異世界勘違い日和

秋山龍央

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SIDE:帝国騎士部隊隊長ヴァン・イホーク

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帝国中心部に位置する、我らが皇帝陛下の住まわれる居城。
その白亜に紺碧の三角屋根を持つ城は遠目に見ても美しい。また、中に足を踏み入れれば、陛下の謁見の間に近づくごとに内部の装飾もますますきらびやかなものとなっていく。廊下の柱にまで貼られた金箔、天井画に色鮮やかに描かれた神話の人々。

今、俺と俺の上官である戦闘騎士総隊長、そして俺たちの命の恩人である青年の三人が今いる場所は、さらに帝城の奥にある謁見の間であった。
俺たち三人は三角形の配置で床に膝をつき、奥の玉座に座られた皇帝陛下――ルドルフⅡ世・フォンツ・ユドラー・バルツァイ陛下に対して頭を下げている。
陛下と俺達以外にも、この場には陛下の周りに侍る側近たちと、謁見の間をぐるりと囲むように配置された衛兵たちがいるものの、彼らは何も喋らないため、辺りにはかすかな衣擦れの音が響くだけだ。

しかしその中にあってなお――ヤマトは、平静そのものといっていい表情だった。

この謁見の間に来るまでの間、ヤマトは光を放つ宝飾品の数々を見ても、感嘆の息をこぼすどころか、眉一つ動かさなかった。
いや、それだけではない。ここは隣の青年にとっては見知らぬ土地――これからの陛下の返答によっては、もしかすれば軟禁ということもあり得るのだ。
自分の危うい立場を分かっているだろうに、ヤマトは動揺などおくびにも見せないのだ。

「――面を上げよ。我らが兵士を救ったそなたの恩に対し、陛下が直答を許すとのことである」

陛下の側近の言葉に、俺と、隣で膝をついていたヤマトが顔を上げた。
ヤマトが顔をあげると、黒い髪がはらりと頬にかかるのが見えた。ヤマトはこの大陸では珍しい容姿の持ち主だ。黒髪黒瞳で、不思議な色の肌をしている。ここより海を隔てた東の大陸の出身なのだろうか?

しかし、ヤマトの容姿で一番驚いたのはそこではなかった。

格納庫でヤマトがあの『舞乙女』から降り立ち、こちらに顔を向けた時、俺は自分の目を疑った。
思った以上に、若かったのだ。

先ほど、戦闘騎士の外聞音声で会話を交わしてはいたが、外聞音声はあまり音質はよくないのである。だが、あの腕前と冷静沈着な性格からして、てっきり自分と同じ年頃……もしくは20代後半ほどの人間かと思っていた。
だが、ヤマトは俺の予想以上に若かった。どう見ても10代後半……でなければ20歳ほどにしか見えない。格納庫にいた俺の部下たちも、思ってもみなかったのだろう。ヤマトの顔を見て驚きのあまりに固まっていた。

そして、俺たちと動揺の驚きを、玉座に座する陛下や、側近たちも味わったに違いない。
だが、さすが陛下はすぐにその驚きを押し込め、片手で白髭を撫でながら威厳に満ちた声でヤマトへ尋ねた。

「まずは我が兵士を救っていただいたこと、感謝する。そして……そなたは我が帝国へと移住を希望しているとのことであるが、それは誠か?」
「さようでございます」

ヤマトは陛下の威厳に気後れした様子もなく、真っ直ぐに陛下を見据えて答える。

「……ふむ。我が帝国は周囲の諸国と違い、正式な手続きさえあれば、原則はその者の種族や性別関係なく移民を受け入れておる。だが、オートマタ乗りの移住希望者はさすがに我が国始まって以来のことであるな」

片手で顎にたくわえられた白髭を撫で付けながら、陛下が冗談交じりにヤマトへ告げる。だが、その瞳はまったく笑ってはいないのが遠目にも分かった。

「そなたがオートマタ乗りということであり、そして戦闘騎士と共に我が国へと来たということは……無論、その力を帝国のために奮うことに異存はないのだな?」

陛下の声音は穏やかだ。
だが、その響きの中にはヤマトを試すような、秤にかけるような重みがあった。
齢六十を超えてなお壮健さを失わない我らが皇帝陛下の発する威圧に、謁見の間にぴりぴりとした空気が満ちる。

「――はい。微力ではございますが、無論、騎士として戦いに赴くことに否はありません」

だが、隣のヤマトはまるでそれを受け流すように、平然とした表情で答えた。
あまりにも迷いのないヤマトの即答はさすがの陛下も予想外であったのだろう。虚を突かれたようにわずかに目を見開く。

「ふむ……であるか。それは例えば、そなたのオートマタを接収する、と余が命じたとしたら、即座にあの機体を明け渡すというわけだな?」
「はい、もちろんでございます。陛下の望まれるようにしていただければ幸いです」
「……いや、そんなことはするまいよ。今のは例え話だからな」

ヤマトの答えに、陛下がますます戸惑いを隠しきれない様子になる。戸惑いを威厳で覆い隠しているものの、ヤマトにも陛下の困惑は分かってしまっただろう。
だが、ヤマトの返答は俺たちも予想外であり、陛下の困惑ももっともであった。

一般的に――オートマタ乗りはどこの国内でも数が少なく、その人数は10人に満たないのだ。

だからこそ、オートマタの搭乗騎士は自尊心の化物ともいえるほど、プライドが高い連中ばかりだ。そんなオートマタ乗りに「お前の機体を接収する」と告げれば、激高とはいかないまでも、何らかの動揺を見せるはずだと、陛下はお考えになったのだろう。
しかし、陛下が告げた言葉に対して、ヤマトは依然として平静のままだった。たとえば、ヤマトが帝国の出身で、愛国心が自負心よりも遥かに勝る人物なのであれば、こういう回答もあったかもしれない。
だが、そうではないのだ。

ヤマトは他国の民であり、帝国や皇帝陛下に対して何の忠誠心も持たないはずであるのに――心から、「愛機を今すぐにでも差し出せる」と答えてみせたのだ。

「…………ふむ、そなたの覚悟は分かった。移住の件は認めよう」
「ありがとうございます」
「正式な手続きや配属は後日、追って通達をする。今日は下がるがよい……ああ、総隊長と隊長はしばしここに残るように」
「「はっ!」」

陛下の言葉と同時に周りに配置されていた衛兵の内の二人がヤマトの傍に近づく。そして、ヤマトはその二人に連れられて、謁見の間を後にした。
ヤマトが謁見の間を後にし、廊下から続く大扉が完全に閉められた瞬間、総隊長は――彼もまた我が国の数少ないオートマタ乗りの一人――、俺に「面倒事を持ち込みやがって」と非難に溢れた視線をちらちらと向けてきたが、俺はその視線に気づかないふりをして陛下を見つめた。

「ふむ……これまた随分な人物が我が国へと来たものだな」

陛下の一人ごちるような言葉に、側近の一人がきゃんきゃんとわめき始めた。

「陛下! なぜあのような者の移住をお認めになったのです!?」
「あそこまで見事な返答をされては、余も退けようがない。恐らくはそれもあの者の手の内なのだろうが……はてさて」
「しかし、陛下……!」
「……時に、あの者のオートマタの機体構造の解析は終わったのか?」

陛下のお言葉に、謁見の間に出し抜けに「はーい、終わっておりますよん」という場違いとも言えるほど、明るい声が響いた。
そして、左手の幕間から顔をぴょこりと覗かせたのは、俺たちの戦闘騎士の整備を取りまとめる整備班班長殿だった。度の強そうな眼鏡で顔立ちはほとんど見えない。くしゃくしゃの栗色の髪に、油汚れのついた白衣を身に着けている。
……整備班班長殿がこのようなフランクな言葉使いと出で立ちを許されているのは、彼が帝国内で比類する者のいない戦闘騎士開発者であることと、そして、陛下の……王族の血筋をひいていることが理由だ。そうでなければ、とっくの昔に不敬罪で首を刎ねられているだろう。

「ノーマン、あの者の機体……『舞乙女』とやらの構成素材を皆に説明せよ」
「はいはーい、了解やで! いやぁ、でも本当にすごいわ、ミス・舞乙女! いやー、僕があの子と同じ機体を造ろうと思ったら、国家予算をかーなーりつぎ込んでもらわんとかなわんわぁ」

整備班班長であるノーマン先生の言葉に、周囲は驚いたようにざわめき始めたものの、俺はやはりという思いを抱いていた。
あの機体の攻撃力は並大抵のものではなかった。なにせ、あの獣王国のオートマタの片腕を一瞬で消滅させたのだ。あのようなことができるオートマタは、この帝国でも見たことがない。

「まず、舞乙女ちゃんの外装なんやけど、これがなんとアダマンタイト製!」
「……アダマンタイトか……。確かに、随分と贅沢な造りではあるな。ノーマン、外装の何割がアダマンタイトであるのだ?」
「え? 全部やけど」
「……………………全部、だと?」

ノーマン先生の言葉に、謁見の間のどよめきが大きくなる。

アダマンタイト――それは、この大陸でもっとも硬度に優れている鉱物資源だ。アダマンタイトで造った防具はドラゴンブレスすら弾くほどの防御力を誇る。
だが、同時にアダマンタイトは超希少な鉱物でもあるのだ。100グラムのアダマンタイトに対して、金貨100枚はくだらない価値がある。この帝国に存在するアダマンタイトをかき集めたとして、戦闘騎士の盾を一つ造ることはできるかもしれない。だからこそ陛下も「何割がアダマンタイトなのか」と聞いたのだろう。

しかし、あの『舞乙女』は外装の全てがアダマンタイトであるという。
それはつまり、ほとんどの魔力攻撃、物理攻撃に対して恐るべき防御力を持っているということに他ならない。

「……全てがアダマンタイトの外装となると、魔晶石の魔力消費も凄そうであるな」
「せやねぇ。その魔晶石なんやけど……ざっと計測したところ、機体動力の魔晶石のランクは判定不可能やったわ。SSランク以上のことは確かやね!」
「………………」

ノーマン先生の言葉に対し、どよめきは徐々に静まり返り始めた。
彼の言葉が本当であるなら――あの『舞乙女』はもはやドラゴンを凌ぐ化物そのものだ。

だが、ノーマン先生の解釈はまだ終わらなかった。心なしか、だんだんと陛下の顔から血の気が引いていってるような気がする。

「その魔晶石なんやけどね……ヴァン君さ、確か報告では『一撃で白いオートマタの腕を消失させた』って話やったよね?」
「え、ええ。そうであります」

突然こちらに話を振られ、驚きつつもなんとか答える。

「その話、最初はちょっと大げさに言うてるんかなぁと思ったんやけど、どうにも本当のことみたいやね」
「……と、いうと?」
「あの舞乙女ちゃん、動力部だけじゃなくて、持っている大型銃にも魔晶石が組み込まれてるんよ。つまり、機体の動力部や搭乗騎士の魔力とは別に、武器そのものの魔力で攻撃ができるってことや。しかもAランク以上の魔晶石を使ってるから……あの機体の大型銃一つで、オートマタ一騎に値する攻撃が出来るってことなんやで! しかも、あの大型銃だけじゃなくて、他の武装にも魔晶石が組み込まれてるみたいやし。そこら辺は搭乗騎士の認証が必要みたいで、ちゃんとした解析はまだできんかったんやけど……ああ、はよう舞乙女ちゃんと心ゆくまでじっくりと語り合いたいわぁー!」

まるで歌うように、べらべらと矢継ぎ早に機体構成を語るノーマン先生。
その浮かれた様子とは裏腹に、陛下や周囲の側近の方々は、すっかり血の気を失っていた。

……それもそのはずだ。

魔晶石といえば小さな国や都市のインフラさえ賄えるほどの魔力エネルギー物資……それを、オートマタの武器一つに組み込むとは。しかも、武器に埋め込まれている魔晶石はAランク以上だという。Aランク以上であれば、オートマタを新たに一騎造ることさえできるのだ。

……ノーマン先生の言葉に、陛下たちが言葉を失ったのも無理はない。

あの『舞乙女』を帝国が造り上げようと思った場合……億なんて金額ではすまないだろう。
国家予算をつぎ込んでも、はたして同じ機体が生み出せるかどうか、というレベルだ。

「……それほどの機体……一体、どこの国が開発したのだ?」
「そして、そのような機体を産み出したにも関わらず、なぜ搭乗騎士ごと我が国へよこすような真似を?」
「もしかして、あの者は機体と共に逃げてきたのではないのか?」
「それであれば、追手に対する焦りや恐れがあってもいいだろう。しかし、あの者はそのような態度は片鱗も見せなかったぞ」
「では、やはり獣王国の間諜?」
「あんな機体をともなってか? そも、獣王国ですら開発はできまい」

静まり返っていたのも束の間、側近の一人が口を開いたかと思ったら、一斉にざわざわと皆が喋り始めた。周囲を取り囲む衛兵ですら、小声でひそひそと何事かを話し合っている有様だ。

「――静まれ!」

しかし、そのざわめきも陛下の一喝によってピタリとおさまる。

「……当初の予定通り、あの者の移住は認めよう。総隊長と隊長は、あの者の帝都内での保護とフォローを行うように。配属についても、おって後日伝えよう」
「「はっ!」」
「そして同時に、総隊長と隊長は監視役となり、同時に情報収集を行うのだ。あの者が所属していた国、組織、機体の情報。だが、無理に聞き出そうとするなよ。これからは報告を定期的に行うように。また後で余の連絡役をつかわそう」
「「はっ!」」

陛下のご命令に、俺と、俺の斜め前にいる総隊長は敬礼で応える。
だが、その敬礼で応えてみせる一方で――俺は心の隅で、こう考えていた。

……あのヤマトが、どのような思惑をもって帝国に来たのかは分からない。
けれど……けれど、彼が自分たちを助けてくれたのは、何かの思惑があってのことではなく、ただの純粋な善意だったのではないか、と。


『――それなら良かった。早めに助けに入れなくてすまなかったな』


俺達を救援後、そう言ってくれたヤマトの言葉にはとても真摯な響きがあった。
……だが、確たる証拠があることではない。それに、俺がこの場で彼の善意について証言したとしても、誰も取り合ってくれるものはいないだろう。

敬礼を下ろした拳を固く握りしめると、俺は自分に誓った。


――この生命は、あの青年に救われたものだ。


だからこの先、もしもあの青年に危険が及ぶような時は、自分が相手の助けになる番だ――、と。
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