転生したので堅物な護衛騎士を調教します。

秋山龍央

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番外編 第四話

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「いってェ……ウェル、お前、本気でやりやがったな」
「当たり前だ、このろくでなしが……!」

状況が飲み込めず、口をぱくぱくさせながらウェルを見つめる俺。
対し、ウェルはいつもの穏やかな彼ではなく、まるで狂犬さながらの眼光でヨロヨロと立ち上がったキースを睨みつけている。
そ、そうだ。キース、あいつけっこう派手にぶっ飛んでたけど、大丈夫なのか?

「大丈夫ですよ、ロスト様。キースは私に殴られると同時に、自分から後方に飛びましたから」

俺の視線に気づいたのか、ウェルがそう解説してくれた。
確かにウェルの言う通り、キースの左頬は赤くなっているものの、大きなダメージはないようだ。キースが平然と自分の身体についた木片をはらっている様子に、俺はちょっとホッとした。
しかし、あの咄嗟の状況でそんな判断ができるとは、すごい反射神経だ。いや、ただ単純に修羅場慣れしてるだけかもだけど。

「何をそんなに怒ってんだよ、ウェル」

木片と化した木箱の山から出てきたキースが口から血の入り混じった唾を吐き捨てつつ、俺達の方へ歩いて、そう問いかけてきた。
ウェルがその言葉に眉をひそめる。

「なに?」
「ウェル、お前はロスト様と別れたんだろ? なら、オレがロスト様に何しようが、お前が怒る義理はねぇだろうが」
「そっ、それは……」

キ、キースさん……! その口撃、俺にもめっちゃ効く……!

「わ、私はロスト様の護衛騎士だ。ロスト様をお守りするのは私の義務だ!」

ウェ、ウェル……。恋人だから、とは言ってくれないんだな……。
そうだよな、先日、ウェルの方から別れを告げてきたんだもんな……。
うう、めちゃくちゃ泣きたい気分になってきたぞ。っていうか泣いていいかな?

「護衛騎士、ねェ。じゃあ、そのロスト様がお前と別れて、オレとお付き合いするってことになったら、お前は認めてくれるんだな?」
「え……」

キースの言葉に、途端に、愕然とした表情へ変わるウェル。

「ば、馬鹿な。ロスト様はエルシュバーグ家の跡継ぎとなられるため、妻を迎えられるのだぞ」
「オレは別に、愛人でも構わないんだぜ? ロスト様と一緒にいられるんならどういう立場だっていいさ。貴族の間じゃ珍しいコトでもねェだろ?」
「なっ……! だが、でも、それは……」

キースの言葉に動揺しきり、視線をさ迷わせるウェル。そんなウェルの様子に、俺は居ても立ってもいられず、キースとウェルの間に身体を割り込ませた。

「キース、勝手なことを言うな。俺がお前を愛人にする予定なぞ、一切ない! というか、まだ俺とウェルは別れてない! そうだな、ウェル?」
「は、はい! そうです!」

やった!!!!
どさくさに紛れて言質をとったよ!!!!

ウェルが俺の後ろでこくこくと勢いよく頷く様を大変可愛らしく思いながら、俺は内心でガッツポーズをした。ウェルは遅れて自分が何を言ったかに気づいたようで、頬をほんの少し赤らめた。ああ、かわいい……ここ数日の俺の中に溜まっていたストレスが全て浄化されていくようだ……。

俺がそんな風にウェルを見てなごみなごみしているのに対し、正面に立つキースは、皮肉げな笑みをいっそう深めた。

「ふぅん……つくづく中途半端だよなぁ、ウェル」
「なんだと?」
「ロスト様の幸せを願ってるくせに、テメェの抱えてる思慕は捨てきれねェんだろ? それが中途半端じゃなくてなんだって言うんだよ」
「ぐっ……」

キースの言葉に、ウェルが顔を真っ赤にして押し黙る。

「まっ、真面目な性分なのはお前のイイ所だけどよ。でも、それでテメェの守りたいモノを手放してちゃ意味がねーわな」
「…………そうだな。まったくその通りだ」

肩を落とし、自嘲めいた乾いた笑いをこぼすウェル。
……こんな表情をするウェル、初めて見たかも。でも、多分この顔はきっと……相対している相手がキースだから、長年来の友人だから、見せた顔なんだろう。

「そんなに手放せねェくらい大事なら、覚悟を決めろよ。それに、自分のやりたい事に素直になるのは別に悪いコトじゃねーぜ? オレを見てみろよ」

いや、さすがにキースを参考にするのは極端すぎるし、倫理的にどうかと思うけどね!
……でもここでそんなコトを突っ込むのは野暮だろう。
今、二人は対等な友人同士として、話をしているのだ。俺が口を差し挟む場面ではなかった。

「…………キース」
「ん?」
「ありがとう。おかげで少し目が覚めたよ」
「そりゃ何よりだ」

しばらく路地裏には静かな沈黙が落ちた。
聞こえるのは、街の方からのざわめきだけという状況が続いた後、ウェルが顔を上げて、キースに礼を告げた。そんなウェルの顔は、久しぶりに見る、さっぱりとした晴れやかな表情へと変わっていた。

「キース、お前……」

ウェルからキースに視線を移し、俺はキースに聞こうとして――やめた。

……もしかして、初めからこういうつもりだったんじゃないだろうか。
キースは俺を取り巻くエルシュバーグ家の状況をほとんど全て知っていた。そしてそこから、ウェルが俺に別れ話を切り出したことも予想していた。
だから――そもそも、あのギルドでの出会いも偶然じゃなかったんじゃないのか?
あそこで待っていれば、俺とウェルのどちらか、もしくは両方に会うことができる確率が高い。俺かウェルを待ち伏せ、そして、引いてはウェルに発破をかけるために行動していたんじゃないだろうか。
ウェルの、一人の友人として。

「キース、その……」

だが、それを言葉にして確かめるのも野暮だ。
俺はキースになんと言っていいか分からずに言葉を選んでいると、不意に、ついっと俺の顎先がキースの指で持ち上げられた。自然、キースを見上げる格好になる。

「キ、キース……?」
「あーあ……ウェルとアンタが出会う前に、オレが先に出会ってればなァ」

珍しくも、ほんの少し切なさの入り交じる声音に、なにを、と思った時には遅かった。
キースの精悍な顔が寄せられ、ちゅっ、と音を立てて唇に軽くキスをされる。

「なっ……!」
「ハハッ、まぁ飯代ってコトで勘弁してくれよ。これぐらいの役得がオレにもあってもいいだろ?」

せっかく人が見直したのに、何をやってんだコイツは!
よっぽど怒ろうかと思ったものの、今回、ウェルと仲直りできたのはコイツのおかげだしな……と思っていたら、肩をがしりと掴まれて、後ろにいた人物に抱き込まれるように引き寄せられた。言わずもがな、ウェルである。

「キース、さっさと行け。今回はお前に借りができたが、これ以上は私もまた殴りかからない自信がないぞ」
「ハイハイ、分かってますよ」

殺気の入り混じった視線でウェルに睨まれても、キースは飄々とした態度を崩さず、ひらひらと片手を振って路地裏を出ていった。
俺は少し迷ったものの、キースが路地裏を出ていく寸前に、声を上げた。

「――キース!」
「ん?」
「その……世話をかけたな。飯、美味かったよ」

キースは俺の言葉にぱちぱちと目を瞬かせたものの、少ししてから「それなら良かった」と笑みを返した。
その顔は、今まで見た飄々とした態度の彼のものではなく……何の皮肉も混じってない、ただ純粋な笑顔だった。

そして、キースは俺たちに背を向けると、街の雑踏に紛れるようにして歩き去り、やがて完全に姿が見えなくなったのだった。
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