転生先は猫でした。

秋山龍央

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冒険者

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次の日。おれは道を歩くロディの腕の中に抱かれて、ある場所へと向かっていた。

行き先は――冒険者ギルドだそうだ。

 なんでも、冒険者ギルドに行っておれの従魔登録というものを行う必要があるらしい。
おれはこんな小さいナリながらも、れっきとしたモンスターに該当するのだそうだ。というか、この世界では「動物」という概念の生き物が、そのまま「モンスター」と呼ばれているみたいなんだけど。
 で、そんなモンスターを飼育したり、供として街中を連れ歩くには、冒険者ギルドや市役所に行ってきちんとした登録手続きを踏む必要があるそうなのだ。登録なしにモンスターの飼育をしたり、モンスターを連れて街中を歩いたことが発覚した場合には、罰金が課せられたり、最悪、この街からの追放処分もあり得るらしい。

 おれがロディの腕におとなしく抱っこされているのも、それが理由だ。
原則では、冒険者ギルドに従魔登録のために向かう道中だけは上記の罰金制度は免除されるらしいが、万が一の罰金処分を防ぐため、ロディがおれをしっかりと腕に抱きかかえて、冒険者ギルドまで歩くことにしたのである。
 ……おれみたいな猫ならこれでいいだろうけど、ご主人様が抱えて歩けない場合には、どうやって登録に行くんだろう?
冒険者ギルドの人が家まで来てくれたりするのだろうか? 
それとも、首輪とリードでもつけて冒険者ギルドまで歩くんだろうか。

 そんなわけで、ロディはおれの従魔登録をするために、こうしておれを抱えて冒険者ギルドまで歩いてくれているというわけである。
……なんだけどさ、その、

「ママー、あのお兄ちゃん、なんかふわふわしたの抱っこしてる!」
「あら、ホントねぇ」
「あまり見かけないモンスターだな。愛玩用か?」
「…………頼んだら少しぐらい触らせてくれねぇかな?」

幼女の声が聞こえたロディが、恥ずかしそうに頬を赤らめる。
まぁ、モンスターといえども、こんな小さいフワフワの生き物に対してあまり恐怖心とか抱く人はいないよねー。

そんなわけで冒険者ギルドへ向かう道々では、たくさんの人がおれを抱えるロディに目を見張り、時には足を止め、あからさまな所では指を指しておしゃべりを交わし、大胆な所では「それ、なんていうモンスターだ? アンタの従魔なのか?」と口々にロディに声をかけてくる。

おかげで、冒険者ギルドにようやく到着した頃には、ロディはぐったりと疲れ切っていた。
 今まで歩いてきたロディの家から街中までは、石畳で舗装された道路、その脇には赤い屋根にモルタル造りの二階建ての建物が並んでいる。
レンガ作りの三階建ての大きな建物に入ったロディは、憔悴しきった様子で待合室の長椅子に座る。おれは初めて訪れる冒険者ギルドに興味がそそられないでもなかったが、それよりもロディの疲れっぷりの方が気にかかり、長椅子に座ったロディの膝の上で彼を見上げて「にゃあ」と鳴いた。

「……大丈夫だ。それにしても、疲れた……」
「にゃ、にゃあー……」
「気にするな、俺は平気だ。ただ……この街に来てからこんなにたくさんの人に声をかけられたことがなかったからな。すこし、気疲れしただけだ」

ロディの言葉におれはちょっと小首を傾げた。

この街に来てから……?

 というと、ロディはもともとは別の街からやってきたのか。そういや、まだどういうご職業に就いているのかとか話してなかったなぁ。
 でも、身なり的に明らかに冒険者っぽいし、今回の従魔登録でも市役所じゃなくて冒険者ギルドに来たあたり、恐らくは冒険者が本業なんだろう。なら、冒険者として各地を放浪しているって感じなのかな。

 おれがそんなことを考え、そしてロディが長椅子で呼吸を落ち着けていると――近くに座っていた冒険者の一団と思わしき男たちがロディにまたもや口々に喋りかけてきた。

「その小さいの、それでもモンスターなのか?」
「幼生体か?」
「初めて見たぜ。今日はもしかして従魔登録か?」
「あ、ああ……」

 ロディはたじたじになりながらも、男たちを無視することも適当にいなすこともできなかったかけられた質問にきちんと答えを返していく。
うーん、やっぱりロディは人がいいなぁ。さすがおれのご主人様だ。
 けれど、それはそれとして、このままだと従魔登録の手続きを始める頃には日が暮れちゃうぞ。
ロディに話しかけてきた男たち以外にも、待合所にいる人々の目がちらちらとおれ達に注がれているのが分かる。

 なんとかおれもロディのフォローをしようかと思ったものの、周りにいた男たちに頭を撫でられ背中を掻かれ喉をゴロゴロされもみくちゃにされ、どうにもロディを助けるどころではなくなってしまった。

「おお、可愛いなぁ!」
「家畜用のモンスターは牧場で見たことあるけど、こいつはそれよりも大人しいもんだな」
「お、おい。あまり乱暴にしてくれるなよ」
「大丈夫だって。なぁ、こいつなに食うんだ?」
「干し果物があるんだけどやってみていいか?」

……その後、おれたちがようやく従魔登録の受付に行けたのは、30分以上が経過してからのことであった。





「…………」
「にゃあ…………」
「え、えーっと……本日は冒険者ギルドへようこそ。どのようなご用向でしょうか?」

 まだ早い時間だというのに、ぐったりと疲れ切っている様子のおれとロディを見て、冒険者ギルドの受付嬢のお姉さんはじゃっかん引き気味であった。
無理もないけれど、もはや自分を取り繕う気力はおれ達にはない。こうなったら、さっさと登録を済ませてしまおう。

「……こいつの従魔登録で来たんだ。昨日、森の外れにいたのを拾った。なかなか知能が高いようだから、俺の従魔にしたいんだが、登録はどうすればいい?」
「さようでございましたか。それでは、モンスター鑑定を行いますので、右手の廊下の奥にある部屋まで行って下さい。こちらが番号札になりますので、この番号が呼ばれましたら部屋に入室してくださいね」
「わかった」

 ロディは受付嬢さんから渡された木札を手に取ると、さっさとその場を立ち去ろうとする。
おれも後に続こうとしたが、ふと、後ろから視線を感じて振り返ると、受付嬢さんがそわそわした様子でおれのことを見つめていた。
 うーむ。正直、もう今日はお腹いっぱいなんだけど。でもまぁ可愛い女の子だし、ちょっとならいっか。

「にゃーん」

おれは机の上に飛び上がると、受付嬢さんに向かって右手――もとい右前足を差し出した。
受付嬢さんは最初はちょっとびっくりしていたものの、恐る恐る、おれの前足を包むようにして肉球をそっと指で触れてきた。

「わっ……! すごい、ぷにぷにだぁ……」

ぱあっと顔が華やぐ受付嬢さん。
しばらくおれは肉球をぷにぷにさせてあげると、机から飛び降りて、ロディの方へと歩いていった。
去り際、受付嬢さんがまだ名残惜しそうに「ぷにぷに……」と呟いていたので、最後にもう一度だけ振り返って「にゃー」と告げる。

「……何をやっているんだ」
「みゃーお」

だが、ロディは自分の元に戻ったおれに対し、呆れたと言わんばかりの表情だった。
おれはそんなロディの足元にすり寄ると、すりすりと足に身体をこすりつけた。すると、ロディは身体を屈めてからおれの身体をひょいっと両手で抱えあげた。

「ったく……さっさと行くぞ」
「にゃん」

おれを両手で抱えながら、鑑定室へ続く板張りの廊下を歩くロディ。
……廊下を歩く間、ロディがこっそりとおれの前足に指を這わせ、指先でおれのピンク色の肉球をぷにぷにとつついていたが、野暮なツッコミはしないでおいた。

まぁ、ロディが相手なら、言ってくれれば触りたい時にはいつでも触らせてあげるんだけどね。

なにせ、おれはご主人様思いの猫ですから!
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