転生者オメガは生意気な後輩アルファに懐かれている

秋山龍央

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第三十一話

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 おれは予定通り、ルーカスと共に個室へと入った。席に着くと同時に、彼は何かを思い出したような表情で、唇を開いた。

「そういえば、妖精鳥を変えたんだね」

 ルーカスが何を言っているのかは、すぐに分かった。
 おれは彼を呼び出す手紙を送るのに、自分の持っている金色に輝く鷹の妖精鳥ではなく、レックスから白文鳥姿の妖精鳥を借りて、使わせてもらった。

 レックスの妖精鳥は録画機能を持っているが、その機能を使うには、鳥の姿に戻さなければいけない。だが、この場でいきなり新しい妖精鳥を見せればルーカスが警戒するかもしれない。だから、その前に彼に白文鳥の妖精鳥を見せて、印象付けておきたかったのだ。

 ルーカスが話題に出してくれて幸いだった。おれはさっそく、ズボンのポケットから卵姿の妖精鳥を取り出した。
 なお、おれ自身の妖精鳥は、今は両親に預けている。

 魔力を注ぐと、卵は割れて白文鳥の姿へと変わった。白文鳥はぴちゅぴちゅと可愛らしく囀りながら、おれの肩に止まった。
 そんな様子を見ていたルーカスは、うんうんと頷きながら微笑んだ。

「ああ、それだよ。ようやくあの趣味の悪い妖精鳥を変更したんだね。うん、その素朴な小鳥の方が、ずっと君らしいよ」

「まあ……半分そうで、半分違うと言っておくよ」

 肩をすくめて答える。
 この妖精鳥はレックスのものだ。今はおれが第二の主として仮登録をしているが、妖精鳥を変えたわけではない。だから半分違う。

 半分そうだと言った理由は……うん、趣味が悪いと言われるのはしょうがないよな……

 まあ、あれはあれで、最近はだんだんと可愛く見えてきた。おれが慣れてきたっていうのもあるかもしれない。だから、今後も変えるつもりはない。

 しかし、ルーカスはおれの言った半分イエスで半分ノーの意味を真逆に捉えたようで、苦笑いを浮かべている。

「まあ、人の感性はそれぞれだよね。それより注文はどうする? まずは食前酒でも頼もうか」

 そう言って、メニュー表を手に取ろうとするルーカスに、おれは咳払いを一つした。そして、真剣な表情で、彼をじっと見つめる。

「ルーカス。おれは今日は食事をしに来たんじゃない。あなただって分かっているだろう?」

 先程、妖精鳥を起動させた時に、すでに録画機能を有効化してある。この会話も、すでに録画されているはずだ。

「あの日、ルーカスは、おれの発情抑制薬の研究を盗み、自分のものとして発表をしたことはおれのためを思ってしたことだ、と言っていた。その言葉には、今も嘘はないのか?」

「……ああ、もちろんだ。僕は君の将来を考えて、僕が発情抑制薬の開発者だと発表することが最善だと判断した」

 おれはズボンのポケットをまさぐると、新聞紙の切り抜きを取り出した。
 これは、学院交流会の二週間前に発行されていたものだ。当日、レックスがおれの隣でこれを椅子に座って読んでいたが、おれは自分の研究にかかりきりで、読んでいなかった。

 よく見えるように、切り抜きをテーブルの上に広げると、ルーカスの顔色がさっと変わった。
 切り抜きには、学院交流会に選ばれた代表生徒の紹介と、ある一人の代表生徒へのインタビュー記事が載っていた。それは<神聖高等学院キングス・バレイ>から選出された代表生徒へのインタビューだった。

 <神聖高等学院キングス・バレイ>の代表生徒は、古代魔術研究科に所属しているアルファ性の男子生徒だ。彼は古代魔術における祖霊信仰について研究しており、過去の魔術師たちは祖霊信仰によって魔術の威力や効果を増幅していた、ということを記者に語っていた。記事の最後は、具体的な内容は当日の発表で明かす、と締めくくられている。
 おれは新聞の切り抜きから、ルーカスに視線を移した。

「ルーカスも、この彼と同じ古代魔術研究科だ。でも、あなたがどんな発表をするのか、おれはずっと聞かされていなかった」

「…………」

「ルーカスの予定していた発表内容が、キングス・バレイの生徒と被ってしまったんだろう? この新聞記事でそのことを知ったあなたと教授は、さぞかし慌てただろうな」

 そもそも、不思議だったのだ。
 ルーカスは白百合学院エルパーサの古代魔術研究学科に所属する生徒で、優秀な成績を収めたからこそ、代表生徒に選ばれたはずだ。だから、代表に選ばれるに足る研究成果を持っていたはずなのだ。

 それがどうして、いきなりおれの研究を盗んだのかが不思議だった。学科違いの発表内容に変更すれば、担当の教授だっておかしいと思わないはずがない。

 これについては、レックスも違和感を感じていたらしい。
 そうして彼が調べてくれた結果、ルーカスがもともと研究していた内容を知ることができたのだ。
 ルーカスもまた古代魔術研究学科において、過去の魔術師たちの祖霊信仰について研究をしていた。

「リオ、君は……どうやってそれを知ったんだ?」

 ルーカスは苦々しい表情で、新聞記事の切り抜きと、おれの顔を交互に睨みつけた。
 彼のこんなに怨毒混じりの醜い表情は、初めて見た。でも、もしかすると、この顔が彼の素なのかもしれない。

 とはいえ、彼の質問に素直に答えるつもりもないし、そんな必要もない。おれは平然とした表情で、肩をすくめて見せた。

「白百合学院エルパーサで、あなたと同じ古代魔術研究学科に所属する生徒たちだ。彼らへの聞き込みをしたら、すぐにわかったよ」

「エルパーサに知り合いがいたのか? 君に?」

 ルーカスは驚きの表情を浮かべた。だが、おれにはもちろん白百合学院エルパーサに知り合いなんていない。同学校に所属する知人に聞き込みを行ったり、調査をしてくれたのは、おれではなくレックスだ。

 ……本当に、彼には助けられてばかりだ。
 レックスに報いることができるよう、おれも戦わねばならない。

「知人からは、もっと色んなことも教えてもらったよ。ルーカスの研究は、キングス・バレイの生徒の発表内容とまるで差分がなかったらしいな。それどころか、あちらの研究の方がずっと先行していたと――」

「そんなの、仕方がないだろう!?」

 ルーカスは弾かれたように怒鳴り声を上げた。

「キングス・バレイに通っている連中は貴族だ、金を湯水のように使える! こちらは限られた研究費でやるしかないんだ! あちらの研究が先行するのは仕方がないじゃないか!?」

 一瞬、その剣幕に怯んでしまった。ルーカスがこんなに顔を真っ赤にして、大声を上げているところなんて初めて見た。
 しかし、ここで引いてはいけない。おれは奥歯をぐっと噛み締めて、ルーカスを睨みつけた。

「でも、交流会までは二週間あったんだ。そもそも本来なら、相手の発表内容なんて当日まで知ることはできない。二週間あれば、差別化をするための工夫はそれなりに出来たはずだ」

「知ったふうな口を……君に何が分かる!」

「人の研究を盗むよりも、もっとマシな方法はいくらでもあったはずだろう。それくらいは分かるよ」

 代表生徒は、各学院がそれぞれ選出するものだ。だから、発表する生徒の研究内容が被ってしまうということは、過去の交流会でも何度か起きた出来事だ。ルーカスだけに起きたわけではない。
 それに、過去に行われた交流会での代表生徒たちの発表内容は、当日まで明かされないのが常だった。今は昔と比べて新聞社がいくつも出来て、たくさんの人が新聞を購読するようになった。だから、こうして代表生徒のインタビュー記事が掲載された。過去の交流会では、事前に生徒の一人の発表内容を知ることなぞできなかったのだ。

 当日、相手の発表内容が自分の研究と被っていると知った過去の代表生徒たちは、いったい、どれほどの衝撃だっただろうか。

 中にはルーカスと同じように、相手の発表内容が自分のものとほとんど差分がなかったり、相手の研究が自身のものより先行していた者もいただろう。

 それでも皆、それを乗り越えた。あるいは、自分の成長の糧にしていった。

 その証拠に、過去の交流会で発表内容が被ってしまったという事例はいくつか記録されているが、発表を辞退した生徒は一人もいない。本当に、すごい勇気だと思う。

 ルーカスのしたことは、おれだけではなく、過去のそんな学生たちの努力に唾を吐きかける行為だ。断じて許されることではない。
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