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SIDE:帝国騎士部隊隊長ヴァン・イホーク
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意外にというべきか、やはりというべきか、ヤマトはいつも通り凪いだ海のような落ち着きっぷりだった。
……逆に、こいつが慌てるような状況なんてあるのだろうかという気になってくるな。
「ヤマト、おれはこの地点で待機でいいのか?」
『ああ。相手はおそらくはギガント・タランチュラの死体にまずは寄ってくるだろう。そこをおれがレーザーライフルで狙撃する。レーザーライフルの銃撃がある程度通るなら、おれはそのままレッドドラゴンへ攻撃を続けよう。ヴァンは後方支援を頼む』
「……了解」
ヤマトが待機する場所は、先程発見したギガント・タランチュラの巣から奥まったポイント。俺が位置するのは、その巣を中心とした場所から15時の方向だ。
先ほど打倒したギガント・タランチュラは、獣王国側にどんな細工を細工をされているか分からなかったため、部下たちには持ち帰らせなかった。ただ、依頼達成のための証拠として討伐部位だけの回収はさせてある。本来であればギガント・タランチュラからもいい魔晶石が採れるのだが……だが、あれらを持ち帰ると今度はレッドドラゴンの狙いが部下たちに向く可能性があるからな。多少惜しいが仕方がない。
……ヤマトの言葉が本当なら、つまりこの後、レッドドラゴンは俺達のいる地点に到達した後はギガント・タランチュラの巣と死体に真っ直ぐに向かってくる。その後は、巣の奥のポイントで待機している舞乙女を狙ってくるということだ。
つまり、ヤマトの位置取りは真正面からレッドドラゴンと相対する場所だ。
「…………っ」
ぎり、と歯噛みをする。
これほど自分の無力さを悔しいと思った時はなかった。
そんな俺の思いが伝わったのか、ヤマトが優しい声で「ヴァン」と俺の名前を呼んだ。
「……どうした?」
『いや、その……ここに残ってくれてありがとう。ヴァンに何かあったらと思うととても心配だが……でも、ヴァンが一緒にいてくれると心強い』
思わず苦笑いが溢れる。ヤマトのような百戦錬磨のオートマタ乗りが、俺一人が共にいるだけで心強く思うも何もないだろうに。
きっと、俺の心中を気遣ってそう言ったに違いない。
『おれの舞乙女はいい機体だが、乗り手のおれは実戦経験が少ないからな。やっぱり、何か不足の事態があった時にフォローしてくれる存在がいるのはすごく心強い』
「ったく。何を言ってんだ、お前さんみたいな歴戦のオートマタ乗りが」
『いや、本当に。ヴァンがいなければ、レッドドラゴンが相手とはいえおれももっとパニックになっていただろうからな』
「……お前ってやつは……」
こいつはどこまで謙虚な男なんだろうと思う。
レッドドラゴンを相手にして一歩も揺るがず、自分一人で立ち向かうと宣言したほどの戦いへの気概を持っているくせに、俺や第三部隊の連中にノーマン先生など、自分の身内に対してはどこまでも相手を立てようとする。
……俺は、機体の中で握りしめていたレバーにぎりりと力を込めた。
やはり、こいつはこんな所では死なせるべきではない男だ。そして俺も無論、こんな所で獣王国の奸計に嵌って死ぬ気はない。何がなんでも、二人で生き延びてやる。
その時、俺のスティンガーⅡ型の探知センサーからアラーム音が機体内部に鳴り響いた。
『……来たな。こちら舞乙女、目標が1キロ圏内に入ったのを確認。おれのレーザーライフルの照射圏内に引きつけ、まずは相手の無力化をはかる』
ヤマトと同様に、俺のスティンガーⅡ型もその姿を望遠機能で確認できた。同時に、俺はごくりとつばを飲み込む。
レッドドラゴンどころか、ドラゴン種自体、そもそもそうはお目にかからないモンスターだ。ドラゴン種はほとんどが危険地域に生息しており、討伐依頼や素材採取依頼が出されることなとがめったにない。
ドラゴン種は、基本的には魔法によるブレスでの広範囲攻撃、そしてその体躯での物理攻撃を用いてくるモンスターだ。何より厄介なのは、翼を用いて空に上がってしまうため、こちらが攻撃を追わせようとすれば逃げられてしまい、相手の攻撃は頭上から来るという点だろう。
不幸中の幸いというべきか、ここは『迷いの大森林』の浅部ではあるが、まだ樹木が天蓋のようにひしめきあっている地帯だ。ここでなら、レッドドラゴンもそうそう空には飛び立てまい。ヤマトもこの点については「開けた場所ではなく、ここで相まみえることができたのは良かった」と言っていた。
だが――レッドドラゴンのランクがSに分類されているのは、それだけが理由ではない。
ドラゴン種が基本的にランクSからSS級に分類されている理由。それは、ドラゴン種の持つ竜鱗のためだ。
ドラゴンたちの身体を覆う竜鱗は、魔力による魔法攻撃、物理的な攻撃どちらともに被ダメージ軽減状態を保っている、いわば天然の要塞なのだ。
生半可な攻撃では、ドラゴン種を討伐するダメージは難しい。とは言っても、まったく攻撃が通らないわけではないので、基本的には物量で相手を攻め続けるのがドラゴン種との戦いのセオリーだ。
それを……今、ヤマトは一人でやろうとしている。
確かに、ヤマトの持つあのレーザーライフルは強力だ。しかし、あのレーザーライフルを何十射すればレッドドラゴンを打倒、もしくは森の奥部へ撤退させることができるのか検討もつかない。
(……いざとなれば……俺が盾になっている間にヤマトを逃がす)
搭乗席の中で、俺は静かに心を決めた。
たとえ今日、自分の命が尽きても惜しいとは思わない。
自分の命は本来なら、あの砂漠で終わっていたものだ。それを拾い上げたのは、他ならぬヤマトだった。あいつのためにこの命を使い果たせるなら本望だ。
『――来たな』
俺が覚悟を決めたと同時に、とうとう目視でもそいつの姿が確認できるようになった。
まず、ぬっと樹々の間から出てきたのは頭部だった。
ぬらぬらとした濡れたような竜鱗に覆われた頭部と首。そいつの首はとても長く、太い手足と体躯の二倍ほどとも思える長さだったのだ。そのため、身体よりも先に長い首の先にある頭部が先に出てきたのだった。
身体の色は燃え盛るような朱色。森の木漏れ日を受けて、朱色の鱗がガーネットのようにちかちかと光っている。背中にはいびつな形の羽が生えていた。
レッドドラゴンは口の先からちろちろと青い舌を覗かせて、くすんだ色の瞳であたりをせわしなく見回し、何かを探すように長い首をゆらめかせていた。獣王国のやつらがばらまいた好物の匂いに惹かれてやってきたそいつは、その匂いの源を一生懸命に探しているようだった。
『――、――』
何事かをヤマトが言ったような気がしたものの、そのかすかな声は聞き取れなかった。
その間にも、レッドドラゴンは太い足でずんずんと地響きを起こしながら一直線に進み、ヤマトの方へと歩み始める。
足取りに迷いはない。
地面に大岩が転がっていようとも、若樹が生えていようとも、その太い足でそいつは全てを踏み潰し、踏み越えて突き進んでいた。
このまま行けば、ヤマトの乗る舞乙女も同様に踏み潰されるのは明らかだ。
(ッ、ヤマト……!)
俺がたまらず心の中でヤマトの名前を呼んだ瞬間――視界が、ルビー色の光で埋め尽くされた。
「っ……!」
その美しさに、こんな時だというのにも関わらず、俺は息を呑んだ。
明るく煌めくルビー色の閃光。それは無論、ヤマトの駆る舞乙女のレーザーライフルからの射線だ。
あの砂漠で見た時から、俺にとっては世界で一番美しい色だ。俺と俺の部下の生命を救った色。それは、ずっと見ていると所々がきらきらと金色や紅鮮色に光り、とても幻想的な光景だった。
(ん……?)
俺はそこでふと、おかしなことに気がついた。
あの砂漠で見た時は――このルビー色の閃光は一瞬でかき消えたはずだ。
それなのに、今回はレッドドラゴンに真っ直ぐに伸び続け、いつまで経っても消えようとしない。
慌てて舞乙女を見る。だが、伸びる閃光の眩しさで、なかなか舞乙女の姿は視認できなかった。レッドドラゴンにしてもそうで、閃光を受けたレッドドラゴンがどうなっているのかがまったく分からない。
ルビー色の閃光が放たれてから、30秒以上が経過した頃になって、ようやくその光は徐々に収まってきた。
俺はすぐに機体の銃器をレッドドラゴンに向ける。
……だが、もはやその必要はないのだとすぐに分かった。
「なっ……!」
先ほど見た、レッドドラゴンの長い首と、その首の先にあった頭部。
それは、まったく消失していたのだ。
体躯の二倍以上あったのではないかと思われる首は、その半分から上がすっかり消えていた。
首の断面は黒く焼け焦げ、灰色の細い煙がたなびいている。あたりには生き物の焼けた臭い、そして木の焼けた臭いが立ち込めていた。
それもそのはず、消失していたのはレッドドラゴンの首から上だけではなかったのだ。
レッドドラゴンの後方に広がっていた樹々も、その背後20メートル以上がすっかり樹々が消失していた。
火は出ておらず、やはり消失した箇所からは細い煙が出ているだけだ。
「なっ……な……」
ぱくぱくと口を開閉させ、目の前の光景をどうにか理解しようと頭をフル稼働させる。
それと同時に、頭部を失ったレッドドラゴンの身体が力なく横にかしぎ、そしてどうと音を立てて地面に倒れた。
巨体が地面に倒れ込んだことで、いったいの地面が震動をする。
『――よし。無事に相手を無力化できたようだな』
「な…………ヤマト、お前………」
舞乙女の力は――ヤマトの力は知っていた。知っていると、思い込んでいた。
だが、俺の予想を遥かに上回っていた。
『しかし……念には念を入れてレーザーライフルの威力値を超最大にしたけど、やはりモンスター相手ではこれだとやり過ぎだったな……。オンライン対戦だとこれでも普通に弾かれるんだけどなぁ。頭部の素材が回収できなかったのはやはり痛い……いや、だが今回は安全第一を一番にとったからな。自分の力を過信し過ぎるのはよくないことだ』
「…………」
ヤマトは一人言のように、レッドドラゴンの死骸を見てそんなことを呟いている。
『まぁでも、これでレッドドラゴン程度の相手ならどれぐらい加減をすればいいか分かったし……次回はもっときれいな形で皇帝陛下に素材をお届けしたいものだな』
――違ったのだ。
俺は、大きな勘違いをしていた。
あの時、命を助けられた砂漠で、舞乙女は獣王国のオートマタの腕を一瞬で消失させたが……あれでも、ヤマトは相手に対して限りなく手加減を行っていたのだ。
だからこそ、相手はあの程度の破損で済んだのだ。
「……ヤマト」
『ん……ああ、すまない。戦いの終わった後でちょっと気が抜けてしまった』
「いや……」
『そろそろ戻ろうか、皆も心配してるだろうしな。しかし、こんな浅部でレッドドラゴンが出てきた時はどうなるかと思ったが、いいお土産ができてよかったな』
「…………そうだな」
レッドドラゴンの死骸と、そしてギガント・タランチュラの死骸を回収しようとする舞乙女を見て、俺は心の奥から神に感謝を捧げた。
……生きて帰れたことに対してではない。
この男が帝国の敵ではないことに対して、深く、深く感謝を捧げたのだった。
……逆に、こいつが慌てるような状況なんてあるのだろうかという気になってくるな。
「ヤマト、おれはこの地点で待機でいいのか?」
『ああ。相手はおそらくはギガント・タランチュラの死体にまずは寄ってくるだろう。そこをおれがレーザーライフルで狙撃する。レーザーライフルの銃撃がある程度通るなら、おれはそのままレッドドラゴンへ攻撃を続けよう。ヴァンは後方支援を頼む』
「……了解」
ヤマトが待機する場所は、先程発見したギガント・タランチュラの巣から奥まったポイント。俺が位置するのは、その巣を中心とした場所から15時の方向だ。
先ほど打倒したギガント・タランチュラは、獣王国側にどんな細工を細工をされているか分からなかったため、部下たちには持ち帰らせなかった。ただ、依頼達成のための証拠として討伐部位だけの回収はさせてある。本来であればギガント・タランチュラからもいい魔晶石が採れるのだが……だが、あれらを持ち帰ると今度はレッドドラゴンの狙いが部下たちに向く可能性があるからな。多少惜しいが仕方がない。
……ヤマトの言葉が本当なら、つまりこの後、レッドドラゴンは俺達のいる地点に到達した後はギガント・タランチュラの巣と死体に真っ直ぐに向かってくる。その後は、巣の奥のポイントで待機している舞乙女を狙ってくるということだ。
つまり、ヤマトの位置取りは真正面からレッドドラゴンと相対する場所だ。
「…………っ」
ぎり、と歯噛みをする。
これほど自分の無力さを悔しいと思った時はなかった。
そんな俺の思いが伝わったのか、ヤマトが優しい声で「ヴァン」と俺の名前を呼んだ。
「……どうした?」
『いや、その……ここに残ってくれてありがとう。ヴァンに何かあったらと思うととても心配だが……でも、ヴァンが一緒にいてくれると心強い』
思わず苦笑いが溢れる。ヤマトのような百戦錬磨のオートマタ乗りが、俺一人が共にいるだけで心強く思うも何もないだろうに。
きっと、俺の心中を気遣ってそう言ったに違いない。
『おれの舞乙女はいい機体だが、乗り手のおれは実戦経験が少ないからな。やっぱり、何か不足の事態があった時にフォローしてくれる存在がいるのはすごく心強い』
「ったく。何を言ってんだ、お前さんみたいな歴戦のオートマタ乗りが」
『いや、本当に。ヴァンがいなければ、レッドドラゴンが相手とはいえおれももっとパニックになっていただろうからな』
「……お前ってやつは……」
こいつはどこまで謙虚な男なんだろうと思う。
レッドドラゴンを相手にして一歩も揺るがず、自分一人で立ち向かうと宣言したほどの戦いへの気概を持っているくせに、俺や第三部隊の連中にノーマン先生など、自分の身内に対してはどこまでも相手を立てようとする。
……俺は、機体の中で握りしめていたレバーにぎりりと力を込めた。
やはり、こいつはこんな所では死なせるべきではない男だ。そして俺も無論、こんな所で獣王国の奸計に嵌って死ぬ気はない。何がなんでも、二人で生き延びてやる。
その時、俺のスティンガーⅡ型の探知センサーからアラーム音が機体内部に鳴り響いた。
『……来たな。こちら舞乙女、目標が1キロ圏内に入ったのを確認。おれのレーザーライフルの照射圏内に引きつけ、まずは相手の無力化をはかる』
ヤマトと同様に、俺のスティンガーⅡ型もその姿を望遠機能で確認できた。同時に、俺はごくりとつばを飲み込む。
レッドドラゴンどころか、ドラゴン種自体、そもそもそうはお目にかからないモンスターだ。ドラゴン種はほとんどが危険地域に生息しており、討伐依頼や素材採取依頼が出されることなとがめったにない。
ドラゴン種は、基本的には魔法によるブレスでの広範囲攻撃、そしてその体躯での物理攻撃を用いてくるモンスターだ。何より厄介なのは、翼を用いて空に上がってしまうため、こちらが攻撃を追わせようとすれば逃げられてしまい、相手の攻撃は頭上から来るという点だろう。
不幸中の幸いというべきか、ここは『迷いの大森林』の浅部ではあるが、まだ樹木が天蓋のようにひしめきあっている地帯だ。ここでなら、レッドドラゴンもそうそう空には飛び立てまい。ヤマトもこの点については「開けた場所ではなく、ここで相まみえることができたのは良かった」と言っていた。
だが――レッドドラゴンのランクがSに分類されているのは、それだけが理由ではない。
ドラゴン種が基本的にランクSからSS級に分類されている理由。それは、ドラゴン種の持つ竜鱗のためだ。
ドラゴンたちの身体を覆う竜鱗は、魔力による魔法攻撃、物理的な攻撃どちらともに被ダメージ軽減状態を保っている、いわば天然の要塞なのだ。
生半可な攻撃では、ドラゴン種を討伐するダメージは難しい。とは言っても、まったく攻撃が通らないわけではないので、基本的には物量で相手を攻め続けるのがドラゴン種との戦いのセオリーだ。
それを……今、ヤマトは一人でやろうとしている。
確かに、ヤマトの持つあのレーザーライフルは強力だ。しかし、あのレーザーライフルを何十射すればレッドドラゴンを打倒、もしくは森の奥部へ撤退させることができるのか検討もつかない。
(……いざとなれば……俺が盾になっている間にヤマトを逃がす)
搭乗席の中で、俺は静かに心を決めた。
たとえ今日、自分の命が尽きても惜しいとは思わない。
自分の命は本来なら、あの砂漠で終わっていたものだ。それを拾い上げたのは、他ならぬヤマトだった。あいつのためにこの命を使い果たせるなら本望だ。
『――来たな』
俺が覚悟を決めたと同時に、とうとう目視でもそいつの姿が確認できるようになった。
まず、ぬっと樹々の間から出てきたのは頭部だった。
ぬらぬらとした濡れたような竜鱗に覆われた頭部と首。そいつの首はとても長く、太い手足と体躯の二倍ほどとも思える長さだったのだ。そのため、身体よりも先に長い首の先にある頭部が先に出てきたのだった。
身体の色は燃え盛るような朱色。森の木漏れ日を受けて、朱色の鱗がガーネットのようにちかちかと光っている。背中にはいびつな形の羽が生えていた。
レッドドラゴンは口の先からちろちろと青い舌を覗かせて、くすんだ色の瞳であたりをせわしなく見回し、何かを探すように長い首をゆらめかせていた。獣王国のやつらがばらまいた好物の匂いに惹かれてやってきたそいつは、その匂いの源を一生懸命に探しているようだった。
『――、――』
何事かをヤマトが言ったような気がしたものの、そのかすかな声は聞き取れなかった。
その間にも、レッドドラゴンは太い足でずんずんと地響きを起こしながら一直線に進み、ヤマトの方へと歩み始める。
足取りに迷いはない。
地面に大岩が転がっていようとも、若樹が生えていようとも、その太い足でそいつは全てを踏み潰し、踏み越えて突き進んでいた。
このまま行けば、ヤマトの乗る舞乙女も同様に踏み潰されるのは明らかだ。
(ッ、ヤマト……!)
俺がたまらず心の中でヤマトの名前を呼んだ瞬間――視界が、ルビー色の光で埋め尽くされた。
「っ……!」
その美しさに、こんな時だというのにも関わらず、俺は息を呑んだ。
明るく煌めくルビー色の閃光。それは無論、ヤマトの駆る舞乙女のレーザーライフルからの射線だ。
あの砂漠で見た時から、俺にとっては世界で一番美しい色だ。俺と俺の部下の生命を救った色。それは、ずっと見ていると所々がきらきらと金色や紅鮮色に光り、とても幻想的な光景だった。
(ん……?)
俺はそこでふと、おかしなことに気がついた。
あの砂漠で見た時は――このルビー色の閃光は一瞬でかき消えたはずだ。
それなのに、今回はレッドドラゴンに真っ直ぐに伸び続け、いつまで経っても消えようとしない。
慌てて舞乙女を見る。だが、伸びる閃光の眩しさで、なかなか舞乙女の姿は視認できなかった。レッドドラゴンにしてもそうで、閃光を受けたレッドドラゴンがどうなっているのかがまったく分からない。
ルビー色の閃光が放たれてから、30秒以上が経過した頃になって、ようやくその光は徐々に収まってきた。
俺はすぐに機体の銃器をレッドドラゴンに向ける。
……だが、もはやその必要はないのだとすぐに分かった。
「なっ……!」
先ほど見た、レッドドラゴンの長い首と、その首の先にあった頭部。
それは、まったく消失していたのだ。
体躯の二倍以上あったのではないかと思われる首は、その半分から上がすっかり消えていた。
首の断面は黒く焼け焦げ、灰色の細い煙がたなびいている。あたりには生き物の焼けた臭い、そして木の焼けた臭いが立ち込めていた。
それもそのはず、消失していたのはレッドドラゴンの首から上だけではなかったのだ。
レッドドラゴンの後方に広がっていた樹々も、その背後20メートル以上がすっかり樹々が消失していた。
火は出ておらず、やはり消失した箇所からは細い煙が出ているだけだ。
「なっ……な……」
ぱくぱくと口を開閉させ、目の前の光景をどうにか理解しようと頭をフル稼働させる。
それと同時に、頭部を失ったレッドドラゴンの身体が力なく横にかしぎ、そしてどうと音を立てて地面に倒れた。
巨体が地面に倒れ込んだことで、いったいの地面が震動をする。
『――よし。無事に相手を無力化できたようだな』
「な…………ヤマト、お前………」
舞乙女の力は――ヤマトの力は知っていた。知っていると、思い込んでいた。
だが、俺の予想を遥かに上回っていた。
『しかし……念には念を入れてレーザーライフルの威力値を超最大にしたけど、やはりモンスター相手ではこれだとやり過ぎだったな……。オンライン対戦だとこれでも普通に弾かれるんだけどなぁ。頭部の素材が回収できなかったのはやはり痛い……いや、だが今回は安全第一を一番にとったからな。自分の力を過信し過ぎるのはよくないことだ』
「…………」
ヤマトは一人言のように、レッドドラゴンの死骸を見てそんなことを呟いている。
『まぁでも、これでレッドドラゴン程度の相手ならどれぐらい加減をすればいいか分かったし……次回はもっときれいな形で皇帝陛下に素材をお届けしたいものだな』
――違ったのだ。
俺は、大きな勘違いをしていた。
あの時、命を助けられた砂漠で、舞乙女は獣王国のオートマタの腕を一瞬で消失させたが……あれでも、ヤマトは相手に対して限りなく手加減を行っていたのだ。
だからこそ、相手はあの程度の破損で済んだのだ。
「……ヤマト」
『ん……ああ、すまない。戦いの終わった後でちょっと気が抜けてしまった』
「いや……」
『そろそろ戻ろうか、皆も心配してるだろうしな。しかし、こんな浅部でレッドドラゴンが出てきた時はどうなるかと思ったが、いいお土産ができてよかったな』
「…………そうだな」
レッドドラゴンの死骸と、そしてギガント・タランチュラの死骸を回収しようとする舞乙女を見て、俺は心の奥から神に感謝を捧げた。
……生きて帰れたことに対してではない。
この男が帝国の敵ではないことに対して、深く、深く感謝を捧げたのだった。
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