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最強騎士に愛されてます

最強騎士に愛されてます-3

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 おれは『チェンジ・ザ・ワールド』をかなりやり込んでいたけれど、いつも最終的には女キャラクターとの好感度が高かったからなぁ。だから、男キャラの細かい設定について分かってない部分があるんだよね。
 だから、ゲームをプレイしていても、こんなふうに知らないことは山程あったりする。
 でも、確かに言われてみればおかしな話だ。
 フェリクスは由緒ゆいしょ正しい伯爵家の出身なのに、どうして白翼騎士団ではなく、黒翼騎士団に入団したんだろう?

「初めはアルファレッタ家のご当主……フェリクスのお父君ね。その方のご意向で白翼騎士団に入団することになっていたのよ。それに、今の白翼騎士団のリオン・ドゥ・ドルム団長は同じ伯爵家の長男だしね」
「ふむ」

 とつとつと語られるイーリスの言葉に、おれは真剣な表情で耳を傾ける。

「さっき、金翼騎士団と銀翼騎士団の話をしたわよね? その二つの騎士団に入れるのは、騎士の中の騎士……ひらたく言えば超絶エリートで、なおかつ金翼か銀翼騎士団の団員五名以上の推薦がないといけないの。そのぐらい狭き門なのよね」
「それは、かなり難しそうだな」
「そうなの。でね、多分アルファレッタ伯爵としては、フェリクスをゆくゆくは金翼騎士団に入団させたかったんだと思うわ。そのために確実なのは白翼騎士団への入団だったの」
「貴族の子息が集まる白翼騎士団なら、人脈を広げて、推薦を取り付けるための根回しができるからか」
「その通りよ!」

 ぽつりと零したおれに、イーリスはぐっと身を寄せ、やや興奮した様子で言った。その勢いに内心驚きながらも、おれは真っ直ぐに彼を見返す。

「でも、フェリクスは黒翼騎士団に入団したんだな」
「……ええ。元々、フェリクスは訓練生の頃から既に『百年に一人の剣才』と言われるほど有名でね。だから、リオン団長も是非にとフェリクスを推してたの。『彼が入団してくれれば白翼騎士団の団員も触発されて、緩みきった空気も変わるだろう』って」
「その話を蹴って、そして家の意向に背いて、フェリクスは黒翼騎士団に入団したのか……」

 それは、いつもの穏やかで微笑みを絶やさない好青年な彼の姿からは、結びつかないほど苛烈な行動に思えた。
 ……いや、そうでもないか。
 フェリクスは穏やかで冷静沈着な青年ではあるが、時折、ほとばしるような激情を覗かせることがある。
 だからきっと。その時も、フェリクスにとって譲れないものがあったんだろう。

「うん。フェリクスらしいな」
「……ふふっ、そんな感想が出てくるのは、タクミらしいわね」
「フェリクスはああ見えて、熱い男だからな」
「ふふ、そう言えば、確かにそうだわ。……でも、アルファレッタ伯爵はそんな気持ちになれなかったのよねぇ。白翼騎士団の入団を蹴って、平民や獣人ごった混ぜの黒翼騎士団に入団したんですもの」

 しかも、白翼騎士団の団長直々のお誘いを断った形だもんなー。アルファレッタ伯爵が怒るのも想像にかたくないな。

「元々、アルファレッタ伯爵は頭に血が上りやすい性質の人でねぇ。フェリクスに対して『黒翼騎士団に入団したければこの家を出ていけ!』って怒鳴ったそうよ」
「それに対してフェリクスは?」
「『分かりました。今までお世話になりました、父上』って言って、身一つで出てきたってフェリクス自身が言ってたわ」

 す、すごいなフェリクス!

「アルファレッタ伯爵もまさかフェリクスが頷くと思ってなかったらしくて頭を抱えたみたいだけど、一度発した言葉を引っ込めることなんかできないじゃない。それで、そのまま勘当に近い状態で、フェリクスは実家と没交渉になってねぇ……」
「……ん? フェリクスが黒翼騎士団に入団してどれぐらいなんだ?」
「もう五年になるかしら」

 ご、五年!? マジですごいなフェリクス!
 なにがすごいって、そんな状況でも、自分の意思を貫き通したところだよ。
 おれだったら、絶対にプレッシャーに負けて周りに流されてるよ。
 ……当時の彼は、一体なにを思って、黒翼騎士団に入団したのだろうか?
 そもそも、どうしてそこまでして黒翼騎士団に入団したかったんだろう。
 いつか、聞いてみようかな。聞いてみたら、少しぐらい、話してくれるだろうか……

「話は戻るけど、フェリクスの実家との確執は、ガゼルもアタシもすっごく気にしてたの。彼がそこまでして黒翼騎士団への入団を切望してくれた気持ちは嬉しいけれど……」

 そこで一旦言葉を区切り、イーリスは寂しげに笑った。

「でも、それで自分の家族と生き別れみたいな状態になっちゃうなんて、ねぇ? アタシもガゼルも親なし子だったから、なおさらよ。自分の家族が生きているのに、離れ離れになっちゃうなんて……」
「……分かるよ、その気持ち」

 おれも、元の世界からこの世界に突然やってくることになって……やっぱり時々、家族のことが気にかかるもんなぁ。
 まぁ、おれは兄さんと比べてみそっかすだったから、父さんも母さんもおれがいなくなったことで寂しいとは思っていないだろうし、元気でやってはいるだろうけれどね!
 でも、兄さんには最後に一回くらいお礼を言いたかったかも。まぁ、兄さんもおれがいなくとも、たいして気にしてはいないかもだけど。
 不意に、細い針で心臓を刺されたみたいに胸がチクリと痛み、おれは小さくうつむいた。
 しばらく部屋には沈黙が落ちていたが、しんみりとした空気を打ち払うように、イーリスが殊更明るい声をあげる。

「でもね! 今回のポーション開発における功績を国から大々的に認められたことで、アルファレッタ伯爵からフェリクスに『国に貢献した功績をもって、今までの行いを不問に処す』って連絡があったんですって」
「そうなのか、よかった」
「ええ、ええ、本当に! だから、今回のことでアタシもガゼルも本当に肩の荷が下りた気分でホッとしてるのよ」
「うん。おれも安心したよ」
「……タクミ、ありがとうね」

 イーリスは目元を緩めて、優しく微笑んだ。その声は慈愛に満ちていて、おれは咄嗟とっさに彼から目を逸らし、拳を軽く握り締めた。なんだか気恥ずかしくて、耳が熱を持っていくのが分かる。

「っ……おれは別になにもしてないぞ? ポーションの件はガゼルとフェリクスが行ったことだからな」
「ふふっ、そうね。そういうことになってるんだったわね。でも、ありがとう」
「…………」

 イーリスが流し目で含んだような笑みを向けてくる。
 おれはなんと答えていいか分からず、席を立つと机に散らばった菓子のゴミや小皿を片付けてごまかした。
 ……そうか。
 おれがポーションの錬成方法をガゼルとフェリクスに渡したことで……面倒事も二人に渡してしまったのではないかと心配していたけど、そういう影響もあったのか。
 嬉しいな。おれがやったことは、おれの大事な人たちにいい出来事も与えられていたんだ。
 ……まぁ、そんないいことをまとめて帳消しにするような、『主人公がこの世界に召喚されない』なんていう致命的な改変も引き起こしてるんだけどね!


 ……いや。やっぱりどう考えても致命的すぎるな!


   ◆


 イーリスと共に事務仕事を行った翌日からは、おれは再び黒翼騎士団の通常任務へと戻ることになった。
 午前中は訓練から始まる。
 木剣を持って素振りや打ち合いを行ったり、スクワットや腕立て伏せなどの筋力トレーニングを行ったりする。
 こういう時、ほんっと自分の体力の無さがうらめしくなる。黒翼騎士団に入団してからしばらくは、グロッキー状態で昼飯が喉を通らなかったほどだ。
 とはいえ、ずっと運動を続けるわけではない。一時間ほどで体力作りを兼ねた訓練が終わった後には、各自の配置によって別々の仕事に割り当てられる。
 今日のおれの割り当ては、騎士団に寄せられたリッツハイム市民たちからの陳情書の選別だった。
 内容は多岐にわたり、「南区の野菜売りの獣人の親父は、売上をごまかして税金を浮かせている」というものから、「隣の家に住んでいる女性がよくない筋の男に目をつけられたようで、力になってやってほしい」とか、「馬車の乗り合い所への行き方をもっと分かりやすくしてほしい」など、本当に様々だ。
 これらに優先順位を付けていき、緊急性の高いものは黒翼騎士団の団員が現地に向かったり、上層部に報告が必要だと判断されたものは、裏付けを取り、報告書を作成したりする。
 それを正午まで行い、昼休憩の時間になると隊舎に設けられた食堂へ移動する。
 そして、食堂で昼食を取った後に、午後の任務へ移る。
 午後は座学だ。
 これは騎士団に専門家の教師を招いて、兵法やモンスター学、薬草学などの授業を団員全員が受ける。なので、幹部以上の団員――ガゼルやフェリクス、イーリスすらもおれたちと同じく席について授業を受けるのだ。さすがに全ての座学に出席するわけじゃないが。
 何故座学があるのかというと、たとえば、対人戦と対モンスター戦とでは大きく戦い方が異なる。人間とモンスターとでは、移動速度やリーチが異なるのだから当然だ。
 それに、モンスターは一定の期間で新種や特殊個体が発見されるので、新しい知識をどんどん蓄えておかないと、時には命取りになるのだという。
 ただ、この時間は昼食の後ということもあって、時折机に突っ伏してスリーピング状態になっている者もいる。そういう者には、しばしばガゼルの拳骨げんこつがお見舞いされる。
 おれはけっこう、この座学の時間が好きだ。この世界について知らないことがまだまだあるし、モンスターの生態を学ぶのはすごく楽しい。
 座学の後は、また訓練の時間だ。
 午後の方は木剣での打ち合いや、集団行動訓練が行われる。刃先を潰した本物の剣で打ち合いをすることもある。
 もちろん、インドア派なおれはおっかなびっくりやっている。
 それが終われば、団員全員で点呼を行い、夕食を兼ねた自由時間を迎える。
 自由時間になると、街へ繰り出して色街へ行く人もいれば、団員同士で連れ立って飲みに行く人もいる。
 団員の休養日はずらして組まれているので、明日が休養日の団員と、そうでない団員がいる。
 でも、明日任務があってもかまわず飲みに行く人は飲みに行くし、色街にだって行く。だから隊舎にそのまま残る人はほとんどいない。

「タクミ君は外に行かないのかい? 明日はせっかくの休養日なんだろう?」
「タクミちゃんはクールだよなー。酒も飲まないし、色街にも行かねーし」

 おれも明日と明後日が続けて休養日ではあるが、外に出かけるつもりはなかった。
 そんなおれを、周りの団員さんたちが「真面目だなぁ」「若いのにタクミちゃんはストイックだねぇ」と感心したように言ってくれるが、まったく違う。
 単純に、一日の訓練で身体がクッタクタで、出かける気力がないんですよ……!
 あの怒涛どとうの訓練の後で、皆はよく「よっしゃー、飲みに行くぞー!」「色街のアンナちゃんを今日こそ振り向かせてみせるぜ!」なんて気力が湧いてくるね? 感心を通り越して感動すら覚えるよ!
 黒翼騎士団の人たちって、幹部じゃない一般団員ですら本当に強いんだよなぁ……
 うーむ、さすがバトルジャンキーの巣窟そうくつだ。
 そんなこんなで、おれは外にくり出す皆を見送ると、食堂を出て、自分の相部屋へ戻ることにした。
 黒翼騎士団の隊舎には大きな運動場があり、その奥に進むと分かれ道に出て、L字型の建物と長方形の建物の二棟が現れる。L字型の建物の中には一般団員が寝泊まりしている部屋や食堂、共同浴場があり、もう一方の建物は役職持ちの団員が住んでいる。
 その右手には厩舎きゅうしゃ、武器庫、食糧庫などの倉庫が並んでおり、自室の窓から外を見ると、こんな時間でも厩舎きゅうしゃの方に人影が見えた。馬の世話係の人だろうか。
 何の気なしにそのまま厩舎きゅうしゃの方を見ていたおれは、ふと、その人影がよく見知ったものであることに気がついた。
 少し迷った後に、おれはくるりと回れ右をして玄関へ向かった。
 入れ違いになってしまったらその時はその時だと思ったが、幸い、おれが厩舎きゅうしゃに辿り着いた時、彼はまだそこにいた。

「――フェリクス」
「っ……タクミ?」
「こんな時間に厩舎きゅうしゃでどうしたんだ。なにかあったのか?」

 おれの思った通り、そこにいたのはフェリクスだった。
 いきなり背後から声をかけてしまったせいか、驚いた表情を浮かべてこちらを振り返る。フェリクスは、黒を基調とした隊服のままではあるが、肩章けんしょうは外しており、袖を二の腕までまくっている。その手には、馬をブラッシングするためのくしが握られていた。
 いつもカッチリと隊服を着込んでいる彼にしては、ちょっと珍しいくらいラフだ。

「隊舎からフェリクスが見えてな。驚かせてすまなかった」
「いえ、そんなことは……」

 フェリクスに近づくと、厩舎きゅうしゃから馬と干し草の薫りが漂った。
 馬はおれに我関せずといった顔のものもいれば、興味津々に顔を向けてくるもの、おやつを期待し爛々らんらんとした目を向けてくるものと様々だ。
 フェリクスがいたのは、彼の愛馬の前だった。おれが傍に近づくと、ふんふんと鼻を鳴らしてこちらに顔を向けて、おれの頬をべろりと舐めてきた。
 すると、隣に立っていたフェリクスが慌てて口を開く。

「す、すみませんタクミ。こら、やめなさい」
「これぐらい大丈夫だ。可愛いな」
「申し訳ありません……あまり私以外には懐かない奴なのですが」
「おれはフェリクスに何回も一緒に乗せてもらってるからだろう。それよりも、なにかあったのか?」

 おれはやんわりとフェリクスの愛馬から距離を取ると、彼を見上げて尋ねた。
 フェリクスは少し気まずそうな表情を浮かべて、目を伏せた。長く繊細な睫毛まつげが彼の頬に影を落とす。

「いえ、その……誤解させてしまったのなら申し訳ありません。ここに来たのは、ただの私の気晴らしなのです」
「……気晴らし?」

 思ってもみなかったフェリクスの言葉に、おれはきょとんとしてしまった。

「ええ、そうです。その……私は実は馬が好きなのですが」

 まぁ、それは彼の愛馬がなおもフェリクスに向けている「かまってかまってご主人さまー!」「もっとあそんであそんでー!」と言いたげな、甘えるような視線を見ていれば、なんとなく分かる。

「本来は私は馬の世話が好きで、騎士団に入団した直後なんかは志願して自分から厩舎きゅうしゃ係をやっていました」
「自分から」
「ええ。ですが、副団長に就任してからはおおやけにそういった仕事をすることができなくなってしまいまして……」

 た、確かに、副団長に馬糞ばふんの始末や、藁草の交換をやらせるわけにはいかないよな……
 本人が好きでやっていても、もしかするとよその騎士団に見られたら、フェリクスや黒翼騎士団自体の悪い評判に繋がるかもしれないもんなぁ。

「それで、皆がいなくなった後にこっそりと?」
「っ、も、申し訳ありません……」

 夕闇が迫って辺りが薄暗くなっているため分かりづらいが、それでも、フェリクスの頬がピンク色に染まっているのが分かった。

「ふっ。何事かと思ったが、そういうことか」
「いらないご心配をおかけしました……」
「いや、おれも早とちりをして悪かった。それにしても、フェリクスにも可愛いところがあるんだな」
「か、からかわないでください。まさかタクミに気がつかれるとは思ってもみなかったのです」

 ちょっと恥ずかしそうに頬を染めているフェリクス。そんな表情をしていると、実年齢よりも幼く見える。
 珍しい彼の反応に、もうちょっとからかいたい気持ちが湧き起こったが、このくらいにしておいた方がよさそうだ。

「まぁ、大事ないならよかった。それよりフェリクス、明日は仕事か?」
「いえ、明日は休養日ですが……」
「なにか予定はあるのか?」
「今のところは、特に」

 おっ、よかった。
 一応、各団員の休養日は隊舎に張り出されてるから知ってたんだけど、記憶違いがあったらいけないから念の為に聞いたのだ。
 フェリクス自身に予定がある可能性も考えていたが、それもないという。

「おれも明日は休養日なんだ。今日のことは二人の内緒にするからさ、よければ明日はおれに付き合ってくれないか?」

 そう何気なく誘うと、フェリクスはハッと目を見張り、小さく尋ねる。

「それは……よろしいのですか? 私はもちろん嬉しいのですが」
「外に行って買い物をしたかったんだが、まだあまり街に慣れてなくてな。だから、案内をしてもらえると嬉しい」
「そういうことなら、私でよければ喜んで。でも、それではただの私の役得ですね。秘密にしていただけるだけではなく、デートのお誘いまでいただけるとは思ってもみませんでした」

 フェリクスは目を細め、喜色をあらわに顔をほころばせた。
 んんんっ!? デ、デート!?
 ち、違うよ!? おれはただフェリクスと二人で一緒に出かけようと誘っただけで……あれ!?
 二人きりで出かけるならデートかこれ!? あれ!?

「こんなことなら、もっと早めに貴方に見つかっておけばよかったですね」
「っ……また、そんなことを言って人をからかって……さっきのお返しか、フェリクス?」
「ふふっ。貴方のお誘いを嬉しく思っているのは本当ですよ。明日、貴方をエスコートさせていただけるのが楽しみです」

 慌てるおれを尻目に、フェリクスはアメジストによく似た紫瞳を細めて、からかうような笑みを向けてくる。やっぱり、さっきの意趣返しらしい。うーむ、まいった。
 やっぱりフェリクスの方が一枚も二枚も上手うわてだなぁ。

「そもそも、隠れてやる必要はないだろ。自分の愛馬の世話ぐらいなら、昼間のうちにやったって、誰もなにも言わないさ」
「ええ、そうですね」
「だから、ほら。そろそろ隊舎に帰ろう。外も冷えてきたしな」
「……はい。あの、タクミ」
「なんだ」
「ありがとうございます」

 フェリクスは噛み締めるようにそう口にすると、切なげに瞳を揺らした。おれは黙ったまま彼の目を真っ直ぐに見返す。
 この時間にフェリクスがここにいたのは、多分、愛馬の世話をしたかったことだけが理由ではないのだろう。フェリクスは、気晴らし、と言った。
 彼の中でなにか……気晴らしをしたい、一人きりになりたいなにかがあったのだ。
 だから、こんな時間にここにいた。
 ……もしかすると。明日のお誘いも、余計なことだったのかもしれない。
 でも、なんだか珍しく沈んでいるように見えるフェリクスを、おれが一人にしておきたくなかったのだ。
 …………いや、でもやっぱり余計なお世話だったかなぁ!?
 やばい、今更めちゃくちゃ心配になってきた……
 フェリクスが「明日は『予定がなにもない』という予定があります。つまり、誰になにを言われようが部屋から一歩も出ないかまえです!」って思ってたとしたらどうしよう!? 
 いや、フェリクスはおれみたいなオタク系引きこもり派じゃないだろうから、大丈夫だとは思うんだけど……!
 うう、とりあえず明日だ!
 明日は、フェリクスの気晴らしができるように頑張らないとな……!


   ◆


 そして、翌日。おれとフェリクスは城下町へと繰り出すことになった。
 何故下町ではなく城下町かというと、この世界では、おれの平々凡々な黒髪黒目の容姿はめちゃくちゃ珍しいらしいのだ。
 なので、外に買い物に行く時はもっぱら比較的治安のいい城下町へ行っている。いつか下町にも行ってみたいんだけどね。でも、下町だと周りに騒がれる可能性があるということで、ガゼルとフェリクスからなかなか許可が下りないのだ。
 けど、おれの容姿がどの程度レアなのか、いまだによく分からないんだよねー。
 それというのも、騎士団の皆はおれに慣れっこになっているので、今更黒髪黒目ってことで騒ぐような人は誰もいないし。
 そして、おれはあまり騎士団の敷地外に出ない。
 いやぁ、異世界に来ようがなんだろうが、根っからのオタク系引きこもり人間の性質はそうそう治らなかったぜ!
 なお、この世界では鮮やかで明るい髪色が一般的で、具体的には赤や緑が最も多く、その次に青系や紫系という順で少なくなっていく。
 このリッツハイム魔導王国では、黒髪黒目の人間というのは、歴史上たった一人しかいないそうだ。
 うーん。『チェンジ・ザ・ワールド』では、召喚された現代人の主人公が、黒髪黒目ってことで色んな人から興味をもたれてアプローチされてたけどさ……
 でもさ、おれ、この世界に来て三ヶ月以上経ったけれど、女の子から「黒髪黒目なんて珍しいですね! ステキ! カッコイイ!」とか言われて、声かけられたことなんか一度もないんだけど?
 なんで? 黒髪黒目って珍しいんじゃなかったの?
 これじゃ評判倒れじゃない?

「フェリクス、おれの髪と目って珍しいんだったよな?」
「ええ、そうですね」
「でも城下町ではあまり騒がれないよな」
「この辺りを利用しているのは貴族階級の人間ですからね。道端で大声をあげるなど上流階級の人間がすることではないと幼い頃から教えられていますから」
「なるほど……」

 そこでおれはふと、隣に並ぶフェリクスを見上げた。
 彼はおれと目が合うと、やわらかく微笑んで「どうしましたか?」と首を傾げる。
 フェリクスもおれも休養日なので、騎士団の訓練服や隊服は着ていない。
 フェリクスは生成色のシャツの上に、シックな茶色のベストとパンツを合わせている。その上から白いフードのついた上着を羽織り、腰にはいつもの長剣ではなく、短剣をベルトに吊って提げていた。そのクラシカルな装いは、金糸のような髪と紫水晶の瞳を持つ彼にはとてもよく似合っている。
 ……ふっ、なるほどな。
 おれが隊舎の外に出る時は、大抵ガゼルかフェリクスが一緒だ。時にはガゼルとフェリクスの三人で出かける。
 だから――こんなに見目麗しい青年が歩いていれば、そりゃ皆、そっちに目を奪われるよね!
 黒髪黒目がちょっと珍しいだけの平々凡々な男なんざ、どうでもいいに決まってるよ!
 おれの傍らにこんな爽やか系イケメンがいれば、みんなフェリクスの方しか目に入らないだろう。謎が解けたぜー!
 っていうかうちの副団長様、かっこよすぎだな!?
 ちなみに今、舗道ですれちがった貴族のお嬢様っぽい女の子たちも「今のお方、格好よかったですね!」「素敵なお二人でしたわね!」「もしかして恋人同士かしら……」と頬を染めながらこそこそ内緒話をしていた。
 ふふん、そうだろうそうだろう。うちの副団長ったらかっこいいよなー!


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