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魔眼
しおりを挟む19歳と言えば、俺の前世であるヤマダトオルが死んだ時と同じ年齢だ。
ある意味、ヤマダトオルの時もとてつもない転機を迎えたわけなので、ちょっとした運命を感じる。
うん。お互いろくでもない転機を迎えたって辺りが、ほんっと共通してるよね……。
いつも通り、痒み発生能力でモンスターの足止めをしつつ、悶絶して地面に身体をこすりつけるモンスターの急所を剣で刺すという、他人に知られたら「お前どうなのそれ?」と思われること必須なお仕事に従事していた時のこと。
それは、頭のなかに、ファンファーレのように鳴り響いた。
『――おめでとうございます。
貴殿のレベルが50、モンスター討伐数が3000体を達成致しましたため、「魔眼」のカテゴリーが解放されました。解放されたのは「快楽」のカテゴリーです。また、持続効果がランクアップしております。ご使用時には心の中で発生箇所、発生能力をご選択ください。次回はレベル90、モンスター討伐数7000体、Aランクモンスター討伐数30体で解放となります。またのご利用をお待ちしております。』
「――なんだと?」
十体ほどのゴブリンの群れの死骸を前に、おれは呆然と立ち尽くした。
今のはなんだ?
声質は、人工音声に近い女性で、無機質なものだった。前世のヤマダトオルの時に聞いた、電話の自動アナウンスが一番近いかもしれない。
そして、言っている内容もさらに不可解だ。「魔眼」と言ってたが……もしかして、この俺の「視界にいる生き物にたいして、任意の部分に痒みを発生させる能力」っていうのが、魔眼の能力なのか? つまりリアル邪気眼? 効果のしょぼさのわりには、名前は無駄にクソかっこいいな。
「っていうか、快楽って」
痒み発生能力より、さらに使い道がわからん!
もらえるもんはもらっておくのが俺の主義だけど、これはどうしたもんかな……。
とりあえず目の前に転がっていたゴブリンの群れを持っている解体用ナイフでさばき、素材をはぎとっていく。
素材をはぎ終わる頃には、おれは持ち前の前向きさで「まぁ、とりあえずもらったんだし、せっかくだから使ってみよう!」と考えることにした。
そうとなれば、さっそくこの「災いの森」で実験台という名のモンスターを探すことにしたのだが、そこには思わぬ落とし穴があった。
「……やばい、違いがわからん」
森での探索を進めること、俺は新しいゴブリンの群れを見つけることができた。そして、さっそく木の影からゴブリンを窺いつつ、「快楽付与」な能力をかけてみたのだが……。
ゴブリンは突然、自分の身体に発生した「快楽」にとまどい、動きをとめた。そして、耐えきれずに地面に倒れ込むと、身もだえしつつ身体をくねらせる。
……そう。傍目から見てるだけでは「痒み」と「快楽」の違いがまるでわからないのだ!
動きを止めることには成功したが、これ、別に「痒み発生」の能力でもできるよなぁ?
というか、そっちの方が断然使い勝手がいい。だって今、俺の目の前には、ハァハァと息を荒くしながら快感に身もだえする十体のゴブリンの群れがいるんだぜ?
控えめにいって地獄絵図じゃねーか!
というわけで、俺はあまりの気持ち悪さに速攻で木の影から飛び出し、持っていた長剣でゴブリンの首をスパスパと切り落としていった。
ゴブリンの血の海の真ん中で長剣を鞘におさめつつ、どうしたものかと考える。
つまり、モンスターは言葉がしゃべれない。
なので、傍目から見ているだけでは痒みと快楽の効果の違いがよくわからないのだ。
「となると……そろそろ、人間で実験してみるしかないかな」
実のところ、考えてはいたのだ。
痒み発生能力だけだった時も、モンスターに使いつつ、
「これはどういう痒みなんだろう?」
「どの程度痒いんだろう?」
「魔力をこめる多さで違いはあるんだろうか?」
という疑問が尽きなかった。
魔力を多くこめるほど痒みの過多の調節ができる、というのは戦闘の中の検証では判明しているが、それだって漠然としたものだ。心の隅に、「人間に使用してみて、効果や程度を直接、言葉で教えてもらいたい」という思いはいつもあった。
――そして何より、「ちょっと、この能力をアイツにやってみたいな」と思う相手がいるのである。
俺の護衛騎士、ウェルスナー・ラヴィッツ。
栗色の短い髪に、鮮やかな若草色の涼し気な瞳。2つ年上で、上背もおれよりあるがっしりとした身体つき。だが、ムッキムキな筋肉質というわけではなく、雄鹿を思わせるようなしなやかな身体の男だ。
護衛騎士というのは、このリッツハイム魔導王国の貴族のための制度である。この国は一部の地域が「災いの森」というモンスター発生源に隣接しているため、貴族でもモンスター討伐に行かなければいけない。むしろ、貴族こそが前線に立って民衆のために戦うことが美徳、という伝統がある。
だが、貴族の子息がモンスター討伐に行き、そこで命を落とすようなことがあれば、お家によっては跡取りがいなくなってしまうこともある。そういった事態を防ぐために、リッツハイム魔導王国は、モンスター討伐に向かう貴族のため、護衛騎士という制度を設けている。
役割としては文字通り、貴族のSPだ。SPと違うのは、モンスター討伐は国が主導で行っている事業のため、護衛騎士へのお給金を国が何割か負担してくれていることだろうか。
護衛騎士になる者は様々で、昔からその貴族に護衛騎士として綿々と仕えている古い一族もいれば、腕の立つ冒険者が取り立てられることもある。
俺の護衛騎士、ウェルスナー・ラヴィッツも、元は腕の立つ冒険者だったらしい。
……「らしい」というのは、俺はまったく、ウェルスナー・ラヴィッツと会話らしい会話をしたことがないからだ。
例えば、「今日は森へ何時から何時の間、討伐に行く」「はい、わかりました」とかの会話くらいはする。だが、「今日はいい天気だな」とか「彼女とかいるの?」とか、そんなフランクな会話をしたことが一切ない。
というか、会話どころか、俺はウェルスナーの笑顔を見たことすらない。
父親からウェルスナーが俺の護衛騎士にあてがわれたのが2年前の話だが、それから俺はウェルスナーの愛想笑いすら見たことがなかった。俺が会話をふっても、むすっとした顔で「はい」とか「いいえ」の単語を返してくるだけ。
たぶん、嫌われているんだろうなー、と思う。
冒険者あがりで護衛騎士になったやつは、あくまでビジネスの一環として考えているので、貴族に忠誠を誓うものが多くはないと聞く。ウェルスナーもそうだったんだろう。もしくは、本当は次男の俺ではなく、次期伯爵家の当主となるであろう兄上の方の護衛騎士を希望していたのかもしれない。そっちの方が立身出世も望めるしね。
けど、俺はウェルスナーのことが嫌いではなかった。
会話こそないものの、仕事はきちんとやってくれるし。
それに俺、本当は森に行く時って護衛騎士を連れてかなきゃいけないんだけど、連れてったら俺の能力がバレちゃうので、いつも護衛騎士を置き去りにして討伐に出かけてるんだよね。なんのための護衛だよって自分でも思うわ。
でも、ウェルスナーがそれに対して文句を言ったことはなく、いつも俺が森に討伐に行っている時は一人で黙々と鍛錬をしてくれているのだ。
そんな、不愛想で堅物なウェルスナーを見るたびに俺は、いつからか、「ウェルスナーの笑ってるとこが見てみたいな」と思うようになり……。
それがまったくかなう様子がないので「笑顔じゃなくてもいいから、せめて無表情じゃない顔が見たい」と妥協を重ねた思いを募らせるようになっていた。
まぁ、そんな俺が「この能力……魔眼とやらをこっそりウェルスナーに試してみよう!」と思い至るに、そう時間はかからなかったのだ。
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