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回想
しおりを挟むあの時のことは今でも鮮明に思い出せる。
そう、あれは俺が10歳になり、魔眼の力を自覚しはじめたばかりの頃だった。
「……ここが災いの森かぁ」
鬱蒼としげる森は薄暗く、静かだ。
だが、耳をすませば草のこすれる音や枝の落ちる音、小鼠の鳴き声や小鳥の囀ずりが聞こえてくる。前世では都会育ちで、山や森なんざ何年も行ってなかったので、ちょっとわくわくするような怖いような、不思議な気分だ。
そう、前世。
二カ月前……俺はいきなり、「前世」で生きていたヤマダトオルという日本人の記憶を目覚めさせていた。というか、記憶が目覚めたというか、ヤマダトオル自身の魂と今の俺の魂が融合した感じ。ベースとして元の俺、ロストの基盤は確かに残ってるんだが、そこにいきなりヤマダトオルという人間の歴史が大量上書きされて、精神の8割くらいがヤマダトオルという人間のモノになってしまった……というのが、一番しっくりくるかもしれない。
「みゃう」
「ミーコ、あんまり動くなよ。くすぐったいんだから」
俺が纏った外套の下、ジャケットのポケットからぴょこりと顔を出したのはエアリーキャットのミーコだ。
庭でうっかり俺がこの「力」を使ってうっかり苦しめてしまったのだが、あれからこのエアリーキャットは俺になつき、俺の後をついてくるようになった。
「大人しくしてろよ。ここに来たのは兄上や父上、セバスチャンには内緒なんだ。迷子になっても探しにいけないからな」
「みゃお!」
なんだか「お前こそな!」という感じで俺に相づちをうってくるミーコ。まぁ、確かに俺こそ気をつけなきゃいけないよな。ここは「災いの森」と呼ばれ、レベルの高いモンスターが跋扈する森だ。今の俺のような子供がモンスターと鉢合わせしたら、一瞬の内に殺されてしまうだろう。
「……でも、ここじゃなきゃ試せないしな。ミーコの時といい、他の時といい……たぶん、俺が見ていると『なにか』が発生してるんだ。今日はそれを確かめなきゃ」
そんな俺が兄上やセバスチャンに黙って、こんな危険な森に来ていたのは、自分の能力を試すためだった。
いや。試す、という段階でもまだない。
自分になにか「おかしな力がある」とは薄々感づいたものの、それが具体的にどういうものかはさっぱりだったし、本当にそんなものがあるかも半信半疑だった。
だが、もしも本当に自分に何らかの能力があって、それが人に害を及ぼすものだったら?
このミーコみたいに、自分の知らない内に誰か人を傷つけて、苦しめることになったとしたら?
それが怖くて、俺は今日、この森に来ていた。
ずばり、モンスターで自分の能力を検証してみるためである。
「よし、ミーコ。さっさとモンスターを見つけて俺の能力を検証しよう。こんな不気味な森、さっさと出るのが吉だな」
「みゃお!」
俺の言葉に「それには同意だね!」という感じで相槌をうってくるミーコ。ポケットに入ったままだが、指先をのばすとすり寄ってくる姿はとてもかわいい。しかもかわいいだけではなく、ミーコは気配や臭気でなんとなくモンスターの気配がわかるようなのだ。
だから、そのミーコの嗅覚を頼りに俺達は今、レベルの高そうなモンスターがいる場所を避けて、レベルが低くてモンスターの数が少ない場所を目指して歩き続けていた。
「みゃ……?」
と、ミーコがいぶかしげな声を立てた。
心なしか、その毛がぶわっと逆立っている。
「どうした、ミーコ?」
「みゃお!」
「え、人の気配? もしかして、冒険者の人かな……?」
ミーコが手振りで、近くに人間の気配がすることを教えてくれた。この災いの森には、討伐報酬狙いによく冒険者が訪れているという。ミーコの感じた冒険者の気配もきっとそれだろう。
「へぇ、いいじゃないか。俺、冒険者の人が戦ってるところを生で見たかったんだ。行ってみようぜ、どっちの方角だ?」
「みゃお!」
「よし、西南だな!」
大きな物音を立てないように、けれどなるべく早足で駆ける。
けど、俺が早足で向かった先には、俺の期待していたような光景はなかった。
その代わりに目の前に現れた光景は――、
「――――子供!?」
辿り着いた先にいたのは、俺よりも二、三歳ほど年上らしい少年が、ゴブリンと一体一で戦っている姿だった。なんだって子供がこんな所に一人で? いや、今の俺も10歳の子供なんだけどさ。
しかしそんな少年は、ゴブリンに対してまったく遅れをとっていなかった。
剣の速さ、重さ、閃き。
まるで流れるように、筆で絵を描くかのように流麗なきらめき。遅れをとるなんてもんじゃない、ゴブリンなんざ相手にもなっていなかった。
「っ!」
だが、一瞬、その少年の動きがにぶった。狭い森の中で戦うのは初めてだったのだろう、見れば、少年の服の裾が近くの茂みに引っかかっていた。
一瞬にも満たない、わずかな隙。だが、その瞬きのような合間で少年の動きが止まったのをゴブリンは見逃さず、こん棒を突き出し、少年の腹部を直撃する!
「あぐっ……!」
グラリ、と少年の身体がかしぐ。
やばい、このままじゃあの子が! けど、この距離からじゃ俺の助けも間に合わない!
くそ、なんでもいい、何かないのか!?
ああ、なんでもいいから――そこのゴブリン、『止まれ』!
「ギャオッ!?」
俺がゴブリンをひと睨みした瞬間、ゴブリンが悲鳴をあげた。そして、何かに全身を襲われたかのように立ったまま身体を痙攣させ始めた。
な、なんだ? この感じ、前にミーコの時にもみたアレか……? もしかして、対象を見つめて頭の中で念じると、効力が発動するのか? いや、詳しい検証は後にしよう。だが、いいヒントが見つかった。
俺はそのままゴブリンに直行すると、地面にじたばたと転がって全身をこすりつけているゴブリンに近づき、剣にてその首と胴体を切断した。
「みゃお!」
「ああ、お疲れさまだなミーコ」
ポケットの中から「いっちょうあがりだな!」という感じに俺を見上げてくるミーコの頭をなでてやり、剣についたゴブリンの血を布でぬぐってから鞘におさめる。
見れば、少年は腹部にもらった一撃がかなり重かったのか、地面に膝をついてまだ咳き込んでいた。
「大丈夫か? これ、よかったら飲んでくれ」
「あ、ありがとうございます……あのゴブリン、君が倒してくれたの?」
「ああ、うん。なんとかね」
少年に持っていた水筒を手渡す。
少年は、栗色の短い髪に、鮮やかな若草色のくりっとした瞳が可愛い子だった。もっと年を重ねれば、きっと精悍さが増してさぞかしイケメンに育つことが想像に難くない。
「ありがとう。おれは――ウェルスナー・ラヴィッツ」
「え。えーっと俺は……ロスト。とりあえず、ロストって呼んでくれ」
少年に家名は名乗らなかった。俺が伯爵家の血筋の人間ってわかったら面倒そうなことになりそうだし。そもそも、ここに俺が来ているのは誰にも内緒なんだ。父上はともかく……セバスチャンや兄上に知られたら、絶対に怒られる。
「にしてもウェルスナーは、なんでこんな森に一人で? 子供がいるようなところじゃないと思うけど」
「君だって子供だろ?」
俺の言葉に、おかしそうに笑うウェルスナー。
その陽だまりみたいな笑顔に、ちょっと見惚れてしまう。
「おれは、親父が冒険者でね。今日は親父が実地訓練だって言って、この森に連れてきてくれたんだけど……運の悪いことにゴブリンの群れに遭遇して、戦いの最中に親父と親父の仲間たちとはぐれちゃって」
「そうだったのか……大変だったな」
「でも、おれが悪いんだ。戦いには不測の事態はいつだって起きるって知ってたのに、理解してなかった。たぶん、君がいなかったらここでおれは死んでたと思う」
「ウェルスナー……」
「……ありがとう、助けてくれて」
……やべぇ、このショタすごい頭いい!
そして今のはにかんだ笑顔、すごい可愛い……! あ、今は俺もショタか。
しかし、なんか、物の考え方とか態度とかがとても大人びてらっしゃるな……。やっぱり冒険者のお子さんだがら、死生観とかが俺とは全然違うんだなぁ……。
「ロストくんは?」
「え?」
「君は、こんなところで何をしてたんだい? 確かにおれも子供だけど……君はおれより年下だ。それに、見たところ君はおれみたいに誰かに連れてきてもらったわけじゃない。一人っきりできたみたいじゃないか」
「……ごめん。それには答えられないんだ」
「え……」
ウェルスナーのもっともな質問に、俺はそっと目を逸らす。
しょうがないじゃないか、だって「なんか俺、自分の身体になんか特殊能力が秘められてる気がするんだ。今日はそれを検証しに、一人っきりでモンスターの蔓延るこの災いの森にきました!」とか正直に答えてみろ。前世だったら「まぁ、中二病を患ってらっしゃるのね……お可哀想に」で済んだかもしれないが、この世界だと真面目にお医者さんを勧められる可能性がある。なら、下手にごまかすよりも、素直に「答えられない」と言った方がマシだ。
おかげで、俺の返答に対して深く関わらないほうがいいと判断したのだろうウェルスナーは、それ以上、何かを聞いてくることはなかった。
よし、ちょっとだけ名残惜しいけど、今のうちにこの場を離脱しよう。
「じゃあ俺、もう行かなきゃいけないんだ。余計なお節介しちゃってごめんな、ウェルスナー」
「あ、待って!」
そそくさとその場を後にしようと俺の手を、ぱしりとウェルスナーがつかみ、引き留めた。
「……? なんだ、ウェルスナー?」
「いや、あの……もっと君と話がした……じゃなくて! あの、いや、その! そうだ、お礼! 君になにかお礼がしたいなぁって思って!」
わたわたと顔を真っ赤にしながら、必死な様子で言い募るウェルスナー。
お礼……?
ああ、助けてもらったお礼ってことか。でも、ウェルスナーのことがなくても、俺だってモンスターを討伐する気でここに来たから別にそんなのいいのに。やっぱり冒険者のお子さんだから、そこらへんも真面目な考えなんだろうか。しっかりしてるなぁ。
「いや、お礼なんていいよ。俺が勝手にやったことだし」
「で、でも……」
お礼なんて本当にいいのに、ウェルスナーはぎゅっと俺の手を握ったまま放そうとしない。
その様子はなんだか、段ボールに入ってこっちに訴えかけてくる仔犬を連想させた。キューン……という声が聞こえてきそうだ。
「じゃあ今は思いつかないから。いつか、俺がもっと大人になったら改めてお礼にきてくれないかな? その時までに考えておくから」
手をのばして、なんだか可愛く見えるこの年上の少年の頭をなでながら、俺は笑いかけた。
ウェルスナーはなんだかぽうっとした顔をして俺を見つめていたが、やがてハッと気がついたかのように自分を取り戻すと、こくこくと首が外れるんじゃないかという勢いで首を縦に振った。
「――――わかった、約束する。いつかきっと、大人になったら。もっと強くなって、今度は君を守れるぐらいになるから。そしたら、君のところに行くから……それまで待っててくれる?」
ウェルスナーの栗色の髪が、木漏れ日にあたって、きらきらと金色の光を放っている。若草色の瞳の澄んだ輝きは、この少年の澄みきった魂をそのまま表しているかのようだった。
「うん、待ってるよ」
そして、俺もウェルスナーに微笑み――約束を交わした。
そう。これは今はもう遠い、子供の頃の他愛のない思い出。
誰しもが持っている、子供の頃のなんてことのない昔話の一つ。
二人の子供が、他愛のない約束を交わした――ただそれだけの話だ。
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