「元いた街では、どういう暮らしをしていたんだ?」
「え? 別に、普通だよ。学校に行って勉強して、時々お小遣い稼ぎにバイトに行ったり……」
「学校に行っていたのか!?」

思わぬところで、ロディが驚きの声を上げた。
おれはロディの剣幕にびっくりしてしまい、少し間をおいてから「う、うん」と頷く。

「そうなのか、すごいな……やはり君は、元は貴族の家の出なのか?」
「いやいや、そんなすごい家じゃないよ。えっと……まぁ、商人とかそういう家の出だと思ってもらえれば」
「なるほど……」

おれの親は会社員だったので、この説明でも嘘ではないだろう。
しかし、そうか。ロディだって農村を出て、すぐに出稼ぎで要塞都市ドンミルってところに行ったって言ってたもんね。この世界の感覚だと学校に行って勉強を受けられるって、ある種の金持ちステータスなのか。

「だが……そんな君があの姿でずっと森にいたのは、さぞかし苦労も多かっただろうな」

と、ロディがいたましいものを見るようにおれを見つめてきた。

まぁ、確かに大変ではあった。食べ物は見つからないし、寝床もないし、でっかいモンスターに追いかけ回されるし。お陰様で、他のモンスターの気配とかはすぐに敏感になったね。今ではもう、モンスターの臭気を嗅ぎ分けて、近づかれる前に逆方向に逃げることもできる。
それでも相手の方が一方上手で、群れで囲まれて、マジで食われる五秒前になった時もあったけどね!

「俺と会うまではどうやって暮らしていたんだ?」
「んー……森の中を駆け巡ったりして、他のモンスターから逃げたり食われそうになったりしてたかな。寝る時は、洞窟とか木のうろみたいな所を探してた」

でも、隠れてても、2日もたてばすぐに他のモンスターに嗅ぎつけられるんだよなぁ。頭いいよね、あいつら。
そんなモンスターと戦う冒険者の方々を、おれは心から応援するよ。

「食べ物はどうしてたんだ?」
「木の実とか小さい虫とか捕まえたり。木の実を食べた時は一回だけ、毒にあたって死にそうになったこともあったけど」

ちなみに野ねずみみたいな生き物はいたけど、狩れなかった。すばしっこかったのもあるけど、おれ、小学校の時にハムスター飼ってたんだよね……。

悲惨な思い出ではあるが、今ではもうなつかしい記憶だ。
あははと笑ってロディを見たが、ロディがおれを見つめる瞳は変わっていなかった。相変わらず、いたましいものを見るかのようだ。

あ、あれ? おれの予想では「お前、虫食べてたのかよ~!」ってツッコミが入って、なごやかなムードになるかなって思ってたんだけど。そんなムードどころか、ロディは真剣な顔のままだ。
ご、ごめん。朝ごはんの後に、この話題はやめておいた方が良かったかな?

「ロ、ロディ?」
「ああ、すまない……自分がいきなり、そういう目にあった時、君と同じようにいられるだろうかと思っていたんだ」

おれと同じように? どういうことだろう。

「俺なんかよりも、君の方がずっと大変な目にあってきただろうに。それでも君は、誰かに優しくしたり、励ましたりすることができて……その、本当にすごいなと思ったんだ」
「つまり、おれが能天気って言いたいの?」
「っ!? い、いや、違うぞ? そ、そういうことではなくてな!?」
「あはは、分かってるよ。ちょっとからかっただけ」

おれは片手で頬杖をつきながら、慌てるロディににやにやと笑みをこぼす。ロディはからかい甲斐があるなぁ。
そして、空いたもう片方の手を伸ばすと、テーブルの上に置かれた彼の右手を片手で握った。
ロディはすこし驚いたようだったが、嫌がるそぶりは見せない。ただ、昨夜のことを思い出しでもしたのか、また耳まで赤くしている。

「どっちの方が大変だったとか、不幸だったとかってのは、個人の価値観だからさ。そんなの比べようがないだろ」
「……うん、そうだな」
「おれは確かに色々と大変な目にはあったけどさ、おかげで素敵なご主人様に出会えたし。自分の人生にはおおむね満足してるぜ?」
「だ……だからあまりご主人様とか、そういう言い方をするな。誰かに聞かれたら、誤解されるだろうが」

ロディはおれの言葉が照れ臭かったのか、わざと話題を逸らした。けれど、おれの手をほどく様子もなく、むしろ触れる指先に、ほんの少しだけ力を込めてくる。

……うーむ、可愛い。
よくロディの前のお仲間さんたちは、こんな可愛い人を前にして手を出さなかったものだ。
その見る目のなさだけは、褒めてやってもいいかもしれないね。
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