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1巻

1-2

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 マジか、なんてすごい親切! つーか、今の台詞せりふ仕草しぐさがすげぇイケメン! 同性相手なのにどきどきしちゃったよ! あんなワケの分からん説明をしたおれに、そんなによくしてくれるとは……
 ちょっとうるっときちゃったぜ。さすが黒翼騎士団団長だなぁ。

「まァ、タクミがいいんなら、このままうちの騎士団に入ってくれてもいいんだがな?」

 えっ。
 突然の言葉に、おれはびっくりしてガゼルの顔をまじまじと見つめる。
 そんなおれの不躾ぶしつけな視線を気にしたふうもなく、ガゼルはたのしげに笑った。そして最後にもう一度、「考えておけよ」と声をかける。そのまま、手に木製ジョッキを持ち、別のテーブルに移動した。
 おれはその背中を呆然と見送る。
 え? いや、あの?
 だ、誰かおれに状況を説明してくれませんかね……?



   SIDE 黒翼騎士団副団長フェリクス


 ――西の海域へとおもむき、海賊かいぞくバドルドとその一味をち果たせ。
 それが、今回黒翼騎士団に命じられた任務だった。
 西の海域を根城にし、貿易船や商船をターゲットにして荒らしまわっていると噂の海賊かいぞくを仕留めに、自分たちはこの港町へやって来た。しかし、相手もこちらの派遣は予想の範囲はんいだったらしい。
 出合いがしらに乱戦にもつれ込んだのも束の間、気がつけばバドルドはうちの騎士団員数名をさらうように自分の船に乗せていた。そして、自分の手下を置き去りにしたまま、船を出したのだ。
 バドルドが黒翼騎士団に正面から戦いをいどんだところで勝てはしない。人質を取ることで、こちらがむやみに手を出せなくなると踏んでの行動だろう。
 ……みるみる離れていく海賊かいぞくせんを見て、フェリクスはため息を吐く。
 そんなことをしても――。……いや、逆か。
 そんなことをされたら、なにがなんでも許すわけにはいかないというのに。
 黒翼騎士団はバドルドの船を追い、蒼穹そうきゅうのような海を進む。
 港街で借りた商人ギルドの護衛船と操舵手そうだしゅの腕は、申し分なかった。それでも、バドルドの小型船は小回りが利く分、追いつくのは容易なことではない。
 幸いバドルドが船を出す直前に、団長であるガゼルの他、何人か黒翼騎士団の団員が奴の船に乗り込めた。
 ガゼルがいるのだから、下手なことにはならないだろうが……多勢に無勢だ。無傷というわけにはいかないかもしれない。
 一刻も早く自分も加勢し、バドルドを倒さなければと気がく。
 ――けれど、予想とは裏腹に、海賊かいぞくバドルドは、ある青年の手によってあっさりとち取られることとなった。


「――こんなところにいたのですか?」

 自分が声をかけると、その青年――タクミはゆっくりと振り向いた。こちらが近づいていたのが分かっていたのだろう。彼は驚いた様子もなく、無表情のまま見つめ返してくる。

「……フェリクスか」
「タクミはさわがしいのは嫌いでしたか?」
「嫌いではないんだが、ちょっと疲れてな。ここですずんでいたんだ」
「それなら私と同じですね。よろしければ隣にお邪魔してもいいでしょうか?」
「ああ、もちろん。……悪いな、フェリクス。気を遣わせたかな」
「そんなことはありません。ただ、こうやって貴方と二人だけで話をしてみたかったんです」

 宿屋の裏手にあるバルコニーにもたれていたタクミに、持ってきたカップを手渡す。ましにと持ってきたのは果実水だ。
「ありがとう」と小さく礼を言ってから、タクミはそれを受け取った。
 どこか所在なげにたたずむ彼を見ていると、本当に海賊かいぞくバドルドを倒したのか、と疑わしくなってくる。
 その考えを振り払うべく、かぶりを振った。
 タクミがバドルドを難なく倒すのを、遠目ではあるが自分も船上から直接見ていたのだ。
 しかし、細身の彼は、それほど身体能力にすぐれているようには見えない。魔術が使えるというわけでもなさそうだ。
 それに、今しがたカップを受け取った時に、かすかに触れ合った指先だって、とてもやわらかくて――

ひとさらいか。奴隷どれいとして売るつもりだったんだろうなァ』
『ひでぇことしやがるぜ』
『あの黒髪黒目の容姿なら確かに、せい奴隷どれいとしちゃあ、さぞかし高値が……』
『おいバカ聞こえるだろうが! というかガゼル団長がすごい勢いでにらんでる!』

 ――瞬間、先程の仲間たちの言葉を思い出す。
 ……そうなのだ。
 どうも話を聞く限り、タクミはあの海賊かいぞく共に捕まって船倉せんそうに閉じ込められていたらしい。どういうさらわれ方をしたのか、驚くことに、彼はこの国の名前すら分かっていなかった。
 だが、奴隷どれいしょうがそうまでしてタクミをさらう気持ちは、正直に言えば、その……分からないでもない。
 黒髪黒目に、なめらかな象牙ぞうげ色の肌。三百年前に魔王討伐とうばつを果たした伝説の勇者がそういった容姿だったと伝承に残っているが、てっきりお伽話とぎばなしだと思っていた。
 この大陸では、ほとんどの人間が自分と同じ明るい色合いの髪で、暗い色の髪や瞳の人間は珍しい。
 それが、この世に二つとないような、美しい黒檀こくたん色の髪と瞳なのだ。この色を持っているというだけで、さらわれる理由たり得る。
 それに……自分が声をかける前の、一人きりで、真っ暗な海原うなばらながめる横顔。
 無表情だというのに、あまりにも孤独にちていて、そのくせにまったくもって無防備だった。その蠱惑こわく的な横顔や、シャツの合間から見える細い首筋などは、その筋の好事家こうずかにとってのどから手が出るほど欲しいものに違いない。
 だが、何故なのだろうか?
 あんなにもあっさりとバドルドをいなすことができた彼が、何故、みすみす海賊かいぞくに捕まったのか?
 タクミが本気なら、さらわれる前に、相手を倒すのも逃げるのも容易だったはずだ。

「……タクミ。貴方が答えたくなければいいのですが」
「なんだ、フェリクス?」
「何故、あんな連中にみすみす捕まったのですか? わざと、だったのでしょう?」

 そう尋ねると、タクミは驚いたふうに目を見開いて自分を見つめた。
 まさか、気づかれていないとでも思っていたのだろうか?
 不意に見せたその表情と態度が年相応で、少しだけ微笑ましい。

「タクミが言いたくないのなら、仕方がないと思います。ただ……自分の命を粗末そまつにするようなおこないは看過できません。お節介せっかいと思われるかもしれませんが、どうか分かってください」

 誰にだって秘密の一つや二つはあるものだ。それに、彼はガゼル団長を救ってくれた恩人でもある。なにか事情があるのなら、無理強いをしてまでしゃべらせたいわけではない。
 だが、しかし――

「――命、か。死ねば、帰れるのかな」

 そっと、聞こえるか聞こえないかの声量でつむがれた言葉は、自分を愕然がくぜんとさせた。
 口をつけようとしていた果実水を飲むのも忘れて、タクミをまじまじと見つめる。
 先程の言葉は思わず口からこぼれてしまったらしく、どうも聞かせるつもりはなかったみたいだ。それを示すように、タクミは気まずげな顔をする。

「タクミ、まさか貴方は……」
「悪い。気にしないでくれ。今のは、言うつもりじゃなかったんだ」
「……っ」

 奴隷どれいにされると分かっていてなお、格下の相手に捕まったこと。
 そして、力量の分からないバドルドに対し、剣をさやから抜きもせず単独で向かっていったこと。
 ――もしかすると彼は、死に場所を求めていたのではないだろうか?
 思わずめ寄りそうになるのを、ぐっとこらえた。
 今はまだ、彼はこちらを信用してはいない。ここで話を無理やり聞き出そうとしても、彼はますます口をつぐんでしまうだろう。
 もう一度、タクミを見つめる。
 あどけなさをほんの少し残す容貌は、まだ大人になりきらない少年らしさがあった。そんな年若い青年が、自分の命をむざむざ捨てる真似をしている。どんな事情があろうとも、とうてい見過ごせるものではない。

「――タクミ」
「なんだ?」
「王都に着いたら、黒翼騎士団へ入団してください」
「……え?」

 きょとんとした顔でこちらを見つめるタクミ。
 先程、ガゼル団長からも提案されていた話ではあったが、自分からも言われるとは思ってもみなかったらしい。
 ……タクミのこういう顔は年相応で、ひどく可愛らしい。けれど同時に、男の前でそんな無防備な表情をしていることが心配になる。
 そういえば、同性間の恋愛がまだ認められていない国もあると聞いたことがある。もしかすると、タクミもそういった国の出身なのだろうか?
 このリッツハイム魔導王国では同性間の恋愛がおおやけに認められているし、黒翼騎士団内でも同性の連れ合いを持つ者もいる。なにか間違いが起きる前に、タクミにそこのところを注意しておいたほうがいいかもしれない。
 ……けれど、そうだ。赤の他人ということでタクミが事情を打ち明けられないのなら、仲間に迎え入れてしまえばいいだけの話だ。そうしたら、なんの気兼きがねもなく事情を聞き出して、その重荷を一緒に背負ってやれる。
 ――自分もかつて団長に、この騎士団の皆に、そうしてもらったように。できることがあるなら、彼を助けてやりたいと思った。

「……ふふっ、覚悟してくださいね? もしタクミが嫌だと言っても、きっとガゼル団長とイーリスが、無理やり連れていくと思いますから」

 そんなことを言いながら、心の内でひそかに、自分自身が抱いた感情に驚いていた。他人に対して、可愛いとか、心配だとか、無条件にこんな思いを抱いたのは初めてだ。
 黒曜石みたいな瞳を見開き、驚いたふうに自分を見つめるタクミ。
 その顔をもう一度見て、ああ、やはり可愛らしいなと改めて思う。けれども、この感情の本当の名前を、今の自分はまだ知らなかった――


   ◇


 うおおお、った……
 久しぶりにこんなに酒飲んだからなー。ちょっときついわ。
 おれは人混みをはずれて、人気の少ない酒場の裏手へ来ていた。
 頬にあたる冷たい夜風が、火照ほてった身体に心地いい。バルコニーにもたれて頭上を見上げると、星々が真っ暗な夜空にきらきらとまたたいている。

「……こんな綺麗な星空、おれの住んでるとこじゃあ見られないよなぁ」

 空気はどこまでもんでいて、呼吸をするだけで、よどんだ気持ちが洗われるようだ。
 しばらくぼーっと欄干らんかんにもたれて空を見ていたところ、背後から声がかけられた。

「こんなところにいたのですか?」

 声をかけてきたのは、先程の宴会でおれの隣に座っていた、副団長のフェリクスだ。
 さらさらとした金糸を思わせる髪に、鼻梁びりょうの通った顔立ちの彼が現れただけで、まるで薔薇ばらが花開いたように辺りが明るくなったと錯覚さっかくする。宿屋のうらぶれた場所でさえ、お伽話とぎばなしのワンシーンみたいになるのだ。

「……フェリクスか」
「タクミはさわがしいのは嫌いでしたか?」
「嫌いではないんだが、ちょっと疲れてな。ここですずんでいたんだ」
「それなら私と同じですね。よろしければ隣にお邪魔してもいいでしょうか?」

 しかし、なんでこんなさわやかフェイスのイケメンが、おれにわざわざ声をかけてくれたんだ?
 も、もしかして、ぼっちなおれを不憫ふびんに思ったとか?

「ああ、もちろん。……悪いな、フェリクス。気を遣わせたかな」
「そんなことはありません。ただ、こうやって貴方と二人だけで話をしてみたかったんです」

 そう言ってフェリクスは、持っていたカップをおれに手渡した。「ありがとう」と礼を言って、それを受け取る。鮮やかなピンク色の液体は、どうやらアルコールの入っていないただのジュースのようだ。
 そうか。きっとおれがって気分が悪くなったことをさっしてくれたのだ。
 おれみたいなぼっちなよそ者に気を遣ってくれるとは、なんていい人なんだ……
 うーむ、おれもいつか、こんなスマートな行動ができるようになってみたいぜ。

「……タクミ。貴方が答えたくなければいいのですが」
「なんだ、フェリクス?」
「何故、あんな連中にみすみす捕まったのですか? わざと、だったのでしょう?」

 ……やばい。おれ、気づかない内にかなりってるみたいだ。
 今、どう考えても、ありえない質問をされた。

「タクミが言いたくないのなら、仕方がないと思います」

 って、話が終わったー⁉
 待て待て待て、それはどういう発想の転換なんです? なにが楽しくて、あんな連中にわざと捕まらなきゃいけないんだよ。
 も、もしかしてこの人、おれくらいの年頃の男は皆、自分のところの騎士団員みたいに血気けっき盛んなバトルジャンキーだと思ってる? 「あの程度の海賊かいぞくに捕まるなんて、ありえませんよ! 様子を見て返りちにするつもりだったんですよね?」ってこと?
 ……ううむ、この『チェンジ・ザ・ワールド』の世界ならありえるな……。いや、むしろ、それがこっちの世界の常識なのかもしれない。海賊かいぞく山賊さんぞく、ひいてはモンスターや魔王が普通にいる世界だもんなぁ。

「ただ……自分の命を粗末そまつにするようなおこないは看過できません。お節介せっかいと思われるかもしれませんが、どうか分かってください」

 おれが動揺している間にも、そう言って、ふわりとつぼみがほころぶみたいに微笑むフェリクス。
 うわっ。同性ながら、その表情、超絶カッコいいな!
 しかも、穏やかな彼の微笑みは、自分の持っている魅力を把握はあくし、それを最大限に発揮したものだ。イケメンというのは、自分がイケメンであることを知っているってのは本当なんだな……
 ……にしても、命を粗末そまつにするな、か。
 それは、考えてもみなかった視点だ。

「――命、か。死ねば、帰れるのかな」

 おれがこの世界に来たのは……元の世界でバイクにねられたのがきっかけだ、と思う。
 なら、こちらの世界で同様に死にかければ、元の世界に帰れるのではないだろうか?
 ――まぁ、確率が百パーじゃなきゃ絶対に試さないけどね!
 もしもこの仮説が間違っていたら、愉快ゆかいな自殺死体がお一つ生産されるだけ。それではあまりにも間抜け過ぎる。
 そんなことを思いつつ、カップの中身を一気にあおると、不意に横からハンパない視線を感じた。見ると、何故かそこには目を真ん丸にしておれを見つめるさわやかハニーフェイスのイケメン……じゃない、フェリクスの姿が。
 あっ。もしかして、今の言葉聞こえてた?

「タクミ、まさか貴方は……」
「悪い。気にしないでくれ。今のは、言うつもりじゃなかったんだ」
「……っ」

 やっべぇ、すごい恥ずかしい! 今の聞かれてたのか!
 小さい声で言ったつもりだったんだが、他に人がいないから、フェリクスにまで声が届いてしまったんだろう。

「――タクミ」
「なんだ?」

 だらだらと冷や汗をかきながら隣を見ないようにしていると、フェリクスに名前を呼ばれてしまった。おそるおそる、彼の顔を見上げる。

「王都に着いたら、黒翼騎士団へ入団してください」
「……え?」

 ぽかんとフェリクスを見つめるおれ。

「……ふふっ、覚悟してくださいね? もしタクミが嫌だと言っても、きっとガゼル団長とイーリスが、無理やり連れて行くと思いますから」

 しかし、フェリクスはそんなおれの様子など気にしたふうもなく、むしろなにかを決断した表情で、頼もしくうなずいたのだった。
 困惑しているおれをよそに、「それでは、あまり夜更かしをしないようにしてくださいね」と去っていく。
 いや、あの……? おれが黒翼騎士団に、ってどういうこと?
 うーん? もしかしてフェリクスは、黒翼騎士団の副団長というだけあって、責任感が強く、優しい人なんじゃないだろうか。さっきだって、っちゃったおれにジュース持ってきてくれたし。
 そんな彼なので、話の最中にいきなりわけの分からない台詞せりふを言い出したおれを、「こいつは頭がやばい」と思ったに違いない。
 そして恐らく「可哀想に……バドルドとの戦闘中に頭でも打ったのでしょう。ド素人が無駄にでしゃばるから……」などと同情してしまったのかもしれない。なんでも、フェリクスたち数名は、自分たちの乗っていた船からおれとバドルドが戦う様子を見ていたらしいし。
 フェリクスはさっきの宴会の最中に「あんな戦い方は、初めて見ました。敵に血を流させないで事を収めるなんて……タクミは強いだけじゃなく、優しいのですね」と言ってくれた。しかし、明らかにお世辞である。
 だっておれ、コケただけだしね!
 ともかく。こんな密入国者まがいのおれにさえ、そんなフォローをしてくれるほど優しいフェリクスさんなのだ。
 彼は恐らく「なんかイロイロと気の毒な子なんですね。行くところがないならとりあえず、うちの黒翼騎士団で雑用でもやったらどうでしょうか?」という意味で、「黒翼騎士団に入れ」と言ってくれたのだろう。
 そう考えると、さっきのガゼルの「黒翼騎士団に入れ」発言にも説明がつく。
 やはり彼もおれに同情し、誘ってくれたのだ。
 ……なんてこった。
 ガゼルにフェリクス……。二人ともどこまでいい人なんだ……!
 正直なところ、黒翼騎士団とかそんな危ない稼業かぎょうは絶対にごめんこうむりたいが、その心遣いにはちょっとジーンときてしまう。
 ガゼルとフェリクスがっていうか、黒翼騎士団の人が親切なのかなぁ。
 イーリスや他の黒翼騎士団の人たちも、宴会の最中、「もっと食べなさいよ、タクミ。ほら、これ美味おいしいわよ!」とか、「そんなに細いんじゃあ、今までろくなもん食わされてなかったんだろう?」とか、色々すすめてくれたし。後半の「細い」発言は余計なお世話だけどな! おれが細いんじゃなくて、騎士団の皆がたくましいんだよ!
 ……まぁ、そんな親切な人たちの集まりだし、黒翼騎士団に入団……っていうのは、正直ちょっと気になるところでもあるんだけど。
 ……でも、おれは黒翼騎士団に入るわけにはいかない。
 ――リッツハイム魔導王国の、黒翼騎士団。
 リッツハイム魔導王国の騎士団は、全部で八つ。金翼きんよく騎士団、銀翼ぎんよく騎士団、黒翼騎士団、白翼はくよく騎士団、赤翼せきよく騎士団、青翼せいよく騎士団、緑翼りょくよく騎士団、黄翼おうよく騎士団がある。金翼は王族の護衛、銀翼は王都の守護をになっており、黒翼騎士団以下は国防を主としたモンスターの討伐とうばつや、国境警備をおこなっている。
 そして、『チェンジ・ザ・ワールド』のゲームシナリオとしては、主人公が冒険の中で黒翼騎士団と出会い、団員と交流を深めていくことになる。
 だが――ゲームの中で、黒翼騎士団は壊滅してしまうのだ。
 というのも、ゲームの中盤で起こるあるイベントで、たった一人を除き、団員が全て死亡するのである。
 おれはそのイベントが起きた時に生き残る自信が絶対にない。つまり、これから破滅する運命を辿る黒翼騎士団に入団するのは、自分から死亡フラグを立てるようなものなのだ。
 だから、おれは黒翼騎士団に入団できない。
 ずきり、と胸に痛みを覚える。もちろん、その正体は罪悪感に他ならない。
 ガゼル、フェリクス。それにイーリス。
 そして、まだ名前を覚えていないけれど、おれに親切にしてくれた皆。
 ……おれは、自分を助けてくれた人たちを、わが身可愛さに見殺しにしようとしているのだ。

「……っ、やめよう」

 そうつぶやいて、ゆっくりと首を横に振る。
 その先は、考えないようにした。必死で思考にふたをし、目を閉じる。
 けれど、目をつぶったせいで、指先に残っていたほのかな熱をまざまざと意識してしまう。
 先程、カップを持ってきてくれた時に、かすかに触れたフェリクスの指先を思い出す。
 温かなぬくもりは、確かに彼が、今ここで生きている人間だというあかしだった。

「くそっ」

 頭上を見上げる。
 夜星をおおうのは満天のきらめき。金平糖こんぺいとうをこぼしたみたいな星々と、金貨を思わせるまん丸い月は、絵本の中の光景みたいだ。
 その現実離れした美しい空の下で、おれはようやくぐちゃぐちゃだった頭の中をからっぽにすることができた。
 しばらくバルコニーで瞑想めいそうしていると、唐突とうとつに冷たい風が身体を包み、それにより意識が現実に引き戻される。

「……ん?」

 意識が戻ったと同時に、ある一つの疑問が浮上した。

「そういやおれ、今日はどこで寝たらいいんだろう……?」

 残念ながら、一人ぽつんとたたずむおれの問いに答えるものは、誰もいないのであった――


   ◆


「ん……」

 朝、おれはなにやら騒々そうぞうしい音で目を覚ました。
 ぼんやりとかすむ視界に、働かない思考。身体はまだ寝ていたいと盛んにうったえている。

「……あれ?」

 何故だろう。
 どういうわけか、身体がとても温かい。なんだか、しっとりとして、それでいてやわらかくて、熱いものに抱き締められているような……
 おれは目をらし、自分を包むなにかを認めた。

「っ⁉」

 ――やばい。一気に目が覚めた。
 まずおれの視界に入ってきたのは、たくましい胸板だ。
 そして、おそるおそる頭上を見上げると、ワインレッドの短髪が目に入る。今はすっかり閉じられてしまっているが、もう少しすれば、あのきれいな金瞳も見られるだろう。
 そう。おれと一つのベッドで眠っているのは、なんと黒翼騎士団団長のガゼルだったのである。
 いや、一つのベッドで眠っているどころじゃない。ガゼルはそのたくましい腕の中にすっぽりとおれを抱き込み、おれの顔を自分の胸に押しつけるようにして眠っているのだ。ええ、どう客観的に判断しても、おれは抱き枕状態です、本当にありがとうございました。
 とか言っている場合じゃねぇ!
 な、なんでおれがガゼルの抱き枕とか、そんなおそれ多い事態に⁉
 そして、なんでこんなに窮屈きゅうくつな体勢でグースカ寝てられるの、この人?

「……ガゼル」
「う……なんだ、もう朝かァ?」

 どうしようか迷ったが、おれは心を決めてガゼルを起こすことにした。
 先程騒々そうぞうしい音でおれを起こしたのは、目覚まし時計だ。見た目は水の入った小さなランプのような形をしている。中の水は、薄い水色にきらきらと輝いていた。
 これ、ゲームで出てきたな。こっちの世界では『水時計』っていうんだっけ?
 目覚ましはすでにおれが起床と共に止めてしまったので、今はすっかり静かな室内に戻っている。
 気持ちよく寝ているようだし、もうちょっと寝かせておいてあげてもよかったのだが、目覚ましをセットしていたということは、ガゼルはこの時間に起きなきゃいけない用事があるに違いない。
 おれは軽く彼の身体を叩いた。

「ん……ァ、タクミ?」
「おはよう、ガゼル」
「おう、おはよう。よく眠れたか?」
「ああ、おかげさまで」
「そりゃあよかった」


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