君の運命はおれじゃない

秋山龍央

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第12話

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 オッドブル商会を離れて、故郷である農村に戻ってから一ヶ月が経過した。

 弟と共に父の診療所を手伝いながら、時折、妹の勉強を見たり、母の家事を手伝う日々は、単調ではあるが、その分、あっという間に過ぎていった。

 朝は日の出と共に起きて、自宅横の薬草畑に薬草を摘みにいく。
 摘んできた薬草は調合して薬にしたり、家の軒先に干しておく。そうこうしている内に朝食の時間になるので、家族で食卓に揃ってご飯を食べる。

 その後、妹は教会の神父さんが行っている私塾へ向かう。
義務教育の制度がないこの国では、王都ならいざ知らず、このような田舎町には学校が存在しない。そのため、子どもは教会の私塾へ通うのが一般的だ。

 妹を送り出した後、おれと弟、父は診療所に向かう。
 早ければ、診療所に着いた頃にはすでに玄関前に一人か二人の町人が薬を貰いにきている。
 その後は、父が診療をして薬を処方する。弟はそれを隣で見て、父のサポートをしたり、時には熱心にメモをとっている。
 診療所が空いていれば、セージとおれだけで家に戻り薬草畑を耕したり、採取をする。

 故郷での日々は、王都で過ごしていた時間を比べると、淡々として、かわりばえのない日々だ。

 だが、その半面、とても牧歌的で、あたたかい日々だった。

「セージ、そろそろ昼食にしようか」

 午前分の診療記録を書き終えたおれは、受付にいるセージに向かって声をかけた。
 ちょうど客も途切れたし、昼飯にするにはちょうどいいだろう。

 そう思ったのだが、しかし、受付の弟から返事がない。
 不思議に思って受付に行くと、セージはなにやら険しい顔をしていた。見れば、その鋭い視線はその手に持った長方形の紙面に注がれている。
 どうやら手紙を見つめているようだ。
 午前中の内に、配達人が届けに来たのだろう。

「セージ、大丈夫か?」

 ためらいがちにそっと声をかける。

 すると、セージはハッとした顔でこちらを見つめた。おれの存在に今気が付いたらしい。
 そして、そそくさと手紙をおれの目の届かない位置にやってしまう。

「ああ、兄貴。どうかしたか?」

「いやいや、それはこっちの台詞だよ。あんまり怖い顔で郵便を読んでるからさ……まさか、誰かの訃報か?」

セージのいつになく怖い顔に、恐る恐る尋ねる。
すると、セージは「いや」と言って、首を横に振った。

「いや、そういうんじゃないから、安心していいぜ。……ただの、何の意味もない、ろくでもない内容だ」

 セージはそう言って、机の片隅に追いやった手紙を再び手にとった。
 そして、封筒ごと、中身を見ずにビリビリに破きだす。

 おれはちょっと驚いたものの、なんと言えばいいか分からなかった。そも、セージの手紙に対しておれがいえることは何もない。
 結局は、セージが手紙を小さな紙片に変えるまで、なにを言うこともできなかった。

「よし。……兄貴、お待たせ!」

粉々になった手紙をごみ箱に捨てたセージは、にかりと白い歯を見せておれに笑いかけてきた。

その笑顔に、ちょっとホッとする。
先ほどのセージは、どことなく剣呑な空気を漂わせていて、怖かったのだ。

 ……セージは、よっぽどあの手紙の内容に不快感を覚えたのだろうか?

ろくでもない手紙って言ってたけれど、こちらの世界にもダイレクトメールってあるのか?
王都では見たことなかったけどなぁ。

「あ、そうだ。手紙といえばさ、おれ宛の手紙って来てないか?」

「いや? 全然見てないぜ」

「そ、そうか……」

 セージの言葉に、ちょっとガックリと肩を落とす。
 すると、セージがけらけらとおかしそうに笑いながら、おれの肩に腕を回してきた。

 セージはおれの六歳下の弟だが、長年の畑仕事のおかげか、おれよりも背がわずかに高く筋骨たくましい。

おれは王都でずっと事務ばっかりだったからなぁ……ちょっと悔しいぜ。

「なんだよ、兄貴。別にいいじゃねェか、オッドブル商会から手紙なんざ来なくても。兄貴はもうずっとこっちにいるんだろう? な?」

「……一応、まだおれの籍はオッドブル商会にあるんだが。まぁ、何の音沙汰もないってことは、もうお払い箱ってことかもな」

苦笑いで答える。
すると、セージがますます腕の力を強めてきた。

……あまり強く肩を組まれると、身体がますます密着して、スキンシップに慣れてないおにいちゃんはちょっと気恥ずかしいんだが……

兄弟のスキンシップってこんなに接触するもんだっけ?
元の世界では家族と絶縁コースだったおれにはよく分からない。

「いいじゃねェか、別にお払い箱でもよ」

「え?」

 思ってもみなかった言葉に、目を見開く。

 すると、肩に回されていた腕が背中に回され、ほとんど抱きしめられるような格好になった。

「……オレ、兄貴が帰って来てくれて本当に嬉しいんだぜ。兄貴の仕送りのおかげで、オレも妹も私塾に通えてよ……家の暮らしもずいぶんと楽になった。けれど、当の兄貴は全然こっちに帰ってきやしねェでさ……」

「セージ……?」

「そんな兄貴がよ、こんな風に突然に、何の知らせもなく帰ってくるなんざ……本当は、向こうでなにか辛いことがあったんだろ?」

「……!」

「……オレもさ、兄貴に比べりゃまだまだだけどよ、もう一人前の男だ。これからは、兄貴一人だけに無理をさせるつもりはねェ。だから……もう、向こうには帰るなよ。このまま、ここでずっと家族で暮らそうぜ。な?」

熱のこもった瞳でおれを見つめてくるセージ。

おれは少し迷った後、手を伸ばすと、掌でよしよしと彼の頭を撫でた。

「あ、兄貴?」

「驚いたよ、セージ。お前がそんな風に思ってくれてるなんて、考えてもみなかった。おれのことを心配してくれてありがとう」

「兄貴、じゃあ……!」

顔を輝かせて言い募ろうとするセージ。

だが、おれは人差し指をそっとその唇に押し当て、言葉の続きを遮った。
言葉を遮られたセージは、なぜかちょっと顔を赤くする。

「でも、大丈夫だ。おれは別にオッドブル商会で酷い目にあわされたわけじゃない。むしろ、みんな、おれにとても良くしてくれたよ。ここに帰ってきたのは、ただ単純に、久しぶりに家族に会いたかったからだ」

「…………」

セージは納得のいかない表情を浮かべた。
おれは苦笑いを浮かべて、セージからそっと身体を離す。

「だからセージも、そんな風に思いつめないでくれ。お前たちが私塾に通うことが出来たのは、おれ一人だけの力じゃなくて、父さんと母さんが頑張ってくれたからだしな」

「……まぁ、兄貴がそう言うんなら、ひとまずそれで納得してやるよ。兄貴とケンカをしたいわけじゃねェからな」

はぁ、とため息をついて、しぶしぶと頷くセージ。
そのいかつい肩をポンと叩いて、おれはセージを再度、昼食へと促した。

 それにしても、ビックリだ。
 まさか、セージがそんな風に考えてくれていたとは。

 セージがおれの今の状況を察していたのは驚きだが、それ以上に、彼がここまでおれを心配してくれていたなんて……

 正直、かなり嬉しい。
 弟にそこまで心配させてしまった、という罪悪感はあるが、それ以上に喜びの気持ちが強い。
 家族に必要とされることが、こんなに嬉しいことだったとは思ってもみなかった。

 ……そう考えると、オッドブル商会にとって、アシュリーにとって……おれという人間は、たいして必要な人間じゃなかったのかなぁ。

 だって、オッドブル商会を出ていってから一ヶ月経つけど、いまだに手紙すら一通も来ないもんな……。

 まぁ、でも、アシュリーとキリの結婚のお知らせの手紙なんか届いたら、それはそれで再びおれの失恋の傷が掘り返されてしまうから、これでいいのかもしれない。

 あーあ……今ごろ、アシュリーとキリはラブラブで過ごしてるんだろうなぁ。
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