転生者オメガは生意気な後輩アルファに懐かれている

秋山龍央

文字の大きさ
上 下
38 / 43

第三十八話

しおりを挟む
 ――幸いにも、あれから十分程度で発情促進剤の効果は収まった。

 どうやらあの発情促進剤は、即効性ではあったが持続力はそこまでないようだ。あるいは、おれが吸い込んだのが少量だったからか、ルーカスが手に入れた薬がそこまで質のいいものではなかったのかもしれない。違法薬に質の良し悪しを求めるのもどうかと思うが。

 レックスが宿の女将さんに頼んで新たに部屋をとってくれたので、薬の効果が収まってから、おれ達は三階の角部屋へと移動した。この宿は、二階が一人用の部屋になっており、三階が二人用の部屋になっているらしく、三階の部屋は窓も大きくとられ、室内も広々としていた。ベッドも二つ置かれている。

 三階の角部屋に移動した後、おれとレックスは、部屋の窓から顔を覗かせて下を見る。
 建物の外は、騒ぎを聞きつけた野次馬たちがルーカスや衛兵たちを取り囲んでいた。

 円の中心にいるルーカスの顔はすっかり血の気が失せて真っ白になっている。階段から転がり落ちたせいで、衣服はところどころが破れていた。
 彼の取り調べをしていた衛兵の一人が、その衣服のポケットから発情促進剤の入った香水瓶を取り出すと、途端に険しい表情を浮かべた。

「貴様、これは……! 近頃、闇市で出回っている違法薬ではないか!」

「……違う、それは僕のじゃない……それはミレイが僕にって……!」

「違法薬の所持や使用は重罪だ、詳しい話は詰所で聞かせてもらおうか。おい、こいつを縛って連れて行け!」

「は、離せ、離せよ! くそっ、どうしてこんなことに……!」

 ルーカスはしばらく抵抗していたが、最終的には衛兵によって強制的に連行され。その姿はだんだんと小さくなっていった。ルーカスが連行されていったことで、野次馬も散らばっていった。
 ルーカスの姿が完全に見えなくなると、これで本当に終わったんだ……という実感が湧いてきた。ようやく肩の荷が下りたように軽やかな気持ちだった。

「レックス……いつの間に衛兵を呼んだんだ? それに、どうしてここが分かった?」

 いまだに外の様子を窺っていたレックスに問いかける。彼は窓を閉めると、ベッドへどさりと座った。窓を閉じると、外のざわめきは完全に聞こえなくなった。
 おれもベッドへと移動して、彼の隣に腰を下ろした。

「衛兵は、部屋に突入する前に宿の女将さんに頼んで、呼んでおいてもらったんだ。あの糞野郎が先輩と二人っきりになりたいなんて、どうせろくな考えじゃねぇだろうと思ってさ。発情促進剤薬を使ってくるとは、さすがに予想してなかったけどな」

「そうか……それで、どうしておれがここにいるって分かったんだ?」

 レックスは問いかけに答える代わりに、ごそごそと自分のズボンのポケットをまさぐり始めた。そして、取り出した何かをおれの掌に握らせる。
 それは黄金の指輪だった。いや、今は指輪の形をとっているが、正しくはおれの妖精鳥だ。
おれは目を見開いて慌てて魔力を注ぎ込んでみた。魔力を注がれた指輪は形を変えて、いつもの黄金の鷹へと姿を変えた。

「ピィッ!」

「お前……! ずっとレックスのところにいたのか?」

 膝に乗った鷹の身体をよしよしと撫でてやると、鷹は満足そうに眼を細めた。だが、おれの隣に座るレックスは不思議そうな面持ちで首を傾げている。

「先輩がこの妖精鳥をつかって、俺に手紙を出したんだろ?」

「手紙? おれはレックスに手紙なんて……」

「ほら、これだよ」

 レックスが取り出したのは、一通の手紙だった。
 手紙の内容は、ルーカスから最後に謝罪をしたいと頼まれてある宿屋に呼び出されたことと、都合が合うなら一緒について来てくれないか、というものだ。宛名はレックス宛になっており、末尾にもきちんとおれの署名がある。

 でも、この手紙は――

「確かに、これは昨夜、おれがレックス宛に書いた手紙だ……でも、どうして? おれはこの手紙をごみ箱に捨てたのに」

 戸惑うおれをよそに、鷹はつぶらな瞳で見上げてくる。
 つまり、状況から察するに――この妖精鳥がごみ箱から手紙を拾い、自力で窓を開けてレックスの元に手紙を届けにいったということなのか?

「ピィ!」

 鷹は褒めて褒めてといわんばかりに甘えた声を上げると、翼を一生懸命にばたばたと羽ばたかせる。

「……ありがとうな」

 よしよしと背中を撫でると、鷹は満足そうに一声鳴き、自ら再び指輪の姿へと戻った。黄金の指輪に姿を変えた妖精鳥を、もう一度、ゆっくりと優しく撫でてから、おれは今度こそしっかりとズボンのポケットへと指輪をしまった。
 恐らく妖精鳥はおれの指示を誤解して、ゴミ箱へ捨てた手紙をレックスに届けたのだろう。
 でも……もしかすると、おれの気持ちを汲み取ってくれたのかもしれない。本音を言えば、おれはレックスに一緒に来て欲しいと思っていたのだから。
 ……帰ったら、ちゃんとこいつの名前を考えてやろう。

「レックス、来てくれて本当にありがとう。おかげで――」

 レックスにも改めて礼を言おうと向き直る。しかし、なぜか彼はかなり不機嫌そうな表情を浮かべていた。思わずたじろいでしまう。

「レ、レックス?」

「ふーん。ごみ箱に捨てた、ねぇ……ああ、だからこれ、封もされずにグシャグシャな状態で届いたんだ。几帳面な先輩らしくねーなとは思ったけど」

 レックスは顔をしかめながら、手紙を折り畳んで再びズボンのポケットへとしまった。

「俺、実はこの数日間、ちょっと野暮用で親父に会いに行っててさ……昨日も寮での用事が終わった後は、また実家に戻って、そのままあっちに泊ったんだけど」

「そ、そうだったのか……忙しかったんだな」

「そうしたらさ、明け方にこいつが俺のところにこの手紙を届けに来たんだよ。いや、内容見てマジびびったぜ俺。おいおい、ルーカスに会いに行くってマジかよ謝罪したいとか絶対嘘だろ、って!」

「うっ……!」

「まぁでも、それで先輩の気が楽になるならいいかなーって思ってさ……授業が終わった頃合いを見計らって魔法薬学科の棟に先輩を迎えに行ったんだよ。……そしたらさぁ! 先輩の姿がないからおかしいなと思って、魔法薬学科の人たちに聞いたら先輩はもう外に出たって言うんだぜ!? いや、この手紙読んだとき以上に驚いたよ! 一人でルーカスに会いに行くとか危機感なさすぎだろ、大体それならこの手紙はなんなんだよ、って!」

 胸が痛い。あまりにも居たたまれず、レックスの顔が見れない。

「そ、それは、その……て、手紙は元々出すつもりじゃなかったから……」

「その後、慌てて馬車の乗り合い所に行ったけどもう先輩は出た後だし、手紙にはどこの宿屋なのか書いてねーし! 先輩の妖精鳥に案内させて、なんとか場所を突き止めたけどよ……」

 レックスは大きな溜息を吐いて、がりがりと頭を掻いた。
 ああ、そうか――妖精鳥なら主人の居場所が分かる。レックスがどうしてこの宿を突き止めたのか不思議だったが、妖精鳥に案内させたのか。

 腑には落ちたが、しかし、その情報はこの状況を解決するにはまったく役に立たなさそうだ。
 なんと言えばいいのか分からず、途方にくれてレックスをちらりと見つめる。レックスは視線が合うと、険しい表情でおれを睨んだ。

「先輩、なんでこんな真似したわけ? 一人でルーカスに会いに行くなんて、どうかしてるぜ」

「……すまない」

 おれはうなだれて、言葉を続けた。

「一度、連絡しようとは思ったんだ。でも、謝罪を受ける程度ならおれ一人でも大丈夫かと……」

「大丈夫って……そんなわけないだろ!?」

 レックスは再び大きな溜息を吐いて、おれを睨んだ。彼がおれに対して、こんなに怒りをあらわにしたのは初めてだった。

「俺が間に合わなかったらどうするつもりだったんだよ! そもそも、連絡しようと思ったけどやめたってのはなんでだよ? 俺じゃ頼りねぇってこと?」

「――お前だって、おれに言ってないことばかりじゃないか!」

 レックスの苛立ち混じりの言葉に対して、気がつけば、おれは反射的に怒鳴り返していた。今まで胸の内で燻っていた疑念や不信感が、堰を切ったように溢れ出す。
 レックスが驚いたように目を見開いているが、止められなかった。

「お前、最近ずっとおれを避けてるよな? おれが気づいてないと思ったのか?」

「っ、それは……」

「それに、ルーカスの言っていたことは本当なのか? お前がウォーカー一族の本家の長男で、ウォーカー一族はアルファを産ませるために、オメガを娶っているというのは……!」

レックスは苦虫を噛み潰したような顔に変わった。

「……ああ。確かに、ウォーカー一族は代々、あえてオメガを配偶者に迎えている。俺も入学前に、配偶者になるオメガを見つけてくるようにって親父から言われてた」

「……っ!」

レックスの返答は、頭を鈍器で殴られたような衝撃をおれに与えた。心の片隅で、彼がルーカスの言葉を否定してくれることを期待していたのだ。

「じゃあ、お前がおれに近づいてきたのも、ルーカスとの婚約破棄をするため協力してくれたのも、家の命令だったのか? おれがオメガだから?」

「それは違う!」

 レックスは焦ったように声を荒らげた。

「家のことは関係ない! 親父から言いつけられてたのは本当だけど、先輩に近づいたのは俺の意志だ!」

「じゃあ、なんで今まで言わなかったんだ!? こんなこと、ルーカスの口から聞きたくなかった……お前がちゃんと説明してくれてたのなら、おれは……!」

 そこまで言って、おれは自分が言い過ぎたことにようやく気がついた。気がついたが、もう後の祭りだ。
 見れば、レックスの顔はわずかに青ざめている。彼のそんな表情を見るのは初めてで、自分がそんな表情にさせてしまったのかと思うと、胸が痛かった。

 ああ、くそ……こんなんじゃ、前と同じじゃないか。
 おれはレックスを信じようと誓ったはずのにーー結局また、同じ過ちを繰り返してしまったのだ。

「レックス、すまない……今のは言いすぎた」

「……いや……」

 おれの言葉に、レックスは首を横に振った。
 しばらくの間、室内には気まずい沈黙が落ちた。彼と一緒にいて、沈黙が心苦しくなったのもこれが初めてだ。

「……今まで黙ってて、本当にごめん。俺、先輩に知られるのが怖くて……」

 口火を切ったのはレックスだった。しかし、告げられたのは思ってもみない言葉だった。

「怖い?」

「その、先輩……俺たち、入学式で会ったのが初めてじゃないんだよ。俺のこと、まだ分かんねぇの?」

「学院内で会ったのが初めてじゃない……?」

 レックスが泣き出しそうな表情でこちらを見つめてくる。おれは困惑した。
 急にそんなことを言われても、さっぱり覚えがない。だが、覚えてないとは言えない雰囲気だ。

 入学式以前に、おれはレックスと会っているのか……?
 しかし、こんな派手な男と会っていたら、嫌でも記憶に残っているはずだが。

 彼が学院に入学するより前に、レックス・ウォーカーという名前を聞いた覚えすらないし――いや、待てよ?

 突如、おれの脳裏にひらめいたものがあった。
 そうだ……確かにおれは『レックス・ウォーカー』という名前に覚えがある……!

 点と点が繋がっていく感覚に、おれはもう一度、まじまじとレックスの顔を見つめた。そうだよ、この銀色の髪、釣り目気味の赤い瞳……!

「お前……お前、まさか『レックス・ウォーカー』か!? 『聖なる百合園の秘密』の悪役教師の!?」

「――はぁ?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

処理中です...