転生したので堅物な護衛騎士を調教します。

秋山龍央

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番外編 第ニ話

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しかし、もしかしてキースの奴には俺の気持ちがバレてたんだろうか?

壁に貼られたお品書きの紙を眺めるふりをしつつ、ちらりと横目でキースを窺う。
キースは俺と視線が合うと、なんてことのない様子で「なんかわからないモンでもあったか?」と聞いてきた。いたっていつも通りの、ひょうひょうとした態度である。

うーん、どうなんだろうこの反応。

けれど、キースは意外と察しがいいんだよなぁ。
以前の事件の時だって、俺がウェルのことが好きなことを、キースはあの短い邂逅だけですぐに分かったようだったし。だから、もしかするとキースは俺が伯爵家の屋敷に帰りたくないことを察して、ここに連れてきたのかもしれない。

……あれ?

ちょ、ちょっと待て。
そう考えると、つまり、こういうコトなのか?


俺は――キースに、気を遣われたってことなのか?


…………マジで?

「ちょいと、キース!」
「んん? なんだよ」
「アンタ、ちょっとこっち来なよ」

気づきたくなかった事実に俺が愕然としていると、キースが人に呼ばれた。
声がした方向を見ると、厨房につづく扉から、店のおかみさんと思しき40代後半ほどの女性が身を乗り出してキースを手招きしている。キースはこの店の常連なのか、とても親しげな態度だ。

「チッ、なんだよ。悪ぃな、ロスト様。ちょっと席外すぜ」
「あ、ああ……」

キースが席を立ち上がり、おかみさんの方へと歩いていった。
おかみさんはキースが傍にまで来ると、口元に手を当てて、声をひそめて話し始める。

「キース! アンタ、なに考えてんのさ」
「なにって、何がだよ」
「あんな貴人、うちの店に連れてきて何のつもりさね! どう見ても貴族だろ? うちには貴族サマが食べるような上等なモンは置いてないよ!」
「あー、そういうコトか。そんなに心配しないでも大丈夫だって」

……おかみさんは声をひそめているつもりなのかもだが、正直、丸聞こえである。

店内が混雑している状況ならともかく、今はまだ店の入りはそれほどのため、俺の元まで会話の内容がハッキリと聞こえてしまっていた。恐らく、職業柄、地声が大きいんだろうなぁ……。

「まぁまぁ、いいじゃないかよ母さん。いや、にしても綺麗なお方だなぁ……」
「アンタはさっさと厨房に戻りな! 見惚れて、手を止めてんじゃないよ!」

厨房からもう一人、息子さんと思しき青年が顔をひょっこりと覗かせたが、すぐにおかみさんが威勢よく息子さんの頭をスッパーンとひっぱたく。
その様子がおかしくて、ふふっと笑いをこぼすと、俺が笑ったことにおかみさん達も気づいたようだった。

……ああ、そうか。向こうの声が俺に聞こえてるんだから、俺の声も向こうに聞こえるよな。
おかみさんと視線が合ったので、にっこりと微笑んでみせる。

「う……」

おかみさんが頬を赤らめ、たじろいだような様子になる。

「……ま、まぁ、何かあったらキースが何とかしてくれるんなら、問題ないさね」
「大丈夫だって、ロスト様は温厚な人だからよ」
「……微笑んだ表情も素敵だ……」
「アンタは手を動かしな!」

もう一度、おかみさんは息子さんの頭をスッパーンとひっぱたく。
キースはそんな二人の様子を見て、俺に肩をすくめてみせると、こちらのテーブルに戻ってきた。

「悪かったな、ロスト様」
「……本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ。アンタが多少の不躾は気にしないでくれるなら、問題なんて起きようもないしな」

手をひらひらと振って俺に問題ないと伝えてくるキース。
うーん、本当にいいのだろうか?

「ほら、ロスト様。何が食ってみたい?」

……でも、その、俺、今までこういう下町の食堂に入ったことってないんだよなー。
前世ではむしろこういう店に入ることの方が多かったけど。でも、今では仮にも伯爵家の次男坊だし。庶子だけどね。
ずっと興味はあったけれど、一人で入ると悪目立ちするのは分かってたし、かと言って誰かを誘って来るわけにもいかなかったし……。
それに何より、人の金で飯が食える素晴らしい機会だし……。

……よし! せっかくだし楽しもう!

相手はよりにもよってキースってのがアレだが、まぁ、だからこそ気兼ねせずに好き勝手注文できると考えればいいか。そう考えたら、なんか好奇心と食欲が一気に湧いてきたな!

「じゃあ、オオニワトリの照りやきと、オーク肉の揚げ春巻き。あとフォッカ草のスープと、カレイレ草のソテー」
「お、いいね」

キースは俺のリクエストを聞くと給仕の若い娘を呼んで注文をした。
注文をとりにきた給仕の女の子が、オーダーを受けつつ、俺のことをちらちらと物珍しそうに見てきたので、少し居心地が悪い思いをする。

「ロスト様って、やっぱ人目を引くよなァ。これでさらにあの『剣星』だってバレたら、この店に人が殺到してくるだろうな」

給仕の女の子が厨房に行ってから、キースはそんなことを言ってきた。
人目を引く……というのは、俺が見た目で貴族だって分かるから、ってことか?
しかし、そんなことを言われても、苦笑いしか出てこないなぁ。

「貴族といっても俺は生まれが生まれだから、ほとんど名ばかりだけどな」
「ん? いや、そういう意味じゃねェよ。ロスト様の容姿の方だって。さっきの女将や給仕の娘っ子とかの反応、見ただろ?」
「反応……?」
「えぇ、マジかよロスト様……」

キースの言うことはよく分からんな。
ま、コイツの言うことなんざ話半分に聞いておけばいいか。

そんな感じで、俺とキースでぽつりぽつりと益体もない会話を続けた。そして、そんな会話のネタもなくなりかけた頃に、俺たちの頼んだ料理が運ばれてきた。
キースは俺のリクエストした料理の他に、付け合わせのための干しアンズパンと、エールを頼んでいた。
だが、俺はキースと乾杯する間柄でもないので、乾杯はせずにそのままエールを煽る。

「しかし、思ったより物怖じしねェのな」
「うん?」

キースも俺との乾杯を気にした様子はなく、そのまま自分のジョッキをぐびりと煽る。
俺はさっそくオオニワトリの照り焼きに手を付けていたため、もぐもぐしながらキースの言葉を聞き返した。

「オレら平民が来るような料理屋、もっとロスト様は嫌がるかと思ったぜ。でも、ぜんぜん物怖じしねェし、飯もフツーにいい食いっぷりだしよ」
「ああ、……まぁ、こういう店には来てみたいと思っていたからな。好奇心が勝った、という感じな」
「そういうモンかね」

まぁ、嘘ですけどね!
ふっつーに、エルシュバーグのお家で召使いに囲まれながらご飯食べるよりかは、めちゃくちゃ美味しいし慣れ親しんでるよ。
こっちの世界で生を受けてから、もう19年以上経つけど、やっぱり俺の感覚って前世の庶民のものなんだよなー。今の俺、めちゃくちゃ居心地いいもん。それに、こういう濃いめの味付けの料理を久しぶりに食べたからすっごい美味しいし。

あ、このオーク肉の揚げ春巻き、めっちゃ美味い!
皮がパリッパリでサックサク……! そして中の肉汁とシャキシャキした野菜が美味しい……!

「…………」

ふと、よく見ると、キースの方はあまり飯に手をつけてないことに気がついた。
正面に座ったキースを見れば、彼は頬杖をついて、片目を細めるようにして俺をじっと見つめている。
あ、これはもしかして、

「俺に幻滅したか?」
「ん?」
「さっきの言葉、そういう意味じゃなかったのか? 俺が貴族っぽい反応じゃなかったから、キースにはつまらなくなったんじゃないのか?」

確か、前にコイツ言ってたよな。
決して触ることができない高嶺の花が理想のタイプで、それで、そんな花を手折るのが好きだとかなんとか。
……つくづく、人としてどうかと思う趣向だなぁ……。

いや、でもキースが俺の所作を見て「すげぇ食い意地はってるな、コイツ。オレの理想と違ったわー」って思ってくれれば、万々歳なのでは!?

「なんの話かと思えば。別に、それぐらいじゃ幻滅しねェよ。むしろ、意外と可愛い所があるんだなって思って見てたぐらいだぜ」
「そうか……」
「おい、なんで残念そうなんだよ、ロスト様」

キースの回答に、がっくり来る俺。
いや、普通に残念すぎるだろ……。

「残念だ。俺にはもう決まった人がいるからな。キースの気持ちには答えられないんだから、早く俺に幻滅して、愛想を尽かしていてくれれば嬉しいと思ったんだが」
「ふぅん? 別にオレ、アンタに自分の気持ちに答えてほしいと思ったことはないから、全然大丈夫だぜ?」

なんと。
俺はキースの口から出た殊勝な言葉に驚き、アンズパンを千切ろうとしていた手を止める。

「ロスト様がオレのこと好きだろうが嫌ってようが、力づくで組み敷くのに変わりはないだろ?」
「それは大丈夫ではないな!」

やっぱりというか何と言うか、ただの犯罪者でしたね!
前々から思ってたけどさ、ウェルは本当によくこんなヤツと友達やってたね!?

「っていうか、貴族なら側室や愛妾が何人もいるのなんてフツーじゃねェか。本命がウェルで、オレは愛人枠でも別に構いやしないぜ?」
「愛人なんざ迎える気はない」
「へェ? でも――エルシュバーグ家の跡取り問題がこのまま進めば、ロスト様もそんなコトは言ってられねェだろ?」

キースの言葉に、びくりと肩が跳ねた。そして、思わずキースの顔を見つめる。
その動作が悪手だと、理性では分かっていたが、止められなかった。
そんな俺を、キースはチェシャ猫みたいなニヤニヤ顔で見つめ返してくる。

「キース、お前っ……」
「おー、やっぱりな。ロスト様が沈んでた理由と、ウェルがそばにいない理由はそれが原因か。じゃあ、あの噂は本当なんだな」

あ――。

くそ、しまった! またやられた……!
さっきのはカマかけだったのだ。キースのニヤニヤ顔と、今の言葉がそれを物語っている。
キースは『噂』の確証を得るため、最善の、最速の一手を放ったのだ。俺は、それにまんまとのせられてしまった。

かつての時と同じように、俺はまたキースに騙されたのだ。

自分の失敗を分かったものの、もう出てしまった言葉と態度は戻すこともできず、また、この状況では誤魔化しようがなかった。
キースはナイフの切っ先のような鋭く、静かな眼光で俺を見つめ返し、そしてひそやかな声で告げた。


「ロスト様のお家……エルシュバーグ家は本来なら、ロスト様の兄君が後を継ぐのが普通だけどよ。それがなんと、庶子で次男のロスト様に、なんでもお祖父サマから跡継ぎのご指名がきちゃったんだって?」

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