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さて。実験という名の調教を、俺の護衛騎士であるウェルスナーに施そうと決めた朝。
……言ってて、自分でもろくでもねぇ朝だなぁと思ったよ。

ふむ。とは言うものの、俺もウェルスナーの調教だけするわけにはいかないな。俺も「災いの森」に入って、モンスター討伐に行かなければいけないし……。
ちなみに、俺は伯爵家の次男だが、特にやるべき政務はない。俺の異母兄弟である、伯爵家の正当な嫡男である兄上は大層出来がいいので、政務の方は父上と兄上が行い、俺は代わりに「災いの森」でモンスター討伐に励むという感じだ。
たまには領地の視察に行ったり、父上の書類仕事を手伝ったり、兄上の護衛についたり、夜に他の貴族の夜会や舞踏会に招かれたりオペラを観に行ったりするが、今日は特にそういった予定はない。うちの執事のセバスチャンに聞いてみたところ、冒険者ギルドでの急ぎの討伐依頼も特にないようだ。

「うむ、つまり今日の予定は、日課のモンスター討伐に行きつつ、俺の新能力の人体実験をかねたウェルスナーの調教を同時に行うということだな。……よし、アレでいこう」

人に聞かれたら社会的死亡確定な台詞だが、ここは俺の自室なので問題ない。
と、俺の部屋のドアがコンコン、とノックをされた。

「――おはようございます、ロスト様。護衛騎士、ウェルスナーです」
「よし、入れ」

すでに着替え終わっていたので、そのまま部屋にウェルスナーを招く。
部屋に入ってきたウェルスナーは、昨日と同じような格好で、カーキ色のシャツとダークグレーのズボンに、革製のベストにブーツといういで立ちだ。

「おはよう、ウェルスナー。今日はいい天気だな」
「……はっ、そうですね」
「よかったら一緒に朝食を食べないか? お前もまだなんだろう?」
「いえ、私は結構です。お気遣いなく」

……この調子である。
昨日はちょっと、心を開いてくれたかと思ったんだけどなぁ。心を開いてくれたからと言って、俺を好きになってくれたというわけじゃないってことか。
まぁでも、今日は話したいこともあるしな。俺はドアの前で待機していたメイドを呼ぶと、今日はウェルスナーの分も一緒に持ってきてくれるように伝える。

「ロスト様? あの、私の分は必要ございません」
「そう言うなよ。ちょっと話したいことがあるんだ、たまにはいいだろう?」
「……わかりました」

ご命令とあらば、というような感じで粛々と頷くウェルスナー。

「そういえばウェルスナー、昨日のメイドが言っていたが、お前、他の皆からは『ウェル』って呼ばれてるんだな。その方が呼びやすそうだし、俺もそう呼んでいいか?」

朝食が来るまで間が持たなさそうなので、話題を振ってみる俺。

呼びやすそう、とかいうのはただの建前だ。
本当は、ウェルスナーの愛称がウェルっていうのは前から知っていた。けど、いきなりウェルスナーにそう呼びかけるのも気が躊躇われて、今日の今日まで言えなかったのである。
ちなみに、すごいさりげない感じを装っているが、この瞬間俺の心臓はバックバクである。

「私の名前など、好きにお呼びください」

だが、嫌がるかと思ったが、ウェルスナーはそんな素振りは見せず、淡々と頷いた。
うーん、どうなんだろう。本当は心の中で「馴れ馴れしく呼んでんじゃねーよ、ケッ、若造が」とか思われてるんだろうか。でも、本人から許可をもらったんだし、今日から呼んじゃうぜ! わーい!

「……あの、ロスト様」
「ん、なんだ?」

びっくり。なんと、ウェルスナー……もとい、ウェルの方から俺に話しかけてきた。
すごい、こんなの初めてだよ。今日、モンスター討伐に行かないほうがいいかな? ドラゴンとか出るんじゃない、大丈夫?

「メイドが言っていたというのは……その、私のことを、何か話されたんですか?」

非情に言いづらそうに、ウェルが俺に質問をしてきた。

「ああ、昨日な。ほら、倉庫から荷物を運んだ時にな。メイドのアンナに荷物を渡した時に、お前の話になって……」
「……待ってください。倉庫から荷物を運んだって……わざわざロスト様がですか?」
「ああ、ほら。お前があの後、気を失ったから、お前に任されてた仕事を俺がやったんだ」
「あっ……!」

さぁっとウェルの顔から血が引いた。
どうも、ウェルは昨日メイドに頼まれていた仕事のことを、今の今まですっかり忘れていたみたいだ。まぁ、昨日のあれが衝撃的だっただろうからなぁ。

「もっ……申し訳ございません!」
「うぉっ」
「ロスト様にそのようなお仕事をさせてしまうなど……護衛騎士にあるまじき失態です」
「ああ、気にするなよ。今回は俺の手が空いてたし、好きでやったんだ。ああいうことでもないと、メイドや使用人のみんなと、なかなかしゃべれる機会もないしな」

最初は卒倒しかけたメイド達だったが、その後は色々と話をすることができたので、俺にとっては有意義な時間だった。主にウェルについての話だったのだが、それ以外にも色々な世間話や噂話を聞くことができたし。平民や使用人の彼らからしか見えない視点や物事もあるので、そういった生の情報というのは何より興味深いものだ。

だが、どうもウェルにとっては「自分の仕事を俺に肩代わりさせてしまったこと」が大打撃だったようで、その後も一緒に朝食をとったものの、話が弾むことはなく、終始暗い顔をしていた。

しまった、この話題は失敗だったな……。

せっかくウェルとの朝食だったのに、こんな気の重い朝食風景があるのかってくらい、終始無言のまま食べ終わってしまった。
うーん、ウェルは真面目だなぁ。

でも、お前のそういうところ、俺は嫌いじゃないよ。
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