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風呂
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「にゃーお」
「あー、いや。何か言われてるのは分かるが、俺はモンスターの言葉は分からんからな?」
「にゃんっ」
「……まさか、モンスターを餌付けしてしまうとはな。何をやってるんだか……」
ふふふふ、その優しさが運の付きよ。
あれからおれは、丸太から腰をあげて有るき出した男の足元にくっついて、にゃんにゃん言いながら歩いていた。
傍目から見たら、すっかり餌付けをされて味をしめたネコが後をついていっているように見えるかもしれないが、まぁ、おおむねその解釈で間違いない。
久しぶりの肉、うまかったぜ!
それに見た感じ、このお兄さん、なんかいかつい外見に反して人が良さそうな感じがするのだ。くっついていけば、またご相伴にあずからせてもらえるかもしれない。
……なんかおれ、この姿になってから、だんだんと思考が動物的になってる気がするなぁ。
でもいいのか。前世ではどうあれ、今はネコだもんなー。ネコが動物的でも何も問題はない。
「ったく……そんな所でうろちょろしてたら、蹴とばしてしまうぞ」
と、メイル越しに足にまとわりついていたおれを、男はひょいと抱き上げて、腕に抱えた。
ターコイズブルーの瞳がいっそう近い。透き通ったそれは、まるで宝石のようだ。
そんな男性の眼差しが心地よかったのか、それとも、腕のぬくもりに安心したのか。気がつけばおれは、いつの間にかゴロゴロと喉をならしていた。
「!? なんだ、なにがゴロゴロ言っている……!?」
もしかして病気か、と顔を覗き込まれる。
あー、そうだよね。ネコを初めてみたなら、いきなりゴロゴロ言い出したらビックリするよね。違います、ただ気が抜けただけです。
だが、そんなおれの言葉はにゃあという音にしかならず、意味が彼に伝わることはなかった。
男はその場で立ち止まったまま、じっとおれのことを見つめていたが、背負っていた鞄から厚手の布を取り出すと、それにおれをくるんだ。
まるで生まれたばかりの赤ん坊をくるむように、丁寧な所作である。
で、赤ん坊よろしく布でくるくるまきまきされたおれは、猛烈に襲い掛かってきた暖かさと心地よさ、安心感とか人間のぬくもりに襲われ、流されるままに目を閉じたのであった。
うーん、にしてもおれ、完全に野生を捨ててるなぁ。
◆
目が覚めたそこは、知らない天井でした。
まぁ、目が覚めたらネコになっていましたほどの衝撃ではないな。
慌てはしないが、それでも混乱はする。うーん、さっきの男性に布でくるまれて、そのまますやすやとスリーピングキャットになったことは覚えてるんだけど。
辺りを見渡してみる。おれのいつ部屋はさほど広くない、現代風にいうと1DKの一人暮らしの部屋を思い出させる部屋だ。
床には絨毯などは敷かれておらず板間のままで、木製のテーブルと椅子が中央に置かれている。テーブルの上には、誰かの食事の後であろう、食べ終わった食器がそのままに置かれている。
流しの方にも洗っていない食器や、飲み終わった酒瓶がいくつもゴロゴロと置かれている所を見ると、片付けはあまり得意じゃないのかもしれない。
んー、と四つん這いのまま伸びをして、くぁ、と大口を開けてあくびをする。
そのまま後ろ足でタンッと床を蹴り上げて、窓の桟に登ると、空はとっぷりと暮れていた。
夜の帳が落ちきった真っ暗な空には、金色の月が2つ、大きいのと小さいのが並んで浮かんでいる。こっちの世界には月が2つあるようだ。これはこれでおつなものだと思う。
おれが金貨のような2つの真ん丸の月を見つめていると、後ろでばたんという音が響いた。
「なんだ、起きたのか」
振り返ったそこには、上半身裸で下履きだけを身につけた、先ほどの男がいた。
うほっ、いいカラダ……!
いや、冗談じゃなくてマジで。
腹筋は6つに割れているし、筋肉が均整についていて、まるで大理石でできた彫刻を見ているようだ。筋肉の盛り上がった肌はよく日に焼けており、その肌がしっとりと湿っているのが、なんともいえない色香を醸し出している。
どうやら彼は家におれを連れて返ってきた後、夕食をとり、風呂に入っていたようだ。部屋の広さといい、彼以外の生き物の気配は家の中からしないことといい、どうも一人暮らしみたいだな。
「にゃー」
「ほら、来い。その小汚いナリをどうにかしないとな」
再びそのたくましい腕に抱え込まれたかと思うと、どこぞへと彼が歩き出した。
先ほど男が出てきた部屋に入ると、そこには小さなスペースだったが、脱衣所があり、その向こうが風呂になっているようだ。見れば、浴室には木製の大きな樽のような風呂が鎮座しており、どことなく日本のドラム缶風呂を連想させた。
にしても、おれはネコに転生したから風呂がキライになってるかなと思ったものの、そうでもないな。
でも、現代でだって風呂好きなネコはいたんだし、猫それぞれということなのかも。
「じっとしてろよ」
浴室の床におれを置いた男は、バスタブに溜まっていたお湯を桶に汲むと、それに水をいれてぬるま湯にした。
そして、その桶をおもむろに……
ちょっ、おい!? それは待っ、
「にゃあああああ!!!」
ちょ、お前、それはねーよ!
桶の湯をまるごと頭からかけるヤツがあるか、滝行じゃねーんだから!
絶対こいつペットとか飼ったことないだろ!
あっでもそりゃそうか、この世界って動物の代わりにモンスターがいる世界だもんな。モンスターをわざわざペットにするヤツもそんなにいないのか。
って、そんなことを冷静に考えてる場合じゃない!
ちょ、耳に水がはいる水!
「……っ! てめぇ、ネコに頭からいきなりぶっかけるヤツがいるか! そっちと違ってこっちは耳に水が入っても、自分じゃ指が届かないんだぞ!」
あー、うん! やっぱり猫語じゃ意思疎通に無理があるな。
やっぱり言葉喋れるのって楽だわー。
……ん? 言葉?
「なっ……な、」
「あれ、人間に戻ってる」
勢いのまま目の前の男につかみかかったのだが、男のシャツの胸元を掴んでいるおれの手は、5本の長い指がしっかりついた人間のものだった。
ぺた、と手で自分の顔を触ってみる。うん、身体だけでなく、顔も人間のものになっているらしい。
「やったー! 人間に戻れた!」
人間に戻れた、というよりも、どうも感覚的には「ネコから人間になった」って感じがするので、ベースはやっぱりネコの方みたいだけど、この際なんでもいい!
あと、ネコからいきなり人間になったもんだから、服を着てないイコールつまる全裸状態のおれが、目の前の男にのしかかってる状態になってるので、傍目から見たらおれが変質者のようだけど、それもどうでもいい!
ちょっと致命的な気もするけど、うん、広い心で流してくれると嬉しいな! 風呂場だけにね!
「に……人間になった……!?」
だが、そんな喜び勇むおれの下では、男が目を真ん丸に見開いて、信じられないものを見るように、呆然とおれを見つめていた。
あ、やっぱり流せない? そうダヨネー。
「あー、いや。何か言われてるのは分かるが、俺はモンスターの言葉は分からんからな?」
「にゃんっ」
「……まさか、モンスターを餌付けしてしまうとはな。何をやってるんだか……」
ふふふふ、その優しさが運の付きよ。
あれからおれは、丸太から腰をあげて有るき出した男の足元にくっついて、にゃんにゃん言いながら歩いていた。
傍目から見たら、すっかり餌付けをされて味をしめたネコが後をついていっているように見えるかもしれないが、まぁ、おおむねその解釈で間違いない。
久しぶりの肉、うまかったぜ!
それに見た感じ、このお兄さん、なんかいかつい外見に反して人が良さそうな感じがするのだ。くっついていけば、またご相伴にあずからせてもらえるかもしれない。
……なんかおれ、この姿になってから、だんだんと思考が動物的になってる気がするなぁ。
でもいいのか。前世ではどうあれ、今はネコだもんなー。ネコが動物的でも何も問題はない。
「ったく……そんな所でうろちょろしてたら、蹴とばしてしまうぞ」
と、メイル越しに足にまとわりついていたおれを、男はひょいと抱き上げて、腕に抱えた。
ターコイズブルーの瞳がいっそう近い。透き通ったそれは、まるで宝石のようだ。
そんな男性の眼差しが心地よかったのか、それとも、腕のぬくもりに安心したのか。気がつけばおれは、いつの間にかゴロゴロと喉をならしていた。
「!? なんだ、なにがゴロゴロ言っている……!?」
もしかして病気か、と顔を覗き込まれる。
あー、そうだよね。ネコを初めてみたなら、いきなりゴロゴロ言い出したらビックリするよね。違います、ただ気が抜けただけです。
だが、そんなおれの言葉はにゃあという音にしかならず、意味が彼に伝わることはなかった。
男はその場で立ち止まったまま、じっとおれのことを見つめていたが、背負っていた鞄から厚手の布を取り出すと、それにおれをくるんだ。
まるで生まれたばかりの赤ん坊をくるむように、丁寧な所作である。
で、赤ん坊よろしく布でくるくるまきまきされたおれは、猛烈に襲い掛かってきた暖かさと心地よさ、安心感とか人間のぬくもりに襲われ、流されるままに目を閉じたのであった。
うーん、にしてもおれ、完全に野生を捨ててるなぁ。
◆
目が覚めたそこは、知らない天井でした。
まぁ、目が覚めたらネコになっていましたほどの衝撃ではないな。
慌てはしないが、それでも混乱はする。うーん、さっきの男性に布でくるまれて、そのまますやすやとスリーピングキャットになったことは覚えてるんだけど。
辺りを見渡してみる。おれのいつ部屋はさほど広くない、現代風にいうと1DKの一人暮らしの部屋を思い出させる部屋だ。
床には絨毯などは敷かれておらず板間のままで、木製のテーブルと椅子が中央に置かれている。テーブルの上には、誰かの食事の後であろう、食べ終わった食器がそのままに置かれている。
流しの方にも洗っていない食器や、飲み終わった酒瓶がいくつもゴロゴロと置かれている所を見ると、片付けはあまり得意じゃないのかもしれない。
んー、と四つん這いのまま伸びをして、くぁ、と大口を開けてあくびをする。
そのまま後ろ足でタンッと床を蹴り上げて、窓の桟に登ると、空はとっぷりと暮れていた。
夜の帳が落ちきった真っ暗な空には、金色の月が2つ、大きいのと小さいのが並んで浮かんでいる。こっちの世界には月が2つあるようだ。これはこれでおつなものだと思う。
おれが金貨のような2つの真ん丸の月を見つめていると、後ろでばたんという音が響いた。
「なんだ、起きたのか」
振り返ったそこには、上半身裸で下履きだけを身につけた、先ほどの男がいた。
うほっ、いいカラダ……!
いや、冗談じゃなくてマジで。
腹筋は6つに割れているし、筋肉が均整についていて、まるで大理石でできた彫刻を見ているようだ。筋肉の盛り上がった肌はよく日に焼けており、その肌がしっとりと湿っているのが、なんともいえない色香を醸し出している。
どうやら彼は家におれを連れて返ってきた後、夕食をとり、風呂に入っていたようだ。部屋の広さといい、彼以外の生き物の気配は家の中からしないことといい、どうも一人暮らしみたいだな。
「にゃー」
「ほら、来い。その小汚いナリをどうにかしないとな」
再びそのたくましい腕に抱え込まれたかと思うと、どこぞへと彼が歩き出した。
先ほど男が出てきた部屋に入ると、そこには小さなスペースだったが、脱衣所があり、その向こうが風呂になっているようだ。見れば、浴室には木製の大きな樽のような風呂が鎮座しており、どことなく日本のドラム缶風呂を連想させた。
にしても、おれはネコに転生したから風呂がキライになってるかなと思ったものの、そうでもないな。
でも、現代でだって風呂好きなネコはいたんだし、猫それぞれということなのかも。
「じっとしてろよ」
浴室の床におれを置いた男は、バスタブに溜まっていたお湯を桶に汲むと、それに水をいれてぬるま湯にした。
そして、その桶をおもむろに……
ちょっ、おい!? それは待っ、
「にゃあああああ!!!」
ちょ、お前、それはねーよ!
桶の湯をまるごと頭からかけるヤツがあるか、滝行じゃねーんだから!
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って、そんなことを冷静に考えてる場合じゃない!
ちょ、耳に水がはいる水!
「……っ! てめぇ、ネコに頭からいきなりぶっかけるヤツがいるか! そっちと違ってこっちは耳に水が入っても、自分じゃ指が届かないんだぞ!」
あー、うん! やっぱり猫語じゃ意思疎通に無理があるな。
やっぱり言葉喋れるのって楽だわー。
……ん? 言葉?
「なっ……な、」
「あれ、人間に戻ってる」
勢いのまま目の前の男につかみかかったのだが、男のシャツの胸元を掴んでいるおれの手は、5本の長い指がしっかりついた人間のものだった。
ぺた、と手で自分の顔を触ってみる。うん、身体だけでなく、顔も人間のものになっているらしい。
「やったー! 人間に戻れた!」
人間に戻れた、というよりも、どうも感覚的には「ネコから人間になった」って感じがするので、ベースはやっぱりネコの方みたいだけど、この際なんでもいい!
あと、ネコからいきなり人間になったもんだから、服を着てないイコールつまる全裸状態のおれが、目の前の男にのしかかってる状態になってるので、傍目から見たらおれが変質者のようだけど、それもどうでもいい!
ちょっと致命的な気もするけど、うん、広い心で流してくれると嬉しいな! 風呂場だけにね!
「に……人間になった……!?」
だが、そんな喜び勇むおれの下では、男が目を真ん丸に見開いて、信じられないものを見るように、呆然とおれを見つめていた。
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