転生先は猫でした。

秋山龍央

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――そうしておれは、次に気がついたときにはこの姿だったのだ。

川に写してみた自分の姿ーー真っ黒でふわふわな毛並みに、エメラルドグリーンの瞳、ピンとたった三角耳。
そう、どう見てもただの猫、キャッツである。

 あの受付のお姉さんが言っていた「この世界の動物はすべてモンスターになる」という触れ込みは一体なんだったのかと思うほどの、どこにでもいそうな、まったく平凡な猫である。

うーむ。まぁ、これはこれで、変にグロテスクな容姿のモンスターに生まれ変わるよりはマシだったと考えるべきか。
でも、この超絶弱そうな容姿と容姿に違わない戦闘力皆無な実力のおかげで、道中、めちゃくちゃ他のモンスターに襲われまくりでしたけどね!

 そんなわけで深い森の中、平凡な猫として生まれ変わったおれは、今やすっかり毛並みも薄汚れ、空腹のためやせ衰え、まるでボロ雑巾のような姿になっていた。
みゃあ、と鳴く声すらかすれて、ほとんど虫の息に近い。森の中で、なんとか木の実やら虫やらを食べて空腹をしのいだが、おれの胃袋を充分に満たす量ではなかった。
空腹に倒れそうになる身体を叱咤し、おれはそうして川を沿うようにして歩き続けている最中だ。本来であれば遭難時には川沿いに行っちゃいけないんだっけ? でも、人間ならともかく猫が山を登った所でもどうしようもない気がするし……。
っていうか、山を登っていくほどに強いモンスターがわんさかいるんだよ。

あーあ。
確かにそりゃ、人間の時は「猫になりたい」とか「猫は楽そうでいいなぁ」と思ったけどさ。

それは家猫とか地域猫とか、あたたかい食事やあたたかい毛布があっての所感だとわかった。
もしくは、おれの意識が「野生の猫」そのものであれば、まだ良かったんだろうけれど、なんでか前世の人間の意識が残ってるからなぁ……ん?

「にゃ?」

ふんふん、と匂いをかぐ。
おれの鼻は、肉が焼けるかぐわしい香りをかぎとっていた。

その匂いにつられて、ふらふらと足を運ぶ。
おれの足が向かった先――そこには、木々が拓け、ちょっとした広場のようになっていた。

 その広場の片隅に、倒れた丸太に腰掛けて、男が座っていた。
金属製のプレートメイルを胸部や手足につけてはいるが、頭部には何もつけていない。鍛え上げられた身体には均整に筋肉がついており、金色の短髪がこちらから見える。
ここからじゃ男の顔はよく見えない。気配からしてどうも一人のようだし、声をかけてみるか。

「にゃん」
「!?」

おれの小さな声に、男がバッと勢い良くこちらを振り向いた。

おっ、けっこうハンサムだ。
二重の切れ長の目は鋭すぎるくらいだが、瞳の色は、透き通るようなターコイズブルーだ。彫りの深い顔立ちは、がっしりとした身体つきと合わせて、とても男前で、同性で猫であるおれから見てもカッコいい。黙っていても女性にモテるタイプだなこりゃ。
ただ、顔にはどこか疲れのようなものがありありと現れている。よく見れば頬が少しこけ、皮膚に張りがない。
年齢は二十代後半に見えるけれど……やつれているせいでそう見えるのかもしれなかった。もしかすると、実際にはもっと若いかもしれない。

「モンスター…!? 見たことのない種類だが」

って、男性がチャキッと腰から剣を抜いたんですけど!?

しかも、なんかいつでもおれに切りかかれるように、バリバリの警戒態勢に入ってしまっているし……。
あれか。獅子はネズミを狩る時でさえ全力で行くように、おれのような外見がか弱いボロ雑巾のような猫でも、モンスターであるから油断はしないということか。
それともただ単に、おれが薄汚れすぎてるから近づいて欲しくないだけか。
……前者ならいいな。

うーん。でも困ったなぁ。
彼は、おれがこの世界でようやく会えた人間だし、この機会を逃したら、いつ人間に会えるか分からない。
この先もずっと森で行きていくのは、おれには不可能だし、拾ってもらわなくてもいいから、せめて人間の街に行きたい。

 そう考えたおれは、にゃん、と小さく弱々しい声を出しつつ、害意はないよーと訴えてみた後、とりあえずその場に座ったまま、男を眺めるだけにとどめた。
この距離なら男がおれに切りかかっても逃げ切れるし、男が街に行こうと思ったら後をついていけるし。

「……ずいぶん小さいモンスターだな。幼生体か?」

男はおれを見て、それ以上自分に近づいてこないことが分かると、ゆっくりと丸太に座り直した。
ただ、今度は座る位置を変え、おれの挙動が見える位置に座り直している。

「見たことのないモンスターだが、ずいぶんと薄汚れて、痩せているな。親とはぐれたのか……? 殺気は感じないが……」

おれ、これでも成体なんですけどね!
うーむ、こっちのモンスターって、森の中で見たやつらもデカかったし、普通の成猫でも子供だと思われるのか。悔しいような、そうでないような。

 まぁ、とりあえずはこの男性が「ヒャッハー、モンスターだ! 今日の昼飯が向こうからやってきたぜェ!」というような血気盛んなタイプでなくてよかった。
あとはこの男性が街、または村とか、とりあえず人の住んでいる所に帰る頃を見計らい、その後をこっそりとつけるだけである。人間の街なら、おれみたいな小型虚弱モンスターでも、どうにか寝床や飯の確保くらいはできるはずだ。
男はおれのことを視界の端に入れたまま、火にかざしていた串焼きの肉を手に取ると、それをもそもそと食べ始めた。おれが惹かれた香りは、あれが源だったようだ。

ああ、にしてもいいなー、肉!

猫になる前、元の世界で人間だった頃でも、焼肉なんてとんと行ってなかった。
こんなことになるなら、給料入ったその日にステーキ屋にでも行けば良かったな……。
それに、色々と行ってみたかった場所だってあったし、やってみたかったゲームや、読みたかった本、急な欠勤をすることになってしまっただろうバイト先の仕事や結果が気になる野球の試合など、心残りは数え切れないくらいある。

ため息をつこうとして、自分の喉から漏れたのは「みゅう」という弱々しくも、まぎれもない猫の声だったので、それでさらに嫌になった。後悔先に立たず、というのはまさにこのことだ。

落ち込むおれに、その時、ボスッ、とマヌケな音がすぐそばで響いた。

にゃ?、と顔をあげると、そこにはなんと、ホカホカと湯気を立てる肉が、串を外されていた状態で置いてある。
置いてあるというか、どうも、串焼きの肉を、串を外してからおれの前に投げてくれたっぽい。
そして、この状況でそんなことをしてくれそうな人間は一人しかいない。

「にゃう……」
「…………」

おれが伺うように鳴きながら男を見ると、彼はおれからふいっと顔を逸らしてしまった。だが、その反応がまさに決定打というものだ!

ありがとう、ありがとう、見知らぬ人!

よく見れば、なんかチラチラとおれの反応を窺っている。うん、そのご好意に甘えて、ありがたくいただきます肉!
そうしてかぶりついた肉は、適度に塩がふってあってなかなか美味だった。一気にかじりついたせいで、ちょっと火傷したけどね。
……そういや、猫に転生したおれだけど、玉ねぎとかはやっぱりダメなんだろうか? 

我が事ながら、取り扱い説明書が欲しいものだとつくづく感じる。
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