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約束
しおりを挟む初めて他人から受けた愛撫は、とんでもなく気持ちよかった。
まるで、下半身から身体中がすっかりとろけそうな錯覚を覚えるぐらいには。
……そして、あまりの快楽の余韻にベッドから起き上がれなくなるぐらいには。
「っ……!」
「あ、ご主人ちゃん。目が覚めた?」
アレクとのあれやそれやを思い出したおれは、精神的と肉体的の両方の意味でベッドから起き上がることもままならず、顔を覆ってひたすらゴロゴロとのたうち回っていた。
しかし、そんなおれの奇行を意に介した様子もなく、アレクはあっけらかんとした様子で顔を覗き込んできた。
「宿屋の人に言って、ご主人ちゃんの分の夕食は特別に部屋に持ってきてもらったよ。食べれそう?」
「……うん」
「じゃあこっちに持ってくるね」
にこにことしたアレクはおれと違い、衣服の乱れ一つなく、また動揺している様子もない。
もしかしてあれは全部、おれが眠っている最中の夢であったのかと疑うぐらい、なんてことない普段通りの様子だ。けれど、おれの下半身に残る痺れやうずきが、先程の出来事を夢ではないと示している。
おれはベッドから起き上がると、自分がいまだ何一つ身につけてないのに気がついた。
けれど、先程の行為の体液や汗はすっかり拭き取られ、綺麗に清められている。
もしかして、アレクがやってくれたんだろうか?
「お待たせー。スープはちょっと冷めちゃったから、そこだけ我慢してね!」
「あ、ああ……ありがとう」
アレクは木製のお盆を器用に片手で持って、寝室に入ってきた。
そして、ベッドの傍らに椅子を移動させると、お盆を持ったままそこに座る。
お盆の上に乗った食事のメニューは、黒パンと焼いた肉、ほうれん草に似た草とナッツのような木の実の炒めもの、そして野菜のごった煮ともいうべきスープであった。
おれはお盆を受け取ろうとしたが、アレクはそれを押しのけると、自分で手にスプーンを取ってスープをよそう。
そして、すくったスープをおれの口元へ持ってきた。
「えっ。あ、あの……ちょっと、アレク?」
「いいからいいから! さっきは俺の我儘にいっぱい付き合ってもらって、たくさんご褒美頂いちゃったしね! 俺に甘やかさせてよ、ね?」
「っ……!」
……アレクもご褒美の件を口に出してきた以上、やっぱりさっきのあれは、おれの悪夢ではないようだ。
顔を真っ赤にしたおれに、アレクがずずいとスープをすくった匙を差し出してくる。
おれはしばし考えた後に、おずおずと匙に口をつけた。
「美味しい?」
「ん……まぁまぁ、かな」
冷めたスープは、塩味をことさら濃く感じた。
けれどそこまで悪い味じゃない。疲れた身体に染み渡っていくような滋味を感じた。
スープを三口ほど飲むと、今度はアレクがいそいそと黒パンをちぎり、おれの口元に持ってきた。思わずアレクの顔を見返すが、アレクはにこにことした表情のまま引く様子はない。
……なんか、ツバメの雛みたいだな、おれ……。
「そういえばさ、どうだった?」
「どうって、何が?」
アレクの手ずからパンを食べさせて貰うと、一瞬だけ、アレクの指先がおれの下唇をなぞるようにかすめた。
多分、偶然だったのだろうけれど、その触れ方に先ほどの行為を想起させられてしまい、背筋がぞくりと泡立つ。
「俺のテクだよ! 上手だったかな?」
「ぶっ! ゲホッ、ごほっ……」
「うわっ、大丈夫ご主人ちゃん? 変なところに入っちゃったかな?」
「お、お前のせいだぞ……」
涙目でアレクを恨みがましく見る。
な、なんてタイミングでなんちゅうことを聞いてくるんだコイツは。
「そ、そんなこと聞かれても困る。上手とか下手とか、誰とも比べようがないし、比べるようなものでもないだろ?」
「んー……じゃあ、ご主人ちゃんはちゃんと気持ちよかった?」
「っ……!」
アレクの顔にますますおれは顔を真っ赤にさせた。先ほどの行為の最中で、アレクがおれに言わせたこと、言わされたことを思い返してしまったからだ。
「そ……そんなのアレクが一番分かってるだろ」
「そっか。えへへ、なら良かった。ちゃんと気持ちよくなってくれたんだ」
ご機嫌そうにニコニコと笑うアレクは、無邪気と言ってもいいほどの表情だった。
先ほどのアレクは、俺が嫌がってもどんなに泣いても、責める手をゆるめてくれなくて、これでもかと追い立ててきたのに。
……どっちのアレクが本当のアレクなんだろう?
それとも、どっちも本物なんだろうか。
「ねぇねぇ。ご主人ちゃん、俺とえっちするの気持ちよかったでしょ?」
「……っ」
アレクは低い声でそっと囁くと、手を伸ばして、おれの頬に掌を当てた。そして、おれの頬をそっと優しく撫でる。
でも、優しい手付きとは反対に、指先は耳元の柔らかい部分や、首筋の薄い皮膚に爪を立てるように弄ってくる。そうやってアレクが触れる箇所から、炙られるような熱を感じた。
思わずおれは毛布の下にある片足を立てた。
このまま触られていると、また自分の下半身が反応してしまいそうだったからだ。というか、すでに反応しかけていた。
けれど、アレクはおれのそんな状態はお見通しだったのかもしれない。
おれが片膝を立てて身じろぎすると、愉しそうにくすりと笑ったからだ。
「ねぇ、ご主人ちゃん」
「……な、なんだよ」
うっとりとおれを見つめるアレクの水色の瞳。
その奥に宿っているぎらぎらとした光に、おれはこれから告げられることがあまり良くないことだろうと、なんとなく分かってしまった。
「これからさぁ、俺が何か良い感じの働きができたら、またご褒美ちょうだいよ」
「えっ……」
「それだったら俺、なんでもできる気がする。いや、もちろんご主人ちゃんのためなら何でも100%の気合でやるつもりはいるけどさ。でも、ご褒美があれば200%の力だって出せちゃうよ!」
そう言うと、アレクは膝の上に置いていた食事のお盆を傍らのテーブルに移して、ベッドへと座ってきた。
そして、シーツの上に置かれていたおれの手に自分の手を重ねる。
「ご主人ちゃんだって、俺に色々されるの気持ちよかったでしょ」
「う……」
プライドと恥ずかしさのためアレクの言葉には頷けなかったけれど、本音を言えば、そうだった。アレクに触られるのは、自分で行う自慰行為なんかよりも遥かに気持ち良かった。
「ふふ、言葉にしなくても分かるよ。だって俺、そう作られたもんね」
「? 作られた?」
「そうだよ。俺、ご主人ちゃんにそう設定されてるじゃん。ヒロインを快楽寝取りするモブ男だもん」
「…………」
そういやそうだったね。
なるほど、道理で童貞のおれが一切、太刀打ちできないわけだ……。
わけだ、とか言ってる場合じゃない!
じゃあ何か? 今のおれは自分の生み出したキャラクターに快楽落ちさせられたってこと?
ま、まさしくミイラ取りがミイラになったようなものじゃないか……。
「俺、やろうと思えばもっと色んなコトできるよ! 具体的に言うと、ご主人ちゃんの同人誌の中でヒロインがさせられたことなら一通りプレイできまーす!」
「そこはオブラートに包んでおいてほしかった! 恥ずかしいから!」
再びおれは顔を覆ってベッドに突っ伏した。
掌に伝わる自分の顔の温度がすごく熱い。
そ、そうか……正直、さっきのアレクとのプレイもなんかどっかで既視感があるなぁと思ったんだよ。
確かに、過去に描いたおれの寝取られ落ちヒロイン陵辱プレイの同人誌のネタで、あんなプレイがあったね……。
「ねぇー。いいでしょ、ご主人ちゃん」
羞恥と後悔のあまりにうめき声を上げ始めたおれに、子供が親にねだるような声音でアレクが話しかけてくる。
「俺、絶対に痛いことはしない、気持ちいいことだけするって約束するよ!」
「いや、その気持ちいいことだけでもおれ、かなりもうイッパイイッパイだったんだけど……」
「うー……ならさ、ご主人ちゃんの気が向いた時だけでいいよ」
アレクの言葉に、おれは首を傾げた。
……おれの気が向いた時だけでいいって、それじゃあむしろアレクの働き損じゃないのか?
というかおれとそういうコトをするのが、本当にご褒美になってるんだろうか。
給料ということなら、正式におれは給金をアレクに支給するべきなんじゃないのか。
いや、給料どころか、今のおれは無一文なんだけれどね?
「そもそもさ、おれの身体じゃなくて、普通にお金じゃダメなのか?」
「お金? そもそも俺のお金って全部ご主人ちゃんのものだし」
「おれのものなの!?」
「そうだよ。俺はご主人ちゃんのものだし、俺のものはご主人ちゃんのものでしょ」
「そんなことないよ!?」
や、やばい。こうしてちゃんと顔を突き合わせて分かったけれど、アレクの考えていることとおれの常識にはだいぶ差がありそうだ……。
……この会話、外じゃなくて室内でしておいて良かった。
外で「俺のお金はすべて主人のもの」なんて発言をアレクがした場合、おれがどんな鬼畜人間なんだと思われちゃうよ……。
「毎回ご褒美あげるってなると、ご主人ちゃんの負担になってきちゃうかもだし。だから、俺の働きが利益になったって認めてくれて、ご褒美を上げてもいいかなって判断した時だけでいいよ」
「……そんな条件でいいのか? だって、それだとおれの考えでどうにでも出来ちゃうだろ」
「大丈夫! いつかご褒美が貰えるっていう希望さえあれば、俺、どこまででも、いつまででも頑張れるからさ」
うっ……!
そ、そんなことをキラキラした笑顔で言われると……!
っていうかその顔、前におれが飼ってたアレキサンダーをすごく思い出させる…!
あいつもおれが四泊五日の修学旅行から帰ってきた時、『どこ行ってたの? 怪我とかしてない? 大丈夫だった? 僕はお利口にお留守番してたよ! 褒めて褒めてー!』って感じでこんな風に健気な笑顔でおれを出迎えてくれたなぁ……。
「……っ。ほ、本当に、おれの気が向いた時でいいんだな?」
しばしの沈黙の後、絞り出した声でそう尋ねると、アレクは顔をぱっと輝かせた。
「うん! もちろんだよ!」
「…………じゃあ、これからのアレクの働きがおれ達二人のためになったって判断したら、また、その……ご褒美とか、あげないこともないから」
「わーい! ありがとう、ご主人ちゃん!」
「で、でもおれがギブアップしたら少し待つか、止めるかしてくれよ。おれ、さっきのアレでも、もう許容量超えてたんだからな!?」
「うんうん大丈夫! モブ男の立場にかけてめちゃくちゃ気持ち良くするから、任せてね!」
はしゃいだ声をあげたアレクは感極まったように、正面からがばりとおれに抱きついてきた。
おれを抱きしめたアレクは、おれの頬に自分の頬をすりすりと猫みたいに擦り寄せてくる。
……なんだか、とんでもない約束をしてしまった気がするけど。
っていうかアレク、おれの言ってることちゃんと理解してる? なんか今、微妙に意味が通じてない会話だった気がするよな……。
ま、まぁ、おれの采配で決めていいっていうことだし、大丈夫だろ、うん。
……そういや思ったけど。おれ、ヒロインを責める男役はイケメンの方が好きだから(人によっては醜男の方がいいとか様々だよな)、アレクのことも結構カッコいい外見で描いてたけど……。
もしもおれがモブおじさん×ヒロインものの寝取られ同人誌とか書いてたら、今頃はおれは異世界でモブおじさんと旅をしてたんだろうか?
それで今頃、おれがモブおじさんに雌落ちさせられてたり?
…………。
…………ここにいるのがアレクでよかったよ、本当に。
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