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番外編 終
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はぁ、堪能した……。
久しぶりのウェルとのセックスだったから、思いっきりハッスルしてしまった。後悔はないがさすがに身体がだるいな……。
「すまない、ウェル。少し無茶をさせすぎたな」
「いえ。おれも……ロスト様と久しぶりに身体を重ねることができて嬉しく思っておりますから」
「ウェル……」
「ただ、その、やはり魔眼のお力の作用については、やっぱりすごく恥ずかしいので……」
「わかってるさ、今日だけだ。でも、恥ずかしがってるウェルも可愛いぞ」
ベッドで裸のままシーツにくるまり、お互いに身体を寄せ合っている俺達。
ぽつりぽつりとピロートークを交わしつつ俺がウェルの髪を指先ですいていると、ウェルが照れ臭そうに微笑んで、俺の手に頭をすりつけてきた。か、かわいい……。
早くこの国はウェルを特別可愛い天然可愛い記念物として保護するべきじゃないだろうか? あっ、でもそれだと、ウェルの可愛さを皆に知らしめてしまうことになるのか。そうなると俺のライバルが一気に百万人ぐらい増えてしまうな。うん、やっぱりなしで。
「……ロスト様」
「うん?」
そんなことを考えていると、不意に、ウェルが真剣な顔つきになって俺を見つめてきた。
「こんなことを言うのは、とても心苦しいのですが……」
えっ、なに?
まさかまた別れ話を蒸し返すんじゃないだろうな!?
「――おれと、逃げてくださいませんか?」
「え?」
ウェルの出し抜けな言葉に、ぽかんとして見つめ返すおれ。
えっと……逃げるって、どこから?
この家――エルシュバーグ家から、ってことか?
「いえ、分かっております!」
「うわっ」
いきなりガバリと身体を起こしたウェルが、真剣な表情でがしりと俺の両肩を掴んでくる。
あの、ごめんウェル!
お前が分かってても、俺はまだ話の内容がよく分かってないぞ!?
「ロスト様には……家や身分を捨てろ、と言っているのです。貴方にとって、それがどんなに辛い決断かは分かっております」
居住まいを正したウェルにならい、俺もベッドから身体を起こして、なんとなく正座でウェルの正面に座る。
ああ、それにしてもやっぱりこのエルシュバーグ家から逃げるって話でいいのか。
なんだ、よかった。また別れ話を切り出されたらどうしようかと思ったよ。
「わかった。いつ出ていこうか?」
「貴族の地位を捨てれば、今までどおりの暮らしはできないかもしれません……。けれど、あなたには決して不自由はさせません! おれは、今まで以上にあなたを幸せにすると誓いま――えっ」
「わかったと言ったんだ。で、いつ逃げようか?」
俺の言葉に、今度はウェルがぽかんと呆気にとられた表情へと変わった。
「え……あ、あの、ロスト様?」
「早いほうがいいよな。俺達二人でしばらく暮らせるぐらいの資金は、モンスター討伐の報酬でギルドの俺の口座にあるし……でも、行き先のあてぐらいはつけた方がいいか。よし、三日後でどうだ?」
「ロ、ロスト様? あの、いいんですか? そ、そんなにあっさり?」
なぜかウェルがうろたえて、困惑しきった顔で俺を見てくる。
……ウェルにとっては、俺の返答がそんなに予想外だったのだろうか? ちょっと心外だぞ。
「だって、この家を出ればウェルが一緒にいてくれるんだろ? なら、俺には迷う理由がないからな」
「っ、ロスト様……!」
ウェルと一緒にいること。
それが俺の一番の望みで、喜びなんだから。
……しかし、俺も覚悟は決めていたけれど、いきなり一足とびで駆け落ちとは……。
ウェルの大胆な発想には驚きだ。さすが俺の恋人。
あっ、そうだ。もうちゃんと恋人って言ってもいいんだよな! 別れ話も撤回したんだし、ちゃんと元鞘におさまったんだから、もう堂々と恋人って言ってもいいんだよな! わー、すごく嬉しい。
でも、そうだな。
跡継問題をどうやって辞退しようかとばっかり俺は考えていたけど、俺がエルシュバーグ家から出奔するってのはけっこうアリかもしれない。
たとえば、このまま問題が解決して、兄上がエルシュバーグ家の跡継ぎになったとする。
でもそれだと、兄上がお祖父様や分家の方々のメンツを潰した形になってしまうのだ。表面上の問題はないだろうが、少なくはない遺恨を残す形になるだろう。そして、それは俺が跡継ぎになっても同じこと。
つまりどういう形でこの問題が収まっても――エルシュバーグ家は内部から真っ二つになるのだ。
……こう考えると、ほんっっとうちのお祖父様はいらんことしいだな!
迷惑も迷惑、大迷惑でしかないわ!
でも、俺がエルシュバーグ家をこのタイミングで出奔すれば、問題はまだ丸く収まる。
俺を推したお祖父様や分家に泥を塗る形になるだろうが、しかしその泥を塗った元凶がエルシュバーグ家を出ているんだから、エルシュバーグ家を二分するには至らない。
……セバスチャンや父上、兄上にはちょっぴり申し訳ない気がするが……まぁ、元はといえば父上と兄上がもっと初めのうちにお祖父様に「あんな妾腹の子を跡継ぎにするなんてとんでもない!」ってちゃんと言ってくれれば、こんなにこじれなかったんだよ。
まぁ、お祖父様も俺が逃げたとわかれば「あーんな腰抜けを跡継ぎにするなんて、わしの目が耄碌していたな! やっぱり跡継ぎは兄の方! 庶子の次男坊なんてやっぱダメダメじゃな!」って分かってくれるかもしれないしな。
うん、そうと決まれば出奔するのは早い方がいいだろう。
俺は改めて正座のままウェルに向き直ると、その瞳を真っ直ぐに見つめて告げた。
「ウェル……。お前に先に言われてしまったが、俺からも頼む。俺はエルシュバーグ家を出奔する。だから、俺についてきれくれないか?」
「も、もちろんです! おれは、ロスト様がいらっしゃる所ならどこへでも、いつまででもお供します……っ!」
ウェルが若草色の瞳いっぱいに涙をためながら、もはや我慢できないというように、ご主人様に飛びかかるゴールデンレトリバーのような勢いで俺を正面から抱きしめてきた。俺もそんなウェルを抱きしめ返す。
ウェルの身体は、情交の後であるのに、初夏の木漏れ日に似た香りがした。その芳香に、初めて会った頃のまだ幼いウェルを思い出す。
……ふふ。本当にウェルは、昔から変わらないよなぁ。
「ロスト様。おれは絶対にあなたを幸せにします……!」
「俺は今でもじゅうぶん幸せだぞ」
特に今は、ウェルの胸が服越しに顔にあたってるしな!
なんて素晴らしい、ウェルのおっぱい……!
い、いや、落ち着け俺。
ついついウェルのおっぱいの魅力にノックアウトされてしまったが、駆け落ちとなると、考えなきゃいけないことが結構あるよな。
エルシュバーグ家から逃げるのはともかく、仕事とかはやり残しがないようにしておきたいし。
あとはこの先の働き口とか……ああでも、ウェルは元冒険者だったんだし、二人で冒険者になるってのもいいよな。俺の魔眼を使えば、二人分の生計を立てるぐらいの稼ぎは出るだろうし。
あと、どこに逃げるかだけど……まぁ、とりあえず王都から離れて、冒険者が常時募集かかっているようなモンスターの出没が多い辺境とかに行けばいいか。ちょっと危険かもだが、別にそこに永住するわけでもないんだしな。
そういえば、このまま何も言わずに出奔したら、むしろ誘拐とかを疑われて捜索されてしまう可能性もあるのか?
そういうことがないように、書き置きぐらいは残しておかないといけないか……。『エルシュバーグ家を二分するのは心苦しいので独り立ちします。探さないでください、お世話になりました。餞別に俺の護衛騎士は連れて行きます』とか、そんな感じか? 餞別って、自分で自分に対しては言わないっけ?
あー、そうだ。あとミーコはどうしよう。これを機会に、野生に帰すべきなのか……? でも今更の気もするしなぁ。
「しかし、ウェルの方はいいのか?」
「私は家族はとうに死別しましたから」
「そうか……友人は?」
「友人は……まぁ、アレですから大丈夫でしょう」
ロズリーナも分かってくれると思います、と苦笑いをこぼすウェルに、俺も苦笑いを返した。
まぁ、うん。落ち着いたらキースには手紙でも出せばいいかな。
そう言えば、結局、アイツには色々としてやられっぱなしで、俺自身では何も仕返しできなかったなぁ。
でも、ウェルが一発殴ってくれたし、俺とウェルの背中を押してくれたのはキースなんだから……うん、ここは一つ、水に流してやろう。
だって、こうなるともうキースに会うこともないんだもんな。そう思うと、ちょっと寂しい気がしないでもない。
「……ウェル」
「はい!」
「じゃあ改めて……これからも、ずっとよろしくな」
「……はいっ!」
ちょっと締まらない挨拶になってしまったかな、と思ったが、それでもウェルは満面の笑みで応えてくれた。
その笑顔はやっぱり俺には眩しすぎて、遠い出会いの日を思い出す。
……そうだ。
思えば俺はあの日から――ずっとウェルに恋していたんだ。
そして今では世界で一番、大事な人なんだ。
絶対に手放したくない。そのためには、家を捨てることなんてなんでもない。
そんなことよりも、これからウェルと一緒にいれることの方がずっとずっと大切だ。
だから――これからもずっと一緒にいような、ウェル。
◆
……で、余談だが。
「――なんでお前がここにいるんだ」
俺がウェルを連れてエルシュバーグ家を出奔することを決めて、その決行日の明け方。
隣町へ続く街道にはもう商品を卸すために働き始めている人々がせわしなく行き交っている。そして、そんな街道の一角に、ウェルが手配してくれていた馬車があった。
馬車とは言っても、前に俺とウェルが乗ったような貴族御用達のものとは作りはまったく違うものだ。平民が使っている乗り合い馬車を一回りほど小さくした、ちょっと裕福な町民や商人が使うような小規模の馬車なのだが……、
なんと、その御者がキースだった。
「お二人に発破かけたのはオレだぜ? なら、責任は最後までとらなくっちゃな」
どういうこと?、とウェルに視線で問いかける俺。
それに対し、自分は無実です!と呆然とした表情でブンブンと首を横にふって応えるウェル。
「キース……悪いことは言わない、帰れ。それともウェルが心配で来たのか?」
「はァ? 何言ってんだよロスト様。気色悪いこと言わないでくれよ」
「ロスト様……冗談にしてもさすがにそれは……」
え? 俺が悪いの?
そんなに常識はずれのこと言った、俺?
「オレは別にこの街にこだわってたワケじゃねェしな。それに、ロスト様と一緒にいられる機会が増えるならそれに越したことはないし。っていうかここで逃がしたら、もうロスト様と会えねーかもしれねェだろ?」
「頼むから逃させてくれ」
「なぁ、ロスト様? オレは役に立つぜ」
そう言って、一歩も引かない様子のキース。
困ったな……でも、今から変わりの御者を探す時間もないし。
「ウェル、どうする?」
「……いいのではないでしょうか? この馬車も元々、隣町への移動のためだけでしたから、キースを捨て置くなら隣町に着いてからでもいいと思います」
「おい、聞こえてんぞ」
「聞こえるように言っているんだ。……ロスト様、この男はこうなったら譲りません。それより今、時間を失うことの方が惜しいです」
こうしてなし崩しに、キースを一緒に連れて出奔することになってしまった。
ええ、マジかよ。金銭面的には問題ないけど、キースと一緒の道中とか、精神面的にめちゃくちゃ不安なんだけど? というか、不安しかないんですけど!?
「ロスト様、さっさと乗れよー」
「ロスト様! さぁ、参りましょう」
二人が馬車から俺を呼ぶ。
……はぁ。
やれやれ……しばらくはまだ、俺の騒がしい日々は続きそうだ。
久しぶりのウェルとのセックスだったから、思いっきりハッスルしてしまった。後悔はないがさすがに身体がだるいな……。
「すまない、ウェル。少し無茶をさせすぎたな」
「いえ。おれも……ロスト様と久しぶりに身体を重ねることができて嬉しく思っておりますから」
「ウェル……」
「ただ、その、やはり魔眼のお力の作用については、やっぱりすごく恥ずかしいので……」
「わかってるさ、今日だけだ。でも、恥ずかしがってるウェルも可愛いぞ」
ベッドで裸のままシーツにくるまり、お互いに身体を寄せ合っている俺達。
ぽつりぽつりとピロートークを交わしつつ俺がウェルの髪を指先ですいていると、ウェルが照れ臭そうに微笑んで、俺の手に頭をすりつけてきた。か、かわいい……。
早くこの国はウェルを特別可愛い天然可愛い記念物として保護するべきじゃないだろうか? あっ、でもそれだと、ウェルの可愛さを皆に知らしめてしまうことになるのか。そうなると俺のライバルが一気に百万人ぐらい増えてしまうな。うん、やっぱりなしで。
「……ロスト様」
「うん?」
そんなことを考えていると、不意に、ウェルが真剣な顔つきになって俺を見つめてきた。
「こんなことを言うのは、とても心苦しいのですが……」
えっ、なに?
まさかまた別れ話を蒸し返すんじゃないだろうな!?
「――おれと、逃げてくださいませんか?」
「え?」
ウェルの出し抜けな言葉に、ぽかんとして見つめ返すおれ。
えっと……逃げるって、どこから?
この家――エルシュバーグ家から、ってことか?
「いえ、分かっております!」
「うわっ」
いきなりガバリと身体を起こしたウェルが、真剣な表情でがしりと俺の両肩を掴んでくる。
あの、ごめんウェル!
お前が分かってても、俺はまだ話の内容がよく分かってないぞ!?
「ロスト様には……家や身分を捨てろ、と言っているのです。貴方にとって、それがどんなに辛い決断かは分かっております」
居住まいを正したウェルにならい、俺もベッドから身体を起こして、なんとなく正座でウェルの正面に座る。
ああ、それにしてもやっぱりこのエルシュバーグ家から逃げるって話でいいのか。
なんだ、よかった。また別れ話を切り出されたらどうしようかと思ったよ。
「わかった。いつ出ていこうか?」
「貴族の地位を捨てれば、今までどおりの暮らしはできないかもしれません……。けれど、あなたには決して不自由はさせません! おれは、今まで以上にあなたを幸せにすると誓いま――えっ」
「わかったと言ったんだ。で、いつ逃げようか?」
俺の言葉に、今度はウェルがぽかんと呆気にとられた表情へと変わった。
「え……あ、あの、ロスト様?」
「早いほうがいいよな。俺達二人でしばらく暮らせるぐらいの資金は、モンスター討伐の報酬でギルドの俺の口座にあるし……でも、行き先のあてぐらいはつけた方がいいか。よし、三日後でどうだ?」
「ロ、ロスト様? あの、いいんですか? そ、そんなにあっさり?」
なぜかウェルがうろたえて、困惑しきった顔で俺を見てくる。
……ウェルにとっては、俺の返答がそんなに予想外だったのだろうか? ちょっと心外だぞ。
「だって、この家を出ればウェルが一緒にいてくれるんだろ? なら、俺には迷う理由がないからな」
「っ、ロスト様……!」
ウェルと一緒にいること。
それが俺の一番の望みで、喜びなんだから。
……しかし、俺も覚悟は決めていたけれど、いきなり一足とびで駆け落ちとは……。
ウェルの大胆な発想には驚きだ。さすが俺の恋人。
あっ、そうだ。もうちゃんと恋人って言ってもいいんだよな! 別れ話も撤回したんだし、ちゃんと元鞘におさまったんだから、もう堂々と恋人って言ってもいいんだよな! わー、すごく嬉しい。
でも、そうだな。
跡継問題をどうやって辞退しようかとばっかり俺は考えていたけど、俺がエルシュバーグ家から出奔するってのはけっこうアリかもしれない。
たとえば、このまま問題が解決して、兄上がエルシュバーグ家の跡継ぎになったとする。
でもそれだと、兄上がお祖父様や分家の方々のメンツを潰した形になってしまうのだ。表面上の問題はないだろうが、少なくはない遺恨を残す形になるだろう。そして、それは俺が跡継ぎになっても同じこと。
つまりどういう形でこの問題が収まっても――エルシュバーグ家は内部から真っ二つになるのだ。
……こう考えると、ほんっっとうちのお祖父様はいらんことしいだな!
迷惑も迷惑、大迷惑でしかないわ!
でも、俺がエルシュバーグ家をこのタイミングで出奔すれば、問題はまだ丸く収まる。
俺を推したお祖父様や分家に泥を塗る形になるだろうが、しかしその泥を塗った元凶がエルシュバーグ家を出ているんだから、エルシュバーグ家を二分するには至らない。
……セバスチャンや父上、兄上にはちょっぴり申し訳ない気がするが……まぁ、元はといえば父上と兄上がもっと初めのうちにお祖父様に「あんな妾腹の子を跡継ぎにするなんてとんでもない!」ってちゃんと言ってくれれば、こんなにこじれなかったんだよ。
まぁ、お祖父様も俺が逃げたとわかれば「あーんな腰抜けを跡継ぎにするなんて、わしの目が耄碌していたな! やっぱり跡継ぎは兄の方! 庶子の次男坊なんてやっぱダメダメじゃな!」って分かってくれるかもしれないしな。
うん、そうと決まれば出奔するのは早い方がいいだろう。
俺は改めて正座のままウェルに向き直ると、その瞳を真っ直ぐに見つめて告げた。
「ウェル……。お前に先に言われてしまったが、俺からも頼む。俺はエルシュバーグ家を出奔する。だから、俺についてきれくれないか?」
「も、もちろんです! おれは、ロスト様がいらっしゃる所ならどこへでも、いつまででもお供します……っ!」
ウェルが若草色の瞳いっぱいに涙をためながら、もはや我慢できないというように、ご主人様に飛びかかるゴールデンレトリバーのような勢いで俺を正面から抱きしめてきた。俺もそんなウェルを抱きしめ返す。
ウェルの身体は、情交の後であるのに、初夏の木漏れ日に似た香りがした。その芳香に、初めて会った頃のまだ幼いウェルを思い出す。
……ふふ。本当にウェルは、昔から変わらないよなぁ。
「ロスト様。おれは絶対にあなたを幸せにします……!」
「俺は今でもじゅうぶん幸せだぞ」
特に今は、ウェルの胸が服越しに顔にあたってるしな!
なんて素晴らしい、ウェルのおっぱい……!
い、いや、落ち着け俺。
ついついウェルのおっぱいの魅力にノックアウトされてしまったが、駆け落ちとなると、考えなきゃいけないことが結構あるよな。
エルシュバーグ家から逃げるのはともかく、仕事とかはやり残しがないようにしておきたいし。
あとはこの先の働き口とか……ああでも、ウェルは元冒険者だったんだし、二人で冒険者になるってのもいいよな。俺の魔眼を使えば、二人分の生計を立てるぐらいの稼ぎは出るだろうし。
あと、どこに逃げるかだけど……まぁ、とりあえず王都から離れて、冒険者が常時募集かかっているようなモンスターの出没が多い辺境とかに行けばいいか。ちょっと危険かもだが、別にそこに永住するわけでもないんだしな。
そういえば、このまま何も言わずに出奔したら、むしろ誘拐とかを疑われて捜索されてしまう可能性もあるのか?
そういうことがないように、書き置きぐらいは残しておかないといけないか……。『エルシュバーグ家を二分するのは心苦しいので独り立ちします。探さないでください、お世話になりました。餞別に俺の護衛騎士は連れて行きます』とか、そんな感じか? 餞別って、自分で自分に対しては言わないっけ?
あー、そうだ。あとミーコはどうしよう。これを機会に、野生に帰すべきなのか……? でも今更の気もするしなぁ。
「しかし、ウェルの方はいいのか?」
「私は家族はとうに死別しましたから」
「そうか……友人は?」
「友人は……まぁ、アレですから大丈夫でしょう」
ロズリーナも分かってくれると思います、と苦笑いをこぼすウェルに、俺も苦笑いを返した。
まぁ、うん。落ち着いたらキースには手紙でも出せばいいかな。
そう言えば、結局、アイツには色々としてやられっぱなしで、俺自身では何も仕返しできなかったなぁ。
でも、ウェルが一発殴ってくれたし、俺とウェルの背中を押してくれたのはキースなんだから……うん、ここは一つ、水に流してやろう。
だって、こうなるともうキースに会うこともないんだもんな。そう思うと、ちょっと寂しい気がしないでもない。
「……ウェル」
「はい!」
「じゃあ改めて……これからも、ずっとよろしくな」
「……はいっ!」
ちょっと締まらない挨拶になってしまったかな、と思ったが、それでもウェルは満面の笑みで応えてくれた。
その笑顔はやっぱり俺には眩しすぎて、遠い出会いの日を思い出す。
……そうだ。
思えば俺はあの日から――ずっとウェルに恋していたんだ。
そして今では世界で一番、大事な人なんだ。
絶対に手放したくない。そのためには、家を捨てることなんてなんでもない。
そんなことよりも、これからウェルと一緒にいれることの方がずっとずっと大切だ。
だから――これからもずっと一緒にいような、ウェル。
◆
……で、余談だが。
「――なんでお前がここにいるんだ」
俺がウェルを連れてエルシュバーグ家を出奔することを決めて、その決行日の明け方。
隣町へ続く街道にはもう商品を卸すために働き始めている人々がせわしなく行き交っている。そして、そんな街道の一角に、ウェルが手配してくれていた馬車があった。
馬車とは言っても、前に俺とウェルが乗ったような貴族御用達のものとは作りはまったく違うものだ。平民が使っている乗り合い馬車を一回りほど小さくした、ちょっと裕福な町民や商人が使うような小規模の馬車なのだが……、
なんと、その御者がキースだった。
「お二人に発破かけたのはオレだぜ? なら、責任は最後までとらなくっちゃな」
どういうこと?、とウェルに視線で問いかける俺。
それに対し、自分は無実です!と呆然とした表情でブンブンと首を横にふって応えるウェル。
「キース……悪いことは言わない、帰れ。それともウェルが心配で来たのか?」
「はァ? 何言ってんだよロスト様。気色悪いこと言わないでくれよ」
「ロスト様……冗談にしてもさすがにそれは……」
え? 俺が悪いの?
そんなに常識はずれのこと言った、俺?
「オレは別にこの街にこだわってたワケじゃねェしな。それに、ロスト様と一緒にいられる機会が増えるならそれに越したことはないし。っていうかここで逃がしたら、もうロスト様と会えねーかもしれねェだろ?」
「頼むから逃させてくれ」
「なぁ、ロスト様? オレは役に立つぜ」
そう言って、一歩も引かない様子のキース。
困ったな……でも、今から変わりの御者を探す時間もないし。
「ウェル、どうする?」
「……いいのではないでしょうか? この馬車も元々、隣町への移動のためだけでしたから、キースを捨て置くなら隣町に着いてからでもいいと思います」
「おい、聞こえてんぞ」
「聞こえるように言っているんだ。……ロスト様、この男はこうなったら譲りません。それより今、時間を失うことの方が惜しいです」
こうしてなし崩しに、キースを一緒に連れて出奔することになってしまった。
ええ、マジかよ。金銭面的には問題ないけど、キースと一緒の道中とか、精神面的にめちゃくちゃ不安なんだけど? というか、不安しかないんですけど!?
「ロスト様、さっさと乗れよー」
「ロスト様! さぁ、参りましょう」
二人が馬車から俺を呼ぶ。
……はぁ。
やれやれ……しばらくはまだ、俺の騒がしい日々は続きそうだ。
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