3 / 24
眷属
しおりを挟む
――小鳥の囀る声。枝葉の隙間からこぼれる柔らかな光。
「……夢、じゃなかったのか」
自分にしてはやけに内容のしっかりした夢を見たものだと、最初に目を覚ました時に思った。けれど、やっぱりあれは夢ではなかったらしい。その証拠に、おれの視界に飛び込んできたあたたかな木漏れ日は、おれの住むコンクリートジャングルでは久しくお目にかかれていないものあった。
おれは倒れていた身体を起こし、ゆっくりと起き上がる。
やわらかな草の上で寝転がっていたが、あまり服は汚れていない。
最後の記憶を元に、おれは腹部や胸元を触ってみるが、そこにも傷跡は見当たらなかった。服が破れている形跡もない。あのイっちゃってる男の持つ折りたたみナイフが何度もクリティカルヒットをした場所は、今はもう跡形もなくなっていた。
……そういや、あの女子大生はどうしたかなぁ。
おれの家族はもうすでに縁が切れているから、特に悲しみはしないだろうけど。でも、あの女子大生の子のことだけちょっと心配だな。トラウマとかになってないといんだけど。
「――あ! ご主人ちゃん、目が覚めたの?」
と、そんな風に考え事をしていたおれの耳に、よく知らない男の声が響いた。
明るく澄んだ声だが、しかし、どことなく軽薄そうな浮ついた声だった。
おれは不思議に思って振り返ると――そこには、何とも形容しがたい青年が立っていた。
……髪の色は干した藁のような明るい金髪。陽光にあたってきらきらと輝く様はきれいだ。
顔のパーツは整っているので充分イケメンの類だ。切れ長の瞳にシャープなラインの顔立ち。そして、よく日焼けした褐色の肌と、しなやかについた筋肉は、充分女の子にモテるだろう。背丈もおれより多分、10センチくらいは高い。
「……えっと、誰?」
そんな正体不明の青年に、おれは思わずそう尋ねた。
いやだって、全然知らない人だし。
というか、おれの所属しているインドア系の人種とは明らかに全然別の人というか。
印象としては、イケメンなのに、全体的に軽薄そうというか、チャラい。人付き合いは良さそうだが情には薄そうな、ナンパ系のパーリーピーポーという感じ。
漫画で例えると、それこそチャラい系のモブ男というか……。
……ん? モブ男?
おれはもう一度、正体不明のチャラ系青年をまじまじと見つめた。
よく見ると、この髪型も顔立ちも、来ている黒いVネックのTシャツや色褪せたジーンズも、見覚えがある。ありすぎる。
おれと目が合うと、青年はにっこりと人懐っこそうな笑みを浮かべた。
「神様から聞いてない? オレ、ご主人ちゃんの護衛役の眷属なんだけど」
「じゃ、じゃあ、やっぱりお前……!」
「そう!ご主人ちゃんの描いた漫画の『モブ男』だよ」
――――やっぱりか!?
当たってほしくなかったが、おれの予想は的中してしまった。なんでだ!
よりによって、おれの眷属がモブ男……!?
「な、なんでだ……神様は、おれがよく描いている漫画のキャラクターから一名を眷属にするって」
混乱したままおれは思わずそう呟き、そして、自分の呟いた言葉の内容でハッとあることに気がついた。
活動ジャンルが変われば、同人誌で描かれるヒロインもまた変わる。それは当たり前だ。
けれど、どんなにジャンルが変わっても、変わらないものがある。
そう――それはモブ男の存在だ。
時には脅迫まがいのことをしてヒロインの弱みを握り、ヒロインを主人公から寝とり、最終的にヒロインをズルズルとメス落ちさせる存在……それがモブ男の存在だ。
おれの描く同人誌はヒロイン寝取られ系メス落ち傾向のもの。つまり、全ての同人誌の中で描いている回数がトータルで高い登場人物は、確かにモブ男である。
「っていうか、女の子のキャラクターはご主人ちゃんが産み出したキャラクターじゃなくて借り物じゃん? 二次創作なんだから」
「うっ!」
重ねて、言われてみればその通りだった。
不思議そうに告げるモブ男の言葉に反論する余地はない。そう、おれは所詮は二次創作活動の同人作家。
だから、自分のオリジナルヒロイン――自分で創作したオリジナルキャラクターなんて持っていないのだ。
「マ、マジかよ、神様……!」
異世界で目覚めて十分も経たないというのに、おれはさっそく頭を抱えた。
まさか、モブ男とか……。てっきり可愛いヒロインが眷属になってくれるものだと思いこんでいたから、まさかのモブ男という展開に、おれは落胆を抑えきれなかった。
大体、こんな見知らぬ世界でモブ男に護衛役に来られても……本当にこのモブ男は戦えるのか? 見た感じ、ただのチャラ男だし。そりゃまぁ、結構なイケメンではあるけど……。
ああ、おれが一次創作作家だったら……! あの時、神様にもうちょっとよく確認しておけばよかった。今更こんなコト言っても後の祭りだが……。
「うーん……ごめんね。ご主人ちゃんは俺だとあんまり嬉しくなかった?」
頭を抱えてうんうん唸るおれに、遠慮がちな声がかけられて顔を上げる。
顔を上げた先で、モブ男と名乗ったチャラい系の青年は、困ったような苦笑いを浮かべていた。
「えっ、いや、そんなことは、全然」
「そう? まぁ、ご主人ちゃんは女の子の方が良かったかな。俺でごめんね?」
「いや、あの、そんなことは全然ないから本当!」
おれの言葉に、ホッとしたような、でもどこかちょっと傷ついたような顔で青年が小首を傾げる。
し、しまった。態度で思いっきりガッカリ感を出してしまっていた……。
「オレ、ご主人ちゃんの役に立つよう頑張るからね」
気を遣ってくれたのか、空気を変えるようにニッコリと笑顔を向けてくれる青年。
しまった。出会い頭そうそう、めちゃくちゃ悪いことをしてしまったな……。
今はとりあえず笑顔を向けてくれてはいるが、きっと彼の心の中ではおれに対する悪印象で一杯に違いない。
あの真っ白な世界で、眷属にどんな子が来ても相手を尊重するようにって決めたばかりなのに……。さっそくやってしまった……。なんて最悪な奴なんだ、おれは……。
「じゃあご主人ちゃん、これからよろしく」
「あ、ああ……これからよろしく……」
おれは罪悪感と後悔でいっぱいになりながら、金髪褐色の青年――チャラい系のモブ男が差し出してきた手を取り、どうにか握手を交わしたのだった。
「……夢、じゃなかったのか」
自分にしてはやけに内容のしっかりした夢を見たものだと、最初に目を覚ました時に思った。けれど、やっぱりあれは夢ではなかったらしい。その証拠に、おれの視界に飛び込んできたあたたかな木漏れ日は、おれの住むコンクリートジャングルでは久しくお目にかかれていないものあった。
おれは倒れていた身体を起こし、ゆっくりと起き上がる。
やわらかな草の上で寝転がっていたが、あまり服は汚れていない。
最後の記憶を元に、おれは腹部や胸元を触ってみるが、そこにも傷跡は見当たらなかった。服が破れている形跡もない。あのイっちゃってる男の持つ折りたたみナイフが何度もクリティカルヒットをした場所は、今はもう跡形もなくなっていた。
……そういや、あの女子大生はどうしたかなぁ。
おれの家族はもうすでに縁が切れているから、特に悲しみはしないだろうけど。でも、あの女子大生の子のことだけちょっと心配だな。トラウマとかになってないといんだけど。
「――あ! ご主人ちゃん、目が覚めたの?」
と、そんな風に考え事をしていたおれの耳に、よく知らない男の声が響いた。
明るく澄んだ声だが、しかし、どことなく軽薄そうな浮ついた声だった。
おれは不思議に思って振り返ると――そこには、何とも形容しがたい青年が立っていた。
……髪の色は干した藁のような明るい金髪。陽光にあたってきらきらと輝く様はきれいだ。
顔のパーツは整っているので充分イケメンの類だ。切れ長の瞳にシャープなラインの顔立ち。そして、よく日焼けした褐色の肌と、しなやかについた筋肉は、充分女の子にモテるだろう。背丈もおれより多分、10センチくらいは高い。
「……えっと、誰?」
そんな正体不明の青年に、おれは思わずそう尋ねた。
いやだって、全然知らない人だし。
というか、おれの所属しているインドア系の人種とは明らかに全然別の人というか。
印象としては、イケメンなのに、全体的に軽薄そうというか、チャラい。人付き合いは良さそうだが情には薄そうな、ナンパ系のパーリーピーポーという感じ。
漫画で例えると、それこそチャラい系のモブ男というか……。
……ん? モブ男?
おれはもう一度、正体不明のチャラ系青年をまじまじと見つめた。
よく見ると、この髪型も顔立ちも、来ている黒いVネックのTシャツや色褪せたジーンズも、見覚えがある。ありすぎる。
おれと目が合うと、青年はにっこりと人懐っこそうな笑みを浮かべた。
「神様から聞いてない? オレ、ご主人ちゃんの護衛役の眷属なんだけど」
「じゃ、じゃあ、やっぱりお前……!」
「そう!ご主人ちゃんの描いた漫画の『モブ男』だよ」
――――やっぱりか!?
当たってほしくなかったが、おれの予想は的中してしまった。なんでだ!
よりによって、おれの眷属がモブ男……!?
「な、なんでだ……神様は、おれがよく描いている漫画のキャラクターから一名を眷属にするって」
混乱したままおれは思わずそう呟き、そして、自分の呟いた言葉の内容でハッとあることに気がついた。
活動ジャンルが変われば、同人誌で描かれるヒロインもまた変わる。それは当たり前だ。
けれど、どんなにジャンルが変わっても、変わらないものがある。
そう――それはモブ男の存在だ。
時には脅迫まがいのことをしてヒロインの弱みを握り、ヒロインを主人公から寝とり、最終的にヒロインをズルズルとメス落ちさせる存在……それがモブ男の存在だ。
おれの描く同人誌はヒロイン寝取られ系メス落ち傾向のもの。つまり、全ての同人誌の中で描いている回数がトータルで高い登場人物は、確かにモブ男である。
「っていうか、女の子のキャラクターはご主人ちゃんが産み出したキャラクターじゃなくて借り物じゃん? 二次創作なんだから」
「うっ!」
重ねて、言われてみればその通りだった。
不思議そうに告げるモブ男の言葉に反論する余地はない。そう、おれは所詮は二次創作活動の同人作家。
だから、自分のオリジナルヒロイン――自分で創作したオリジナルキャラクターなんて持っていないのだ。
「マ、マジかよ、神様……!」
異世界で目覚めて十分も経たないというのに、おれはさっそく頭を抱えた。
まさか、モブ男とか……。てっきり可愛いヒロインが眷属になってくれるものだと思いこんでいたから、まさかのモブ男という展開に、おれは落胆を抑えきれなかった。
大体、こんな見知らぬ世界でモブ男に護衛役に来られても……本当にこのモブ男は戦えるのか? 見た感じ、ただのチャラ男だし。そりゃまぁ、結構なイケメンではあるけど……。
ああ、おれが一次創作作家だったら……! あの時、神様にもうちょっとよく確認しておけばよかった。今更こんなコト言っても後の祭りだが……。
「うーん……ごめんね。ご主人ちゃんは俺だとあんまり嬉しくなかった?」
頭を抱えてうんうん唸るおれに、遠慮がちな声がかけられて顔を上げる。
顔を上げた先で、モブ男と名乗ったチャラい系の青年は、困ったような苦笑いを浮かべていた。
「えっ、いや、そんなことは、全然」
「そう? まぁ、ご主人ちゃんは女の子の方が良かったかな。俺でごめんね?」
「いや、あの、そんなことは全然ないから本当!」
おれの言葉に、ホッとしたような、でもどこかちょっと傷ついたような顔で青年が小首を傾げる。
し、しまった。態度で思いっきりガッカリ感を出してしまっていた……。
「オレ、ご主人ちゃんの役に立つよう頑張るからね」
気を遣ってくれたのか、空気を変えるようにニッコリと笑顔を向けてくれる青年。
しまった。出会い頭そうそう、めちゃくちゃ悪いことをしてしまったな……。
今はとりあえず笑顔を向けてくれてはいるが、きっと彼の心の中ではおれに対する悪印象で一杯に違いない。
あの真っ白な世界で、眷属にどんな子が来ても相手を尊重するようにって決めたばかりなのに……。さっそくやってしまった……。なんて最悪な奴なんだ、おれは……。
「じゃあご主人ちゃん、これからよろしく」
「あ、ああ……これからよろしく……」
おれは罪悪感と後悔でいっぱいになりながら、金髪褐色の青年――チャラい系のモブ男が差し出してきた手を取り、どうにか握手を交わしたのだった。
164
お気に入りに追加
4,760
あなたにおすすめの小説
ヒロイン不在の異世界ハーレム
藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。
神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。
飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。
ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?
【完結済み】準ヒロインに転生したビッチだけど出番終わったから好きにします。
mamaマリナ
BL
【完結済み、番外編投稿予定】
別れ話の途中で転生したこと思い出した。でも、シナリオの最後のシーンだからこれから好きにしていいよね。ビッチの本領発揮します。
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
モブに転生したはずが、推しに熱烈に愛されています
奈織
BL
腐男子だった僕は、大好きだったBLゲームの世界に転生した。
生まれ変わったのは『王子ルートの悪役令嬢の取り巻き、の婚約者』
ゲームでは名前すら登場しない、明らかなモブである。
顔も地味な僕が主人公たちに関わることはないだろうと思ってたのに、なぜか推しだった公爵子息から熱烈に愛されてしまって…?
自分は地味モブだと思い込んでる上品お色気お兄さん(攻)×クーデレで隠れМな武闘派後輩(受)のお話。
※エロは後半です
※ムーンライトノベルにも掲載しています
英雄の恋人(♂)を庇って死ぬモブキャラですが死にたくないので庇いませんでした
月歌(ツキウタ)
BL
自分が適当に書いたBL小説に転生してしまった男の話。男しか存在しないBL本の異世界に転生したモブキャラの俺。英雄の恋人(♂)である弟を庇って死ぬ運命だったけど、死にたくないから庇いませんでした。
(*´∀`)♪『嫌われ悪役令息は王子のベッドで前世を思い出す』の孕み子設定使ってますが、世界線は繋がりなしです。魔法あり、男性妊娠ありの世界です(*´∀`)♪
悪役の俺だけど性的な目で見られています…(震)
彩ノ華
BL
悪役に転生した主人公が周りから性的な(エロい)目で見られる話
*ゆるゆる更新
*素人作品
*頭空っぽにして楽しんでください
⚠︎︎エロにもちょいエロでも→*をつけます!
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる