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仕事
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「ユウキ様、アレク様、ようこそお越しくださいました。今日はいかがなさいましたか?」
「ミドロ様に手配頂いた宿屋のおかげでずいぶん助かりましたので、ユウキ様が改めてお礼を言いたいと仰られまして……」
「そうでしたか、わざわざご丁寧にありがとうございます」
「い、いえ……こちらこそ本当にありがとうございました」
人好きのする笑顔のミドロさんと、にこやかな笑顔のアレク。
そして、ミドロさんの正面、アレクの横に座っているにも関わらず、緊張のあまり引きつった笑顔で固まっているおれ。
おれとアレクはミドロさんの商会を訪れると、商館の中のこの応接間に通された。
床には深緑色の絨毯が敷かれ、木製の椅子にクッションの載せられたソファが置かれている。そして壁には所狭しと金縁の額に入った絵画が飾られていた。
その部屋の様相は、おれ達の泊まっている宿屋とも、ここに来るまでに見た町並みとも段違いのように見えた。やっぱり、ミドロさんはこの街の富裕層に属する人なんだろう。
「どうでしたか、あちらの宿は? 何かご不満はございませんか」
「不満なんて滅相もございません。とても素晴らしい所ですよね、ユウキ様?」
「え、ええ。本当に」
コミュニュケーションの上手くないおれのため、ミドロさんとの会話のほとんどはアレクが主導して行っていた。なので、おれはほとんど相槌しか打っていない。それでもおれはおれなりに必死だった。下手な事を言ったり、態度でボロを出さないように、なんとか笑顔を取り繕って平然とした態度を装う。
そうして、アレクとミドロさんの元、「宿屋の手配をありがとうございます」「そういえば先日のグレートウルフですが査定は終わりましたか?」「今日この後行く予定です」などといった、世間話がしばらく続いた。
おれからしてみれば、二人共、旧知の間柄でもないのによくそんなに取り留めのない話題で話が続けられるものだと感心するばかりだ。
それから30分程、そんな感じで話を続けただろうか。ようやく、ミドロさんの方が「そういえば……」と空気を切り替えるようにして口を開いた。
「ユウキ様とアレク様はこの後はどうされるおつもりなのでしょうか?」
「……どう、とは?」
アレクが水色の瞳をすうっと細める。
それに対し、ミドロさんはやっぱり人好きのする笑顔のまま顔の前で手を振った。
「ああ、申し訳有りません。詮索するつもりではないのです。ただ、老婆心ではございますが、ユウキ様とアレク様の何かお力になれることがあればと思っただけでして」
「そうでしたか、ありがとうございます。……ユウキ様はつい先日まで田舎で静養されていた身ですから、しばらくはのんびりと街の観光をしたいと思っておられます」
その言葉に、思わず隣のアレクの顔を見そうになったが、ミドロさんが正面にいてはそんなことは出来なかった。
それに、この商館に来る前にアレクにも言われていたことだ。アレクが何を言おうとアレクを信じて、話に合わせるのだと。
「ええ……しばらくはアレクとこの街を楽しみたいと思ってます」
「なるほど。うーむ、そうですか……」
おれが答えると、ミドロさんの方が何故か、あてが外れたと言わんばかりの顔になった。
その表情の変化を不思議に思ったおれと同様、アレクもミドロさんの変化に目敏く気づいたようだ。
「どうかしましたか? もしや、何かお困りごとでも?」
「いえ、困っているという程でもないのですが……その、ユウキ様やアレク様はこの街で何か仕事を探されるおつもりは?」
「今のところは考えておりませんね。もしや、我々に何か頼み事でも?」
しれっとした表情のアレクの返事に、おれは内心の驚きとツッコミを顔に出さないように堪えるのが大変だった。
さ、さっきこの商館に来る前には「ミドロさんに頼んで何か仕事を斡旋してもらおう」っていう作戦だったのに……!
ミドロさんとの会話と態度で「ミドロさんがおれ達に何か仕事を依頼したようだ」ということに感づいたアレクは、先程までのおれとの打ち合わせを路線変更し、ミドロさんにまずは口を開かせる作戦に出たようだ。
すごい。おれならミドロさんの最初の一言で「はい! 絶賛・職探し中です!」と飛びついていたに違いない。
「差し支えなければ、話だけでもお聞かせ下さいませんか? ミドロ様には宿の手配までして頂きましたし、これも人の縁です。ね、ユウキ様?」
「え、ええ、そうです」
アレクに同意を求められたおれはこくこくと勢いよく頷いた。
本当にすごい。アレクは一体どの口でこんな事がすらすらと言えるんだろう……。あっという間に会話のイニシアチブを握ってしまった。
「そうおっしゃって頂けるとありがたく存じます。実は、私の姪のことなのですが……」
額の汗を拭いつつ話し始めたミドロさんによると、ミドロさんの妹夫婦の娘さんが、来年から王都にある魔術学院に入ることが決まったのだという。
魔術学院とはその名の通りに、生まれながら魔力適正を持つ国内の子供を、身分・家柄問わず集めた全寮制の学校なのだそうだ。
なお、魔力適正とは魔力を持っているということではない。自分の持つ魔力や、世界に存在する魔力を自分の思い通りにコントロールできる能力を持つかどうか。その能力を「魔力適正」というそうだ。
この国では、子供が一定の年齢になると、魔力適正を持っているかどうかと、その魔力適正の程度を判別する試験を受けるのだという。これは全国民に課せられた義務で、この試験で強い魔力適正を持つと認められた子供は、この魔術学院に入学して魔力の扱い方を学ぶのだという。
「我が一族から、王都の魔術学院に入ることのできる子が生まれたことは本当に誇らしいことです。それに加え、ヴィオーラは本当に見た目も正確も可愛いのですよ」
でれっとした顔で自慢気に語るミドロさん。その魔術学院に入ることができるのは本当に名誉なことみたいだ。
それにしてもいいなー、魔術学院!
額にイナズマ型の傷のある男の子とかいそう。
そんなのあるんならおれも入学してみたかったけど、まぁ、おれにはムリだろうな。魔力とかないだろうし。アレクなら、もしかすると魔力も魔力適性もあるかもしれないが。
ああ、でもいつか魔術学院の校舎とか見るだけみてみたい……。
「おめでとうございます。ですが、それだけなら別に何もお困りになることはないのでは……?」
「……いえ、それなのですが……」
そこで、表情を曇らせるミドロさん。
「……うちは長年商人として続いてきた家系ですから……まさかうちの一族から魔力適正のある子供が生まれるとは思ってもいなかったので……カルクスキルなどは商人の子として教育を施してきましたが、それ以外の勉強や行儀作法なぞまったく教えてきませんでした。それで、あの子の両親が私に泣きついてきましてねぇ」
「でも、商人の娘さんなら、基本的な行儀作法は出来ているのでは?」
「庶民相手や商談相手に対する接客と、魔術学院に入学して貴族と相対した際の行儀作法はまったく別物です。……それに彼女自身、魔術学院に入学することが決まった現実をまだ受け入れられていないようで……。その反発も相まって、まったく勉強に身が入りませんで……」
「ふむ……」
アレクはもっともらしく顎の下に手を当てて、うんうんと分かったように頷いているが、おれはさっぱりワケが分からなかった。
……おれ達に頼みたいことがあるって話と、そのミドロさんの姪っ子さんの話がどう繋がるんだろうか?
しかし、その疑問の答えはすぐに分かった。正面のソファに座るミドロさんがおもむろに身体を乗り出したかと思うと、がしりとおれの手を両手で握りしめてきたのである!
「わっ!? ちょ、ちょっと、ミドロさん?」
「ユウキ様とアレク様! こうしてお会いできたのも何かの縁です! どうか、我が姪を助けてやってくださいませんか?」
助けるも何も、話の方向性が繋がりきっていないおれは目を白黒させることしか出来ない。
ミドロさんのあまりの剣幕にあわあわと慌てていると、隣のアレクがそっと身を寄せてきて、やんわりとミドロさんと押し戻した。
「ミドロ様の言いたいことはつまり……俺とユウキ様の二人に、そのお嬢様の家庭教師をして欲しいということでしょうか?」
「家庭教師ぃ!?」
「はい、その通りでございます!」
驚きのあまりうっかり大声を上げてしまったが、興奮しきっていたミドロさんはおれの声は聞き逃したらしい。あ、あぶない。
「アレク様はおそらく長年ユウキ様にお仕えしてきたのでしょう? その洗練された立ち居振る舞いや、従者としての姿勢は素晴らしいものでございます」
おれとアレクは出会ってまだ二日目です――なんて言ったら、ミドロさんがズッコケそうだな……。
「そしてユウキ様の品のある落ち着きのある所作。おそらくユウキ様は、高貴なる血筋の方かと存じます。ぜひお二人に、我が姪の行儀作法の家庭教師となって頂きたいのです」
「行儀作法……いや、でも、その」
ええ……思ったより大事の話になってきた……。
行儀作法の家庭教師って……そ、そりゃ仕事は欲しいけれど、おれには荷が重すぎる仕事だぞ。
そもそも、どうしておれのことを高貴な血筋の方だとかそんな勘違いをしているんだ? もしかして、おれが田舎で静養していた、って説明したせいなのか?
まぁ、この世界の文明レベルとかから考えると、田舎でのんびりと静養なんて優雅な暮らしを出来るのは貴族レベルの富裕層にしかいないのかもな……。
おれがどうしようかと考えあぐねていると、隣のアレクが静かに口を開いた。
「ユウキ様は確かに高貴な血筋を引いておられますが、長年ご静養とされていた身です。今の流行や変化には疎い部分もございますが……」
ってアレクもミドロさんの勘違いに乗っかちゃったよ!
「大丈夫です、それは魔術学院の教本がございますから。ですが、教本を読む分だけでも分からないことや実際に行わないと身につかないことがございます。そういった点をお二人にお願いしたいのです」
「……魔術学院の教本?」
「はい。入学が決まった子供には、魔術学院で使う教科書に加えて、魔術学院に入る前に身に着けておくべき事柄の記された教本が配布されるのです」
おれは目を瞬かせた。
この世界でも、ちゃんと本は存在するのか。
おれの求めている漫画や小説ではないけれど……それでも本。しかも、魔術学院の教科書!
よ、読んでみたい……!
でも、そのためにはミドロさんの姪っ子さんの家庭教師を引き受けないといけない……!
欲望と葛藤し、うんうんと迷うおれ。
しかし、その葛藤に終止符を打ったのはおれの決断ではなく、隣から聞こえてきた「分かりました」という凛とした声音だった。
「ア、アレク?」
困惑して横のアレクを見たおれに、アレクは安心させるように微笑むと、おれの耳元にそっと口を寄せた。
そして、ミドロさんには届かないような囁き声で話を続ける。
「どの道、職探しは俺達の目的だったから渡りに船だよ。大丈夫、教本があるなら俺がなんとか出来るから」
「……でも……」
「それにご主人ちゃん、見てみたいんでしょ? 本、好きだもんね」
くすりとおかしそうに微笑んだアレクに、おれは自分の葛藤が筒抜けだったことが分かって目を見開いた。
アレクはおれから身体を離すと、ミドロさんに向かってにっこりと笑顔を向ける。
「引き受けましょう、そのお話。若輩の身ではございますが、お役に立てれば幸いでございます」
「おお、ありがとうございます!」
揉み手をしながら感極まったように声を上げるミドロさん。
おれはそんなミドロさんとアレクを呆然としたまま、見つめるばかりであった。
「ミドロ様に手配頂いた宿屋のおかげでずいぶん助かりましたので、ユウキ様が改めてお礼を言いたいと仰られまして……」
「そうでしたか、わざわざご丁寧にありがとうございます」
「い、いえ……こちらこそ本当にありがとうございました」
人好きのする笑顔のミドロさんと、にこやかな笑顔のアレク。
そして、ミドロさんの正面、アレクの横に座っているにも関わらず、緊張のあまり引きつった笑顔で固まっているおれ。
おれとアレクはミドロさんの商会を訪れると、商館の中のこの応接間に通された。
床には深緑色の絨毯が敷かれ、木製の椅子にクッションの載せられたソファが置かれている。そして壁には所狭しと金縁の額に入った絵画が飾られていた。
その部屋の様相は、おれ達の泊まっている宿屋とも、ここに来るまでに見た町並みとも段違いのように見えた。やっぱり、ミドロさんはこの街の富裕層に属する人なんだろう。
「どうでしたか、あちらの宿は? 何かご不満はございませんか」
「不満なんて滅相もございません。とても素晴らしい所ですよね、ユウキ様?」
「え、ええ。本当に」
コミュニュケーションの上手くないおれのため、ミドロさんとの会話のほとんどはアレクが主導して行っていた。なので、おれはほとんど相槌しか打っていない。それでもおれはおれなりに必死だった。下手な事を言ったり、態度でボロを出さないように、なんとか笑顔を取り繕って平然とした態度を装う。
そうして、アレクとミドロさんの元、「宿屋の手配をありがとうございます」「そういえば先日のグレートウルフですが査定は終わりましたか?」「今日この後行く予定です」などといった、世間話がしばらく続いた。
おれからしてみれば、二人共、旧知の間柄でもないのによくそんなに取り留めのない話題で話が続けられるものだと感心するばかりだ。
それから30分程、そんな感じで話を続けただろうか。ようやく、ミドロさんの方が「そういえば……」と空気を切り替えるようにして口を開いた。
「ユウキ様とアレク様はこの後はどうされるおつもりなのでしょうか?」
「……どう、とは?」
アレクが水色の瞳をすうっと細める。
それに対し、ミドロさんはやっぱり人好きのする笑顔のまま顔の前で手を振った。
「ああ、申し訳有りません。詮索するつもりではないのです。ただ、老婆心ではございますが、ユウキ様とアレク様の何かお力になれることがあればと思っただけでして」
「そうでしたか、ありがとうございます。……ユウキ様はつい先日まで田舎で静養されていた身ですから、しばらくはのんびりと街の観光をしたいと思っておられます」
その言葉に、思わず隣のアレクの顔を見そうになったが、ミドロさんが正面にいてはそんなことは出来なかった。
それに、この商館に来る前にアレクにも言われていたことだ。アレクが何を言おうとアレクを信じて、話に合わせるのだと。
「ええ……しばらくはアレクとこの街を楽しみたいと思ってます」
「なるほど。うーむ、そうですか……」
おれが答えると、ミドロさんの方が何故か、あてが外れたと言わんばかりの顔になった。
その表情の変化を不思議に思ったおれと同様、アレクもミドロさんの変化に目敏く気づいたようだ。
「どうかしましたか? もしや、何かお困りごとでも?」
「いえ、困っているという程でもないのですが……その、ユウキ様やアレク様はこの街で何か仕事を探されるおつもりは?」
「今のところは考えておりませんね。もしや、我々に何か頼み事でも?」
しれっとした表情のアレクの返事に、おれは内心の驚きとツッコミを顔に出さないように堪えるのが大変だった。
さ、さっきこの商館に来る前には「ミドロさんに頼んで何か仕事を斡旋してもらおう」っていう作戦だったのに……!
ミドロさんとの会話と態度で「ミドロさんがおれ達に何か仕事を依頼したようだ」ということに感づいたアレクは、先程までのおれとの打ち合わせを路線変更し、ミドロさんにまずは口を開かせる作戦に出たようだ。
すごい。おれならミドロさんの最初の一言で「はい! 絶賛・職探し中です!」と飛びついていたに違いない。
「差し支えなければ、話だけでもお聞かせ下さいませんか? ミドロ様には宿の手配までして頂きましたし、これも人の縁です。ね、ユウキ様?」
「え、ええ、そうです」
アレクに同意を求められたおれはこくこくと勢いよく頷いた。
本当にすごい。アレクは一体どの口でこんな事がすらすらと言えるんだろう……。あっという間に会話のイニシアチブを握ってしまった。
「そうおっしゃって頂けるとありがたく存じます。実は、私の姪のことなのですが……」
額の汗を拭いつつ話し始めたミドロさんによると、ミドロさんの妹夫婦の娘さんが、来年から王都にある魔術学院に入ることが決まったのだという。
魔術学院とはその名の通りに、生まれながら魔力適正を持つ国内の子供を、身分・家柄問わず集めた全寮制の学校なのだそうだ。
なお、魔力適正とは魔力を持っているということではない。自分の持つ魔力や、世界に存在する魔力を自分の思い通りにコントロールできる能力を持つかどうか。その能力を「魔力適正」というそうだ。
この国では、子供が一定の年齢になると、魔力適正を持っているかどうかと、その魔力適正の程度を判別する試験を受けるのだという。これは全国民に課せられた義務で、この試験で強い魔力適正を持つと認められた子供は、この魔術学院に入学して魔力の扱い方を学ぶのだという。
「我が一族から、王都の魔術学院に入ることのできる子が生まれたことは本当に誇らしいことです。それに加え、ヴィオーラは本当に見た目も正確も可愛いのですよ」
でれっとした顔で自慢気に語るミドロさん。その魔術学院に入ることができるのは本当に名誉なことみたいだ。
それにしてもいいなー、魔術学院!
額にイナズマ型の傷のある男の子とかいそう。
そんなのあるんならおれも入学してみたかったけど、まぁ、おれにはムリだろうな。魔力とかないだろうし。アレクなら、もしかすると魔力も魔力適性もあるかもしれないが。
ああ、でもいつか魔術学院の校舎とか見るだけみてみたい……。
「おめでとうございます。ですが、それだけなら別に何もお困りになることはないのでは……?」
「……いえ、それなのですが……」
そこで、表情を曇らせるミドロさん。
「……うちは長年商人として続いてきた家系ですから……まさかうちの一族から魔力適正のある子供が生まれるとは思ってもいなかったので……カルクスキルなどは商人の子として教育を施してきましたが、それ以外の勉強や行儀作法なぞまったく教えてきませんでした。それで、あの子の両親が私に泣きついてきましてねぇ」
「でも、商人の娘さんなら、基本的な行儀作法は出来ているのでは?」
「庶民相手や商談相手に対する接客と、魔術学院に入学して貴族と相対した際の行儀作法はまったく別物です。……それに彼女自身、魔術学院に入学することが決まった現実をまだ受け入れられていないようで……。その反発も相まって、まったく勉強に身が入りませんで……」
「ふむ……」
アレクはもっともらしく顎の下に手を当てて、うんうんと分かったように頷いているが、おれはさっぱりワケが分からなかった。
……おれ達に頼みたいことがあるって話と、そのミドロさんの姪っ子さんの話がどう繋がるんだろうか?
しかし、その疑問の答えはすぐに分かった。正面のソファに座るミドロさんがおもむろに身体を乗り出したかと思うと、がしりとおれの手を両手で握りしめてきたのである!
「わっ!? ちょ、ちょっと、ミドロさん?」
「ユウキ様とアレク様! こうしてお会いできたのも何かの縁です! どうか、我が姪を助けてやってくださいませんか?」
助けるも何も、話の方向性が繋がりきっていないおれは目を白黒させることしか出来ない。
ミドロさんのあまりの剣幕にあわあわと慌てていると、隣のアレクがそっと身を寄せてきて、やんわりとミドロさんと押し戻した。
「ミドロ様の言いたいことはつまり……俺とユウキ様の二人に、そのお嬢様の家庭教師をして欲しいということでしょうか?」
「家庭教師ぃ!?」
「はい、その通りでございます!」
驚きのあまりうっかり大声を上げてしまったが、興奮しきっていたミドロさんはおれの声は聞き逃したらしい。あ、あぶない。
「アレク様はおそらく長年ユウキ様にお仕えしてきたのでしょう? その洗練された立ち居振る舞いや、従者としての姿勢は素晴らしいものでございます」
おれとアレクは出会ってまだ二日目です――なんて言ったら、ミドロさんがズッコケそうだな……。
「そしてユウキ様の品のある落ち着きのある所作。おそらくユウキ様は、高貴なる血筋の方かと存じます。ぜひお二人に、我が姪の行儀作法の家庭教師となって頂きたいのです」
「行儀作法……いや、でも、その」
ええ……思ったより大事の話になってきた……。
行儀作法の家庭教師って……そ、そりゃ仕事は欲しいけれど、おれには荷が重すぎる仕事だぞ。
そもそも、どうしておれのことを高貴な血筋の方だとかそんな勘違いをしているんだ? もしかして、おれが田舎で静養していた、って説明したせいなのか?
まぁ、この世界の文明レベルとかから考えると、田舎でのんびりと静養なんて優雅な暮らしを出来るのは貴族レベルの富裕層にしかいないのかもな……。
おれがどうしようかと考えあぐねていると、隣のアレクが静かに口を開いた。
「ユウキ様は確かに高貴な血筋を引いておられますが、長年ご静養とされていた身です。今の流行や変化には疎い部分もございますが……」
ってアレクもミドロさんの勘違いに乗っかちゃったよ!
「大丈夫です、それは魔術学院の教本がございますから。ですが、教本を読む分だけでも分からないことや実際に行わないと身につかないことがございます。そういった点をお二人にお願いしたいのです」
「……魔術学院の教本?」
「はい。入学が決まった子供には、魔術学院で使う教科書に加えて、魔術学院に入る前に身に着けておくべき事柄の記された教本が配布されるのです」
おれは目を瞬かせた。
この世界でも、ちゃんと本は存在するのか。
おれの求めている漫画や小説ではないけれど……それでも本。しかも、魔術学院の教科書!
よ、読んでみたい……!
でも、そのためにはミドロさんの姪っ子さんの家庭教師を引き受けないといけない……!
欲望と葛藤し、うんうんと迷うおれ。
しかし、その葛藤に終止符を打ったのはおれの決断ではなく、隣から聞こえてきた「分かりました」という凛とした声音だった。
「ア、アレク?」
困惑して横のアレクを見たおれに、アレクは安心させるように微笑むと、おれの耳元にそっと口を寄せた。
そして、ミドロさんには届かないような囁き声で話を続ける。
「どの道、職探しは俺達の目的だったから渡りに船だよ。大丈夫、教本があるなら俺がなんとか出来るから」
「……でも……」
「それにご主人ちゃん、見てみたいんでしょ? 本、好きだもんね」
くすりとおかしそうに微笑んだアレクに、おれは自分の葛藤が筒抜けだったことが分かって目を見開いた。
アレクはおれから身体を離すと、ミドロさんに向かってにっこりと笑顔を向ける。
「引き受けましょう、そのお話。若輩の身ではございますが、お役に立てれば幸いでございます」
「おお、ありがとうございます!」
揉み手をしながら感極まったように声を上げるミドロさん。
おれはそんなミドロさんとアレクを呆然としたまま、見つめるばかりであった。
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小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。
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