26 / 38
手紙
しおりを挟む「……ロスト様、その……あの、昨夜は、本当に申し訳ございませんでした」
真っ赤な顔で、ぷるぷると生まれたての小鹿みたいに震えながら俺に頭を下げるウェル。
俺の部屋でいつも通りに朝食と着替えを済ませた後で、ウェルが俺の部屋を訪れ、開口一番に言ってきたのは謝罪の台詞だった。
うん、いい朝だ!
いやぁ、今日はいっそう世界が輝いて見えるね!
「昨夜のことは気にするな、もう身体は大事ないか」
「は、はい……その、おかげさまで」
俺が声をかけると、ウェルはようやく顔をあげた。が、その顔は真っ赤なままだし、目線は俺の方には決して向かず、あっちこっちをさ迷っている。俺の顔が見れないんだろう。
いやぁ、こういう風に困った顔をしているウェルはかわいいなぁ。このまま執務机に頬杖でもつきつつ困り切ったウェルをによによと眺めていたいが、そうは問屋が卸さない。そう、残念ながら今日は俺が仕事があるのだ。
「俺は今日は兄上から回された事務仕事があるからな、災いの森への討伐は控えるつもりだ。ウェルも今日は休息をとっておけ」
「し、しかし……私は昨日もお休みを頂いてしまいましたので」
「気にするな。まぁ、気が落ち着かないならいつも通り鍛錬に励んでいてくれればいいさ」
「しかし……」
なおも落ち着かない様子のウェル。相変わらずウェルは真面目だなぁ。
けど、俺はお前にはやく部屋を出ていってもらわないと困るんだよ。昨日、俺がなんであんな台詞をウェルに言わせつつ、ウェルを辱めたと思ってるんだ? お前が俺の護衛騎士をやめたら困るから、そういう話を持ち出される前にお前をぐちょぐちょにするためだよ!
だから、そんな俺の目論見がまだ完成しきってない内に、こういう真面目モードなウェルと顔を合わせたくはないんだけどなぁ。
どうしたもんかなーと思っていると、俺の部屋のドアを静かにノックする音が響いた。
「――ロスト様、セバスチャンです。ただいまお時間よろしいでしょうか」
セバスチャンだ。
どうしたのだろうか、こんな朝っぱらから。
「いいぞ、入れ」
入室を促すと、ウェルがさっと向かいドアをゆっくりと開けた。
セバスチャンはドアの所で俺に礼をし、ウェルには目礼だけをすると恭しい態度で俺の方へと歩み寄ってくる。その手には、封をされた手紙を掲げていた。
「ロスト様宛に本日届いたものでございます。事前に探知魔法で調査をしましたが、罠や毒物等はしかけられておりませんでした」
「俺に……?」
「いかがいたしましょうか? もしもよろしければ、私めの方で開封させて頂きますが」
「いや、いい。ありがとう、もう下がっていいぞ」
セバスチャンから手紙を受け取ると、彼は再び恭しく一礼をしてから、俺の部屋から退出した。
セバスチャンから受け取った手紙は、生成り色の用紙に封印がされたものだった。封蝋がされてないってことは、貴族からじゃないな。羊皮紙に近い紙の質から見ても、貴族ではない市井の富裕層が手に入れられる程度、というとこだ。
俺個人宛の手紙、なら何回かもらったことはあるが……こういうタイプの手紙をもらったことはないな。
んー、誰だろう?
「……それは、」
ふと、かすかな声に思わず顔を上げてみると、ウェルが驚いたように目を見開いて、俺の持っている手紙を見つめていた。
「どうした、ウェル?」
「……いえ、申し訳ございません。ただ、知り合いの使っていたものによく似ていたものですから」
「ふむ……?」
ウェルの知り合い、か。
あー、なんとなく分かった気がするなぁ。
俺は封印がされた手紙をびりびりと端っこを破き、手紙を広げてみる。ウェルの視線を感じたが、内容はウェルに見えないような位置で開いた。
うん、やっぱり思った通りだ。
――――――
先日の続きの話がしたい。
応じる気があれば「銀百合の宿」に来られたし。
日時の指定はギルドの伝言板に残してもらえればこちらが合わせる。
――――――
名前も何も書いてない。ただ、用件だけを簡潔にまとめただけの手紙。
だが、俺にはこれだけで分かった。
「ふぅん……」
俺はその手紙をそっと元の形に折りたたむと、自分の執務机に閉まった。
「……ロスト様」
「なんだ、ウェル?」
と、執務机の引き出しに手紙をしまったと同時に、ウェルが俺に声をかけてきた。
見れば、ウェルはなぜだか険しい顔をして、俺が手紙をしまいこんだ引き出しをじっと見つめている。
「……もしも違った場合には申し訳ございません。ですが、その……もしかして、今の手紙はキースからのものだったのではないですか?」
「……どうしてそう思うんだ?」
「彼が昔、口利きで手に入れた用紙と同じ物でしたし……手紙をしたためている様子を、何度か見たことがありますので」
なるほど、キースとウェルは冒険者仲間だったんだもんな。なら、キースと同じ宿屋に泊まったこともあるんだろうし、そういう様子を見たことがあるのも当然か。
「いや、彼からではなかったよ。だいたい、彼と俺は手紙をやりとりするほどの仲でもないしな」
「……そうでしたか。余計な詮索をしてしまい、申し訳ございません」
「……そんなに気になるか?」
「え?」
「この手紙がキースからのものだったらってことが、そんなに気になるか?」
……ウェルは、やっぱりキースのことが好きなんだろうか。
だからこそ、こんなに手紙のことを気にするんだろうか。
否定してほしい、と思って問いかけた俺の言葉は、
「……はい、気になります」
ウェルによってあっさりと肯定された。
「……そうか、わかった。もう下がってもいいぞ」
「わかりました。……何かございましたらいつでもお呼びください」
そう告げたウェルは、だが最後まで、俺が手紙をしまった引き出しの中をずっと気にしている様子だった。俺のしらじらしい嘘に、もしかしたら気がついていたのかもしれない。
ウェルが部屋を出ていく様子を視線だけで見送る。そして、ウェルがドアを閉めた音が部屋の中に響くと、俺は一人になった部屋でそのまま執務机につっぷした。
「はぁー……やっぱり、ウェルはキースのことが好きなのかな……」
張りつめていた糸が切れたように、ぐでっとなる俺。そんな俺のもとに、ぴょこんとミーコがやってきて、机の上にのると小さな手でぺしぺしと俺の頭を叩いた。
「ミーコ……すまん、俺は今遊んでやる気力がないんだ……」
「みぃ」
「はぁ……。護衛騎士っていう立場のウェルを引き留める術はいくらでもあるけどさ。さすがに、心まではどうにもならないよなぁ」
「みゃおーう」
机の引き出しから手紙を再度取り出す。すると、ミーコもなぜか一緒になって手紙を覗き込んできた。かわいい姿に、ほんのちょっとだけ気分が癒される。
「……まぁ、俺も覚悟を決めないとな」
ウェルをこのままいいようにして護衛騎士として引き留めるにせよ、この前のギルドのやり取りからして、キースとの衝突は決して避けられないものだろう。
なら、俺も男として覚悟を決めないといけない。キースが真正面から俺と相対するというのなら、俺もここで逃げるわけにはいかなかった。他のことなら逃げてもいいけれど、ウェルのことなら逃げられない。まぁ、当のウェル本人にはきちんと向き合ってはいないんだけどね! でも、それとこれとは話は別だ。別といったら別なんだ。
「ふっ……しかし、キースのヤツ」
――これ、「銀百合の宿」ってあるけど、特に住所とかが書いてないんだけど?
キースさんったら、見かけによらずあわてんぼうさんかよ!
俺、冒険者が使ってる宿とか知らないよ?
名前だけ言われても、どこにあるんだよって感じなんだけど!?
真正面から相対するうんぬん以前の問題で、まず待ち合わせ場所に行けるかどうかが前途不安な俺なのであった。
き、きっと我が家のセバスチャンなら知ってると信じて……!
59
お気に入りに追加
3,187
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】
最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。
戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。
目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。
ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!
彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!!
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。
みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。
生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。
何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人
こじらせた処女
BL
幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。
しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。
「風邪をひくことは悪いこと」
社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる