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異世界に転移した、最初の一日目。
おれは手頃な木の根元に座ると、もぐもぐと手の平サイズの果物を頬張っていた。
林檎ほどの大きさと形だが、色は明るい紫色で、薄皮をはぐとピンク色の鮮やかな果肉が出てきた。歯を立てると、甘酸っぱい果汁が滴り落ちてくる。なかなかに美味しい。
この果物は、隣に座る金髪褐色肌の青年――通称・モブ男が持ってきてくれたものだ。彼はおれの眷属という立ち位置だからか、見かけはパーリーピーポーなチャラ男なのにも関わらず、おれにとても良くしてくれた。この果物も、おれが目を覚ます前に、近くから採取してきてくれたものらしい。
「美味しい? ご主人ちゃん」
「う、うん」
おれの顔を覗き込んでくるモブ男。
モブ男の瞳の色は透き通った水色だ。この瞳はカラコンではなく地色のようである。
顔を覗きこまれて、思わず後ずさりしそうになる身体をなんとか堪える。なんかこいつ、初対面だっていうのに嫌に近いんだよな……。あれ? おれの漫画のキャラクターだから、初対面ではないのか?
「……美味しいけど、これ、毒とか大丈夫かな」
「ああ、大丈夫。あらかじめ俺が毒味しておいたから」
「えっ!?」
空気を変えようと思った適当な話題に、思いもよらない返答を返されて、心底驚く。
「ど、毒味って、そんな……なんでお前一人だけで、そんな」
衝撃に、言葉が形にならない。
思わず相手の身体に異常がないかまじまじと見まわしてしまった。だが、相手の身体に湿疹や異常は特に見られなかったのでホッと安堵の息をつく。
「どうしたの、ご主人ちゃん?」
「いや、どうしたのって……毒味とか一人でするなよ。もしも何かあったら大変だろ」
「ご主人ちゃん、オレのこと心配してくれるの? 嬉しい、オレもっと頑張るね!」
おれの言葉を理解してくれたのかよく分からないが、ニコニコとモブ男は元気な笑顔を向けてくれた。
……こいつ、外見はめちゃくちゃチャラい系のナンパ青年だが、おれに向けてくれる笑顔は人懐っこく、好意がこれでもかと感じられるんだよな。
今までのおれの人生の中で、このようなタイプの人間に好意を向けられたことがないので、違和感と恐怖しかないが。ま、まぁ、その内慣れていくだろう。
……それよりも、今のうちに聞いておかなきゃいけないことがある。
「あのさ、その……『ご主人ちゃん』ってなに?」
おれの質問に、モブ男が水色の目を見開いてきょとんとした顔になった。
「呼ぶならさ、普通はご主人様、とかじゃないの?」
「えっ、可愛くない? ご主人ちゃんって呼び方」
「か、可愛い、か……?」
相手のセンスの問題か、おれのセンスの問題か。ご主人ちゃんという呼び方について、モブ男は特に疑問や違和感を覚えていないようだ。
「『ご主人様』って呼び方あんまり可愛くないじゃん。あっ、でもでもご主人ちゃんが『ご主人様』って読んでほしいならそうするけど」
モブ男が慌てたようにそう言ってくる。
おれは自分がこのモブ男に、『ご主人様』と呼ばれるところを想像してみた。
………………うん、ないな。
「確かに『ご主人様』っていうのもしっくり来ないな……」
「でしょでしょ!」
「でも、それなら名前で呼んでくれていいんだけど。ユウキって名前で、普通にさ」
「えっ、そんな恐れ多いよ!」
おれの提案は、しかし、相手がぶんぶんと勢いよく手を振って断られてしまった。
恐れ多いって。いや、むしろ、こんなパーリー系長身イケメンにご主人呼ばわりされているおれがいたたまれないんだけど。
「でも、やっぱりその呼び方だとちょっと仰々しい気がするなぁ」
「えー? うーん、じゃあちょっと考えるけど……でもしばらくはご主人ちゃんって呼んでてもいいでしょ?」
相手はどうにもおれの名前を呼ぶのに抵抗があるらしい。
そこまで抵抗があるのを無理強いもできない。おれが分かったと伝えると、モブ男は「えへへ、やったー」と嬉しそうに顔をほころばせた。
あ。そういや、モブ男モブ男と連呼してしまっているが、コイツの名前をまだ聞いてなかったな。
「そういえば、お前の名前は?」
「名前なんかないよ」
「えっ」
「ご主人ちゃん、マンガの中で俺の名前とかつけてないでしょ? 『モブ男』っていうのは名前じゃなくて役割だよね?」
驚いた。
目の前の青年、モブ男には名前がないらしい。
確かに、おれも同人誌の中でモブ男にいちいち名前とかつけてなかったからな。
「そうなのか……。名前がないと不便だよな」
「そう? 俺はどっちでもいーけど。別に『モブ男』ってそのまま呼んでくれればいいよ」
「いや、それはあんまりだろ」
さすがに目の前の青年を『モブ男』呼ばわりはあんまりすぎる。
というか、彼とおれが二人並んでたら、今の状況だとどっちかって言うとおれの方がモブ男っぽいんだよな。白Tシャツの上にチェック柄のシャツを羽織って、ジーパンとスニーカーを履いた、平々凡々な黒髪黒瞳のなんの変哲もない容姿の男。秋葉原やコミケに行けば、似たような格好の男性が嫌でも目に入るだろうというぐらいの量産型スタイルだ。
となると……目の前の青年に何か名前があった方がいいと思うんだけど。
でも、青年はどうにも自分の名前にこだわりはないようだ。なら、ここはおれがとりあえず決めておくか。
「じゃあとりあえず、お前の名前は『アレク』って呼んでいいか? 名前がないと不便だからな」
名前の由来は、小学生の頃に実家で飼っていたゴールデンレトリバーのアレキサンダーからである。
こいつの笑顔に、なんだかあのアレキサンダーの人懐っこさを思い出してしまい、そこから取ってみた。
青年はどうも人種は日本人であるようだが、金髪によく日に焼けた褐色の肌はちょっと異国情緒っぽい感じがあるし、けっこう似合っていると思うんだけど。
「アレクって……俺の名前?」
「う、うん。あの、嫌だったら別に、お前の好きな名前を教えてもらえれば……」
「嫌じゃないよ! ご主人ちゃんに名前つけてもらえるなんて嬉しい!」
「うわっ」
いきなりモブ男、もといアレクがおれにがばりと抱きついてきた。
抱きついてきたと言っても、相手の方がおれよりも長身で肩幅が広いため、腕の中にすっぽり抱き込まれるような形になる。
「っ、アレク、く、苦しい」
「ご主人ちゃん! オレ、もっと頑張るから何でも言ってね!」
タップタップと相手の胸を叩くおれにおかまいなしに、ぎゅうぎゅうと腕の力を強めて、おれの頭にすりすりと頬ずりをするアレク。
……見かけはすごいチャラい奴だけど、まぁ、こいつは悪い奴ではないようだ。
でもやっぱり、この人懐っこさ、アレキサンダーを彷彿とさせるなぁ……。
おれは手頃な木の根元に座ると、もぐもぐと手の平サイズの果物を頬張っていた。
林檎ほどの大きさと形だが、色は明るい紫色で、薄皮をはぐとピンク色の鮮やかな果肉が出てきた。歯を立てると、甘酸っぱい果汁が滴り落ちてくる。なかなかに美味しい。
この果物は、隣に座る金髪褐色肌の青年――通称・モブ男が持ってきてくれたものだ。彼はおれの眷属という立ち位置だからか、見かけはパーリーピーポーなチャラ男なのにも関わらず、おれにとても良くしてくれた。この果物も、おれが目を覚ます前に、近くから採取してきてくれたものらしい。
「美味しい? ご主人ちゃん」
「う、うん」
おれの顔を覗き込んでくるモブ男。
モブ男の瞳の色は透き通った水色だ。この瞳はカラコンではなく地色のようである。
顔を覗きこまれて、思わず後ずさりしそうになる身体をなんとか堪える。なんかこいつ、初対面だっていうのに嫌に近いんだよな……。あれ? おれの漫画のキャラクターだから、初対面ではないのか?
「……美味しいけど、これ、毒とか大丈夫かな」
「ああ、大丈夫。あらかじめ俺が毒味しておいたから」
「えっ!?」
空気を変えようと思った適当な話題に、思いもよらない返答を返されて、心底驚く。
「ど、毒味って、そんな……なんでお前一人だけで、そんな」
衝撃に、言葉が形にならない。
思わず相手の身体に異常がないかまじまじと見まわしてしまった。だが、相手の身体に湿疹や異常は特に見られなかったのでホッと安堵の息をつく。
「どうしたの、ご主人ちゃん?」
「いや、どうしたのって……毒味とか一人でするなよ。もしも何かあったら大変だろ」
「ご主人ちゃん、オレのこと心配してくれるの? 嬉しい、オレもっと頑張るね!」
おれの言葉を理解してくれたのかよく分からないが、ニコニコとモブ男は元気な笑顔を向けてくれた。
……こいつ、外見はめちゃくちゃチャラい系のナンパ青年だが、おれに向けてくれる笑顔は人懐っこく、好意がこれでもかと感じられるんだよな。
今までのおれの人生の中で、このようなタイプの人間に好意を向けられたことがないので、違和感と恐怖しかないが。ま、まぁ、その内慣れていくだろう。
……それよりも、今のうちに聞いておかなきゃいけないことがある。
「あのさ、その……『ご主人ちゃん』ってなに?」
おれの質問に、モブ男が水色の目を見開いてきょとんとした顔になった。
「呼ぶならさ、普通はご主人様、とかじゃないの?」
「えっ、可愛くない? ご主人ちゃんって呼び方」
「か、可愛い、か……?」
相手のセンスの問題か、おれのセンスの問題か。ご主人ちゃんという呼び方について、モブ男は特に疑問や違和感を覚えていないようだ。
「『ご主人様』って呼び方あんまり可愛くないじゃん。あっ、でもでもご主人ちゃんが『ご主人様』って読んでほしいならそうするけど」
モブ男が慌てたようにそう言ってくる。
おれは自分がこのモブ男に、『ご主人様』と呼ばれるところを想像してみた。
………………うん、ないな。
「確かに『ご主人様』っていうのもしっくり来ないな……」
「でしょでしょ!」
「でも、それなら名前で呼んでくれていいんだけど。ユウキって名前で、普通にさ」
「えっ、そんな恐れ多いよ!」
おれの提案は、しかし、相手がぶんぶんと勢いよく手を振って断られてしまった。
恐れ多いって。いや、むしろ、こんなパーリー系長身イケメンにご主人呼ばわりされているおれがいたたまれないんだけど。
「でも、やっぱりその呼び方だとちょっと仰々しい気がするなぁ」
「えー? うーん、じゃあちょっと考えるけど……でもしばらくはご主人ちゃんって呼んでてもいいでしょ?」
相手はどうにもおれの名前を呼ぶのに抵抗があるらしい。
そこまで抵抗があるのを無理強いもできない。おれが分かったと伝えると、モブ男は「えへへ、やったー」と嬉しそうに顔をほころばせた。
あ。そういや、モブ男モブ男と連呼してしまっているが、コイツの名前をまだ聞いてなかったな。
「そういえば、お前の名前は?」
「名前なんかないよ」
「えっ」
「ご主人ちゃん、マンガの中で俺の名前とかつけてないでしょ? 『モブ男』っていうのは名前じゃなくて役割だよね?」
驚いた。
目の前の青年、モブ男には名前がないらしい。
確かに、おれも同人誌の中でモブ男にいちいち名前とかつけてなかったからな。
「そうなのか……。名前がないと不便だよな」
「そう? 俺はどっちでもいーけど。別に『モブ男』ってそのまま呼んでくれればいいよ」
「いや、それはあんまりだろ」
さすがに目の前の青年を『モブ男』呼ばわりはあんまりすぎる。
というか、彼とおれが二人並んでたら、今の状況だとどっちかって言うとおれの方がモブ男っぽいんだよな。白Tシャツの上にチェック柄のシャツを羽織って、ジーパンとスニーカーを履いた、平々凡々な黒髪黒瞳のなんの変哲もない容姿の男。秋葉原やコミケに行けば、似たような格好の男性が嫌でも目に入るだろうというぐらいの量産型スタイルだ。
となると……目の前の青年に何か名前があった方がいいと思うんだけど。
でも、青年はどうにも自分の名前にこだわりはないようだ。なら、ここはおれがとりあえず決めておくか。
「じゃあとりあえず、お前の名前は『アレク』って呼んでいいか? 名前がないと不便だからな」
名前の由来は、小学生の頃に実家で飼っていたゴールデンレトリバーのアレキサンダーからである。
こいつの笑顔に、なんだかあのアレキサンダーの人懐っこさを思い出してしまい、そこから取ってみた。
青年はどうも人種は日本人であるようだが、金髪によく日に焼けた褐色の肌はちょっと異国情緒っぽい感じがあるし、けっこう似合っていると思うんだけど。
「アレクって……俺の名前?」
「う、うん。あの、嫌だったら別に、お前の好きな名前を教えてもらえれば……」
「嫌じゃないよ! ご主人ちゃんに名前つけてもらえるなんて嬉しい!」
「うわっ」
いきなりモブ男、もといアレクがおれにがばりと抱きついてきた。
抱きついてきたと言っても、相手の方がおれよりも長身で肩幅が広いため、腕の中にすっぽり抱き込まれるような形になる。
「っ、アレク、く、苦しい」
「ご主人ちゃん! オレ、もっと頑張るから何でも言ってね!」
タップタップと相手の胸を叩くおれにおかまいなしに、ぎゅうぎゅうと腕の力を強めて、おれの頭にすりすりと頬ずりをするアレク。
……見かけはすごいチャラい奴だけど、まぁ、こいつは悪い奴ではないようだ。
でもやっぱり、この人懐っこさ、アレキサンダーを彷彿とさせるなぁ……。
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