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第9話
しおりを挟む翌日、おれはヴァンと二人で彼の家に向かっていた。
おれはあの後、手配してもらった宿屋に移動して、そこのお部屋で丸一日ぐだぐだと過ごしていたのだが、翌日になってヴァンが部屋へ尋ねてきてくれたのだ。
ヴァンは暇をしているおれを気遣ってくれたのか「もしも良ければ俺の家に来ないか? 昼飯でも食いながらゆっくり話でもしようぜ」と誘ってくれた。おれは身体の疼痛もだいぶ回復していたし、どうせ宿屋にいても何もすることもない。先日の件でちょっと気まずさは残っていたものの、ヴァンの方が先日の件を気にする様子はおくびにも見せなかったので、喜んでお誘いを受けた。
それに何より、ヴァンのお家というのも気になるところだった。
GOGでプレイした中で、帝国や獣王国の街の様子はだいたい分かっているが、でも実際に体験をしたわけではない。帝国のマニュアル部隊の隊長さんがどんなお家で暮らしているかとか、帝国の人の生活様式がどんなものか、非情に興味がある。それに、おれもこの国でこれから暮らしていくんだしな!
宿屋を出てヴァンと二人並んで大通りを歩く。
大通りの道の先には、昨日訪れた帝城が見えた。こうして歩いてみると、やはりというか、『GOG』で見ていたものとはほんの少し、街の様相が違ったりしていることが分かった。
たとえば、青い屋根と金色の装飾を頂く、白亜のお城。帝国の街は、帝城を中心にして大通りが放射状に伸びている造りのため、どこの大通りにいっても、道の先にきらびやかなお城が見える。皇帝陛下の威光をあまねく民に示そうという無言の意志が、初見のおれにもなんとなく伝わるような街の造りだ。だが、『GOG』での市街戦の時などはもっと複雑で入り組んだ街の造りだったはずだ。
また、帝国の住宅は、ほとんどが真っ白な外壁に青い屋根で揃えられていた。ヴァンに聞くと帝国の法律で大通りに面する建物はこの色調で統一することが定められているのだという。例外として、教会やそれに類する建物だけは免除されるのだとか。
やはり、この世界は『GOG』とまったく同じというわけではなく、ほんの少し、どこかしらに差異があるようだ。
なら、もしかすると、帝国と獣王国の戦争間近というのも差異があるかもしれない。確か、『GOG』で見た帝国の皇帝陛下はもっと疑り深くい計略家という感じだった。けれど、昨日実際にお話させていただいた際には、おれみたいな身元不明の不審者にも気を遣ってくれる度量の深い偉大な方だった。皇帝陛下の性格がゲームとはまったく違うんだから、もしかすると、この世界では戦争そのものが起きないかもしれないよな!
そんなことを考えつつ、街の様相を見ながら歩くこと数十分。
おれは一つのアパートメントの前についた。周りの建物と同じく真っ白な外壁に、青い屋根の四階建ての建物。ここの四階が、ヴァンのお宅だという。
聞けば、ここの建物は一階に一人ずつの入居が住んでおり、それもすべての入居者の人が帝国の戦闘騎士部隊に席を置いているなのだそうだ。
「オートマタ乗りもいるのか?」
「いやいや。オートマタ乗りならこんな集合住宅には住んでねェよ。もっと高級住宅街のでっかいお屋敷に住んでるさ」
そうなのか。残念なような、そうでないような……。
帝国のオートマタ乗りの人にも実際にお会いしてみたいのだが、なかなかそう簡単にはいかないようだ。
ヴァンの後に続いて、彼のお宅へお邪魔する。
ヴァンは「こんな集合住宅」とは言ったものの、おれの知っている日本のアパートとは雲泥の差だった。まず、部屋の広さが格段に段違いだ。四階まるまるが彼の家だというのだから、推して知るべしという感じだが。
「ここに一人で住んでるのか?」
「ああ、そうだぜ。時々、兄貴や弟が遊びにくるけど、それぐらいだな」
そう言って、ヴァンは彼の家の部屋をそれぞれ案内してくれた。
日本人の感覚だけど、客間以外の部屋を他人に見せるっていうのはあんまり馴染みがないが、ここらへんは外国人の感覚だなぁ……。しかし、それにしても部屋はずいぶんある。リビングやキッチン、ダイニングルーム、風呂場はもちろんだが、書斎が2つに、客室が3つもある。これに加えてヴァン自身の寝室や物置代わりにしている部屋があるそうだから、なんとも広い。
一通り、ヴァンのお宅を拝見させてもらうと、ダイニングルームに行って、ヴァンがお茶を淹れてくれた。こちらの世界にも紅茶に類するものがあるらしく、味もダージリンティーそのものだ。
お茶を呑みながらほっと一息ついていると、自然と話題はこの家のことと、そして家族のことに移っていった。
「兄弟がいるんだな」
「ああ。兄貴とは5つ違いで、弟は3つ下だ。兄貴のところはもう結婚して子供もいるぜ、よければ今度一緒に来いよ。甥っ子が戦闘騎士乗りに憧れててな。オートマタ乗りなんか連れてったらきっと驚くだろうしな」
「戦闘騎士部隊に所属しているのは、ヴァンだけなのか?」
「ああ。家族で戦闘騎士乗りなのは……俺と親父だけだ。お袋は俺がまだガキの頃に流行り病でなくなったから、親父が男手一つで俺たちを育ててくれた。親父はマニュアル部隊の戦闘騎士乗りだったんだが……おれが20歳になる頃にモンスターとの戦闘で死んだよ」
「……父君の志を継いだんだな、素晴らしいことだ」
すこししんみりしながら、おれ達は紅茶を啜った。
そうか……やっぱり戦闘騎士部隊に所属していれば、モンスターとの戦闘で命を落とすことはあるよな……。
この世界でのモンスターというのは、基本、身体がでかいのだ。
先日討伐し、おれが帝国にお土産に持ち帰ったサンドワーム。あの大きさがほとんどなのだ。5メートルから、大きいものになると10メートルほどの大きさのものが存在するモンスターたち。彼らは時にその巨体をもって畑を踏み荒らし、家畜を食い散らかし、人を襲う。しかし、その巨体に生身の人間が武装しただけでは立ち向かうことはできない。
だからこそ、戦闘騎士というものがこの世界に根付いたのだ。
つまり……戦闘騎士に乗るということは、それらの巨大なモンスターや、敵国の戦闘騎士と戦って国を守るということだ。
……そう思うと、いつか、ヴァンたちも死ぬかもしれないんだよな……。
この前の『ホワイト・リリィ』の襲撃の時はイレギュラーとしても、これからこの先、ヴァンやヴァンの部下の皆さんはずっと帝国の騎士として、国防や素材採取のためモンスターと戦い続ける。しかし、いつも無事で帰ることができるわけではない。ヴァンのお父さんだって、きっと腕のいい戦闘騎士乗りだったはずだ。だってヴァンが部隊の隊長にまで登りつめるくらいなんだから。でも、腕の良さと、命の保証っていうのはイコールではつながらない。
……そう考えると、ヴァンのことが俄然、心配になってきたなぁ。
うーん。なんとかして、おれもヴァンの隊に配属させてもらえないかな? 陛下には先日の拝謁で、『舞乙女』を接収しようかって気遣ってもらったばっかりだけど、今度お会いできたらそれとなく頼んでみようかな……。
「もしも答えられなければかまわんが……ヤマトの両親は?」
ヴァンに二杯目の紅茶を注いでもらっていると、今度は話題がおれのことに移った。
「ああ、おれの親も幼い頃に亡くなった。それからは、血縁の者に引き取られてな」
おれもヴァンと同じように、小学生の頃に両親が亡くなった。おれの場合は流行り病ではなくて、交通事故だったけれど。
その後、父の兄であったおじさんの家に引き取られたんだけど……そういやおじさんは今頃どうしてるかなぁ。
あのおじさんがすっごいゲームオタクで、おじさんは両親を亡くして気落ちしているおれにこのGOGの一作目である『GOG1』を遊ばせてくれたのだ。おれはそれまで、両親の教育方針でテレビゲームなんて一切遊ばせてもらえなかったから、最初は戸惑いが大きかったけれど、しばらくしてコツが分かるとすぐに夢中になった。あの時のGOGは、現実逃避からほんの少し目を背けて心を休ませることのできる時間を作ることができたという点でも、そしておじさんとの間に共通の話題ができたという点でも、おれにとっては大変ありがたい代物だった。
今はもう、おじさんの家を出て一人暮らしをしているので、最近は全然会っていない。年始に一回、家に顔を見せにいったのが最後だろうか。
……いきなりこの世界に来ることになったおれだが、特に友人や恋人がいたわけでもないので、これといった寂しさはない。けれど、おじさんに最後にお別れができなかったのが残念だ。一回くらい、無理矢理にでも仕送りしとけばよかったな。こんなこと言うと、おじさんはガキが気を使うんじゃねぇって怒るんだけど。
「そう考えれば、おれとヴァンは似ているな」
「そうか?」
「ああ。俺も血縁の人間に、G……戦闘騎士に乗るのを勧められて乗ってみたんだしな」
あぶねぇ! 『GOG』を勧められて遊んだんだよーって言うところだった。
でも、ホラ、こうやって比べてみると、おれとヴァンってけっこう生い立ちが似てるよなー。
子供の頃にお母さんと死別したヴァンと、両親と死別したおれ。
お父さんの男手一つで育てられたヴァンと、おじさんの男手一つで育てられたおれ。
そして、父親の背中を追って戦闘騎士乗りを志したヴァンと、おじさんに勧められてずるずるとゲームオタクの沼に足を踏み入れたおれ……。
いや、全然似てなかったわ。ごめんヴァン、一緒にするなって話だね……。いや、でも戦闘騎士って存在に憧れたのはお互い様というか、なんかホラ、あの……。
「そうだったのか。ヤマトは何歳くらいから戦闘騎士に乗り始めたんだ?」
ヴァンが興味津々な様子で話題に乗ってくる。うーん、しまった。まさか話題が続いてしまうとは……。
しかし、年齢ねぇ。今この時の時系列が舞台である、最新作の『GOG9』が出たのは3ヶ月前だったけど、一作目はおれが小学生の頃で、両親が亡くなった時。おじさんに勧められて遊んだのがその時だよな。
「9……いや、10歳くらいだったかな」
「じゅっ……!?」
あれ、なんかヴァンがめっちゃ目を見開いて驚いている。
あっ!?
もしかして「えっ……そんなに遅いの?」って驚いてる感じ?
テレビのインタビューでもよく有名なスポーツプレーヤーの方は「3歳の頃からラケットを持っていました」とか言うもんな。卓球のプロ選手になるには、もう7歳から始めると遅いぐらいなんだっけ?
この世界だと、10歳で戦闘騎士に初搭乗っていうのは遅すぎたのかもしれない。しまった、もっと情報を下調べしておくべきだったな……。でも、今さら訂正できる空気でもないしなぁ。
「面白くない話題だったかな、すまない」
「い、いや、俺の方こそすまん。つい驚いちまった」
「そうだ、もしも出来たらヴァンがよく行く店とかを教えてくれないか? 食料とかいつもどういう場所で買ってるんだ?」
とりあえず、ちょっと強引にではあったが、話題を切り替えることで事なきを得た。
うーん……やっぱりこっちの常識にまだまだおれは疎いんだな。もっとこの世界の、そして帝国の常識を覚えていかないといけないなぁ。
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