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手紙
しおりを挟む「……ロスト様、その……あの、昨夜は、本当に申し訳ございませんでした」
真っ赤な顔で、ぷるぷると生まれたての小鹿みたいに震えながら俺に頭を下げるウェル。
俺の部屋でいつも通りに朝食と着替えを済ませた後で、ウェルが俺の部屋を訪れ、開口一番に言ってきたのは謝罪の台詞だった。
うん、いい朝だ!
いやぁ、今日はいっそう世界が輝いて見えるね!
「昨夜のことは気にするな、もう身体は大事ないか」
「は、はい……その、おかげさまで」
俺が声をかけると、ウェルはようやく顔をあげた。が、その顔は真っ赤なままだし、目線は俺の方には決して向かず、あっちこっちをさ迷っている。俺の顔が見れないんだろう。
いやぁ、こういう風に困った顔をしているウェルはかわいいなぁ。このまま執務机に頬杖でもつきつつ困り切ったウェルをによによと眺めていたいが、そうは問屋が卸さない。そう、残念ながら今日は俺が仕事があるのだ。
「俺は今日は兄上から回された事務仕事があるからな、災いの森への討伐は控えるつもりだ。ウェルも今日は休息をとっておけ」
「し、しかし……私は昨日もお休みを頂いてしまいましたので」
「気にするな。まぁ、気が落ち着かないならいつも通り鍛錬に励んでいてくれればいいさ」
「しかし……」
なおも落ち着かない様子のウェル。相変わらずウェルは真面目だなぁ。
けど、俺はお前にはやく部屋を出ていってもらわないと困るんだよ。昨日、俺がなんであんな台詞をウェルに言わせつつ、ウェルを辱めたと思ってるんだ? お前が俺の護衛騎士をやめたら困るから、そういう話を持ち出される前にお前をぐちょぐちょにするためだよ!
だから、そんな俺の目論見がまだ完成しきってない内に、こういう真面目モードなウェルと顔を合わせたくはないんだけどなぁ。
どうしたもんかなーと思っていると、俺の部屋のドアを静かにノックする音が響いた。
「――ロスト様、セバスチャンです。ただいまお時間よろしいでしょうか」
セバスチャンだ。
どうしたのだろうか、こんな朝っぱらから。
「いいぞ、入れ」
入室を促すと、ウェルがさっと向かいドアをゆっくりと開けた。
セバスチャンはドアの所で俺に礼をし、ウェルには目礼だけをすると恭しい態度で俺の方へと歩み寄ってくる。その手には、封をされた手紙を掲げていた。
「ロスト様宛に本日届いたものでございます。事前に探知魔法で調査をしましたが、罠や毒物等はしかけられておりませんでした」
「俺に……?」
「いかがいたしましょうか? もしもよろしければ、私めの方で開封させて頂きますが」
「いや、いい。ありがとう、もう下がっていいぞ」
セバスチャンから手紙を受け取ると、彼は再び恭しく一礼をしてから、俺の部屋から退出した。
セバスチャンから受け取った手紙は、生成り色の用紙に封印がされたものだった。封蝋がされてないってことは、貴族からじゃないな。羊皮紙に近い紙の質から見ても、貴族ではない市井の富裕層が手に入れられる程度、というとこだ。
俺個人宛の手紙、なら何回かもらったことはあるが……こういうタイプの手紙をもらったことはないな。
んー、誰だろう?
「……それは、」
ふと、かすかな声に思わず顔を上げてみると、ウェルが驚いたように目を見開いて、俺の持っている手紙を見つめていた。
「どうした、ウェル?」
「……いえ、申し訳ございません。ただ、知り合いの使っていたものによく似ていたものですから」
「ふむ……?」
ウェルの知り合い、か。
あー、なんとなく分かった気がするなぁ。
俺は封印がされた手紙をびりびりと端っこを破き、手紙を広げてみる。ウェルの視線を感じたが、内容はウェルに見えないような位置で開いた。
うん、やっぱり思った通りだ。
――――――
先日の続きの話がしたい。
応じる気があれば「銀百合の宿」に来られたし。
日時の指定はギルドの伝言板に残してもらえればこちらが合わせる。
――――――
名前も何も書いてない。ただ、用件だけを簡潔にまとめただけの手紙。
だが、俺にはこれだけで分かった。
「ふぅん……」
俺はその手紙をそっと元の形に折りたたむと、自分の執務机に閉まった。
「……ロスト様」
「なんだ、ウェル?」
と、執務机の引き出しに手紙をしまったと同時に、ウェルが俺に声をかけてきた。
見れば、ウェルはなぜだか険しい顔をして、俺が手紙をしまいこんだ引き出しをじっと見つめている。
「……もしも違った場合には申し訳ございません。ですが、その……もしかして、今の手紙はキースからのものだったのではないですか?」
「……どうしてそう思うんだ?」
「彼が昔、口利きで手に入れた用紙と同じ物でしたし……手紙をしたためている様子を、何度か見たことがありますので」
なるほど、キースとウェルは冒険者仲間だったんだもんな。なら、キースと同じ宿屋に泊まったこともあるんだろうし、そういう様子を見たことがあるのも当然か。
「いや、彼からではなかったよ。だいたい、彼と俺は手紙をやりとりするほどの仲でもないしな」
「……そうでしたか。余計な詮索をしてしまい、申し訳ございません」
「……そんなに気になるか?」
「え?」
「この手紙がキースからのものだったらってことが、そんなに気になるか?」
……ウェルは、やっぱりキースのことが好きなんだろうか。
だからこそ、こんなに手紙のことを気にするんだろうか。
否定してほしい、と思って問いかけた俺の言葉は、
「……はい、気になります」
ウェルによってあっさりと肯定された。
「……そうか、わかった。もう下がってもいいぞ」
「わかりました。……何かございましたらいつでもお呼びください」
そう告げたウェルは、だが最後まで、俺が手紙をしまった引き出しの中をずっと気にしている様子だった。俺のしらじらしい嘘に、もしかしたら気がついていたのかもしれない。
ウェルが部屋を出ていく様子を視線だけで見送る。そして、ウェルがドアを閉めた音が部屋の中に響くと、俺は一人になった部屋でそのまま執務机につっぷした。
「はぁー……やっぱり、ウェルはキースのことが好きなのかな……」
張りつめていた糸が切れたように、ぐでっとなる俺。そんな俺のもとに、ぴょこんとミーコがやってきて、机の上にのると小さな手でぺしぺしと俺の頭を叩いた。
「ミーコ……すまん、俺は今遊んでやる気力がないんだ……」
「みぃ」
「はぁ……。護衛騎士っていう立場のウェルを引き留める術はいくらでもあるけどさ。さすがに、心まではどうにもならないよなぁ」
「みゃおーう」
机の引き出しから手紙を再度取り出す。すると、ミーコもなぜか一緒になって手紙を覗き込んできた。かわいい姿に、ほんのちょっとだけ気分が癒される。
「……まぁ、俺も覚悟を決めないとな」
ウェルをこのままいいようにして護衛騎士として引き留めるにせよ、この前のギルドのやり取りからして、キースとの衝突は決して避けられないものだろう。
なら、俺も男として覚悟を決めないといけない。キースが真正面から俺と相対するというのなら、俺もここで逃げるわけにはいかなかった。他のことなら逃げてもいいけれど、ウェルのことなら逃げられない。まぁ、当のウェル本人にはきちんと向き合ってはいないんだけどね! でも、それとこれとは話は別だ。別といったら別なんだ。
「ふっ……しかし、キースのヤツ」
――これ、「銀百合の宿」ってあるけど、特に住所とかが書いてないんだけど?
キースさんったら、見かけによらずあわてんぼうさんかよ!
俺、冒険者が使ってる宿とか知らないよ?
名前だけ言われても、どこにあるんだよって感じなんだけど!?
真正面から相対するうんぬん以前の問題で、まず待ち合わせ場所に行けるかどうかが前途不安な俺なのであった。
き、きっと我が家のセバスチャンなら知ってると信じて……!
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