転生したので堅物な護衛騎士を調教します。

秋山龍央

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約束

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「約束って……ウェルと、子どもの頃に会った時に交わしたアレか?」

というか、それをこの場で言い出すってことは、ウェルはあの時のことを覚えてくれてたのか?

うっわ、かなり嬉しい!
てっきりウェルはあんな昔のことなんて忘れてるんだろうなぁと思ってたぞ! でも、ウェルもちゃんとあの頃のことを覚えててくれたんだな。
ふふ、子どもの頃のウェルは本当に初々しくてかわいかったよなぁ。あ、もちろんウェルは今でもかわいいし、むしろ今この瞬間のウェルが最上級にかわいいんだけどね?

「……はい、それです」
「ウェルもあの時のことを覚えててくれたのか。でも、それならどうして今まで言ってくれなかったんだ?」

覚えててくれたんなら、最初に会った時に言ってくれればよかったのに。
それに、子どもの頃の約束の件と、今までのウェルの塩対応の件がいったいどう繋がるんだ?

「……言えるわけがございません」

ウェルは俺の問いに、苦々しげな表情で答えた。

「おれは……その、ロスト様とのお約束を、果たすことができなかったのですから。それで、どうしてあなたに昔お会いしたことがあるのだと告げることができましょうか」
「約束を果たせなかったって……」

ウェルの言葉に、遠く、いまだ色褪せないあの日のことを思い出す。


『じゃあ今は思いつかないから。いつか、俺がもっと大人になったら改めてお礼にきてくれないかな? その時までに考えておくから』


そんなことを告げた俺に、あの日のウェルは、


『――――わかった、約束する。いつかきっと、大人になったら。もっと強くなって、今度は君を守れるぐらいになるから。そしたら、君のところに行くから……それまで待っててくれる?』


そう、答えてくれたのだった。


でも……ウェルは、ちゃんと約束を守ってくれたよな? こうやって、俺の護衛騎士にまでなってくれたんだし、ちゃんとあの日の誓いを果たしてくれてるよなぁ?

「あの日……ロスト様に助けられたあの日から、おれはずっと、恩を返すため、約束を果たすため――そして、あなたにもう一度会うために、邁進を続けました。冒険者としてキースやロズリーナとパーティーを組み、冒険者としての知名度も上がり、自分の実力にも自信を持て始めた頃に……ある噂を聞いたのです」
「噂?」
「はい。……まだ15歳になったばかりの伯爵家のご子息が、災いの森にソロで討伐に行かれ、類まれな才能でモンスター討伐を果たしているという噂です」
「! それは……つまり、俺の噂か?」
「ええ、そうです。……そのお方は日を追うごとにモンスター討伐をソロの身でありながら数多く果たし、名声を強めていき――やがて人々には、『剣星』と呼ばれるまでになりました」

すまんウェル。ソロの身でありながらっていうとカッコよく聞こえるけど、俺はそんなカッコイイもんじゃないんだ。ただのぼっちなんだ……。

――ぐはっ!?
し、しまった、自分で自分の発言にダメージを受けたぜ……!
いや、でもしょうがないんだよ! 貴族社会の方だと「母親が平民で妾の子」ってことで見下されてなかなか友達なんかできないし、かといって平民の方だと「父親が伯爵」ってことで今度は恐れ多いって言われて遠ざけられるし!  あとは、俺の能力のことが誰にもバレるわけにはいかないので、仕方なく一人で行ってたってのもあるけどさ。
まぁ、どっちにせよぼっちには変わりないネ、うん……。

それはともかく。
鈍い俺でもようやく、だんだんとウェルの言わんとすることがわかってきたぞ。

つまり、そういうことか。
ウェル……お前ってやつは本当にどこまでいっても真面目なんだなぁ。

「……その噂を聞いた時の、自分の不甲斐なさへの絶望は、今でも忘れられません。
おれは、大人になってあなたを守れるぐらいに強くなったら、あなたのところへ恩を返しに行くとお約束をしたのにも関わらず……その差を埋めるどころか、あの子供の頃よりも、おれとロスト様の力の差ははるかに開いていたのです……」

以前に聞いた話を思い出す。

この世界じゃあソロでモンスター討伐に行く人間はいても、ソロで高ランクのモンスターを狩りきれる人間はいない。だから、ソロで高ランクのモンスターを討伐し続けている俺を、世間は『剣星』という二つ名をつけて評価してくれている、という話だ。
その実態は、俺には『魔眼』という反則技があるからこそ、そんな真似ができるだけだ。魔眼抜きの俺の純粋な実力だけでは、俺はウェルやキースにはまったく及ばないだろう。

だが、そんなことを知らないウェルには、『剣星』と呼ばれるソロ討伐者の噂を聞き、愕然としただろう。


大人になったらあなたを守れるぐらいに強くなる――。


そんな子供の頃の他愛のない約束が、強固な壁となって立ちはだかったのだ。

「……それで、約束を守れなかったって言ってるのか。でも、それならどうして俺の護衛騎士の任務についたんだ?」

そこが疑問だ。真面目なウェルなら、その場合だと一人で修行の旅とかに出ちゃいそうな気がするのに。そこでどうして、俺の護衛騎士に就いたのだろうか?

俺の疑問に、ウェルはまるで告解でもするような、沈痛な面持ちで答えた。

「ロスト様の護衛騎士をやらないかと、伯爵家縁の方からギルドマスターの推薦で声がかかったのです。……伯爵家縁の方からのそんなお申し出を断れば、もう二度と平民である自分にはそんな話は回ってこないでしょう。その話を受けなければ、伯爵家のご子息であるあなたとお会いできる機会はもう二度とないと思い……結局、自分の欲望を優先させてしまいました」

あー、ちょうど、ウェルの前に勤めてくれていた護衛騎士が辞めた時か。四十代くらいの男性の方で、痛風がひどくなって、急に田舎に帰ることになったんだよな。あの頃、セバスチャン達が次の護衛騎士を必死で探してくれていたっけ。

「ですが、護衛騎士としてお会いしたはいいものの、ロスト様は自分よりも強くなってしまわれていて……足手まといなんて必要ないとばかりに、お一人で討伐に行かれてしまうお姿に、とても、あの頃の約束のことなんて言い出せなくて。……いえ、言い出せなかったというか、むしろ約束のことをロスト様が忘れてくれればいいとさえ思っておりました」
「どういうことだ?」
「……初めて会った時、ロスト様は私の名前を聞いても顔色一つ変えなかった。その時、私はほっとしたんです。ああ、自分との約束を忘れてくれているのだと」

ウェルと初めて会った時――、
セバスチャンに「次の護衛騎士のウェルスナー・ラヴィッツ殿でございます」と言われて引き合わされた時だ。

あの時のことはよく覚えている。
窓から差し込む光に、ウェルの髪がところどこと金色に煌めいて、若草色の瞳はまっすぐに俺を見つめかえしてきて……俺がそばにいくと、跪いて臣下の礼をとってくれた。

俺は心中、「え? なんか、俺なんかよりよっぽど貴族らしい人が来ちゃったよ? っていうか、どっかの王子様みたいなイケメンが来ちゃったんだけど、もしかして来る家を間違えてないこの人?」って戸惑いでいっぱいだったのと、ウェルに見惚れすぎてぽけーっとしていたので、約束を思い出すどころじゃなかったな確かに!
でも、俺はちゃんとその翌日くらいに「あれ? もしかしてウェルスナーって、あの時の」って気づいたから、べ、別にすっかり約束を忘れてたわけじゃないんだからね! 勘違いしないでよね!

「ロスト様が忘れていて下さるなら……おれが約束守れなかったことを、あなたは知らないままでいてくれるのだと思ったのです。よかった、あなたに失望されなくてすむのだ、と」
「…………」
「だから私は卑怯にも、あなたがあの時のことをこのまま思い出さないように、私の事など思い出さないように、あなたから距離を置くことを決めたのです。もしも距離が近づけば、何かのきっかけであなたが約束を思い出してしまうかもしれないと……」
「ウェル……」

「――ですが! おれもいい加減を覚悟を決めます!!」

「うわっ」

突然大声をだしたウェルに、びっくりしてのけぞるように後退する。
そんな俺の様子が目に入っていないのか、はたまたそこまで切羽詰まっているのか――、

ウェルは、がしりと俺の肩を掴むと、真剣な表情で俺を見つめた。

「私ごときの思いなぞロスト様に一蹴されるのは覚悟しておりましたが……それでも、嘘だと思われることだけは我慢できません!」
「ウェル……」
「っ……、あの日から、本当にあなたのことだけを想って生きてまいりました。受け止めて下さらなくていいのです、せめて、この気持ちが嘘でないと分かって下さればいいのですっ……」

ウェル……お前、

「……ウェル」

ウェルの頬にそっと指をすべらせると、びくりと怯えたようにウェルの肩が跳ねた。

「ウェル……お前は俺のことを、好きでもないヤツに対してあんなやらしい真似をする人間だと思ってるのか?」
「え……?」
「まさか、お前に先に言われるとはなぁ」

くくっ、と笑いがこぼれた。
あー、くそ。嬉しすぎて、いつもの表情が作れない。というか、表情の作り方がわからない。

「俺もお前がずっと好きだよ、ウェル。だから、『受け止めてくれなくてもいい』なんて言われると、ちょっと困っちゃうんだけどな」
「え……? え?」

まだわかっていないような様子のウェルに対して、俺はそっとその唇に口づけた。

「……っ、ん」

触れるだけのキス。
そういえば、ウェルとのキスはこれが初めての気がするな。

「ほ、本当ですか? ロスト様、本当に、だっておれ、約束を守れなかったのに……」

唇をそっと離した時、ウェルは信じられないというような表情で俺を見つめていた。

「ちゃんと守ってくれたじゃないか。今日だってこうやって助けにきてくれたし……それに前にも言っただろ? 俺は、ウェルがそばにいてくれるだけで充分なんだよ」
「……っ、ほ、本当なんですか……?」
「本当だよ、もう一回言おうか? ウェルスナー、愛している」
「っ……!」
「俺なんかとの約束を、ずっと守ってくれてありがとう。もう充分すぎるくらいだよ」

俺がそう告げると、ウェルの若草色の瞳からぽろりと雫が落ちた。

そのまま、ウェルは感極まったようにぽろぽろと涙をこぼし続け、俺はしばらくそんなウェルに寄り添って、よしよしと背中をなでてやったのだった。
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