転生先は猫でした。

秋山龍央

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従魔

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 ロディが冒険者ギルドの奥に続く扉を開けると、こちらには冒険者らしき人々はいなかった。
長く、大きなカウンターの向こうには冒険者ギルドの事務員や受付さんと思わしき人々が、椅子に座りながら書面になにか書きつけ、そろばんのようなもので計算を行いながら黙々と作業をしている。部屋は広くて清潔感があるが、どこか寒々しく、さっきまでいた冒険者の受付をしていた所と比べるとどうにも活気がない。
ロディが部屋に入っても、先程の受付の女の子のように笑顔や声をかけて出迎えてくれるわけでもなく、ただ、無言で何人かがじろりとこちらに視線を投げただけだ。

 正直、あの受付嬢ちゃんにこの部屋だと案内されていなかったら、「おっと、部屋を間違えたようだな」と言いながら回れ右して即座に退室していただろう。
ロディも居心地の悪さを感じたらしく、早く用件を済ませようとばかりに足早に受付に進んだ。

「従魔登録をお願いしたい」
「……わかりました。従魔はそちらでよろしいですか?」
「ああ」
「では、冒険者ギルドカードの提示をお願い致します。小型モンスターになりますのでこちらの魔水晶にて魔力紋登録をお願い致します。また、こちらの書面に目を通された後、サインをお願い致します」

 受付にいた女性の事務員さんは、淡々とした様子で話を進めていく。
淡々としているのは、まぁいいんだけどさ、魔力紋登録がどういうものなのかとか、書面の内容について説明してくれる気はどうにもないようで、そう告げた後にはロディと視線すら合わさない。
おいおい、あの三途の川のだっちゃんですらもっと説明してくれたぞ。

「ギルドカードはこれだ」
「…………」

 無言でギルドカードを受け取った事務員さんは、そのカードをカウンターの向こう側にあった透明な板に置いた。その板は水晶のようなもので出来ているようで、だいたいノートパソコンくらいの大きさだ。
ロディが差し出した時は何も書かれていない無地のカードであったのだが、水晶の板に置かれると、その表面に文字が浮き出てきた。おお、魔法っぽい!

 おれはその様子がもっと見たくて、ロディの抱く腕からするりと抜け出すと、カウンターに降り立った。そして、水晶の板を見下ろすようにしてロディのギルドカードを覗き込む。
すると、事務員さんが顔を上げておれをギロリと睨んだ。

「ちょっと! 従魔をカウンターに乗せないで下さい、汚いでしょう!」
「にゃっ……!?」
「すまない。ほら、こっちに来い、クロ」

がーん。

ど、怒鳴られた……!
でも、そっか。おれって今は動物だし、というかこの世界ではモンスターの扱いなんだし、机に乗られるのは嫌な人もいるよね……。

 怒鳴られてショックを受け、硬直するおれを慌てたようにロディが再び抱き上げる。おれは特に抵抗せず、大人しくロディの腕に抱かれた。精神的なショックもあったけれど、事務員さんの甲高い怒鳴り声でおれの耳がきーんとなっていて目眩がしているのもある。
 おれがショックを受けていることを察したのか、ロディが分厚い掌で、なだめるようにおれの背中をなでてくれる。うう、ロディ……ありがとう……そしてダメな飼い猫でごめんな……。

「……ギルドカードの確認は終わりました。次はこちらの水晶に、従魔の身体の一部を触れさせて下さい」
「ああ、わかった。ほら、クロ。これに触ってみろ」
「……にぃ……」

 おれはビクビクしながら前足を差し出し、事務員さんが差し出した水晶の小さな板にそっと肉球を乗せた。
ロディのギルドカードを乗せている水晶板とは別の、もっとコンパクトなサイズの水晶の板だ。
そのつるりとした表面にぺとりと肉球が触れた瞬間、板が淡い燐光を放った。

「……確認できました。魔力量・体格ともにランクE内のモンスターでありますので、ランクEモンスターの登録料として3000オンが必要となります」
「わかった」

事務員さんの差し出したコイントレーに、ロディがポケットから銀貨を取り出し、三枚を乗せる。事務員さんは無言でその銀貨を受け取ると、ロディのギルドカードに指をあてて何事かを唱えた。すると、今度はロディのギルドカードが淡い燐光を放つ。

「……はい。それではこれでギルドカードへの従魔登録が完了いたしました。こちらで従魔登録の受付は終了となります」
「わかった、ありがとう」

え、これで終わりなの?
 もっと時間がかかるかと思ってたのに……まぁ、もしかするとおれが「ランクE」のモンスターだから短い時間で済んだのかもな。ランクが何かはよく分からないけど、ニュアンス的に一番低いか二番目に低いモンスターってことなんだろう。ランクエクストラとか、そういう良い意味じゃあないのは確かだ。

 しかしこの事務員さん、ぜんっぜん口頭説明とか口頭確認しないな……。
もしもおれが人間に化けられることがバレたらどうしよう、なんて思ってたのに、なんだかすごく拍子抜けだ。
ま、早く終わったんだからそれに越したことはないか。

「……あの、これは従魔登録とは別件の話になるんだが」
「なんでしょうか?」

と、おれを抱きかかえているロディがおずおずと事務員さんに話しかけた。
しかし、事務員さんはそんなロディをひどく億劫そうな顔で見上げる。
が、頑張れロディ!

「以前、冒険者ギルドにパーティー加入と、パーティーメンバー募集の掲示依頼を申し込んだんだが、まだそれが掲示されていないようで……」
「現在、加入や募集依頼の掲示依頼は混み合っておりますので。順次、お申込みを頂いた順から掲示をさせて頂いております」
「……そうか」

ロディは落胆したように肩を落としたが、その顔にはどこか、やっぱりなという諦めが入り混じっているようだった。
しかし、事務員さんは気にもとめずに再び机の上の書面に視線を落として、それきりついぞこちらを見ることはなかった。

「……帰ろうか、クロ」
「にゃん……」

ロディが肩を落として、先ほど出てきた扉へ向かう。
おれはロディの腕の中で身体を伸ばして、舌先でぺろりと彼の顔を舐めた。

「っ……なんだ、慰めてくれてるのか?」

ふ、とやわらかい笑みをこぼすロディ。
おれはロディを慰めるつもりではなくて、さっきはおれのせいで怒られてごめんね、という意味を込めていたのだが、まぁ、ロディが好きなようにとってくれればかまわない。
おれがざらりとした舌でロディの顎先を舐めると、ロディはくすぐったそうに身体を震わせた。

「みゃーお」
「……そうだな、今日はともかく従魔登録が無事に終わったのだから良しとするか。……本来なら意思疎通可能な知性持ちのモンスターはそれだけでもランクA以上に該当するだろうが……まぁ、向こうが判断した評価にこちらがどうこう言っても仕方がないか」
「にぃ?」

そんなことを小声でつぶやきながら、ロディは足早に冒険者ギルドを後にする。
冒険者ギルドを出る際、先ほどおれをちやほやしてくれた冒険者の人たちや、受付嬢の女の子が手を振ってくれたので、ロディは軽く目礼をしていた。そんなロディを見習って、おれも彼らに向かって尻尾を振っておく。

……しかし、さっき言ってた話はなんだったんだろう?

ロディが冒険者の仲間やパーティーを探している、ということなんだろうか。
つまり、今は誰も仲間がいない状況なのか?

もしもロディに仲間が出来たら、おれも彼らに自分の正体を明かした方がいいんだろうか……?
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