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SIDE:帝国騎士部隊隊長ヴァン・イホーク
しおりを挟む「……こ、これにて試合終了……。2本先取にて……『舞乙女』の勝利となります」
震えるような審判の男の声と、反対に、もはや声も出ない様子のシャンディ・ガフ。
常ならば、戦闘騎士同士の戦いの後は、闘技場の観客席には熱狂が渦巻いているものだ。
だが、今回は違った。観客席に座っている人間のどの表情にも浮かぶのは驚愕、驚嘆ばかりだ。自分の目でみたモノが信じられない、と言わんばかりの顔で、声を上げることをすっかり忘れている。
かく言う俺も、ヤマトの勝利は疑っていなかったものの――まさか、その……あのシャンディ・ガフ相手にこれほど完膚なきまでに、圧倒的な勝利を収めるとは思ってもみなかった。
「――ば、馬鹿な。あのシャンディ・ガフが、ストレート負けだと……?」
ぽつりと、俺の斜め前に座っていた二番隊の隊長が呟いた。
この闘技場の観覧席には帝国戦闘騎士部隊の三番隊隊長である俺の他に、二番隊から六番隊の隊長が座っている。陛下からのお達しにより、二番隊から六番隊の部隊隊長はこの闘技場でシャンディ・ガフと舞乙女との戦いを観戦するようにと命ぜられていたためだ。なお、一番隊隊長は、闘技場で戦っているフランツ・ベルンハルトその人であるため、この観覧席にはいない。
俺たち二番隊から六番隊の隊長がこの戦いを観戦する目的として「オートマタ同士の戦闘を観戦できる機会は数少ないので後学のために」と言われていたものの、もちろん、それは建前だろう。
陛下たちは、この戦いはヤマトの実力――ひいてはあの漆黒の未知数機体、『舞乙女』の真価をはかるためにこの戦いを組んだのは明らかだ。
……そして、恐らくは陛下たちは……ヤマトの実力がこれほどまでとは思っていなかったに違いない。このような結果になると知っていれば、俺たちをここで観戦させるような真似は決してしなかったはずだ。
推察だが――陛下たちはもしかすると、『舞乙女』とヤマトの力を侮っていたのではないだろうか?
ノーマン先生はあの機体がどれほど優れているか、どれほど他より突出した機体かを散々説明してくれた。だが、むしろあの説明が陛下たちに逆効果に働いたのではないだろうか?
例えば……「そのような機体をただの人間が操れるわけがない」と。
しかし、それも無理からぬことと言えた。俺はあの砂漠でヤマトの奮った銃線の威力を見ているからこそ、あの男の勝利を確信していたのだ。あの凄まじい攻撃力と、そして、その後のフィードバックをものともせずに機体を動かし続けるヤマトの異様さを見ていなければ、とても信じられなかっただろう。
陛下たちが俺たちをここに集めた理由。恐らくそれは、舞乙女の機体能力を戦闘騎士乗りに判断させるため――そして、戦闘騎士乗りの間で噂になり始めている舞乙女の力を、虚偽のものだと公に証明するため、だったのだろう。
……ヤマトと『舞乙女』のことは、初日に格納庫で多くの人間が目にしている。そして、俺たち三番隊が獣王国のオートマタから襲撃を受けたことも、数多くの戦闘騎士乗りが知っているのだ。昨今の戦闘騎士乗りの話題といえば、もっぱらあの『舞乙女』のことだった。それを陛下たちが知り、一石二鳥の効果を狙うべく、俺たちをこの闘技場に呼び寄せたのではないだろうか。
だが、全ては今、まったく逆効果の結果に終わっていた。
シャンディ・ガフはまさかのストレート負け。ペイント弾によって再び蛍光グリーンにぐっしょりと染め上げられた機体は、もはや哀れみさえ感じさせる。
そして……
「おい、イホーク。3番隊に助勢してくれたっていう不明機の話は、あの漆黒の機体なんだろう?」
と、二番隊の隊長が声をひそめながら俺に話しかけてきた。
帝国に配備されている軍は、第一番隊から第九番隊まで存在する。一番隊はオートマタ乗りの所属する部隊となっており、第二番隊から以下はすべてマニュアルタイプの戦闘騎士乗りが所属する部隊だ。
なので、二番隊の隊長は俺と同じくマニュアル部隊の戦闘騎士乗りであり、そしてよく第一部隊のオートマタ乗りたちから雑用を押し付けられる立場でもあるので、気心の知れた男だ。
「ああ、そうだ」
「……一本目の試合もすごい動きだったが……二本目の試合は輪をかけて凄まじい早さだったな。最初の失敗を活かして接近に成功したシャンディ・ガフも凄い動きだったが、あの『舞乙女』とやらはさらに早かった。まるで流れるような動作でサーベルと機関砲の掃射をかわした上で、相手を足払いで転倒させるとは……」
確かに、二番隊隊長の言うことにはまったく同意だ。
一本目の試合の反省点を活かし、すぐさま接近戦に持ち込んで相手に取り付こうとしたシャンディ・ガフ。そのスピードは目を瞠るものがあり、さすがはエースの中のエースと感心した。
だが、ヤマトの――『舞乙女』のスピードはそれを上回るものがあった。
接近戦に持ち込まれても焦ることなく、するりと紙一重でシャンディ・ガフからの猛攻を交わし。まるで花びらが舞うような軽やかさで、相手の視界の隙をついて足払いをかけて転倒させ。最後は、無様に倒れたシャンディ・ガフを見下ろして、銃口を発射させ――二本目の試合を勝利を勝ち取ったのだ。
なお、一本目の試合時間は10分にも満たなかったが、二本目の試合時間は3分すらかからなかった。
……シャンディ・ガフの中にいるフランツ隊長にとってはものすごい屈辱だろう。彼にしてみれば、挽回の機会であった二本目の試合で、さらに短い時間で敗北をしたということなのだから。
「あの『舞乙女』は接近戦タイプなのか? ボディは細身のようだが、獣王国のオートマタと戦っている時はどういう戦いだったんだ?」
我慢できないというように、二番隊の隊長が俺に矢継ぎ早に質問をしてきた。気がつけば、周りの部隊隊長たちもじっと俺たちの会話に耳を傾けている。
ちらりと観覧席の上段に設けられた特恵席を見た。陛下たちがこちらに注意を払っているかどうかを知りたかったからだが、その心配は杞憂だった。陛下や側近の方々、そして大臣や閣僚たちはそろいもそろって口を唖然と開けたままの状態でいまだに固まっていたからだ。
俺は声をひそめて答えを返す。
「いや、恐らくは……『舞乙女』はスピードタイプの軽量級で、得意な戦闘スタイルは遠距離戦だ」
「……嘘だろ? だって、あのシャンディ・ガフと接近戦で互角に……いや、余裕綽々で勝っちまったんだぞ?」
「本当だ。本人に聞いたわけじゃねェが……本来、あの『舞乙女』は遠距離戦用の超大型ライフルを持ってるんだよ。搭乗騎士のあいつは『レーザーライフル』って呼んでた代物だが」
「……おい。まさか……」
「そう――あの『舞乙女』はな、本来は遠距離戦を得意とするタイプのオートマタなんだ。それなのにも関わらず、しかも自分の本命の武器を持ってこないままで、うちのエース様にやすやすと勝っちまいやがったってわけだ」
「て、手加減してたっていうのか……? あのシャンディ・ガフ相手に? いや、それよりもなんで自分の本命武器をみすみす置いてきたんだ?」
「本人に聞いたら『ペイント弾に置き換えができないし、出力を落としても模擬試合には持ち込めない』って言ってたぜ。あと『最低出力にすれば機体に穴を開ける程度済みそうだが、多分、駄目だろうな?』って言ってたな」
「…………」
もはや言葉が出てこない状態と化した二番隊隊長。
まぁ、気持ちは分かる。ヤマトと『舞乙女』の実力を分かっていた俺ですら、まさかあのシャンディ・ガフにストレート勝ちするとは思ってもみなかったからな……。
「……なんて機体、そして、なんという搭乗技術だ……」
ぽつりと誰かが呟いた言葉に、俺もまったく同意見だった。
俺は心の中で頷きながら、そっと観覧席を立つ。特恵席の陛下たちはようやく意識を取り戻すことができた様子だが、まだ混乱の内にあるらしく、こちらに注意を払っている者は誰もいない。俺が席を立ったことにも気づいてない様子であったので、これ幸いとばかりに、俺は観覧席の通路を下って下段へ降りていった。
向かったのは、闘技場の観覧席内部に設けられている、選手控室だ。
無論、俺が向かったのはシャンディ・ガフの搭乗騎士であるフランツ一番隊隊長の元へではない。あの年若い青年、ヤマトの元へだった。
催事の際に闘技場の警備にあたったこともあるため、控室には迷わずにたどり着くことができた。控室の扉前には二名の歩兵士が警備として立っていたため、彼らに挨拶をしてから俺の徽章を見せて、中に入室させてもらう。
「よう、ヤマト。素晴らしい戦いだったぜ、おめでとうさん」
「ヴァン……」
控室にいたヤマトは、もう私服にすっかりと着替え終わっていた。
……むしろ、戦闘時間があまりにも短すぎて、着替える必要すらなかったのではないかとも思う。
ヤマトは控室の長椅子に座って休息していたようだが、俺が入室すると、ぱっと顔を上げて微笑んだ。
が、すぐにその微笑みが陰ってしまう。
「うん? どうした、なにかあったか?」
「いや……その、ヴァンがわざわざ来てくれたことは嬉しいんだが……気を悪くしてるんじゃないとか思ってな」
「俺が? なんでだ」
「……シャンディ・ガフは、帝国のエースなんだろう? 模擬戦闘とは言え、自国のエースを倒されていい気はしないんじゃないのか?」
ヤマトが気遣しげにおれを見上げる。そんな彼の言葉を俺は呵々と笑い飛ばした。
「なにを言ってんだ。ヤマトだって今はもう帝国の人間じゃねェか」
「それはそうかもだが……」
「それに、俺はどっちかって言うと『舞乙女』のファンだからな。何せ、俺の命の恩人だ」
この言葉は嘘ではない。
あの『舞乙女』には、機能美を突き詰めた洗練さがあり、芸術なんざとんと縁のない自分でも、目を奪われるような美しさが宿っていた。
それに、乗り手もだ。正直、フランツ一番隊隊長は腕前こそ素晴らしいものがあるが、人間的には……あまりよろしくない人物だった。典型的なオートマタ乗りの性格で、プライドが高く、手間がかかって地味な仕事はすべて二番隊以下のマニュアル部隊へと押し付けてくる。フィードバック問題があるからある程度は仕方がないとは言え、マニュアル乗りを明らかに下に見ている言動が目立つ男だった。
……まぁそれでも、今回の試合結果にはさすがにフランツ隊長に同情だな。うん、相手が悪かった、相手が。
「この後は何もないんだろ? いい酒を揃えてる店があるんだ、シャンディ・ガフへの勝利に乾杯と行こうぜ」
「ふふっ……そうだな、ありがとう」
俺がそう言うと、ようやくヤマトが顔をほころばせ、控えめではあるが、素直な笑顔を見せてくれた。俺もつられて笑みが溢れる。
そういえば、ヤマトはあまり酒を呑まない。俺の家に来ても、一口か二口ほどしか口をつけない。あまり面と向かって聞いたことはないが、あまり酒に強くないのだろうか? けれど、あの店なら度数が低くても美味い酒を取り揃えているし、ヤマトもきっと気にいるだろう。
「そうだ、シャンディ・ガフはどうだった?」
「ああ、強かったよ。さすがは帝国のエース中のエースだな。気を抜けばやられていたのはおれの方だっただろう」
神妙な顔で頷いくヤマトに、嘘をつけ、と思わず言いかけたがすんでで堪えた。
恐らくは、ヤマトは本気でそう思っているのだろう。……この男の強さとは、機体の性能やフィードバック問題の影響が少ないことではなく、その謙虚さなのだと思う。
どんな敵でも、決して慢心しない。どんな相手でも、決して自分より下には見ない。それは、あのシャンディ・ガフの乗り手であるフランツ隊長とはまったくの正反対の性質だ。そして、自分が彼の性格の中でもっとも好ましく思っている部分でもある。
「……それにしても……」
「うん?」
珍しく、ヤマトがぽつりと歯切れ悪く呟いた。
気になった俺は、先を促す。
「……本当の戦いなら、あのようなものではないんだろうな。今度はお互い全力で戦いたいものだ」
「っ……!」
彼らしからぬ、高揚した戦意の入り混じったその言葉に、俺は背筋がぞくりと震えた。
ヤマトはこう言っているのだ。
――こんな闘技場の模擬試合ではなく。
次回こそは全力で、本気の殺し合いをシャンディ・ガフと行いたい、と。
……考えてみれば、この戦いはヤマトは全力の半分も出していないのだ。遠距離戦用のオートマタで接近戦をやらされた挙げ句、自分の本命武器のレーザーライフルは持ち出すことができなかった。
この男にしてみれば、まったく不完全燃焼な戦闘だったに違いない。
数日前、ヤマトが俺の部屋で言った言葉を思い出す。普段はむしろ大人しいぐらいの性格のヤマトが、シャンディ・ガフの試合の話になった途端、その黒曜石みたいな瞳を輝かせていた。
感づいてはいたが……やはり、どうもこの青年には戦闘狂の気があるらしい。
……つくづく思う。
この男と『舞乙女』がこのバルツァイ帝国の敵として現れたのではなく、そして、このバルツァイ帝国に移住を決めてくれたのは、この国にとって本当に幸いなことだった――と。
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