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繋
しおりを挟む『ああ――前にな。アンタの護衛騎士を辞めようかどうかとか? そんな話もしてたぜ』
……屋敷へ向かう帰りの馬車の中、キースの言った言葉が俺の頭の中をぐるぐると巡っていた。
ポケットにいるミーコが「みゃお、みゃお!」と、取り合わない方がいいぜあんなヤツ!という感じで慰めてくれているが、申し訳ないが俺の心にはその慰めは響いてこなかった。
……この前、ウェルが偶然キースとロズリーナさんに再会した時。
二人は本当に気の置けない間柄で、遠慮も何もない友人同士なんだと、見ただけで分かった。
けれど、本当にそれだけだったんだろうか?
このリッツハイム魔導王国は同性同士の結婚も認められており、冒険者のパーティーメンバーの間でカップルができるというのもよくある話だ。恋人同士の間柄でなくとも、パーティーメンバーの中で身体の付き合いがあるという話もよく聞いたりする。
そしてあのキースの態度は、俺を明らかに挑発していた。
つまり――、キースはウェルのことを好きなんじゃないだろうか?
……あり得る話だ。あんなに可愛いウェルなんだ。一緒に冒険者でパーティーを組んでいれば、すぐにウェルの魅力に気づいただろう。そしてすぐにコロッといったに違いない。コロコロッと!
恐らくキースは冒険者時代の頃から、ウェルのことを思っていたんだろう。そして、今回ウェルから「護衛騎士を辞めたい」と相談をもちかけられ、俺からウェルを取り戻すためにあのケンカをふっかけるような態度に出てきたと思えば、全ての辻褄が合うのではないだろうか。
「なら、あとはウェルの気持ち次第ってことか」
そう。だから後は、ウェルが「護衛騎士を辞めたい」と、俺に再度言ってくることがあれば、キースの思惑は全て完了するだろう。
今はウェルは、その話を出してくることはないが……。恐らく、先日の痴態をさらした衝撃のせいで今はそんな気分になれないか、または俺の魔眼による「発作」のことがあるからまだ様子をみているのか。そのどちらかなんだろう。
「……結局、この魔眼に振り回されてるな」
この魔眼を使いこなすために、この能力を把握するための実験で始めたことなのに。
振り返れば、俺はこの能力を使いこなすどころか、終始自分の能力に振り回されっぱなしだった。
本末転倒な自分の馬鹿らしさに、思わず自嘲するように笑う。ポケットの中のミーコが、そんな俺を心配するように「みぃ」と声をかけてくれた。
ごめんな、そんな優しさをかけてもらえるような上等な人間じゃないんだ、俺。
◆
「ウェル、ただいま。身体の具合はどうだ?」
あれから屋敷に戻り、執務を片付けて夕飯を済ませた俺は、ウェルの見舞いをすることにした。
ウェルの部屋に続くドアをノックし、声があったので、ウェルの部屋に入る。ウェルはベッドから起き上がると、こちらに慌てて頭を下げてきた。
「申し訳ございません、ロスト様。このような見苦しい格好で……」
「気にするな、病人なんだから当然だろう? まぁ、厳密にいえば病人とは違うか」
俺の言葉にちょっと頬を赤らめて、「お心遣いいたみいります」をまたも頭を下げるウェル。
ウェルは濃いグレーのシャツと黒いズボンの、簡単な格好をしていた。寝間着ではないようなので、部屋でくつろぐための格好なのだろう。だが、そんな恰好でもウェルが切ればフツーにカッコいい。くそ、イケメンはこれだから! なんでも着こなしやがる!
「ほら、まだ身体が本調子じゃないんだろう? 寝ていていいぞ」
「ですが、ロスト様を立たせたままで私が寝ているというのは……」
「いいから、気にするな。俺が立ってるのが気になるんなら、そこの椅子でも借りるさ」
そういえば、この前は色々と慌ただしくて中々周りを見ていなかったな。
俺はライティングデスクの前にあった椅子をベッドの傍らに持ってきつつ、さりげなく部屋の様子を見てみる。
ウェルの部屋は、男の一人暮らしの部屋という観点から見ればものすごく片付いていた。
俺の部屋の半分ほどの広さの部屋だが、男一人で暮らすには十分な部屋だろう。開閉式の木製のライティングデスクが部屋の片隅に置いてあり、部屋の右側に本棚が置かれている。衣装箪笥の隣に、いつも使っているプレートメイルや革鎧や剣が磨かれて置いてあり、目立つものはそれぐらいだ。
片付いているというより、どっちかというと物がほとんどなかった。本棚に置いてある本も、『リッツハイム魔導王国の歴史』とか『冒険者ギルドの成り立ち』とか、そんな遊びっ気のない本ばかりだ。
あるいは、ライティングデスクの中に、個人的な物がしまってあるのかもしれないが、そこをさりげなく開けてみたりする詭弁が今の俺の頭脳では思いつかない。
……もしくは、もうウェルの心の中では俺の護衛騎士を辞めると、決意してるのだろうか?
立つ鳥跡を濁さず、とは前世の言だが、真面目なウェルならきっとそうするだろう。
やはりあのキースの言う通り、ウェルは俺の騎士を辞めると決めていて。
だからこそ、部屋の中がこんなに片付いてるんじゃないだろうか……?
そう思考をめぐらせた瞬間――、
俺はウェルへ魔眼の効力を発動させていた。
「……ひっ!?」
「ん、どうしたウェル? なにか言ったか?」
「っ…………」
見れば、ウェルが口元に手を当てて、悲鳴を必死に殺している。
そんなウェルに対して、俺は素知らぬ顔で声をかける。ウェルは、口に手を当てて声を殺したまま、泣きそうな顔で目の前にいる俺を見てきた。
……そう。俺はここに来るまで、今日一日ずっと必死に考えたのだ。
先日、ウェルから「護衛騎士を辞めたい」と申し出があった件。
もちろん俺は、ウェルに騎士を辞めさせるつもりはないし、絶対に辞めてほしくはない。
「ロ、ロスト様……私……」
今、ウェルの乳首には先日と同じように、絶え間ない痒みと快楽が襲い掛かっていることだろう。必死に漏れ出る喘ぎ声を殺すように、ウェルは口に手を当てたまま、もじもじと身体をゆらしている。
「……っ、その。また、例の発作が起きたようなんです。どうか、助けて、下さい……」
しばらく沈黙が続いたが、やがてウェルは覚悟を決めたように俺にか細い声でそう伝えてきた。
そうだ、俺がウェルを繋ぎとめる方法はこれしかない。
つまり、この魔眼の能力を用いて、ウェルの身体をこれまで以上に調教する。
以前、ウェルは「こんな様では護衛騎士を続けるわけにはいかない」というようなことを言っていたが、つまりそれを逆にしてしまえばいいのだ。
俺の魔眼で「いつ発作が起きるか分からない」「助けを求められるのは俺しかいない」という状況を徹底的に作り上げ、他人に絶対に打ち明けられないほどの秘密を作らせてしまえばいい。そうすれば、俺の騎士を辞めるわけにはいかなくなるだろう。
ああ。なんなら信憑性を高めるために、以前言っていた治癒師を実際に手配してもいいな。だが、治癒師にだって、この世界の他の誰にだって原因は一切わからないのだから、結局、ウェルは俺に助けを求めるほかなくなるわけだ。
……たとえ、ウェルが俺のことをどう思っていようとも。
――要約すると、まぁ「これまで通りやる」の一言に尽きるんだけどね!
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