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第2部 闘技場騒乱
第二十七話
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平静を装ってそう言ったものの、心の中は大混乱である。
ローズの神造兵器『パルファン・ドゥ・ローズ』を、ゼノンが使えるようになった?
なんだそれ? 『ひよレジ』にはそんな展開なかったぞ!?
……あ、でも待てよ?
そもそも『ひよレジ』だと、ゼノンの方がローズよりも先に死んだんだった。
その後、弟の仇を討つためにヴィクターが神造兵器を手に入れたのだ。そのため、原作ではゼノンは神造兵器を手に入れることなく退場している。
神造兵器の適正者として選ばれるのは、一人だけだ。同時に二人以上が選ばれることはない。
しかしローズが死んだことで、新たに『パルファン・ドゥ・ローズ』の適正者が選ばれた。
それが……どうやらゼノンだったようだ。
「えー、俺の神造兵器はあの女のお下がりかよ!? マジか……俺も兄貴のやつみたいに武器系の神造兵器が良かったんだけどなぁ……」
「わがままを言ってはいけませんよ、ゼノン。それに使い勝手で言えば、私の村雨丸よりもずっとそちらの方が応用がきくじゃないですか」
「でも、それにしたってよ……」
どうやらゼノンはちょっと納得がいかない様子。
まあ、確かにゼノンは香水とか持つ柄じゃないしな~。
こればっかりは自分で選べるものじゃないからしょうがない。
ひとまずはフォローをしておくかな。
「ゼノン、ヴィクターの言う通りだ。それにお前なら、ローズよりもずっと上手くそれを使えるとおれは思うぞ」
「シキ様……」
「お前が『パルファン・ドゥ・ローズ』を使えるようになるとは予想外だったが、おれにとっては嬉しい出来事だ。その神造兵器は戦時でも平時でも有効に使えるからな」
「うーん。でも、俺はこういう絡め手みたいなのはあんまり得意じゃねェしよ」
「そんなことはない。今日の戦いで分かったが、それは使用者の心の揺れ幅によって効果が持続するかどうかが大きいようだ。その点、ゼノンはどんな時でも冷静に立ち回ってくれている。お前ならローズよりも……いや、誰よりも上手くそれを使いこなせるさ」
「そうかぁ? ま、シキ様がそう言うなら使ってみるか」
「ああ、期待しているぞ」
おれの言葉に、ゼノンは照れくさそうに笑いながら頷いた。
よかった、どうにか納得してくれたらしい。
とはいえ――状況がカオスなのに代わりはない。
なにせおれの目と鼻の先には、首のないローズの死体が横たわっている。
本来ならばもっと先――原作の終盤で死ぬはずのローズが、まだかなり序盤の方で死んでしまったのだ。
しかもその上、ゼノンがローズの神造兵器を受け継ぐ始末。
おまけにゼノンが『パルファン・ドゥ・ローズ』を使えるようになったのを見て、革命軍のアメリとハルト、ナミカはちょっと浮かない表情をしている。
それもそうだ。彼らからして見れば、四天王ローズをなんとか撃破したと思ったら、皇国軍所属のゼノンがローズの能力を使えるようになってしまったわけである。
つまり革命軍にとって、今回の戦いは皇国軍の戦力を大きく削ぐどころか、プラマイゼロに終わってしまったのだ。
あとなんでか、アダムがさっきからおれの顔をじーっと見つめくるのも居心地が悪い。
もしかしておれが『四天王シキ』ってバレたか?
けれど、そうだとしても今できることは何もないし。ひとまず放っておこう。
……さて、改めてどうしたものか。
本来なら、ローズはこんな序盤で死ぬはずじゃなかった。
ここでローズが死んだとなれば、今後の展開は大きく変わることだろう。そうなったら……おれの原作知識はまったく使えなくなるかもしれない。
そもそもここでローズが死んだことで、今後の展開に悪影響が及ぶ可能性もある。ライオネルが原作よりも早く皇都へ戻ってきてしまったように、ローズの死でライオネルや他の誰かが原作にない行動をとるかもしれない。
そうなれば、革命軍にとってよくないことになるかも……
「…………」
おれはしばらく黙って考えをまとめた後、ゆっくりとアメリの方へ顔を向けた。
今度は――あの中庭で詰問された時とは違い、まっすぐにアメリの目を見つめ返すことができた。
……自分の選択に自信を持てたわけじゃない。
ただ、なんというか……またおれが困った時は、ヴィクターとゼノンが助けてくれるだろうと思ったから。そう思ったら、落ち着いて言葉を紡ぐことができた。
「爆炎。革命軍のメンバーには、神造兵器『変身水ライラック』を使える人間がいるだろう?」
「っ! どうしてそれを……」
「ああ、やっぱりな。外にいた衛兵たちから、リリア嬢がここに来たと聞いてそうじゃないかと思ったんだ。侯爵家にはいくつかの神造兵器の情報が残っていてな」
「ちっ、引っ掛けだったのかい」
面白くなさそうに唇を尖らせるアメリ。
ちなみに引っ掛けたわけじゃない。『変身水ライラック』を使える人間が革命軍にいることは、原作知識でもともと知っていた。
けれど、こういう風に話した方が、逆に余計な疑いをもたれずに済むだろうと思ったのだ。
ちなみに、『変身水ライラックジュース』というのはジューサーみたいな形をしている神造兵器だ。というかまんまジューサーである。
この神造兵器の中に、人間の身体の一部と、水や果物、野菜をいっしょにいれてジュースを作ってそれを飲むと、その人間に変身できる。ジュース一杯につき、変身の効果はニ時間だ。入れる果物や野菜の種類はなんでもいいらしい。
そんなことを思い返しながら、おれはローズの死体を指さした。
「そいつが今日からローズに成り変われ」
「はぁ!?」
「お前たちにとって、悪い話じゃないだろう? 革命軍のメンバーがローズに成り変われば、今まで以上に皇国軍の情報を引き出せる。それに、大臣を暗殺する機会も巡ってくるだろう」
「なっ……そ、それ、マジで言ってるのかい?」
「なにが問題だ? 今なら材料は充分にある」
唐突な提案に、アメリは疑念に満ちた瞳でおれを睨んだ。
ハルトとナミカはアメリ以上に困惑した様子で、目を白黒させている。
「誘拐事件が解決しても、大臣はしばらくはリリア嬢への監視を緩めないだろう。今回、リリア嬢がおれを調べ回っていたと大臣の前で漏らしたからな。彼女が革命軍に協力していることまではバレなかったが……それでも、大臣はリリア嬢に不審感を抱いたはずだ」
「それで、ライラックを使ってローズに成り変われって?」
「ああ。リリア嬢という情報源が頼れなくなった今、お前たちにとって悪い話じゃないはずだ」
アメリはギロリとおれの顔を睨みつけた。
「それが罠じゃないって言えるのかい? そうやってアタシたちの仲間をおびき寄せて殺すつもりじゃないだろうね?」
「ふん、馬鹿を言え。そんなことをしておれに何の得がある?」
おれはやれやれ、と呆れたように首を横に振った。
「考えてみろ、ここでローズが死んで困っているのはおれの方なんだ。四天王の一人が革命軍に討たれたとなれば、大臣もライオネルも革命軍の排除に本格的に動き出すだろう。神薬を作れるおれなんて、もう容易に皇城の外へ出られなくなるだろうな」
「……そういや、アンタには何か目的があるって言ってたね」
「そうだ。おれがその目的を遂げるためには、ここで身動きがとれなくなるのは困るんでな」
「なるほど……正直さ、アンタの提案は魅力的だ。皇国軍の中枢部に潜り込める機会なんてそうそうないし、大臣を始末できるまたとない機会だ。でも、たとえばローズに成り代わったところで、神造兵器を使えないんじゃすぐバレちまうだろう」
「大丈夫だ、ちょうどゼノンがその神造兵器を使えるようになったからな。いざという時はゼノンかおれがフォローをする」
「それなら……いや、でも……」
だんだんとアメリの心が揺れているのが雰囲気で分かった。
多分、あと一歩だ。
彼女の決意を後押しする決定打があれば、きっと頷いてくれる。
そのためには……おれが、おれ自身の本音を見せないといけないよな。
「おれは……今の皇国は間違っていると感じている。だからリリア嬢の行動を黙認していた」
「っ!」
アメリが驚いたように、大きく目を見張った。
「……驚いた。まさかアンタが、そんなことを言うなんてねぇ」
おれは苦笑いを浮かべて、肩をすくめてみせた。
「だが、お前たち革命軍に賛同しているわけでもないぞ。この前のようなコロッセオでのテロ行為は、一歩間違えば民間人も被害が出ていた」
「ありゃアタシだって知らなかったんだよ。うちにも、まあ、過激な考え方をする連中が一部にいてねぇ。知ってたらあんな無謀な計画、殴ってでも止めてたさ」
「ああ、なるほど。どうりで、今までの革命軍らしからぬ動きだとは思っていた」
おれの言葉に、アメリは険しい表情でむっつりと黙り込んだ。
そうしてしばし間をおいた後で、大きなため息を吐いた。
「……分かった、その提案を呑むよ。うちの仲間をローズに変身させて、皇城へ潜り込ませる」
「感謝する」
「けれど、一度、うちの団長にも相談したい。今日のところはひとまずアンタの提案を受け入れるが……団長が改めてこの作戦に反対した場合は、即刻、ウチの仲間は引き上げさせてもらう」
「わかった、それでいい」
おれが頷くと、アメリはなんともいえない表情になった。
「なんだ、その顔は?」
「いや……あんまりスムーズに話が進むと、逆に気味が悪いというか。ほんと、ハルトが言ってた通り、アンタは噂とずいぶん違うんだね」
「そうなんだよ! ほら、オレの言った通りだったろアメリ!?」
いきなり、嬉しそうな笑顔のハルトがおれのところへ駆け寄ってこようとする――しかし、ハルトがおれのところへ来る前に、ゼノンが間にさっと入ってきた。
「うわっ、なんだよお前!」
「なんだよ、じゃねーよ。テメェこそ、うちのシキ様に馴れ馴れしくしてんじゃねェよ」
「はぁ!? なんだよ、偉そうに!」
今にも殴り合いを始めそうな雰囲気のハルトとゼノン。
とはいえ、ヴィクターがいたって平静に二人のやりとりを眺めているから大丈夫だろう。二人が本気で戦い始めるとなれば、ヴィクターはあんなに余裕そうに構えていないはずだ。
そんな彼らを見ていたら――おれはふと原作の展開を思い出した。
そういえばゼノンって……『ひよレジ』ではハルトに殺されちゃうんだよな。
その後、ヴィクターは弟の復讐のために、仇であるハルトを殺そうと画策するのだ。
でも今は、ゼノンはこうして生きててくれてるし、ハルトとこんな風にケンカをしていて、それをヴィクターが眺めていて……なんだか不思議な光景だ。
……今まで自分は、どうしても無力な存在で、なにをしたってこの先の展開は変えられないんだと思っていた。
あの日、ウルガ族の姉妹を助けられなかった時に、強くそう感じたのだ。
今回だって、おれがとった行動のせいで、色んな人物の行動も大きく変わったのに……結果的にコロッセオでの戦いは原作通りに起きてしまった。
でも――コロッセオでの戦いは原作通りに起きたものの、革命軍や剣闘士に死者は出なかった。
あのウルガ族の姉妹だって、こうして生きていてくれた。
おれは無力な存在で、運命を変えることはできないかもしれない。
でも……運命を変えることは出来なくても。ほんの一握りの人数かもしれないけれど、誰かが死ななくて済むようにすることはできるのかな。
まあ、そうは言っても――おれの最終目標が国外脱出なのには変わらないけどね!
……四天王シキという立場上、残念ながら、おれはどうやっても革命軍の敵だし。
それに四天王は、あと二人も残っているのだ。しかもライオネルともう一人の四天王は、バリバリの武闘派タイプ。
皇国軍と革命軍との戦いは、これからますます激化するだろう。そうなる前に、ヴィクターとゼノンと共に、さっさとこの国から脱出したい。
でも……国外脱出する前に、革命軍に危機が及ぶのが分かったり、あるいは、おれの手の届く範囲で困っている人がいたら。
ほんの少し手を差し伸べるくらいのことは、目標に組み込んでもいいかもしれない。
こんなおれにでも、助けられる人がいるなら。
ちょっとくらい頑張ってみてもいいよな?
ローズの神造兵器『パルファン・ドゥ・ローズ』を、ゼノンが使えるようになった?
なんだそれ? 『ひよレジ』にはそんな展開なかったぞ!?
……あ、でも待てよ?
そもそも『ひよレジ』だと、ゼノンの方がローズよりも先に死んだんだった。
その後、弟の仇を討つためにヴィクターが神造兵器を手に入れたのだ。そのため、原作ではゼノンは神造兵器を手に入れることなく退場している。
神造兵器の適正者として選ばれるのは、一人だけだ。同時に二人以上が選ばれることはない。
しかしローズが死んだことで、新たに『パルファン・ドゥ・ローズ』の適正者が選ばれた。
それが……どうやらゼノンだったようだ。
「えー、俺の神造兵器はあの女のお下がりかよ!? マジか……俺も兄貴のやつみたいに武器系の神造兵器が良かったんだけどなぁ……」
「わがままを言ってはいけませんよ、ゼノン。それに使い勝手で言えば、私の村雨丸よりもずっとそちらの方が応用がきくじゃないですか」
「でも、それにしたってよ……」
どうやらゼノンはちょっと納得がいかない様子。
まあ、確かにゼノンは香水とか持つ柄じゃないしな~。
こればっかりは自分で選べるものじゃないからしょうがない。
ひとまずはフォローをしておくかな。
「ゼノン、ヴィクターの言う通りだ。それにお前なら、ローズよりもずっと上手くそれを使えるとおれは思うぞ」
「シキ様……」
「お前が『パルファン・ドゥ・ローズ』を使えるようになるとは予想外だったが、おれにとっては嬉しい出来事だ。その神造兵器は戦時でも平時でも有効に使えるからな」
「うーん。でも、俺はこういう絡め手みたいなのはあんまり得意じゃねェしよ」
「そんなことはない。今日の戦いで分かったが、それは使用者の心の揺れ幅によって効果が持続するかどうかが大きいようだ。その点、ゼノンはどんな時でも冷静に立ち回ってくれている。お前ならローズよりも……いや、誰よりも上手くそれを使いこなせるさ」
「そうかぁ? ま、シキ様がそう言うなら使ってみるか」
「ああ、期待しているぞ」
おれの言葉に、ゼノンは照れくさそうに笑いながら頷いた。
よかった、どうにか納得してくれたらしい。
とはいえ――状況がカオスなのに代わりはない。
なにせおれの目と鼻の先には、首のないローズの死体が横たわっている。
本来ならばもっと先――原作の終盤で死ぬはずのローズが、まだかなり序盤の方で死んでしまったのだ。
しかもその上、ゼノンがローズの神造兵器を受け継ぐ始末。
おまけにゼノンが『パルファン・ドゥ・ローズ』を使えるようになったのを見て、革命軍のアメリとハルト、ナミカはちょっと浮かない表情をしている。
それもそうだ。彼らからして見れば、四天王ローズをなんとか撃破したと思ったら、皇国軍所属のゼノンがローズの能力を使えるようになってしまったわけである。
つまり革命軍にとって、今回の戦いは皇国軍の戦力を大きく削ぐどころか、プラマイゼロに終わってしまったのだ。
あとなんでか、アダムがさっきからおれの顔をじーっと見つめくるのも居心地が悪い。
もしかしておれが『四天王シキ』ってバレたか?
けれど、そうだとしても今できることは何もないし。ひとまず放っておこう。
……さて、改めてどうしたものか。
本来なら、ローズはこんな序盤で死ぬはずじゃなかった。
ここでローズが死んだとなれば、今後の展開は大きく変わることだろう。そうなったら……おれの原作知識はまったく使えなくなるかもしれない。
そもそもここでローズが死んだことで、今後の展開に悪影響が及ぶ可能性もある。ライオネルが原作よりも早く皇都へ戻ってきてしまったように、ローズの死でライオネルや他の誰かが原作にない行動をとるかもしれない。
そうなれば、革命軍にとってよくないことになるかも……
「…………」
おれはしばらく黙って考えをまとめた後、ゆっくりとアメリの方へ顔を向けた。
今度は――あの中庭で詰問された時とは違い、まっすぐにアメリの目を見つめ返すことができた。
……自分の選択に自信を持てたわけじゃない。
ただ、なんというか……またおれが困った時は、ヴィクターとゼノンが助けてくれるだろうと思ったから。そう思ったら、落ち着いて言葉を紡ぐことができた。
「爆炎。革命軍のメンバーには、神造兵器『変身水ライラック』を使える人間がいるだろう?」
「っ! どうしてそれを……」
「ああ、やっぱりな。外にいた衛兵たちから、リリア嬢がここに来たと聞いてそうじゃないかと思ったんだ。侯爵家にはいくつかの神造兵器の情報が残っていてな」
「ちっ、引っ掛けだったのかい」
面白くなさそうに唇を尖らせるアメリ。
ちなみに引っ掛けたわけじゃない。『変身水ライラック』を使える人間が革命軍にいることは、原作知識でもともと知っていた。
けれど、こういう風に話した方が、逆に余計な疑いをもたれずに済むだろうと思ったのだ。
ちなみに、『変身水ライラックジュース』というのはジューサーみたいな形をしている神造兵器だ。というかまんまジューサーである。
この神造兵器の中に、人間の身体の一部と、水や果物、野菜をいっしょにいれてジュースを作ってそれを飲むと、その人間に変身できる。ジュース一杯につき、変身の効果はニ時間だ。入れる果物や野菜の種類はなんでもいいらしい。
そんなことを思い返しながら、おれはローズの死体を指さした。
「そいつが今日からローズに成り変われ」
「はぁ!?」
「お前たちにとって、悪い話じゃないだろう? 革命軍のメンバーがローズに成り変われば、今まで以上に皇国軍の情報を引き出せる。それに、大臣を暗殺する機会も巡ってくるだろう」
「なっ……そ、それ、マジで言ってるのかい?」
「なにが問題だ? 今なら材料は充分にある」
唐突な提案に、アメリは疑念に満ちた瞳でおれを睨んだ。
ハルトとナミカはアメリ以上に困惑した様子で、目を白黒させている。
「誘拐事件が解決しても、大臣はしばらくはリリア嬢への監視を緩めないだろう。今回、リリア嬢がおれを調べ回っていたと大臣の前で漏らしたからな。彼女が革命軍に協力していることまではバレなかったが……それでも、大臣はリリア嬢に不審感を抱いたはずだ」
「それで、ライラックを使ってローズに成り変われって?」
「ああ。リリア嬢という情報源が頼れなくなった今、お前たちにとって悪い話じゃないはずだ」
アメリはギロリとおれの顔を睨みつけた。
「それが罠じゃないって言えるのかい? そうやってアタシたちの仲間をおびき寄せて殺すつもりじゃないだろうね?」
「ふん、馬鹿を言え。そんなことをしておれに何の得がある?」
おれはやれやれ、と呆れたように首を横に振った。
「考えてみろ、ここでローズが死んで困っているのはおれの方なんだ。四天王の一人が革命軍に討たれたとなれば、大臣もライオネルも革命軍の排除に本格的に動き出すだろう。神薬を作れるおれなんて、もう容易に皇城の外へ出られなくなるだろうな」
「……そういや、アンタには何か目的があるって言ってたね」
「そうだ。おれがその目的を遂げるためには、ここで身動きがとれなくなるのは困るんでな」
「なるほど……正直さ、アンタの提案は魅力的だ。皇国軍の中枢部に潜り込める機会なんてそうそうないし、大臣を始末できるまたとない機会だ。でも、たとえばローズに成り代わったところで、神造兵器を使えないんじゃすぐバレちまうだろう」
「大丈夫だ、ちょうどゼノンがその神造兵器を使えるようになったからな。いざという時はゼノンかおれがフォローをする」
「それなら……いや、でも……」
だんだんとアメリの心が揺れているのが雰囲気で分かった。
多分、あと一歩だ。
彼女の決意を後押しする決定打があれば、きっと頷いてくれる。
そのためには……おれが、おれ自身の本音を見せないといけないよな。
「おれは……今の皇国は間違っていると感じている。だからリリア嬢の行動を黙認していた」
「っ!」
アメリが驚いたように、大きく目を見張った。
「……驚いた。まさかアンタが、そんなことを言うなんてねぇ」
おれは苦笑いを浮かべて、肩をすくめてみせた。
「だが、お前たち革命軍に賛同しているわけでもないぞ。この前のようなコロッセオでのテロ行為は、一歩間違えば民間人も被害が出ていた」
「ありゃアタシだって知らなかったんだよ。うちにも、まあ、過激な考え方をする連中が一部にいてねぇ。知ってたらあんな無謀な計画、殴ってでも止めてたさ」
「ああ、なるほど。どうりで、今までの革命軍らしからぬ動きだとは思っていた」
おれの言葉に、アメリは険しい表情でむっつりと黙り込んだ。
そうしてしばし間をおいた後で、大きなため息を吐いた。
「……分かった、その提案を呑むよ。うちの仲間をローズに変身させて、皇城へ潜り込ませる」
「感謝する」
「けれど、一度、うちの団長にも相談したい。今日のところはひとまずアンタの提案を受け入れるが……団長が改めてこの作戦に反対した場合は、即刻、ウチの仲間は引き上げさせてもらう」
「わかった、それでいい」
おれが頷くと、アメリはなんともいえない表情になった。
「なんだ、その顔は?」
「いや……あんまりスムーズに話が進むと、逆に気味が悪いというか。ほんと、ハルトが言ってた通り、アンタは噂とずいぶん違うんだね」
「そうなんだよ! ほら、オレの言った通りだったろアメリ!?」
いきなり、嬉しそうな笑顔のハルトがおれのところへ駆け寄ってこようとする――しかし、ハルトがおれのところへ来る前に、ゼノンが間にさっと入ってきた。
「うわっ、なんだよお前!」
「なんだよ、じゃねーよ。テメェこそ、うちのシキ様に馴れ馴れしくしてんじゃねェよ」
「はぁ!? なんだよ、偉そうに!」
今にも殴り合いを始めそうな雰囲気のハルトとゼノン。
とはいえ、ヴィクターがいたって平静に二人のやりとりを眺めているから大丈夫だろう。二人が本気で戦い始めるとなれば、ヴィクターはあんなに余裕そうに構えていないはずだ。
そんな彼らを見ていたら――おれはふと原作の展開を思い出した。
そういえばゼノンって……『ひよレジ』ではハルトに殺されちゃうんだよな。
その後、ヴィクターは弟の復讐のために、仇であるハルトを殺そうと画策するのだ。
でも今は、ゼノンはこうして生きててくれてるし、ハルトとこんな風にケンカをしていて、それをヴィクターが眺めていて……なんだか不思議な光景だ。
……今まで自分は、どうしても無力な存在で、なにをしたってこの先の展開は変えられないんだと思っていた。
あの日、ウルガ族の姉妹を助けられなかった時に、強くそう感じたのだ。
今回だって、おれがとった行動のせいで、色んな人物の行動も大きく変わったのに……結果的にコロッセオでの戦いは原作通りに起きてしまった。
でも――コロッセオでの戦いは原作通りに起きたものの、革命軍や剣闘士に死者は出なかった。
あのウルガ族の姉妹だって、こうして生きていてくれた。
おれは無力な存在で、運命を変えることはできないかもしれない。
でも……運命を変えることは出来なくても。ほんの一握りの人数かもしれないけれど、誰かが死ななくて済むようにすることはできるのかな。
まあ、そうは言っても――おれの最終目標が国外脱出なのには変わらないけどね!
……四天王シキという立場上、残念ながら、おれはどうやっても革命軍の敵だし。
それに四天王は、あと二人も残っているのだ。しかもライオネルともう一人の四天王は、バリバリの武闘派タイプ。
皇国軍と革命軍との戦いは、これからますます激化するだろう。そうなる前に、ヴィクターとゼノンと共に、さっさとこの国から脱出したい。
でも……国外脱出する前に、革命軍に危機が及ぶのが分かったり、あるいは、おれの手の届く範囲で困っている人がいたら。
ほんの少し手を差し伸べるくらいのことは、目標に組み込んでもいいかもしれない。
こんなおれにでも、助けられる人がいるなら。
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