君の運命はおれじゃない

秋山龍央

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 唇を触れ合わせるだけの、優しいキスだった。
 やわらかく唇を触れさせたかと思えば、離れ、そしてまた重なる。

 キスと同時にアシュリーの掌がおれの後頭部にまわった。おれもゆっくりと手を伸ばし、アシュリーの背中にまわす。
 おれがアシュリーの背中を抱き返した瞬間、彼の舌がおれの口内に割り入ってきた。そして、ぬるりとおれの舌に絡んでくる。
 だが、その絡みさえもゆっくりとした丁寧なものだった。明らかに、おれを気遣ってくれているのが分かる。

 長い付き合いだから、お互い、キスもセックスも初めてではない。
 けれども、まるでお互い、初めて誰かと口づけを交わすように、たどたどしく舌を絡め合った。

「ん、……んっ?」

 おれが「あれ、なんかおかしくない?」と思ったのは、アシュリーのもう一方の手がおれの腰にまわった時だった。

 その掌は、背中をゆっくりと撫でていたかと思うと、次第に下へとおりてきた。そして、おれの腰のラインをなぞるように触れ、そこからさらに尻を触り始める。

 甘い口づけが終わった後も、その手はおれの尻に触れたままだった。
 それどころか、アシュリーはそこに触れる力を強めると、おれの耳に顔を寄せてそっと囁いた。

「――優しくするよ、ユージ……」

「待て待て待て! もしかして、お前が抱く側のつもりか!?」

 アシュリーの渾身の甘い囁きを、おれはムードもへったくれもないツッコミでブチ壊した。
 だが、これはさすがに譲歩できない。

 アシュリーはおれのツッコミを受けてきょとんとしている。
 しかし、おれの真剣な顔に、冗談で言っているのではないと気が付いたらしい。

「ま……まさか、ユージ。お前が私を抱くつもりなのか?」

 愕然とした表情のアシュリー。
 あまりにもショックを受けているアシュリーの様子に、おれはちょっと傷つく。

「なんだよ、おれに抱かれるのはそんなに嫌ってか?」

「違うんだ。嫌というわけじゃないんだが……まったく予想していなかったから、未知数すぎて想像がつかない。まさか、ユージが私を抱くつもりでいるとは思わなかった」

「あー、そうか。アルファの男だと、そりゃそうだよな……」

 アルファは、総じてプライドが高く、カリスマ性を備えていて、まるで空気を吸うかのような自然さで主導権を握る。
 そして、それはプライベートでもそうだ。つまりはベッドの上でも同じことが言える。

 アルファであるアシュリーが、「誰かに抱かれる側」に立つことを予想していなかったのは、言われてみれば当然のことだった。アシュリーはキリと付き合うまでに、色んな男や女と遊んでいたが、ボトムにまわったのはこれが初めてのはずだ。

「……ボトムがいやなら、おれがそっちでもいいけど。でも、できればアシュリーがボトムにまわってくれれば、サイズ的な問題で助かる」

「サイズ?」

「アルファとベータじゃ、モノの大きさが違うだろ」

「…………」

 アルファは体格や身体能力も、ベータより優れている。

 現に、アシュリーはたいして筋トレをしているわけでもないのに、その服の下にはしなやかな筋肉で覆われているのだ。おれが王都にいた頃は、おれとアシュリーはほとんど同じ食生活をしていたというのに。
 正直、これについては本当にアルファが羨ましい。そして、この体格差問題は、モノの大きさについても同じことが言えるのだからなおさらだ。

……いや、別におれのモノが小さいとかそういうわけじゃないんだ!
単純に、アルファのやつらのアレは本当に規格外なんだって!

「サ……サイズの問題については、ひとまず横に置いておくとしてもだ」

アシュリーはほんの少し顔を赤らめながら、コホンと咳払いをした。

「……ユージ自身の気持ちはどうなんだ。ユージは、私を抱きたいのかい?」

「ああ、抱きたい」

 アシュリーの問いかけに、おれは即答した。
 あまりの早さに、アシュリーはターコイズブルーの瞳を見開いて、おれの顔をまじまじと見つめる。

 しばらくじっとおれの顔を見つめた後、アシュリーは唇をほころばせて「ふふっ」と笑った。

「そうか。なら、先ほどの台詞は間違いだったな。せいいっぱい優しくしてくれ、ユージ」

「……いいのか?」

 今度はおれが目を丸くする番だった。
 アルファであるアシュリーが、幼馴染とはいえ、他人の下にまわるのはいささかなりとも抵抗感があるだろうに。

「大丈夫だ。お前が私を求めてくれるのが、嬉しいんだ。その喜びをもっと感じた……んぅっ」

 照れたように微笑むアシュリーに、今度はおれの方から口づけた。
 キスをしかけた勢いのまま、彼の身体をシーツの上に押し倒す。

「っ、ユージ……んっ、ふ」

 今度はおれがアシュリーの口内に舌を滑り込ませて、彼の舌に自分の舌を絡めた。
 舌が離れれば、舌先で歯列やあごの裏をなぞる。その度に、おれの下のアシュリーの身体がふるりと震えた。

「ぁ、ユージ……」

 キスが終わると、おれは性急な手つきでアシュリーの服を脱がせにかかった。

 ずっと想いを寄せていたアシュリーが、今、おれに抱かれようと身をゆだねてくれているのだ。この状況が都合のいい夢ではないと確信したくて、強引な仕草で彼を裸に剥く。
 あまりにも性急すぎたせいで、アシュリーの着ていたシャツのボタンが二個ほど弾け飛んでしまった。

「ユージ、すこし待っ……んぅっ!」

 アシュリーの制止を待たず、あらわれた胸の頂に顔を寄せる。
 その突起を唇にふくんで、舌で転がすと、アシュリーが熱い吐息を零した。

「はっ、ぁ……」

 舌の上でコロコロと転がし続けると、その突起はすぐに固く尖り始める。

 時おり、前歯で軽くかしりと甘噛みすると、アシュリーが戸惑ったような顔でおれを見上げた。
 おれはいったん、胸への愛撫を止めて、アシュリーの顔を見つめかえす。

「アシュリー……やっぱり駄目そうかか? 嫌なら、無理せずに言っていいぞ」

 アシュリーは首をふるふると横に振った。

「違うんだ。嫌、ではない。ただ、その……こちら側になるのが、慣れないだけだから、大丈夫だ」

「そっか」

「……悪かった、ユージ。続けてくれて構わない」

「別に、謝ることじゃないだろ。それに、優しくするって約束したしな」

 おれは顔を寄せて、アシュリーの眦にちゅっと音を立てて口づけた。

 すると、アシュリーが気持ちよさそうに目を細める。そして、その両腕をおれの首に回しながら、すり、と自身の股間をおれの太ももに押し当ててきた。いつの間にか、そこは熱く脈打っている。

「ユージ……ほら、分かるだろう? 本当に、嫌なわけじゃないんだ。まだすこし緊張しているだけで……でもそれよりも、お前が私の元に戻って来てくれたことの方が嬉しい」

「ああ、分かってるよ、アシュリー。もう、お前から離れたりしない。ずっとそばにいる」

 おれがそう言うと、アシュリーは満足そうな笑みを浮かべておれに顔をよせてきた。
 あからさまな口づけの催促だ。むろん、悪い気はせず、おれは再び唇を重ねた。

「んっ……ふ、ぁ」

 キスをしながら、おれは片手でアシュリーの太ももを割り開き、後孔に指を伸ばす。
 指先をゆっくりと埋めると、さすがに怖いのか、アシュリーがぎゅうっと力強くおれの首筋にしがみついてきた。

「はっ、ァ……んっ、ユージ」

 くちゅくちゅと水音を立てながら、アシュリーの気持ちいいところを探す。

 アルファといえども前立腺はきちんと存在する。さほど間を置かず、おれはアシュリーの体内にあるしこりを発見することができた。
 指を二本に増やし、そのしこりをやんわりと、でもしっかりと捕えてマッサージをしていく。

「ふぁ、ぁ、んっ、くぅ」

「アシュリー……」

 アシュリーの陰茎は今や頭を完全に持ち上げて、とろとろと透明な蜜を零していた。
 とはいえ、それはおれも同様である。長年の想い人の痴態を目の前にして平然としていられるほど、人間が出来てはいない。
 おれは腰を寄せて、勃起した陰茎をアシュリーのそれに軽く触れ合わせた。お互いの先走りが潤滑油となって、ぬるぬると陰茎同士が擦れ合う感触は、指や掌で愛撫されるのとはまったく違う快楽だ。

「っ、ユージ……」

「うん? どうかしたか」

「もう……私は大丈夫だからっ……んっ、ァッ!」

 アシュリーが言葉を言い終わるのを待たず、わざと、体内に埋めた指で強めにしこりを引っ掻いてやった。
 彼の陰茎からあふれる先走りが、とろとろと量を増していく。

「ぁ、ユージっ! お前、それ、わざとやっているだろうっ? うっ、ぁッ」

「まぁな」

「もう、それはいいっ。大丈夫だから、もう挿れてくれ……んぁ、ァあッ!」

「大丈夫って、まだろくにほぐしてないだろ。もう少しやった方がいいぜ? 変な意地をはらずに、大人しくしててくれよ」

「優しくしろとは言ったが、私はそんなにヤワじゃないっ……、お前が、丁寧にしすぎなんだ……ぁ、ふぁッ!」

涙の膜をはったターコイズブルーの瞳が、訴えかけるようにおれを見つめる。

「本当に、もう大丈夫だから……来てくれ」

「……いいのか?」

「ああ。早くお前が欲しい」

「っ……!」

 そんなことを言われては、おれももう辛抱ができなかった。
 アシュリーの後孔から指を引く抜くと、閉じ切らず口をあけているそこに、陰茎の先端を押し当てる。

「くっ、ァぁあッ!」

 ぐっと腰を押し進め、アシュリーの体内にゆっくりと陰茎を埋める。
 ほぐしきれていなかった中はかなりキツい。さすがのアシュリーも圧迫感と違和感に耐えきれず、額に脂汗を浮かべている。

「アッ、ぁ、ユージっ……」

「アシュリー、平気か?」

 アシュリーの顔を覗き込む。幸い、中は切れてはいないようだ。
 だが、彼の中は痛いぐらいにぎゅうぎゅうとおれを締め付けてくる。

 リラックスさせようと、おれはアシュリーの額を掌や頬を手の甲で撫でた。
 すると、アシュリーが熱い吐息を零しながら、おれの手首を掴む。そして、指を口に含んだ。

「んっ、ぁ、ユージ……っ」

 アシュリーの口に含まれた人差し指に、ねっとりと舌が絡みついてくる。

 おれはその指先をわずかに動かして、アシュリーの顎の裏や歯列をそっとなぞった。意外にも、アシュリーは口の中が性感帯らしい。そういえば、先ほどもキスだけで身体を昂らせていた。
 陰茎を埋めたまま、アシュリーの口の中を指先でいじってやると、だんだんと彼の身体の力が抜けてきた。
 その機を見計らい、おれはゆっくりと腰を動かし始める。

「っ、ぁ……ユージっ、ユージ……ッ!」

「アシュリー……好きだ、愛してる、アシュリー……っ!」

 水音と腰を打ち付ける音を部屋に響かせる。
 アシュリーの中は、強張っていた身体の力が抜けると同時に、熱くうねっておれの陰茎を歓迎した。熱い肉壺に陰茎を埋めたるような感覚。おれが腰を引く度に、離すまいときゅうきゅうとしがみついてくる感覚がたまらない。

「あっ、ユージ、もう一度……っ、んぁ、はッ!」

 アシュリーの体内の熱がどんどんと上がっていく。
 同時に、おれの陰茎も精をため込み限界まで張りつめた。

 あとほんの少しで射精を迎えるという頃合いで、アシュリーがおれの首に自分の腕をまわし、強引ともいえる仕草で顔を自分の方に引き寄せた。

 もう、何度目か分からないキスの催促である。
 唇を重ねると同時に、アシュリーの舌がすぐさまおれの舌に絡みついてくる。

「んぅッ……んンぅッ~~~~~~~ッ!」

 ねっとりとした口づけを交わしながら、陰茎を引き抜き、そして最奥まで一気に叩きつける。
 今までで一番力強いストロークを受けて、とうとうアシュリーは射精を迎えた。
 そして、それから一拍をおいて、おれもアシュリーの中にどくどくと白濁液を吐き出した。

「ぁ、はッ……」

 唇を離し、アシュリーの中からゆっくりと陰茎を引き抜く。
 見れば、アシュリーはめずらしく陶然とした表情で虚空を見つめている。その姿を見て、おれの胸はいいようのない満足感と幸福感で満たされた。

「ユージ……」

「うん?」

「……お前、ずいぶんと手馴れてるな……」

 はぁはぁと肩で息をするアシュリーの横に寝転ぶ。
 すると、アシュリーがなんだか拗ねたように唇をとがらせていた。そんな彼に、おれは肩をすくめて呆れた顔を作ってみせる。

「今さら何を言ってるんだよ。おれ達が十代のころは、二人で揃って娼館に数え切れないくらい通ったし、悪い遊びだって散々してきただろ。初めてじゃないのは、お互い様だ」

「…………でも、お前は私のことが出会った時から好きだったと言ったではないか」

「ああ、ずっと好きだったよ。そして、ずっと諦めなきゃいけないって思ってた」

「…………」

 おれは手を伸ばして、アシュリーの顔の輪郭をゆっくりとなぞった。
 拗ねたようなアシュリーの表情が、それでほんの少しやわらぐ。

「……お前の気持ちに今まで気が付かなくて悪かった。でも、言い訳をさせてもらえるなら、お前は隠し事が本当にうまいんだ。それが自分自身のことなら、なおさら」

「アシュリーは意外と嘘が下手だよな」

「だから、もう隠し事はしないでくれ」

「…………」

「今回のことは私に否がある。だからこそ、これからはお前の話にきちんと傾ける。ミルトや周囲の言葉もしっかり聞こうと思う。だからユージも……私に気を遣って、ごまかしたり、自分の気持ちを偽るのはもうやめてくれ」

「……ああ、分かった」

 アシュリーの瞳がじっとおれを見つめてくる。
 ターコイズブルーの瞳は明かりの落ちた部屋の中にあって、夜明けの星のように煌めている。

 その宝石のような瞳を見つめていると、途端に、うとうとと眠気が襲ってきた。

 ああ、そういえば、強い酒を飲んだばかりだったんだ。その後、ベッドの上で寝付けずにまんじりともせずにいたのだが……アシュリーを抱いたことで精神がリラックスしたのか、こんな時になって眠たくなってしまった。

 おれは眼をこすりながら、ぼんやりとアシュリーの顔を見つめる。
 このまま勢いに乗って2戦目に入りたい気もするし、逆に、こうやってアシュリーの顔を見つめながら眠ってしまいたい気持ちもある。

「そういえば、アシュリーの持ってきた酒、ずいぶんと度数が強かったな。寝酒のつもりだったのか?」

「ああ、あれか。あれは寝酒というか……」

途端に歯切れの悪くなったアシュリーに、おれは首を傾げる。

「もとからあれは、ユージに渡すつもりだったんだ」

「え? あんな強い酒、おれも家族も吞まないぞ」

アシュリーは気まずそうに目をそらす。

「……わざと、ユージが普段呑まないような強い酒を持ってきたんだ。酔うとお前は眠くなる体質だろう? だから、強い酒を飲ませれば、お前を宿に引き留める手段になると思ったんだ。だが、思ったよりもユージには強すぎたみたいだな」

「……なるほど。現に、こうして引き留められたわけだしな」

 アシュリーの目論見は大成功だったというわけだ。

 しかし、まさかの打ち明け話に、喜べばいいのか、怒ればいいのか分からなくなった。
 呆然としているおれを見て、アシュリーは、まるで悪戯が成功した子どものような笑みを浮かべた。

 それは――おれ達が初めて出会った時に見せた、あの時の笑顔とまったく変わらなくて。

 その笑顔に、おれは完全に毒気が抜かれてしまった。それどころか、なんだか面白くなってしまい、アシュリーと一緒に自然と笑みを浮かべてしまう。

 ……あーあ。まったく、惚れた方の負け、とはよく言ったもんだ。
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